複雑・ファジー小説

Re: あなたに出会う物語 ( No.1 )
日時: 2017/08/29 10:18
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

〈Chapter1〉

その国は昔、とても豊かな国でした。それは、賢い魔女が国民に知恵を与えていたからでした。人々はその知恵に従い、作物を作り、機械を作り、幸せに暮らしていました。

しかしある日、何者かに魔女は殺されてしまいます。そして代わりに現れた6人の魔法使いたちが国を治めました。

その中で一番偉い魔女が、女王として君臨しました。この魔女は欲が深く、国民の富を奪い、人々を苦しめていました……



***



「先生……?」

スノウはその場に立ち尽くした。傍らには、小さな少年が震えながらスノウの手を握っていた。

無残に爆破された食堂。その瓦礫の下には、彼女の育ての親がうつ伏せに倒れていた。

「そんな……先生……」

消え入りそうな声で呟きながら、よろよろと側に寄る。ピチャリという足音がした。その音は、スノウに彼の死を実感させるには充分だった。

混乱する頭でスノウは状態を確認する。彼は、5人の子供達に覆いかぶさるように倒れていた。最期まで子供達を守ろうとしていたのだろう。

夕ご飯の準備ができたから、みんなを集めて来なさいと先生に言われ、子供達を呼びに行った。大きな音がしたのは、一番小さなこの子、アーサーを呼びに行った時のことだった。

「スノウ……みんなは、どうしちゃったの?」

アーサーはスノウの手を引っ張る。目から大粒の涙が溢れていた。

「……」

スノウが何か答えようとした時だった。

「っ!?」

何かが二人の脇を飛び去った。スノウはとっさにアーサーを抱えて飛び退いた。後から、強烈な熱さを感じた。

「何……?」

原因はすぐに見当がついた。闇に浮かぶ、黄金色の影。それは、鳥を模った炎だった。炎の鳥は、こちらに敵意を向けているらしい。また、こちらに飛んで来た。

「アーサーっ!!」

スノウはアーサーを庇うように、その場にしゃがみ込んだ。恐怖のあまり、体は震えている。目を固く閉じた。

「やめろ!!」

どこからか、男の声がした。続けて、水の音、そして、しゃがれた叫び声が聞こえた。

スノウが恐る恐る目を開くと、そこには虫の息の炎の鳥と、自分たちに駆け寄る美しい青年がいた。青年は片手に水撒き用のホースを持っていた。炎の鳥は、水をかけられて一回り小さくなっている。

「お前たち、大丈夫か?」

青年はホースを手放し、二人の様子を調べる。特に怪我がないことを確認すると、安心したような顔をした。

「俺はフレッグ。革命軍だ。お前たちを守るために来た。急いでこの場を離れよう。裏に車を停めてあるんだ。走れるか?」

革命軍という言葉に、スノウとアーサーは聞き覚えがあった。この国で国民から搾取を繰り返す女王と秘密裏に戦っている組織だ。

アーサーは震えながらも頷いた。しかしスノウはそれを拒み、先生と子供達の側に座り込んだ。

「みんなも……連れてかなきゃ……」

フレッグは苦渋の表情を浮かべた。

「全員助けられなくてすまない。でも今は時間がないんだ。一緒に来てくれ」

スノウはかぶりを振った。フレッグはため息をつくと、スノウを立たせようと近寄る。

ヒュンッ

風の音がしたかと思うと、いきなり先生の体が燃えだした。驚いて目を見張ると、先生の背中に先ほどの鳥が止まっている。

「くそ!もう再生したのか!」

フレッグは懐から銃を取り出し、発砲した。炎の鳥が怯んだ様子を見せたので、すぐにスノウを抱き起こして後退した。

「ダメ……」

フレッグの腕の中で、スノウはもがく。

「おい!」

制止するフレッグを振りほどき、スノウは炎の鳥に向かって走りだしてしまった。

「みんなを傷つけないで!!!」

ピシッ

スノウが叫んだ時、アーサーとフレッグは寒気を感じた。ややあって、状況を理解する。炎の鳥は氷漬けになっていた。その氷は、スノウの足元まで続いていた。スノウとアーサーは何が起こったのかわからず、その場に立ち尽くしている。

「当たりか……」

ただ一人、フレッグだけは分かっているようで、そう呟いてスノウの肩に手を置いた。

「君を探していた、白雪姫」

Re: あなたに出会う物語 ( No.2 )
日時: 2017/08/29 10:27
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

「ねえ、一つ聞いてもいい?」

「手短にな」

「あなた、運転免許は?」

彼はため息をついてから答えた。

「言わなかったか?俺は革命軍だ」



***



スノウとアーサーが後部座席に乗ったのを確認すると、フレッグは車を発進させた。アーサーはいろいろなことがあって疲れたのか、すぐに寝息を立て始めた。

「それで、白雪姫って?」

スノウはアーサーが眠ったのを確認し、話を切り出した。

「正確には、白雪姫の魂をベースに生まれたのがお前ということだ」

スノウの頭にハテナマークが浮かぶ。

「お前、原初の魔法使いの話は知っているか?」

スノウは頷いた。

この国の始まりには、7人の魔法使いがいた。強い力を持って生まれた彼らは、自分たちが国を支配しようと考えた。しかし、これに一人の魔女が反対した。彼女は人間側につき、やがて人間と魔法使いの戦争が起こった。戦いの末、人間たちは勝利を収め、自分たちを助けたこの魔女を女王として国を作った。

「1000年に渡りこの国を治めた魔女は、20年ほど前に殺された。だが、魔女と共に戦った英雄たちの話は形を変え、今もおとぎ話として語り継がれている。お前の前世は、リリス女王の前世を倒した女性なんだ」

「リリス女王の!?」

その名は、今この国を支配している魔女の名だった。

「……なら、さっきの力も白雪姫の力なの?」

「それは違うな」

フレッグの言葉にスノウは顔を上げた。バックミラー越しに彼と目が合った。

「リリス女王の前世は、死の間際、白雪姫に呪いをかけたんだ。あの力は、いわば呪いの反動によるものだ。呪いは表裏一体で、悪い面もあればいい面もある」

「呪いなんて……そんなの信じられない!」

スノウの声を抑えこむように、フレッグも大きな声で言った。

「お前の体のどこかには、リンゴの呪印があるはずだ」

その言葉に反応して、スノウは首元を抑えた。スノウのうなじには生まれつき、かじられたリンゴのような形の痣があるのだ。

「呪いって……例えば?」

「人による。姿形を変えられるものもあれば、命を握られていることも。ただしそれは、かけられた人間に一生つきまとうという点だけは同じだ。信じる気になったか?」

やんわりした口調でフレッグが尋ねる。

「でも……私、呪いのように不都合なことなんて、微塵もないわ!」

キキーッ

フレッグは車を急停止させた。

「は?」

「だから、私、呪いなんて……」

「そんな訳ないだろ!呪いってものは、相手の不幸を願って掛けるんだ。ノーリスクの呪いなんて、ジャガイモのない肉じゃがみたいなもんだぞ!?俺がそのせいで、どんなに苦労してきたか……」

耳慣れない異国の料理名にスノウは戸惑った。だが、言いたいことは理解できた。

「そんなこと言っても……」

2人が言い合いを続けていると、不意に羽音が聞こえた。

「!?」

「くそっ!復活が早いんだよ!!」

その音を聞くなり、フレッグはアクセルを踏んだ。スノウの体は、後ろに引き倒される。

「ちょっと、アーサーはまだ5歳よ!こんな運転危ないじゃない!」

「そんな苦情は、後ろのやつに言ってくれ!」

後ろと言われてスノウは振り返る。するとそこには、先ほどの鳥がこの車を追跡する姿が見えた。

「なんで……死んだはずじゃ……?」

「あれは、フェニックスという悪魔だ。氷漬けにしたくらいでは死なないさ。なにせ不死鳥だから」

「そんな……それじゃ、どうしたらいいの?」

「俺たちに任せてくれ。餅は餅屋だ」

そう言うとフレッグは、ハンドルを切って小道に入った。

「ちょっと!ここは進入禁止よ!さっき標識が立っていたじゃない!!」

「進入禁止?なんだそれ?」

フレッグのその言葉を聞いた途端、スノウの背中を冷や汗が伝った。

「ねえ、一つ聞いてもいい?」

「手短にな」

「あなた、運転免許は?」

彼はため息をついてから答えた。

「言わなかったか?俺は革命軍だ」

革命軍は、政府と敵対する組織だ。つまり、国の定めた資格を取ることなどできない。すなわち……

「それって、無免許運転ってことじゃない!!!」

スノウは泣き叫んで、傍らのアーサーを抱き寄せた。

Re: あなたに出会う物語 ( No.3 )
日時: 2017/08/29 10:36
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

男は、王都の商業地区の外れにある、駐車場がそこそこ大きなショッピングモールにいた。すでに閉店時間は過ぎていて、他に人はいないようである。

「さてと……ケロちゃんの現在地は……と」

男は端末を取り出し、地図を確認する。地図上に表示された赤色の点は、男のいる地点まで、ものすごいスピードで近づいてきている。

「そろそろだな」

男は端末をしまうと、懐から棒切れのようなものを取り出した。

「盾よ……」

男が呟くと、男の手元には光り輝く盾が現れる。ちょうど先ほどの棒切れが、持ち手のようになっていた。



***



「ど……どこに向かっているの?」

「郊外のショッピングモールだ」

最大速度で走っているのか、耳の感覚がおかしくなりそうだった。

「なんで……」

「ちょっと、黙ってろ!」

フレッグは集中しているらしく、スノウの言葉をあしらいながらハンドルをきっている。

ようやく、そのショッピングモールらしい場所が見えた。フレッグはその速度のまま駐車場に突っ込んで行く。後ろのフェニックスも、もちろんそれを追っている。

スノウはアーサーを抱きしめながら、ふとフロントガラスに目をやった。車の前方には、20代くらいの若い男がこちらに向かって走ってくる。

「フレッグさん!前に人が!?」

「…………」

フレッグはスノウの言葉に反応せず、そのまま前進している。

(ぶつかる!!)

そう思ったスノウは、硬く目を閉じた。その時だ。

「飛べ!ハンス!!」

フレッグの叫びと共に、男の体は宙に浮かんだ。男の手には、光る盾が握られている。男はそれに足を乗せ、ちょうどスケートボードのように使っていた。

衝撃音とギィという金属の擦れる音がしたかと思うと、男の体は大きく飛翔し、フェニックスの元まで届いていた。

「剣よ!」

男が叫ぶと共に今度は盾が剣になり、持ち手は柄になっている。突然のことに反応できなかったフェニックスは、そのまま斬撃を受けた。フェニックスと男の体が、地上へと降りてくる。

キィィィィィ

フェニックスが倒されたことを確認すると、フレッグは車を急停止させた。再度、スノウとアーサーの体が傾く。完全に車体が止まると、スノウとフレッグは安堵のため息をついた。アーサーはそんなことはつゆ知らず、安らかな寝息を立てている。

「はぁ……えっと、あの人がお餅屋さん?」

「誰がそんな話をした?」

Re: あなたに出会う物語 ( No.4 )
日時: 2017/08/29 10:41
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

遡ること1日前、王都内 某所 革命軍アジト

「ケ〜ロちゃ〜〜ん」

カフェテリアで、フレッグは不服な顔で勢いよくティーカップを机に叩きつけた。

「フレッグって呼べって言ってるだろ、ハンス」

呼ばれた男・ハンスは、悪びれもせずニコニコ笑っている。赤い巻き毛でスラッとした体格の彼は、フレッグほどの美しさとは言わないものの、周りの目を惹く存在である。

「え〜ケロちゃんの方が可愛いよ〜」

「ふざけるようなら帰るぞ」

「いやん冷たい!」

周囲の、特に女性陣からの目を気にすることもなく、ハンスはカフェテリア内をスタスタ歩き、フレッグの前に座る。

「ゴメンってば!実はね、ケロちゃん……」

「フレッグ!」

「……フレッグに協力して欲しいことがあってさ。ついに白雪姫の居場所を突き止めたんだ」

フレッグの眉がピクリと動いた。

「だけどこの情報、ローザの力で魔女の手下から得た情報なんだ。きっと女王も知っているんだろうね。救出作戦は明日決行なんだけど、その前にフレッグの意見を聞いておきたくて……」

ハンスの表情も引き締まっている。それほどにこの作戦の意味は大きいのだ。

「聞かせてくれ」

「よし分かった!俺の作戦はこうだ。まず、お前が白雪姫及び孤児院の人たちを保護し、車でこのショッピングモールの駐車場に連れてくる。当然、女王の追っ手もそれを追いかけてくるだろう。俺は盾を展開して待つ。お前が突っ込んできたら、俺は車のフロントガラスの斜面をジャンプ台にして、盾をボード代わりにして飛ぶ。あとはそのまま、盾を剣に変えてぶった斬る。どうだ?簡単だろ?」

ハンスは、一息に早口で話した。話し終わってから紅茶をいっきに飲み、息をつく。

「悪くないな。魔女が使役する悪魔を払えるのは、お前らの武器だけだから、できるだけ一撃で仕留めたいな。まぁ、仕留めそこなえば俺がどうにかするさ」

フレッグは皮肉を込めたように言って、ニヤリと笑った。

「うん、決まりだね。じゃ、明日の午後7時に!」

「期待してるぞ、ヘンゼル」



***



「ケロちゃ〜ん、大丈夫〜?」

「フレッグって呼べ!……まぁ、どうにかな……」

フェニックスを斬った後、ハンスはすぐにフレッグたちの乗る車に駆け寄った。ハンスは後部座席が埋まっていないことを見て、この作戦は半分失敗してしまったことを悟った。

「……大変だったね、白雪姫。俺はハンス・クーヘン。フレッグと同じ革命軍さ。一緒に来てくれるかな?」

スノウは警戒しているようだったが、他に行くあてもなく、従う以外に無かった。大人しく、首を縦に振る。

「良かった。それじゃ……」

言葉の途中で、ハンスは振り返る。また、あの羽音が聞こえた。見ると……

「クソッ!またかよ!!」

フェニックスは片翼が千切れた状態ながらも、羽ばたいていた。今にも飛び立とうとしている。

「フレッグ!」

「分かってる!」

フレッグは車から降り、ハンスから剣を受け取った。それを超人じみた速さで、フェニックスに向かって投げつける。しかし……

「外した!?」

フェニックスが一瞬早く飛び立ち、剣はフェニックスの足をかすめただけだった。フェニックスはそのまま、城のある方角に飛ぼうとする。

「まずい!仲間を呼ぶ気だ!」

何か打つ手がないかと焦るフレッグに……

「あの!」

スノウが呼び掛けた。

「今のが、あなたの呪いの反動?」

「……そうだ。俺は呪いの反動で身体能力が高いんだ」

何か策があるように思え、フレッグは冷静に答える。

「なら……私をあの鳥のところまで投げて!」

「!?」

突然の提案にフレッグとハンスは面食らった。二人して、彼女の目を覗き込む。

「……お前を信じるぞ」

ややあって、フレッグはスノウの腰に手を回した。スノウは頷き、少し体を強張らせる。

ハンスは躊躇し、止める素振りを見せたが、フレッグはそのままスノウをフェニックスの元まで投げ上げた。スノウとフェニックスの距離はどんどん縮まり、やがて手の届く距離にまで到達した。すると、スノウは……

「凍てつけ!!」

そう叫ぶとともに、フェニックスを掴む。スノウが触れたところから、フェニックスの体は凍りだした。やがて最高点に達したスノウの体は、落下を始める。

「うっ!!」

地面に落ちる直前、スノウの体はフレッグの腕に抱きとめられた。もちろん、凍りついたフェニックスも共に。

「女のくせに、大した度胸だな」

息を切らせながら、フレッグが笑う。

「あなたこそ、一人でキャッチボールできそうね」

スノウもつられて小さく笑った。

「あの……空気壊して悪いけど、トドメ刺しといていいかな?」

しばらく経って、剣を拾って帰って来たハンスが、気まずそうに割って入って来た。2人は(特にフレッグは)顔を赤らめて、互いに離れた。

「ど……どうぞ……」

おずおずと、スノウは氷漬けのフェニックスを前に出す。

「ちょっと、支えててね」

言われるままにスノウがそれを持っていると、ハンスは剣をフェニックスの心臓に突き立てた。フェニックスの眼がギョロリと動き、やがて光を失う。

ピキッピキッ

氷にヒビが入る。そのまま氷は砕け、後には白い砂のようなものが残った。

「何だろう、これ?」

スノウは手のひらに残った砂をよく見てみる。

「砂糖だよ」

ハンスが答えた。言われてみると、確かに少し手がベタベタする。

「これはヘンゼルとグレーテルの魔女ハッグが呼び出した悪魔で、俺の持っている武器でしか倒せないんだ」

ハンスはそう言いながら、右袖を肩までまくってみせる。そこには狼の形をした痣があった。

「俺たちは、仲間なんだよ」

そう言うとハンスはニカっと笑い、スノウに手を差し出した。

「ようこそ、革命軍へ」

スノウは、力強くその手を取った。

Re: あなたに出会う物語 ( No.5 )
日時: 2017/08/29 14:51
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

「無事だったんだね……白雪姫……」

革命軍アジト内にあるその部屋は、カーテンを閉め切っている。今は夜だからと言うのもあるが、それにしても薄暗く感じる部屋だった。

少女は、ボソボソと話す。プラチナ色の長い髪に、赤い瞳が印象的な、幼さの残る可愛らしい少女だ。病弱そうな、白く細い手足が薄桃色のワンピースの下から覗いている。

「そうみたいだ。疲れているだろうから、先に風呂に入ってもらうことにした。一緒にいたガキは車ん中で寝ちまったから、部屋に運んだよ」

淡々とフレッグは、今までに起こったことをかいつまんで説明していた。すると、少女の顔がわずかに歪む。

「どうした、ローザ?」

「お風呂……今……メグが入っている……」

「それがどう……」

言いかけて、フレッグははっと気がついた。

「ヤバイ!」

フレッグは慌てて部屋を飛び出した。



***



アジトに着くなり、スノウは大浴場に案内された。難しい話は明日に回して、今夜はゆっくり休むようにハンスに言われたのだ。

「何だか……申し訳ないわ……」

服を脱ぐと、スノウは扉に近づいた。中からシャワーの音がする。

「誰か入っているのかしら?お邪魔しま……」

その音の主を目に止めると、スノウは言葉を失った。見覚えのある、スラリとした背中。その人もこちらを振り返っている。赤い巻き毛の下から覗く瞳と目が合った。



***



「お?」

スノウを大浴場に案内した帰り道、ハンスはこちらに走ってくるフレッグの姿を見つけた。

「ケロちゃんじゃん。どうした?」

「スノウは?」

いつものように掴みかかる反応は見せず、ハンスは内心ガッカリする。

「はいはい、スノウちゃんね。さっきお風呂場に案内したよ」

「すぐに……」

呼び戻せ……そうフレッグが言おうとした時だった。

「キャーーーーーッ!!」

悲鳴と共に、大浴場の扉が開いた。そして、身体にタオルを巻きつけたスノウが飛び出して来た。

「…………」

「あー……スノウちゃん、ゴメン、先に人が入っていたんだね」

「ごめんなさい!私、お風呂まちがえたみたいで……ってあれ?」

スノウは入り口付近に立っている二人の人影を見て、首をかしげる。こちらに背を向けて立っているのは、確かにハンスだ。

「兄さん、すまない。今しがた、女の子が来たんだが……」

スノウの後ろから、ハンスによく似た声が聞こえた。振り返るとそこに立っていたのは、さっきのハンスにそっくりな人物だ。濡れている体の上に服を着たようで、いたるところに水滴が付いている。

「スノウちゃん、ごめんね。そいつは俺の双子の妹で、マルガレーテって言うんだ」

妹と言われてよく見ると、確かに服の上からでも凹凸があることがわかる。スノウは自分の勘違いに気がつくと、すぐに頭を下げた。

「ごめんなさい!私、失礼なことを……」

「いや、いいんだ。よくあることだから」

マルガレーテは優しく微笑む。兄と同じく美しい笑顔だ。

「メグもシャワーの途中だったろ?もう一回、スノウちゃんと入り直してきなよ」

「そうだな、行こうか?」

「は……はい!」

「あとさ、スノウちゃん」

ハンスは背中を向けながら、もう一度声をかける。スノウはまた、キョトンと首をかしげた。

「俺は見てないからね。お・れ・は」

何のことだろうと思っていると、マルガレーテがタオルを指差す。

「っ!?」

そこでようやく自分の姿に気がつき、慌てて脱衣所に駆け込んだ。マルガレーテも苦笑を浮かべながら戻っていく。

後に残されたハンスは、扉が閉まった音を聞いてから振り向いた。

「ケロちゃんには、ちょっと刺激が強かったよね〜」

いつもの名を呼んでからかってみせるが、反応がない。心配になり、目の前で手を振ってみせるが、やはり反応しない。

「ちょっと違うかもしれないけど……こういうの、蛇に睨まれたカエルっていうのかな?」



***



ゆっくりお湯に浸かり、疲れを取った後、スノウは二人部屋に通された。二つあるベッドの片方には、アーサーがすやすやと寝ている。

「いろいろあって、疲れちゃったね……」

そっとアーサーの柔らかい髪を撫でる。すると、アーサーの頬を一筋の涙が伝った。

「せん……せ……」

小さな唇からこぼれた声は、確かにそう言っていた。スノウは白い指でアーサーの涙を拭う。

「そうだよね……さみしい……よねっ……」

張り詰めていた線が切れたように、スノウはその場に膝から崩れ落ちた。我慢していたものが、嗚咽と共に溢れてくる。

「ごめんね……ごめんね……」

誰に対する言葉なのかは分からない。ただ、そう言わずにはいられなかった。このやるせなさを払拭する術を、彼女は知らなかったのだった。