複雑・ファジー小説
- Re: あなたに出会う物語 ( No.12 )
- 日時: 2017/08/29 15:07
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
〈Chapter3〉
「あーん、もう!ムカつくなぁ!!」
女は金色の長い髪を掻きむしった。不思議なことに、女の白いひたいには、石榴のような石が埋まっている。30前後と思われるが、内面はまるで子供である。ゴシックロリータに身を包み、いつまでも若く見せようという魂胆がうかがえる。
「まぁ、ブライアったら。そんなに怒ってばかりいると、シワが増えますわよ」
大柄な女が口を開いた。そしてすぐに、目の前に並べられたお菓子を、次々と口に放り込んでいく。この女もひたいには、琥珀のような石が埋まっている。年は同じく30前後であろうが、ブライアという女に比べると、この女は二回りほどふくよかだった。
「ハッグは、それだけ皮が張っていたら、シワの心配とは無縁だよね。だいたい、今回はあんたの悪魔が使えないせいで、武器庫が守れなかったんじゃん!」
皮肉交じりの言い方に、ハッグと呼ばれた女は菓子を食べる手を止めた。
「なんですって?」
「あんたのせいで、こっちは大事な戦力を削がれたって言ってんの。この豚魔女!!」
2人は同時に懐から杖を取り出す。そして、互いに向けようとした時……
「おやめなさい」
鈴のような声が響いた。彼女たちが声のした方を向くと、そこにはこの世のものと思えぬ美少女が立っていた。長い黒髪を後ろに束ね、白いシャツに黒いパンツの、凛々しい少女だ。
「お2人とも、お母様がお呼びですよ」
女性が告げると、2人は杖をしまった。
「ごめんなさい、プリンセス・エラ」
「ご足労をおかけしましたわ」
そして、彼女に一礼して退席しようとする。後に残された少女・エラは、そんな2人を見送る。
「良きに計らいなさい。全ては……魔女パンドラの娘を……スノウを殺すため……」
***
「りす!」
「……スリジャヤワルダナプラコッテ」
「て……て……テント!」
「……トリスタンダクーニャ」
「ちょっと、ローザ!5歳相手に本気出し過ぎ!」
ハンスでも耳慣れない単語が出てきたので、慌てて止めに入った。最初はローザがアーサーと遊んでくれているのだと思い見守っていたが、途中からしりとりがローザの知識自慢になっていた。アーサーは悔しそうに涙を浮かべ、ハンスの服の裾を掴んでいる。
「アーサーくん、向こうで俺とつみきしよっか?」
ハンスが提案すると、アーサーはパッと顔を輝かせて付いて行った。そんな2人の背中を、ローザは寂しそうに見つめている。
「ごめんね、ローザちゃん。せっかく遊んでくれていたのに……」
スノウは申し訳なさそうに謝った。そして、淹れてきたミルクティーをそっとローザに差し出した。
「いいの……ハンスはいつも……私のそばにいてくれるから……」
ローザの言葉に、スノウは目を丸くする。ローザは表情一つ変えずにティーカップを受け取る。
「怖い夢……見るといつも、ハンスが手を繋いでいてくれるの……」
「ローザちゃんはハンスさんが好きなの?」
スノウは自分の分のティーカップを手に取りながら言った。スノウの問いかけに、ローザは首を縦に振った。
「当たり前だよ……だって……お父さんだもの……」
まさかの返事に、スノウの手からティーカップが滑り落ちた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.13 )
- 日時: 2017/08/29 15:19
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
スノウが廊下を歩いていると、先方から話し声が聞こえる。
「なぁなぁ、せやからスパゲティバイキング行こう?」
「兄さんを通してくれ」
「ここ、カップルで行ったら、割引やねん」
「兄さんを通してくれ」
マルガレーテと眼帯の男だ。しつこく誘われているマルガレーテは、疲れた表情をしていた。スノウの姿が目にとまるなり、マルガレーテはこちらに向き直る。
「スノウ、どうしたんだ?」
「いえ、アーサーの様子を見に行こうと思っていて……あの、メグさん。そちらの方は?」
普段は感情を顔に出さないマルガレーテだが、この時は心底鬱陶しそうな顔をしていた。
「……こいつはジャクソン・ビーン。ジャックと豆の木の主人公の生まれ変わりだ。ジャック、こちらはスノウ・ヴァイス……」
「お〜お〜、噂の白雪姫か!めっちゃかわええやん!なんや、フレッグには勿体無いな〜」
気圧されたスノウの顔にも、苦笑が広がる。
「お……お知り合いなんですか?」
かろうじて声を絞り出した。
「知り合いも何も、アイツはこの俺が育てたってん!アンタのことも、よう聞いてんで!」
ジャクソンは、スノウの手を取りブンブン振り回す。スノウが肩の痛みを感じたころ、ようやく解放された。そして周りを見渡すと、いつの間にかマルガレーテの姿が消えていた。
「オーマイハニー!!どこ行ったんや!?」
「ハニーって……お二人は恋人なんですか?」
「今はまだな。でも、いつか振り向かせたんねん!」
なんという図太……辛抱強さだろう。フレッグを育てたという割には、性格が明るすぎるとスノウは感じた。
「フレッグさんとは対照的ですね……」
「確かにせやな。まあ、メンクイは似てしもたみたいやけど……?」
ジャクソンは舐め回すようにスノウを見る。当のスノウは、きょとんと首を傾げていた。
「こら、前途多難やで……」
「なにがです?」
「なんでもあらへん!そういや、スノウちゃんはフレッグに戦闘術を習ってるらしいな?アイツのこと、もっと知りとない?」
不憫に思ったジャクソンは、スノウの興味を少しでも引きつけてやろうとヤキになっている。
「は……はい……」
「せやろ!せやろ!!ほな、俺にちょっと付いてきな!」
半強制的な気はするが、スノウは大人しく、ジャクソンに手を引かれて行った。
***
「お!おった、おった」
案外すぐにフレッグは見つかった。先ほどから廊下で行ったりきたりを繰り返し、なにやらブツブツと唱えている。
「やっぱり『おはよう』と話しかけるべきか?でも、もう昼だしな……かといって『こんにちは』はちょっと堅苦しいんだよな……にしてもこの雑誌、こういう時の対処法書いてねぇじゃねえか。なにが『異性への話し方全書』だ」
「悪い、流石にそこまでこじらせてると引くわ」
「うわぁぁぁあ!?ジャック!お前、いつからそこに……ってスノウ!?」
突然声をかけられたことに驚き、そして必死に話しかけようとしていた少女が背後にいたことにさらに驚き、フレッグほその場にひっくり返った。
「『もう昼だしな』の辺りやな。さっきからせわしねえな、このDTは」
「うるせえわ!あと、女の前で……モゴモゴ……とか、言うな!!」
「あの……D.T.さんって誰なの?」
「ド○ルド・トランプさんだ!!!」
ひとしきり叫んだあと、フレッグは肩で息をしていた。横でジャクソンは涼しい顔をしている。
「ぷっ……あははっ」
こんなに振り回されているフレッグを見て、スノウは思わず吹き出してしまった。
「ス……スノウ?」
「ごめんなさい。でも、いつも真面目なフレッグさんが、こんな風になるんだって思って……ジャクソンさんは育てたって言ってたけど、本当の兄弟みたい……」
意外な言葉に、フレッグとジャクソンは互いをちらりと見やる。しかし照れ臭くなって、すぐに目線をそらした。
「まあ、メグとハンスやったって……」
「いや、あれは本当に兄妹だ」
そう言えば、とスノウは先ほどのローザの言葉を思い出す。
「さっき聞いたんだけど、ローザちゃんとハンスさんは実の親子なの?」
すると、フレッグは首を振った。
「ローザは幼い時に親を亡くしていて、ハンスがそれを引き取ったって聞いてるな。俺もその時はまだ10歳で、入軍したてだったから、詳しくは知らないが……」
「ローザちゃんって、そんなに昔から革命軍にいるの!?」
スノウは驚きの声を上げる。
「そらそうや。なんたってローザの母親は、前革命軍リーダーやからな」
- Re: あなたに出会う物語 ( No.14 )
- 日時: 2017/08/29 15:23
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
アジト内・屋内闘技場
スノウは、フレッグと向かい合って立っていた。互いに応戦体制をとる。
「遠慮はいらない。本気で打ち込んでこい」
「ええ!」
スノウは返事と共に、フレッグに目掛けて真っ直ぐに氷の礫を飛ばした。フレッグはそれを、ひらりと横にかわす。外れた礫は、フレッグの後方で弾けて粉雪となる。
「くっ!」
今度は両手から礫を飛ばした。それらはフレッグを挟み込むように、両側から飛んでくる。フレッグは冷静に、スノウの方へ跳躍することでその攻撃をかわした。そしてそのまま突進し、スノウに拳を突き出す。
「っ!?」
スノウは思わず、目をつぶって身を強張らせた。しかし、痛みはない。そっと目を開けると、フレッグの拳は、スノウの身体に当たる寸前で止められていた。
「初心者にしては、よく戦えていると思う。ただ、戦術が単調だな……」
「戦術……」
スノウは自信なさげに俯いている。フレッグはかけてやる言葉を探して、困ってしまった。するとそこに……
「スノウちゃんに、ケロちゃん!何やってんの〜〜?」
突き抜けるような明るい声が響いた。ハンスである。呑気に手をひらひらと振りながら、二人の方に近づいてくる。
「スノウ、ちょっと耳を貸せ」
「え?何?」
スノウの耳元に顔を近づけるフレッグを見て、ハンスはニヤニヤと笑う。
「あらやだ!ケロちゃんてば、積極て……あだだだだ!ケロちゃん、俺の足踏んでる!踏んでる!!」
踵でグリグリとたっぷりサービスをしてやると、ようやくフレッグは足を離した。
「ハンス、スノウの実践練習に付き合ってくれないか?」
意外な言葉に、ハンスは目を丸くする。
「へ?俺?いいけど……あ!」
ハンスはニヤリと笑う。何かを悪巧みしているときの顔だ。
「じゃあさ、勝った方が負けた方になんでも質問できるっていう条件付きでどう?」
「え?」
スノウは困った顔でフレッグの方を見た。フレッグは無言で頷く。
「言っとくけど、舐めてると痛い目にあうからな?」
了解を得たハンスは、笑顔を輝かせる。
「よしよし!訓練だから、俺は木剣ね!」
そう言ってハンスは、懐から取っ手のようなものを取り出した。ハンスが握りしめると、それは木剣に変わる。
「いくぞ?」
ハンスの準備が整っているのを確認して、フレッグは二人の間に手を伸ばす。この手が上がるのが、開始の合図らしい。
「用意……始め!」
その言葉が聞こえるとすぐに、ハンスはスノウの方に踏み込んだ。スノウはあわてず、ハンスに向けて真っ直ぐに氷の礫を飛ばした。そして、心の中で、フレッグに耳打ちされた言葉を反芻する。
ーー武器を持っているやつは、武器で攻撃を防ごうとする。それを逆手に取れ。
ハンスは果たして、フレッグの言葉通り、氷の礫を木剣で受ける。すると、礫は木剣に触れるなり弾けて、粉雪が辺りに舞った。
「な!?」
視界を奪われたハンスは、目元の雪を払おうと、目の高さで木剣を振るう。
「勝負ありだな」
フレッグの声が聞こえた。ハンスには、何が起きたのか分からない。しかし、視界が晴れるに連れて、その言葉を飲み込んだ。長身なハンスの目の高さで振るわれた木剣は、小柄なスノウのはるか上でからぶった。対してスノウは、彼女の武器を、すなわちその白い手を、ハンスの心臓の位置に当てていた。
「ありゃ……これは参りました……」
ハンスは存外に、あっさり負けを認めた。木剣は元通り柄だけになり、ハンスの懐に収まる。
「まあ、男に二言はないからね。さあ、なんでも聞きたまえ!」
そして、両腕を大きく広げた。スノウは扱いに困った顔をしている。
「えっと……それじゃ……どうしてハンスさんは、ローザちゃんのお父さんになったんですか?」
一瞬、ハンスの顔が凍りついた。しかし、それはすぐに溶け、頭をかきながらフレッグの方を向いた。
「ケロちゃん……バラした?」
「いや、先に誰かから聞いていたみたいだ」
「まあ、いいけど……」
長い話になるからと、ハンスは二人に座るように促した。そして、フレッグにどこまでを話したのか確認する。
「ローザは英雄の一人・いばら姫の生まれ変わりだ。ローザの父親は、ローザが生まれてすぐに、いばら姫の魔女・ブライアに殺された。ローザの身を案じたステラ……ローザの母親は、あの子を守るために、この革命軍を発足したんだ」
スノウはふと、先生のことを思い浮かべた。彼も白雪姫である自分を匿ったために、女王に殺されたのだ。
「ステラも結局、戦いで命を落とすことになってしまった。その時に、彼女に頼まれたんだ。ローザを頼むって。だから、俺はローザの父親になるって決めたんだよ」
そう言うと、ハンスはパッと顔を上げた。
「はい!俺の暗〜いお話は終わり!柄にもない語り方したら、なんか照れるわ〜〜」
そして、どこか悲しさを帯びた笑顔を見せた。悪いことを聞いてしまった気がしたスノウは、表情を曇らせる。
「まさか、お前に真面目な物の考え方が備わっていたなんて……」
「ちょっと!ケロちゃんの中で、俺ってどんな扱いなの!?」
「ただのバカ」
「ひどい!」
そんな会話をしながら、フレッグはスノウに出て行くように手でサインをする。スノウはその気遣いに甘え、一言声をかけてから闘技場を出て行くことにした。
後にはフレッグとハンスが残された。ハンスは伸びをした後、その場にゴロリと寝転がる。
「あーあ、スノウちゃんに好きな人いるか聞きそびれたなぁ……」
若干、フレッグが残念そうな顔をする。
(そういうことは、先に言えよ……)
ハンスは隣で、歯をむき出しにして笑ってみせる。フレッグは、考えていることがいちいち表情に出るので、分かりやすい。
「ケロちゃん……人間てさ、いつか死んじゃうんだよ……」
ポツリとハンスがこぼした。フレッグは、怪訝な顔でハンスの方を向く。
「またいつかでいいやなんて思わないでさ……思ったことはその時に言わないと……」
「……言いそびれたことがあるのか?その、ステラって女に」
ハンスは黙った。そして、目を覆うように、右手を置いた。図星のようだ。会話が続かなくなったフレッグは、ハンスを一人残して闘技場を去った。
「言えなかったんだよ。俺は…………だから」
誰もいない闘技場で、ハンスは一人呟いた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.16 )
- 日時: 2017/08/29 15:25
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
それは、好奇心だった。
今、少年の前に扉は開かれている。外へと通じる扉だ。少年はワクワクした気持ちでくぐり抜ける。あれほど大人たちから言われた言葉も、今は心にない。
ーーアーサー君、外に出てはいけないよ。でないと……
「悪〜い魔女に、連れ去られちゃうわよ?」
女は不気味に笑う。女のひたいには、柘榴石が輝いていた。
***
「見つかったか?」
「いや、まだや……」
スノウが闘技場から帰ってくると、マルガレーテとジャクソンが慌ただしく駆け回っていた。
「どうしたんですか?」
スノウの声に、はっと2人は振り向いた。そして、気まずそうな顔をしている。ややあって、ジャクソンが口を開く。
「アーサーが、キッズルームから消えてもたんや……」
瞬間、スノウの顔が凍りつく。パニックを起こし、声が出ない。
「今、アジト内を手分けして探しているんだが……」
マルガレーテはそこで言葉を切る。それは、最悪の場合、すなわちアーサーが外に出てしまっていることを想定しているからだ。
スノウの身体が、ガタガタと震えだす。足の力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった時……
「ローザを頼ろう」
後ろから、それを支える腕があった。フレッグだ。
「フレッグさん……」
スノウは、光のない目で彼を見上げる。
「俺たちは先にローザのところに行く。ジャックとメグは、闘技場にいるハンスを呼んできてくれ」
フレッグは指示を出すとすぐに、スノウの手を引き、ローザの部屋へ足を向ける。
「分かった!すぐに戻る!」
マルガレーテも返事をすると、ジャクソンとともに、足早に反対方向に向かった。
「大丈夫だ。お前には革命軍(おれたち)がついている。だから、そんな顔するな」
スノウは、自分がいつの間にか涙を流していることに気がついた。スノウは嗚咽を漏らしながら、ただ何度も頷いた。
***
「……という訳だ。ローザ、すまないが、アーサーの夢を見てくれないか?」
「……分かったわ……」
ベッドで横になりながら、静かにローザは返事をした。そして、目を閉じる。不思議なことに、彼女はものの数秒で寝息を立て始めた。
「フレッグさん、これは……?」
「ローザの呪いの反動だ。ローザは呪いのせいで、眠ると悪夢しか見ることができない。その代わり、他の人間の悪夢を盗ることが出来るんだ」
眠っているローザの指が、ピクリと跳ねた。息も荒くなっている。
「ローザちゃん……」
スノウは、申し訳ない気持ちを抱きながら、その手を握った。こんなに怖い思いをしても、自分の頼みを聞いてくれているのだ。自分よりも4つも年下の、この子が。
「……っ……」
スノウが手をとると、心なしかローザの呼吸が整ってきた。
「驚いたな……」
フレッグが呟く。
「え?」
「ハンス以外の人間が、ローザをこんなに落ち着かせるところは見たことがない」
フレッグは感心したように、ローザの寝顔とスノウを交互に見つめた。
ガチャリ
突然、後ろからドアの開く音がした。ハンスだ。
「話は聞いたよ」
ハンスはそう言って、スノウと場所を変わろうとする。
「フレッグ、スノウちゃんに何か温かいものを。スノウちゃんは今、スノウちゃん自身が思ってる以上に動揺してる。少し落ち着かせてあげて」
「……分かった」
フレッグは二つ返事で、スノウを立たせる。スノウもおとなしくローザの手を離し、フレッグの後をついていった。
後に残ったハンスは、そっとローザの頬を撫でる。
「本当に、よく似てきたよ。ステラに……」
少し苦しそうに、ハンスは微笑む。彼女の笑顔が、ローザの寝顔に重ねて見えた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.17 )
- 日時: 2017/08/29 15:27
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
白い天井が見える。壁もすすけてはいるが、白い。正方形の部屋の中、自分はベットの上に横たわっていた。周りには、器具の載ったたくさんの台、瓶や本の敷き詰まった棚、大きな金属製の扉。
起き上がってみようと思うが、金縛りにあったように体が動かない。そのことに恐怖を感じていると、扉の向こうからカツカツと足音が聞こえた。足音はだんだんと近づいてくる。そしてとうとう、扉は開かれ、足音の主が姿を見せる……
「ブライア!!」
ローザはそこで目を覚ました。傍らには、ハンスが手を握って座っている。
「ブライアだって……?」
「アーサーの悪夢に……ブライアが……きっと攫ったのは……」
夢から覚めても、動悸が止まらない。8年前の悪夢が蘇る。ローザは胸を押さえながら声を絞り出した。ハンスはそんなローザの背中を、優しくさする。
「ローザ、アーサー君の周りには、何があった?」
ハンスの問いかけに、ローザは心を落ち着かせ、鮮明に思い出そうとする。
「真っ白な……でも、古びた部屋……真ん中にベットがあって……あれは……実験室……?」
ローザの言葉を頼りに、ハンスは考える。
ーーアーサー君が消えてから、時間はそんなに経ってない。短時間に移動できる距離にあるのは……
「ゲルハルト廃病院!ありがとう、ローザ!」
ハンスはすぐにローザの部屋を飛び出した。
***
「了解や」
王立公園の茂みの中で、ジャクソンは小声で答えると通信を切った。昼間でもこの場所に人は寄り付かず、暗い茂みはジャクソンの姿を丁度よく隠していた。
「ゲルハルト病院か……」
10年以上昔に、レジスタンス組織を匿っていたとして、王国軍に制圧された病院だ。どんな病気も立ち所に治してしまうという、曰く付きの名医がいたそうだ。
「ほな、いっちょやったるか!」
ジャクソンはそう呟いて、地面に座り込んだ。そこには、生え際で刈り取られた、何かの植物の切り株がある。ジャクソンはその上に手を載せた。
すると不思議なことに、ジャクソンの手は植物のように変形する。そして、切り株とジャクソンの身体は、元々は一本の木であったように接合された。
ジャクソンが人食い鬼に掛けられた呪いは、豆の木に身体を寄生される呪い。しかしその反動で、ジャクソンは体の一部を、豆の木のように伸ばしたり、接ぎ木したりすることができるようになった。
今、ジャクソンは地中深くに張った根を、廃病院の方へと伸ばしていった。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.18 )
- 日時: 2017/08/29 15:30
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
スノウとフレッグは、ジャクソンから送られた院内図を元に、廃病院の裏から侵入した。足音を立てないようにして通路を突っ切り、曲がり角で足を止め、周りの気配を探る。するとフレッグは違和感を覚えた。
「おかしい……物音ひとつしない……」
フレッグの聴覚は、常軌を逸している。それをもってして音を拾えないというのは、奇妙なことだった。
「スノウ、念のため、外に待機しているメグに、悪魔を呼び出した気配がないか尋ねてくれ」
スノウは頷き、通信機でその旨をメグに問いかけた。
「メグさん、フレッグさんが敵の気配を感じないと言っていて……悪魔の気配はありますかと……」
「ハッグは悪魔を召喚するときに、印章をどこかに描くんだ。今、病院の周りを探しているが、どこにもそのような物は見当たらなくてな……」
フレッグはその優れた耳で、メグの話を聞いていたらしい。そうかと呟くと、足音が響くのも気にせず、走り出した。スノウは驚きながらもその後を追う。
「フレッグさん、危ないわよ……」
「メグも言ってたろ、悪魔はいないって。それなら、急いでアーサーを助けに行った方が得策じゃないか?」
フレッグは落ち着いた体裁を装って話す。その裏には、事後であるという可能性に対する不安があった。ブライアがアーサーに手を下した後であれば、敵がいないことも頷ける。スノウはそんなフレッグの考察も知らず、ただただ彼を追いかけた。
***
一階の奥、手術室。そこが彼らの目的地だった。フレッグは、鍵のかかった鉄扉を、力尽くでこじ開ける。中には……
「アーサー!!」
探していたその少年が、穏やかな寝息を立てて、手術台に寝かされていた。身体は台の上に固定されているが、無事なようだ。スノウにとってアーサーは、残されたただ一人の家族と言っていい。スノウはアーサーの元へ、躊躇なく駆け寄ろうとした。
「……待て、スノウ!罠だ!」
フレッグの制止が聞こえるよりも早く……
カチッ
スノウが手術室に足を入れた途端、何かの作動音が聞こえた。
「え……?」
スノウがよく部屋を見渡すと、アーサーの手術台の下に、不審な機械を見つける。スノウが部屋に入ったことでスイッチが作動し、時限式で起爆するようになっていたらしい。
「スノウ、アーサーの拘束を解け!」
考えるより先に、フレッグは指示を出していた。スノウはその言葉にハッとし、言われた通り、アーサーの拘束を解く。
フレッグは、アーサーに巻き付いたベルトを外しながら考えていた。
(さっきのでスイッチが入ったとして、あとどれくらいの猶予があるんだ?狡猾なブライアのことだ。きっと俺が2人を担いで逃げ切れる余裕は無いだろう……)
フレッグはアーサーの最後の枷を外すと同時に、部屋の隅のあるものに目を止めた。よくよく思い返せばこの部屋は、実験室のような造りをしていて、その用途でも用いられていたようだ。
(だから、こんなものがあるのか……)
それはシェルターのようなものだった。大柄な成人男性一人分ほどの容量の。
(だが、女子供なら……)
フレッグはスノウとアーサーを、両手に抱える。
「え?フレッグさん!?」
そして2人を、乱暴にシェルターに押し込んだ。
「待ってフレッグさん!あなたはどうするの?」
「体格を考えろ。俺が入れば、容量オーバーだ」
フレッグはそのまま、扉を閉めようとする。スノウは隙間から手を伸ばし、それを止めた。
「待って、それなら私の代わりにあなたが中に入って!こうなったのも全部、私が……」
フレッグは、隙間から伸びた、その白い手をとる。そして、やや開いた扉の間から……
「フレッグさ……」
スノウにそっと口づける。
「守らせてくれ……好きだから……」
そして、スノウの身体を引き剥がし、シェルターの扉を閉めた。内側から、スノウが扉を叩いている音が聞こえる。何度も自分の名前を呼んでいる。
「ハンス……俺、言えたよ……」
そして、フレッグは固く目を閉じた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.19 )
- 日時: 2017/08/29 15:32
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
カチ……カチ……
フレッグは、タイマーの音を静かに聞いていた。ジャクソンに拾われ、革命軍に入り、子供の頃には手に入らなかったものを、たくさん手にいれた。もう十分だ。走馬灯のように蘇る思い出を胸に、あとは終わりを待つだけ……
「……い……レ……」
兄の声がする。いつもはうっとうしく思うのに、こんな時になって会いたくなるとは。そうして、日頃の言動を顧みてももう遅い。
「……いや、さすがに遅すぎねえか!?」
いつまで待っても爆発は起こらない。タイマーの音すら、いつの間にか聞こえなくなっていた。
「おい!フレッグ!聞こえとるんか!?」
その声は幻聴ではない。確かに彼の声は、通信機のイヤホンを通して、フレッグの鼓膜をつきやぶらん限りに呼びかけていた。混乱と激痛が、フレッグの脳を襲う。フレッグは通信機を耳から遠ざけながら答えた。
「聞こえてる!だからそんなに叫ばないでくれ!」
「なんや、無事みたいやな?念のため、爆弾を確認してくれや」
「なんでお前が爆弾のことを……」
「ええから!」
何が起きているのかよくわからない。恐る恐る手術台に近づいた。そして、その下を覗き込む。そこにあった爆弾は、植物のツタが絡みつき、機能を停止しているようだった。
「止まってる……お前がやったのか?でも、どうして……?」
「メグに感謝せぇよ?アイツが爆弾のことを教えてくれたんや」
「メグが?なんで病院内のことを……」
フレッグはふと、そこで言葉を切った。
(待てよ、最後にメグに通信したのはいつだ?)
フレッグは自問自答を始める。たしか、マルガレーテには悪魔召喚の痕跡があるかを確認した。
(その後……スノウは、通信を切ったか?)
フレッグはそれを確認していない。もし、スノウが今まで通信を切っていないとしたら……もし、マルガレーテが今までの会話を傍受していたとしたら……
「……ジャック」
「なんや?」
「俺、今すぐ死にたい」
「なんでや!?せっかく助けてやったのに!」
どんな顔をして、彼女に会えばいいのだろう。赤面してしゃがみ込みながら、フレッグはシェルターを開けるかどうか迷っていた。
***
「あれ?結局3人とも生き残っちゃったんだ」
広場を見下ろす鐘の塔。その屋根に座り、女は目を閉じながら呟いた。
「ま、いっか。勅命にあったのは、スノウ様の抹殺命令だけ……」
女は目を開き、ニタリと笑みを浮かべる。
「坊やさえ生きているなら……この勝負、私の勝ちね、ハッグ?」
夕暮れの広場に、不気味な魔女の高笑いが響き渡った。
***
夕陽を正面に浴びながら、フレッグはアーサーを背負い、スノウと並んで歩いた。二つの長い影が、踵から伸びている。
(き……気まずい……)
廃病院を出てからというもの、ほとんど会話をしていない。まともに恋愛経験のない2人には、この沈黙を打破する手段がなかった。
(ヤバい。マジで話題がない。こんな時に、ハンスかジャックがいれば……)
と、そんなことを考えていると、前方に長い影を視認する。
(やっぱり、さっきの無し。コイツ、絶対イジってくる……)
ハンスだった。逆光のせいで表情が読めないが、赤い巻き毛は見間違いようがない。何より、彼が手にしている武器こそ、彼がハンスである証拠だ。
「アーサーくん……見つかったんだ」
ハンスの声は、珍しく覇気がなかった。しかしその声に沈黙は破られた。スノウは、精一杯の笑顔を浮かべる。
「はい!一緒に探してくださって、ありがとうございます!」
礼を言いながらスノウはハンスに駆け寄った。
「スノウちゃん……」
相変わらず、彼の声には覇気が無い。ハンスは、駆け寄ってくる彼女を……
「君は……見ない方がいい」
りんごの呪印……ちょうど、うなじに手刀を落とし、彼女の意識を奪った。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.20 )
- 日時: 2017/08/29 15:35
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
少女は走った。か細い足を懸命に動かして。自分の力で外に出たのはいつぶりだろう。普通の人間には朝飯前な距離でも、少女には千里にすら感じられる。何度もつまずきそうになり、足を止めようとした。しかし、そこで足を止めてしまえば、間に合わないような気がした。
「ハンス……もう……泣かせない……」
しろがねの光を手に、ローザは父のもとへと急いだ。
***
「気でも狂ったか、ハンス!?」
ハンスの剣が、フレッグの耳元をかすめる。アーサーを背中から前に抱え直し、フレッグはハンスの斬撃を避けた。あと一瞬でも出遅れていたら、アーサーに当たっていただろう。一撃目を外したハンスは、フレッグの左腕、すなわちアーサーを抱えている腕を執拗に狙ってくる。
(標的はアーサーか!?)
ハンスの間合いにいては、アーサーを守れない。そう判断したフレッグは、大きく後ろに跳躍した。そして小型通信機を耳から外し、ハンスの利き手にめがけて投げつける。フレッグの腕力で打ち出せば、それは立派な弾丸だ。
キンッ
先に見切ったハンス、は剣を盾に変えてそれを防ぐ。弾丸を弾くとすぐに盾を剣に戻し、追撃しようとフレッグとの距離を縮めようとする。アーサーという枷のあるフレッグに残された選択は
「ちっ!!」
離脱だった。
脱兎の勢いで、旧市街地区に逃げ込む。目標を見失ったハンスは、通信機の電源を入れた。
「メグ、スノウちゃんの介抱をたのむ。それから、ジャックは俺と合流してくれ」
***
「くそっ!何があったんだよ、ハンス!」
アーサーを抱えながら、フレッグは旧市街の家々を屋根伝いに逃げる。
(どこかにアーサーを隠して、ハンスを抑えこもう)
どこか高い場所。それなら、ハンスはすぐに駆けつけられない。対して、ジャンプ力のあるフレッグは、いつでも庇いに行ける。隠し場所は、すぐに見つかった。
「広場の鐘!」
フレッグはまっすぐに、広場の方へ走った。しかし、鐘が近づくにつれて、あやしい人影が目にとまる。それは、派手な衣装に身を包んだ魔女だった。
「ブライア……相変わらず、悪趣味なドレスだな」
「ほ〜〜んと、フレッグって女の扱いがなってないよね。こんな美人に、そんな酷い言葉を浴びせるなんて……」
夕陽に照らされた魔女は、歪な笑みを浮かべる。
「は!寝言は寝て言え……」
「ま〜〜ったく、エビルダはこんなカエルのどこがいいんだか……」
ゾクリと、フレッグの背筋に悪寒が走る。
「ブライア……お前、こんなところで何してる?俺たちを殺しにきたのか?」
「半分あたり?本当はスノウ様を殺しに来たんだけど」
フレッグの胸に、疑問が広がる。
(スノウ……様?)
「でも、アンタを殺すとエビルダがうるさいんだよね〜〜。あの人、アンタにゾッコンだから」
ふふっと笑いを漏らすブライア。対してフレッグは、先程から口にされる忌まわしい名に、心なしか震えていた。
「半分と言うのは……お前が殺したいのは俺じゃないということか?」
やや臨戦態勢を強めながらフレッグが問う。ブライアはもったいぶるように、言葉を濁し、また口を開く。
「そうじゃなくてぇ……」
刹那ーーフレッグは首筋に鋭い痛みを感じる。両手で首を抑えて、その場に膝をついた。指の隙間から、生温かいモノが流れ落ちる。
「アンタたちを殺すのは、そこの坊やだってこと!」
ブライアの声にフレッグが顔を上げると、口から鮮血を滴らせ虚ろな目をしたアーサーが、こちらを見下ろしていた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.21 )
- 日時: 2017/08/29 15:40
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
雨の降る広場。女の胸には大きな刀傷。彼女から流れ出る血は、雨が洗い流してくれていた。女の顔は、眠っているように穏やかだ。男は彼女の傍に膝をつき、そっとその亡骸を抱きしめる。
「本当……ひどい女だよ……君は……」
頬を伝う水滴は、雨なのか涙なのか、彼にそれは分からない。やがてそれは滴り落ち、彼女の髪にふりかかった。
「俺の気持ちに気づいてたんだろ!なのに……こんな終わり方……っ」
男は雨空に吠えた。何度も、何度も、愛しいその女の名を呼びながら……
***
「あ………うぁぁぁぁあああっ!!」
フレッグは叫び声を上げた。次から次へと溢れ出す血。痛み、恐怖、驚き、さまざまなものが入り混じり、混乱の渦に突き落とされる。
「なんで……アーサーが……?」
「これが私の魔法……私は、人を操ることができるの。この坊やをどう動かすかは、私の思うまま……」
フレッグがのたうちまわる横で、ブライアはアーサーに向かって何かを放り投げた。アーサーはそれを難なく受け止める。アーサーが振り上げたそれは、銀色に輝くナイフだった。
「じゃ、バイバイ、カエルの王子様」
アーサーは、それを躊躇なくナイフをフレッグに振り下ろした。
キンッ
金属のぶつかり合う音がする。大きな影が目の前に立ちはだかっていた。
「ハンス……」
「……」
まるで、別人のようだ。いつも笑顔を絶やさないハンスが、怒りと悲しみに満ちた表情を浮かべている。突然現れたハンスにおののいたのか、アーサーはフレッグたちとの間に距離をとる。
「大収穫!カエルの王子様に加えて、ヘンゼルとグレーテルもまとめて始末できるなんて……」
ハンスは、キッとブライアを睨みつけた。
「あぁ、でもアンタなら、この坊やも、迷わず殺してしまうかもね」
ブライアは残念そうに、それでいて愉快そうに言った。
「アーサー……も……?」
フレッグが呟く。フレッグの言葉に、ブライアはことさら驚いた表情をした。
「なんだ!ハンスから聞いていないの?」
「……黙れ、ブライア」
襲いかかってくるアーサーの刃を、ハンスはその剣で受ける。アーサーは、ブライアの方にハンスを行かせないつもりらしい。
「フレッグ、そこの男はね」
「やめろ!言うな!!」
ーー言えなかったんだよ。俺は……
制止も虚しく、ブライアは告げる。
「殺しちゃったの。前革命軍リーダー・ステラ……好きだった女をね」
- Re: あなたに出会う物語 ( No.22 )
- 日時: 2017/08/29 15:43
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
ステラは、顔立ちはおとなしそうな割に、やることは豪快な人だった。いつか、ギャングが革命軍を攻撃してきた時だって、ボコボコに打ちのめしてその上仲間に引き入れていた。守るべきものがある女は、強かった。
そんな彼女が、ある日しばらく行方知れずになった。ステラのことだ、戦車で脳天をぶち抜かれない限り死なないだろう。そんな風に考えていたら、ステラはひょっこり帰ってきた。ハンスがいつも稽古をつけている、あの広場に立っていた。ああ、やっぱり……
「おかえり、どうしたの?」
ハンスは、笑いながら問いかけた。すると、彼女は
「ハンス……」
愛用のロングソードを、ハンスたちに向けていた。
「何……?どうしたんだよ?」
「ハンス、お願い……」
躊躇うその表情に反して、彼女の体は否応なくハンスを切りつける。ステラは、絶望を帯びた表情で、ハンスに嘆願した。
「私を殺して……ローザをこの手で殺める前に……!」
***
「ハンス……」
何か言葉を……フレッグが声を搾り出そうとした時、黒い影が彼に覆いかぶさる。
「やい、コスプレ鬼女!怪我人は退却させて貰うで!」
一遍の罵倒を残し、フレッグの姿が消えた。愉悦に浸っていたブライアは、一瞬顔をしかめた。
「こざかしい盗人……構わないわ、アーサー!今はその男を殺すことに専念しなさい!」
魔女の号令とともに、アーサーがハンスに襲いかかる。アーサーのナイフを、ハンスは大振りな剣で受けた。ハンスがそのまま押し返そうとすると、体の軽いアーサーは、難なくハンスの切っ先から逃れ、次の体勢に移る。
「くっ!」
リーチはハンスが勝っているが、アーサーの小さな体躯と反射の速さで、ハンスは劣勢に置かれていた。
「あらあら、お若いリーダーさん。どうして早く殺さないの?あの女はすぐに楽にしてあげたのに……」
「黙れ!」
単にハンスの経験不足か、それともアーサーの無邪気な笑顔が記憶を支配するせいか、子供を相手に剣を振るったことがないハンスは、見る見る間に追いつめられる。
ウサギを追いつめたキツネのように、ブライアは顔を歪ませて笑った。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.23 )
- 日時: 2017/08/29 15:42
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
「ふふ……あははは!」
ハンスとアーサーの攻防を眺めながら、ブライアは笑い声をあげた。
「思ってもみない逸材ね!これならきっと、スノウ様も殺せる!手柄は私のものだ、ハッグ!」
ブライアはアーサーに手をかざす。すると、アーサーの俊敏さが増し、ハンスは防戦を強いられる状態に追い込まれた。
「絶望しなよ、ヘンゼル。アンタじゃ、私を倒せないんだ」
「そうかもね……」
背後から、小鳥のさえずりのような細い声がした。ブライアが振り向こうとした瞬間……
「なっ……!!」
ブライアの胸は、銀色の剣に貫かれていた。豪奢なドレスを、鮮血が染めていく。ブライアはその剣に見覚えがあった。かつて自分が手駒にした女の愛刀だ。背後を睨みつけると、宿敵の姿が視界の淵に入った。
「あなたを倒すのは……私の仕事だから……!」
「キ……サマ……」
そのまま剣から手を離す。剣とともに広場へと吸い込まれていく魔女の身体。それを屋根から見下ろしていたローザは、息をついてその場に座り込んだ。今になって、鼓動が早まる。ふと、父の方へと目を向ける。そこには、意識を失っているアーサーを抱きかかえるハンスの姿があった。
「よかった……間に合って……」
「ローザ!どうして外に……」
ハンスは心配そうにローザの隣に駆け寄った。
「もう……繰り返してほしくなかった……ハンスが……また泣くから……」
ハンスに背中をさすられ、徐々に呼吸を整えていく。ローザは、苦しいながらも、満足そうな笑みを浮かべていた。
***
雨が地面を叩きつける音が鳴り止まない。その音は、ハンスの心の内を表しているかのようだった。腕の中にいる女性は、とうに冷たくなっている。
不意に雨音がやんだ。誰かが傘を差し出している。顔を上げると、そこに立っていたのはこの女の娘だった。
「泣かないで」
震える声でローザは言う。自分だって泣きたいはずなのに、ローザは傘を突き出したまま涙をこらえている。
その強さに、ハンスはどれだけ救われただろうか。ローザのそんな顔を見つめて、ハンスは心に誓った。
(ステラ……君の守りたかったものは、俺がずっと守っていくよ……)
- Re: あなたに出会う物語 ( No.24 )
- 日時: 2017/08/29 15:46
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
数日後
マルガレーテがシャワールームで身体を洗っていると、誰かが入ってきた。湯気でよく見えなかったが、ジャクソンでないことを確認すると警戒を解いた。
「すみません……まだ上がってないのに……」
「スノウ、一緒に入るか?」
スノウは恐縮そうにしながらコクリと頷き、マルガレーテの隣に来る。
「兄さんがすまなかったな。脳に変調はないか?」
「はい、大丈夫です!あと後すぐにメグさんが介抱して下さったから……それに、ハンスさんも、私のことを案じて気絶させたんですし……」
スノウは何やら口ごもった。偶然聞いてしまった、廃病院でのあの会話のことだろうか。
「どうした?」
「あの……メグさん、私って、白雪姫の宿命を負っているんですよね……」
お湯が熱いのか、スノウの頬が紅潮している。マルガレーテがシャンプーを流しながら話を聞いていると、スノウは問いかけた。
「私って……キスした人と結婚しなきゃいけないんでしょうか?」
一瞬、シャワーのお湯が鼻に入る。あまりの激痛に涙が出る。しばらく咳き込んだマルガレーテは、呼吸が落ち着いてから答える。
「ゴホッ……何もそこまで気にかけることはないんじゃないか?……フレッグに何か言われたのか?」
「そう言えば『付き合ってください』って……でも、どこに行くとか、何をするとか、何も聞いてないんです」
なるほど。この子を育てた先生とやらは、よほどスノウのことを大切に育てたらしい。おかげですっかり箱入り娘である。
「スノウ、それはつまり、恋人になってくれと言っているんだ」
「ふぇっ!?」
薄紅に染まった頬をさらに赤らめて、スノウはたじろぐ。ここまで純情だと、見守ってやりたい気持ちが芽生えてくる。しかし、あのフレッグをして、ここまで心を開かせたのはスノウぐらいだろう。
「スノウ……フレッグのこと信頼しているか?」
「え?……はい、いつも助けて下さって、頼りになる人だと……」
「スノウはフレッグのこと、困った時には助けてやりたいと思うか?」
「……はい」
マルガレーテは笑顔をほころばせた。きっとこの子なら、フレッグのことを支えていってくれる。
「スノウ、お前が良ければなんだが……」
***
「「スノウちゃんに告ったぁあ!?」」
「声がでけえ!!」
驚嘆するハンスとジャクソンを、怪我人用ベッドから半身を起こした状態でフレッグが怒鳴りつけた。
(あのtheコミュ障が……)
(自分から言ったやて……?)
詳しく話を聞こうと催促する2人に、フレッグは顔を赤らめながらその場を切り抜けようとする。
「で?スノウちゃんは何て?」
「何も返事は来てねぇよ」
「アホやな!ガンガン押さんかい!」
「普通の女子は、お前のアプローチにはビビるからな!?」
いつものような談笑を繰り広げていると、誰かが部屋のドアをノックした。ジャクソンがドアを開くと、アーサーが皿を抱えて立っていた。紙皿の上に、皮の剥かれたリンゴと、フォークが一本。
「これ、スノウが……」
「なんや!脈アリやん!」
「いや、何で紙皿……?」
とりあえず、フレッグはアーサーから皿を受け取る。ハンスとジャクソンがアーサーとじゃれ合っているのを横目に、切り剥かれたリンゴを1つずつ頬張る。いくつか食べると、紙皿に何か書かれていることに気がついた。リンゴをフォークでどかして、その文字を読む。
『こちらこそ、よろしくお願いします。スノウ・ヴァイス』
思わず顔がニヤける。ハンスやジャクソンにバレたら、またからかわれるだろうが、今はそんなことが気にならないくらい気持ちが満たされていた。
白雪姫のリンゴは、確かによく効いた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.25 )
- 日時: 2017/08/29 15:49
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
「ブライアが倒されたですって!?」
少女は驚愕の表情を浮かべて叫んだ。少女の後ろには、大柄で険しい顔つきをした壮年と、巨体を持った女が控えている。
「左様。何を驚くことがありましょうや、プリンセス」
「ブライアは転生後、特に力を失っておりましたわ。それに、陛下の命を全うせんとして殉死したのです。名誉なことですわ」
少女は考えるそぶりを見せ、やがて静かに告げる。
「お母様はあなたがた2人に命令を与えたはずですね、ハッグ?その点についてはどうお考えなの?」
「お叱りの通り、面目次第もありませんわ。つきましては、私自らが出向き、スノウ様の心臓を納めてご覧に入れますわ」
恭しく言葉を述べるハッグに、男と少女は満足そうに笑みを浮かべる。
「そう……期待しております、ハッグ」
「光栄ですわ、王女殿下」
***
「なにちゃっかり彼女できとんねん!?」
「フレッグやるやる〜〜〜」
魔女を1人打ち破ったことに加え、フレッグに恋人ができたことで、革命軍はお祭りモードだった。酒の入った年長の男2人にはやし立てられ、フレッグは心底鬱陶しそうな顔をしている。隣に座らされているスノウは、そんな様子を見て頬を赤らめていた。
「兄さんもジャックも悪酔いしすぎた。フレッグもスノウも困っているだろう?」
「固いこと言うなや。今度は俺たちの番かもな!」
「メグに手え出したら、斬るぞ?」
ジャクソンの言葉にハンスが突っかかり、論争が始まる。なんだかんだ最終的にはマルガレーテの褒めちぎり合戦になり、居づらくなったマルガレーテはフレッグの隣に座る。
「すまないな……兄さんたちには話すべきじゃなかったか?」
「いや、いいよ。どうせバレるし……色々、気にかけてくれてありがとう」
フレッグは礼を述べると、優しく笑った。幸せを噛み締めているような笑顔だ。スノウに出会ってから、フレッグは表情の数が増えた。最初に出会った頃は、特に女を警戒しているような節があり、マルガレーテはほとほと扱いに困ったものだ。今の彼があるのは、間違いなくスノウのおかげだろう。
ふと、スノウの隣にアーサーがすり寄ってきた。スノウの膝にしがみつき、フレッグを睨みあげている。
「アーサー、どうしたの?」
「……スノウ、フレッグのお嫁さんになるの?」
突然の言葉に、フレッグとマルガレーテは白目を剥く。特にマルガレーテは、内心「あ、やっぱ義姉弟だ」と思ったが、口には出さなかった。どうなのと答えをせかすアーサーに、2人は思考が混乱する。
「どうなのかな?私はそうなれたら嬉しいな」
照れながらもそう答えるスノウの横で、フレッグは1人机に突っ伏して悶えていた。あまりのスノウの純情ぶりに、マルガレーテは見ているだけでも恥ずかしくなる。
「ダメだよ!スノウは僕のお嫁さんになるんだもん!」
突然、アーサーが大きな声で叫んだ。周りの大人たちは目を丸くし、アーサーの方を見る。アーサーはスノウのスカートを掴みながら、わんわんと泣き出した。それを見て、フレッグとマルガレーテは、なんと声をかけていいのか分からなくなった。
「……ちょいと立ちぃや、アーサー」
静まり返った空気を破ったのは、ジャクソンの声だった。
「アーサー、俺と向こうで男同士で話そうや」
アーサーは最初、スノウから離れたがらなかったが、やがてジャクソンに抱えあげられるように連れて行かれた。スノウは後を追おうとするが、ハンスに止められる。
「大丈夫だよ」
スノウは元の席に戻され、ハンスはその隣に座った。
「さぁて、俺もフレッグ坊やの恋話でも聞かせてもらおうかな?」
「はあ!?」
いつもの調子が戻り、宴はまた盛り上がりを見せていた。
***
「はなせぇ!ひげ!モジャモジャ!」
「おい、ストレートすぎて傷つくで?」
廊下に出てジャクソンはアーサーを下ろす。涙と鼻水がジャクソンの服にまでこべりついていた。恨めしげな目で睨みあげるアーサーの頭に、ジャクソンはポンと大きな手をのせる。
「なあ、アーサー。俺もな、お前よりちょっと大きくなったくらいの時、好きな人がおってん」
突然語り出したジャクソンに、アーサーはきょとんと首をかしげる。
「俺が育ったのは、めっちゃ汚い街やった。そん中にな、めちゃくちゃ綺麗な人がおったんや」
年の頃はジャクソンとそう変わらなかっただろう。彼女はいつも、檻の中にいた。ジャクソンはいつか、彼女に自由を買い与えることを目標にし、子供ながら、時に悪事にすら手を染めるようになっていった。
「けどな、その人、突然俺の前から居なくなってしもたんや」
気がつけば檻は空っぽで、手元には大金だけが残った。
「アーサー、スノウはお前の前から消えへんで?いつでも見返してやれる。いつか、フレッグよりええ男になって、奪い返したろうや!」
ジャクソンはアーサーのプニプニした頬を揉む。アーサーはまた泣き出してしまったが、次第に落ち着いてきた。幼いアーサーにどこまでこの話が分かったのかは知れないが、きっとこの思い出も良いものになるだろう。ジャクソンはそのまま、アーサーが眠りについてしまうまで、アーサーの背中をさすっていた。