複雑・ファジー小説
- Re: あなたに出会う物語 ( No.26 )
- 日時: 2017/08/27 01:45
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
〈Chapter4〉
魔女の体が燃えていく。魔女の断末魔は、呪いの言葉だった。焼けただれ、崩れ落ちてゆく身体。髪が焼ける臭い。それに耐えきれなくなった2人は、息を合わせて扉を閉めたのだった。
***
「この所、悪魔による襲撃が絶えないな……」
ハンスは難しい顔をして、地図の一点に赤印をつけた。地図上には今のを合わせて、8点の赤印が付けられている。それらは全て、王都内にある卸売業者の倉庫だった。
「俺たちに物資を届けないようにするためか……このままじゃ、王都全てを道連れにしてしまう」
フレッグも厳しい顔をしている。
ブライアを撃退してからしばらくして、今度は悪魔使いハッグの行動が顕著になってきた。事態を重くみたハンスは、英雄の生まれ変わりたちを呼び出して、今後の指針を決めることにした。
「民衆よりの業者だけを攻撃して、王室サイドのお店は狙われていないんですね……だんだんと女王も手段を選ばなくなってしまいました……」
スノウが悲しい顔をする。散々搾取に苦しんだ挙句、日々の生活に必要なものまで制限されて、国民は今、どんな気持ちなのだろうか……
そんなスノウの横顔を見ながら、フレッグはふと、ブライアの言葉を思い出した。
(スノウ『様』……か。ブライアからしたら敬うべき相手なのか。だったら、なんで執拗に攻撃してきたんだ……?)
「おーい、ケロちゃん。会議中は彼女じゃなくて、こっちに集中してね」
ハンスに言われ、ハッと我に帰る。ハンスやジャクソンがニヤニヤ笑っているのはいつものことだが、マルガレーテまでが温かい目で見守っているのは、少し堪えた。
「今はとりあえず、残りの業者の警護が得策か。戦闘班でないローザ以外で分担しよう」
マルガレーテの提案に一同は頷く。ジャクソンはフレッグを肘で小突くと
「ハンスには、スノウと一緒に行動できるように頼んだるから」
とささやいて、ニカッと笑った。
***
スノウが部屋に戻ると、アーサーが何やら荷物を運んでいた。革命軍で働く人も何人か、それを手伝っている。
「アーサー?何してるの?」
「あ、おかえり、スノウ!」
アーサーは、ぬいぐるみを持ったままスノウに抱きついた。
「ジャックがね『いいおとこ』になるには、まず『じりつ』だって言うから、僕の部屋を作ってもらっているんだ!」
アーサーの言う通り、今までスノウと共有していた部屋から、アーサーの私物だけが運び出されている。シーツやカーテンの用意は、大人たちが手伝っているらしかった。新しいアーサーの部屋は、空き部屋だったスノウの隣の部屋のようだ。
「大丈夫?1人で眠れるの?」
スノウが心配そうに問いかける。
「大丈夫!だって、もう5歳だもん!」
アーサーは自信満々に答えた。スノウは少し寂しく思いながら、アーサーの成長を喜ぶ。スノウがアーサーの髪を撫でると、アーサーは満面の笑顔を浮かべた。
「じゃあ、私もアーサーのお引越し、手伝うね!」
「うん!」
スノウはタンスからアーサーの服を取り出し、アーサーと一緒にまとめていく。服のたたみ方をアーサーに教え、何枚か重ねて隣の部屋へ持って行った。スノウが手伝ったことで、アーサーの引越しはあっという間に終わった。
……その夜、トイレに行くのが怖かったアーサーが、真夜中にスノウを起こしにきたのは、ここだけの話である。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.27 )
- 日時: 2017/08/24 23:42
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
ハンスの指示で革命軍のメンバーは、町の巡回と倉庫周辺の警護を行うことになった。ローザ以外の生まれ変わりたちは均等に分散させ、特に狙われそうな倉庫の警護はハンスとマルガレーテが担当した。ジャクソンの計らいで、スノウとフレッグは共に巡回することになった。
「あのバカ……なんだか、ごめんな?」
「謝ることないわ」
心なしか、スノウは喜んでくれているように見えて、フレッグは照れたように頭をかく。
「しかし、妙だな……」
フレッグの呟きに、スノウは首をかしげた。フレッグは、そうかと思い出す。スノウは気絶していたので、ブライアの言動を知らないのだ。
「ブライアがお前のことを『スノウ様』って呼んでいたんだ。何か、心当たりはあるか?」
スノウは首を横に振る。スノウの孤児院以外での知り合いは、革命軍だけだ。親のことも詳しく知らない。第一、出生自体があやふやだ。誕生日だって、預けられた日になっている。ただ……
「私を孤児院に預けたのは、身なりの良さそうな男だったと聞いているわ。何か、関係があるかしら……」
フレッグは頭を捻らせた。なるほど、ブライアから見て目上の人間が、その男の関係者だとすればしっくりくる。目上の人間の子供なら、敬うべき対象だろう。しかし、それでは殺す理由に矛盾が生まれる。
「謎だらけだな……」
色々な推理を繰り広げているうちに、その夜の任務は終わった。
***
「結局、昨夜は何もなかったね……まあ、今までも、数日おきに襲撃が起こっていたから当然か」
朝方、ハンスが皆を集めて言った。夜通し歩き回っていた団員たちは、もう疲れ切っている。
「昼のうちにゆっくり休んでくれ。しばらくは、昼夜逆転になるから、そのつもりで!」
ハンスの言葉に、団員たちはうなだれる。スノウも疲れ果て、今にも眠ってしまいそうだ。
(アーサー……1人でもちゃんと眠れたかなぁ……)
***
巡回任務は4日も続いていた。5日目、団員たちはまた警備に当てられる。何日も取り越し苦労が続き、団員たちは警戒心が解けていた。
(まずいな……)
マルガレーテは、そんな団員たちを眺めて考える。より民衆に近く、襲撃の可能性が高いのはハンスの担当の倉庫だった。しかし、周りの空気がこれでは、ハッグに隙を突かれやすい。
「おい、雑談の暇があったら、悪魔の紋章でも探してくれ」
「あっ!すみません、マルガレーテさん……」
マルガレーテは近くにいた団員を叱り飛ばした。しかし、どこを探してもそれらしいものはないので、団員たちは探すこと自体やめてしまっている。
(連絡に神経を張っておこう。兄さんに何かあった時に、駆けつけられるように……)
マルガレーテは雑草を踏み分けて進む。それらが不自然に折り曲げられていることにも気がつかずに……
- Re: あなたに出会う物語 ( No.28 )
- 日時: 2017/08/26 17:52
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
「分かりました」
スノウは通信を切り、東の方角を見る。遠くからでも、火の手が上がっているのが見えた。ハンスの予想に反し、襲撃があったのは、マルガレーテの警護する倉庫だった。
「急ぐぞ」
「えぇ……お願い」
スノウが答えると、フレッグは彼女を軽々と抱え上げた。そして、風よりも早く駆け抜ける。2人で走るより、この方が格段に早い。
「やはり、手を読まれていたか……」
ハンスの倉庫の方が重要度が高いため、マルガレーテの方は若干警備を薄くしていた。しかしそれは、敵も簡単に想像しうるものだった。
「でも、おかしいわね」
スノウが呟く。フレッグは怪訝な顔をした。
「マルガレーテさんは悪魔に詳しいはずなのに……何で5日も警護していて、悪魔の印章を見落としたのかしら……」
フレッグも考える。確かに、仕事をきっちりとこなす彼女が、こんなミスをするなんて妙だ。腑に落ちない。
しかし、そんな疑問も、すぐに晴れた。問題の倉庫に着いたのである。そこで2人が目にしたのは……
***
マルガレーテは焦っていた。団員の多くは命からがら離脱できたようだ。しかし、逃げきれなかった数人は、今にも炎に飲まれようとしている。マルガレーテは、そんな彼らを炎から庇うように立ち回っていた。
「まさか……この辺り一帯が、印章の中だったなんて……」
マルガレーテは悔しそうに言った。昼の間に大規模な印章を描いておいたのだろう。マルガレーテが立たされているのは、印章の上なのだ。印章は、ハッグの魔法を受けて、独りでに燃えていた。
炎は、意思を持っているかのように揺らめく。火柱の一本が、マルガレーテの方に伸びてきた。マルガレーテは武器を剣に変えて、炎を追い払うように振るう。すると炎は、まるで攻撃が効いているかのように怯んだ。
(そうか……この炎は……)
マルガレーテは仕組みを理解したらしい。剣を一回り大きくすると、それを地面に突き立てた。炎は剣を恐れるように、その場を引いていく。
「よし、足場ができたぞ!」
マルガレーテの言葉に、団員たちは安堵したようだ。皆、剣の周りに集まる。
ハッグが呼び出した悪魔は、この炎それ自体だ。名はアミー、炎の身体を持つ悪魔だ。故に、悪魔を倒す力があるマルガレーテの武器には、この炎は触れることはできない。
急場を救われ、ひとまずの安心を手に入れた団員たちとは対照的に、マルガレーテは依然、険しい顔つきをしていた。
(全方位を炎に囲まれている……この人たちを連れて、どうやったら脱出できる……?)
炎は勢いを増すばかりだ。ハンスが来てくれなければ、打開策が見つからない。果たして、それまで保つだろうか。
不意に、女の声が聞こえた。
「あの時も、こんな炎の中でしたわ」
聞き覚えがある。いや、魂が覚えている。マルガレーテは唇を噛んだ。こんな時に見つかるとは……
炎に照らされる巨体。額に輝く、琥珀石。
「炎の中に閉じ込められる気分はどうです?今度はあなたの番よ、グレーテル……いえ、マルガレーテ」
「ハッグ!!」
- Re: あなたに出会う物語 ( No.29 )
- 日時: 2017/08/28 00:31
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
ハンスは、急いで妹の元へ向かっていた。スノウ、フレッグ、ジャクソンの3人は、先に到着し多様で、逐一連絡を入れてくれている。
『炎の中にメグが閉じ込められとるみたいや。早うせんと、ハッグに見つかってまう』
「報告ありがとう。すぐに行く!」
取りあえず、炎の正体が悪魔であることが分かっただけでも収穫だった。足を動かしながら、頭では作戦を考える。
(思い通りにいくと思うなよ、ハッグ!)
***
3人は、燃え盛る炎にすっかり足止めされていた。近寄ろうとすれば、舌のように炎が伸びてくる。
「くそっ!メグ!」
ジャクソンは地団駄を踏んだ。他の団員たちは消化活動を試みるも、無尽蔵に生み出される悪魔の炎には効果がないらしい。
(何か……何か方法はないかしら……)
スノウも知恵を絞り、打開策を考える。
(炎の悪魔……そう言えば……)
スノウはふと、孤児院を襲撃された日のことを思い出した。フェニックスも確か、身体が炎でできた悪魔だった。しかし、アミーとフェニックスでは、その大きさが違う。
(それでも、やるしかない!)
スノウは心を定めると、ごうごうと音を立てる炎に立ち向かった。
***
ハッグが、マルガレーテに向かって足を一歩踏み出した。マルガレーテの額に、じわりと汗が浮かぶ。
(どうしよう……どっちが正しい……?)
マルガレーテは迷っていた。この武器があれば、マルガレーテの身だけは守れるだろう。しかし、一度剣を抜いてしまえば、団員たちはアミーの炎の餌食になる。
また一歩、ハッグが近づく。
「迷っていますわね。私のかけた呪いのせいで……」
ハッグに図星を突かれた。確かに、この呪いさえなければ、マルガレーテは命を投げ出しても団員たちを守るだろう。しかしマルガレーテには、どうしても自分の命をかけられない理由がある。
「あなたたちは、どちらか片方が死ねば、もう一方もその後を追ってしまいますものね」
ハッグがまた一歩、足を踏み出した。
そう。ハンスとマルガレーテにかけられた呪いは、一蓮托生の呪い。片方が死ねば、呪いが発動し、もう片方も命を落としてしまうのだ。
マルガレーテの命は、マルガレーテだけのものではない。最愛の兄と、その運命を共有している。
剣の切っ先が届く距離まで、ハッグが近づいてきた。今、剣を抜けば、確実に勝てるだろう。マルガレーテはまだ迷っている。仲間か、兄か、どちらを取るべきか……
もう、ハッグは目と鼻の先にいた。
(すまない……兄さん……)
マルガレーテが覚悟とともに目を閉じた時……
「食らいつけ!」
仲間の声がした。目を開けると、巨大な豆の花が、ハッグを飲み込もうとしている。
「小癪な……」
ハッグを飲み込んでいた花は、すぐに周りの炎によって燃え尽きた。しかし、その一瞬の隙に、2人の間に1人の男が割って入る。
「ジャック……どうして……」
「そら惚れた女のためやったら……たとえ火の中、水の中、風呂の中やで?」
いつもは鬱陶しいその笑顔に、この時ばかりは救われた。マルガレーテは、涙を浮かべながら言う……
「最後のだけは、やったらコロス」
- Re: あなたに出会う物語 ( No.30 )
- 日時: 2017/08/29 04:38
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
マルガレーテは、突然現れたジャクソンに驚くも、その心強さに安心した。しかし、この炎の中で、なぜ彼が無事なのか、疑問がよぎる。ふと、マルガレーテは自分が先ほどより汗をかいていないことを自覚した。
(これは、スノウの……)
マルガレーテは、自分の足元を見て納得する。地面には、辺り一面氷が張られていた。悪魔といえど所詮は炎、水のある場所に火は起こせないのだ。
マルガレーテは後ろを見た。そこでは、スノウが印章に直接触れ、退路を作っている。団員たちはすでに脱出していた。これで心置きなく戦える。
マルガレーテは剣を引き抜き、ジャクソンと並んで立った。
「形勢逆転やな」
「覚悟はいいか、ハッグ!」
そんな2人を一瞥すると、ハッグは何やら手を伸ばし、呪文を唱え始めた。ハッグの手の先には、倉庫がある。
「形勢逆転とは……こう言う時に使う言葉ですわよ?」
倉庫に目を向けると、中から二体の悪魔が現れた。どうやら、昼間のうちに描いた印章は、1つではなかったらしい。現れた姿は、羽の生えた狼と、杖を持った天使に近い人型だ。
「マルコシアス!クローセル!」
ハッグが呼ぶと、二体の悪魔は同時に飛び出した。狙いはスノウだ。二体が一気に飛びかかる。
「させるか!」
その悪魔たちの前に飛び出す影があった。フレッグだ。狼のマルコシアスには蹴りを入れて突き飛ばし、クローセルはその杖を掴んで押しのける。
「フレッグ!」
「あっちは俺が加勢する。メグはあのデブを泣かしたれ!」
ジャクソンはそう言って、スノウたちの方へ向かった。背中を任せられたマルガレーテは、剣を握りしめ、宿敵の魔女ハッグと対峙する。
「ハーーーーッグ!」
マルガレーテは助走をつけて飛び上がり、ハッグに斬りかかった。すると、横から炎が伸びてきて、マルガレーテの行く手を阻む。
「このっ!」
氷の領域の外から、アミーは攻撃を仕掛けているようだ。見れば、ハッグの周りだけは、スノウの氷が届いていない。
マルガレーテは片足で踏み切り、大きく方向転換し、それをやり過ごす。剣は脅威といえど、術者に害が及べば立ち向かってくるらしい。
マルガレーテは剣を一振りし、目の前の炎の壁を薙いだ。頭に直接響くような、悪魔の咆哮が聞こえる。しかし、切り裂いた炎も、すぐにまた生えてくる。
(アミー……これは、ハッグを倒さない限り、消えないか……)
実体がない敵では、倒し方が分からない。ハッグの方へもう一度向き直り、剣を構える。しかし、マルガレーテが足を踏み出そうとすれば、炎は捨て身でもマルガレーテを止めにかかった。
(くそっ!キリがない!)
早く倒さねばならないのに、マルガレーテはすっかり手詰まりだった。後ろからは、フレッグとジャクソンの声がする。悪魔を消し去る術がない彼らでは、相当苦戦を強いられているはずだ。マルガレーテの心に、焦りが見え始めた時……
ーー怯えるな!俺は死んでもいいから、ハッグに立ち向かえ!
ハンスの声が聞こえた気がした。幻聴だろうか。
「ハンス……随分と勇敢なことを言いますわね」
違う。幻聴ではない。ハッグにも聞こえていたようだ。しかし、燃え上がる炎の音で、ハンスがどこにいるかは分からない。
ーー大丈夫だ!一撃でもいい、ハッグに見舞わせてやれ!
また、ハンスの声がした。マルガレーテは、剣を持つ手に力を込める。
(そうだ……兄さんは、いつだって……)
覚悟を決め、正面からハッグに向かって走り出す。
「うぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
雄叫びを上げながら、ハッグに切っ先を向けた。
(最善の選択をする人だ!)
アミーの炎に肩を焼かれた。患部がジリジリ痛む。しかし、それでも気にせずに、ハッグへと駆け寄る。
賭けてみようと思ったのだ。兄の言葉に。
「なんてこと……自分は身を隠し、実の妹に捨て身の攻撃を仕掛けさせるなんて……」
ハッグは、一歩退いた。ハンスがどこから来るかは分からない。今は、目の前の女に対処するしかなかった。
しかし
「ハッグ……」
それが、ハンスの思惑だった。
「俺は、ここだ!」
***
「おらよっ!」
掛け声とともに、フレッグはマルコシアスに踵を落とす。超人的な身体能力で繰り出された蹴りは、いくら悪魔と言えど激痛だろう。マルコシアスは、大きく体勢を崩した。しかし……
「熱!?」
フレッグは慌てて足を引っ込めた。ここはスノウの領域であるのに、突然炎が吹き出したのだ。
「コイツ、火を吹くのかよ!?」
マルコシアスの口からは、まだ炎が漏れ出ている。スノウは、フレッグが火傷でもしていないかと、心配そうにその戦いを見つめている。
「フレッグさん……きゃっ!?」
今度は、スノウが悲鳴をあげた。スノウも指に高熱を感じた。うっかり、氷から手を離してしまう。
「いけない!」
スノウは慌てて氷に触れようとする。しかし、そこでスノウは、異変を感じた。
「そんな……私の氷が溶けてる!」
フレッグはその言葉を聞き、足元を見た。先ほどまでは大丈夫だったのに、ズボンの裾がずぶ濡れになっていた。スノウの周りに至っては、水が熱湯になり、湯気が立ち込めている。
「なんだよこれ!?クローセルの能力か!?」
フレッグは慌てて後退した。ここの水も、たちまち熱湯に変えられてしまうだろう。しかし、スノウより後ろには下がれない。スノウが足場を保持しているなら、それよりも前に出て庇わなければいけないからだ。
フレッグがそんなことを考えあぐねていると……
「吸い上げろ!」
ジャクソンが、植物化した腕を、熱湯に突っ込んだ。たちまち、熱湯が干上がる。
「ありがとうございます、ジャックさん!……凍てつけ!」
スノウは熱湯が無くなると、もう一度氷を張った。これで元どおりだ。
「水の温度を変える力か……媒介が水やったら、俺が吸い上げられるな。フレッグ!この天使ヤローは、俺に任せろ!お前はそのワンちゃんをどついたれ!」
「あぁ!」
フレッグは、指を鳴らしながらマルコシアスを睨みつける。
「さっきはよくも、唾を吐きかけてくれやがったな、この犬ッコロ!」
フレッグはマルコシアスに飛びかかった。背中から飛びつき、首に腕を回す。
「炎さえやり過ごせれば、ただの羽の生えた犬だ!」
そのまま、マルコシアスの首を絞め上げる。マルコシアスは苦しそうに暴れまわり、口からは炎が漏れる。しかし、背中側にいるフレッグには、全く届いていない。
「悪いな、メグがお前の飼い主をぶちのめすまで、大人しくしてもらうぞ」
フレッグは何度も振り落とされそうになったが、その度にマルコシアスを締め上げる腕に力を入れた。もう大丈夫だと、フレッグが安心した時……
「あ……」
マルコシアスの口が、スノウの方を向いた。口を開け、炎を吹き出そうとする。両腕でマルコシアスを締め上げているフレッグには、それを止める手段が無い。
「しまった……っ」
マルコシアスの口が、紅く染まり出した時……
ボンッ
と音を立てて、マルコシアスの姿が消えた。ジャクソンの方を見ると、クローセルの姿も消えている。フレッグの手には、砂糖の粉だけが握られていた。
「勝て……たのか……?」
- Re: あなたに出会う物語 ( No.31 )
- 日時: 2017/08/29 21:21
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
「俺は、ここだ!」
その声は、ハッグの背後からした。炎越しに、ハンスの姿が見える。しかし妙なことに、ハンスはハッグに襲いかかる気配がない。
「ハンス?何故そんな所に……」
ふと、ハッグは焦げ臭いにおいを感じた。見ると、ドレスの裾に火がついている。
「アミー!」
アミーの炎なら、それはハッグの指示に従う。ハッグは、アミーにその火を消させようとした。そこでふと気づく。自分の立ち位置に。
「気がついた?そこは、印章の上じゃない」
マルガレーテの突撃を避けるため、ハッグは後ろに退いた。その時、印章の外に出たのだ。アミーの炎は、印章の上にのみ存在する。では、この炎は何だ?
「あ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
「それは、俺がつけた火だ。自然の炎は、お前には従わないよ」
ハンスが種明かしをしてみせる。ハンスは既に倉庫に到着していた。そして、印章の外側にも火をつけ、マルガレーテにここまでハッグを追い込ませた。アミーの能力の及ばない炎では、ハッグは手を出せない。
「おのれぇ……ヘンゼルーーーーッ!!」
怒り狂った表情で、ハッグはハンスに手を伸ばす。彼女のドレスは、たちまち炎に飲まれていった。魔女の体は燃え上がる。竃の中に閉じ込められたように。
ハッグの絶叫も聞こえなくなると、辺りから炎が消えた。ただ一箇所、魔女の亡骸を除いて。
「……兄さん……」
「ゴメンね、メグ。痛むだろ?」
ハンスはマルガレーテに駆け寄った。アミーの炎は消えたが、マルガレーテの火傷は消えない。
そこへ、スノウがやって来た。
「メグさん!ハンスさん!無事ですか?」
スノウはマルガレーテの火傷を見ると、すぐに患部に手を近づけた。
「メグさん、少し痛いかもしれませんけど……凍てつけ!」
マルガレーテの肩に、氷が張られる。いきなり冷却されたため、激痛が走った。痛みでマルガレーテがよろけると、すかさずハンスが抱きとめる。
「メグ……勇気を出してくれて、ありがとう。お前が動いてくれなきゃ、ハッグは倒せなかったよ」
「兄さん……」
ハンスの腕の中で、マルガレーテは笑ってみせる。
「ずっと一緒に居たんだから、分かるよ。兄さんは、絶対ハッグを倒してくれるって信じてた」
まだ肩は痛むが、マルガレーテは強がってみせた。それがやせ我慢であることは、ハンスにはお見通しらしい。マルガレーテをその場に座らせる。
「メグーーーーーッ!!!マイ・スウィーーート・ハ……ゴフッ!?」
「空気読め!お前の脳みそと同じくらい、メグは重症だろ!」
マルガレーテに駆け寄るジャクソンに、フレッグが回り込んで蹴りを入れる。ジャクソンはその場にうずくまり、咳き込んでいた。手加減はしたようで、骨折の心配は無いだろう。
「みんなもありがとう。よく頑張ってくれた。特に、スノウちゃん。君の活躍は大きいよ」
「いえ!私はそんな……」
ハンスに褒められて、スノウは恐縮そうだった。はにかむスノウを見て、フレッグは複雑そうな顔をする。
「……心配しなくても、スノウちゃん奪ったりしないよ、ケロちゃん」
「心配なんかしてねーよ!あと、ケロちゃんって呼ぶな!」
フレッグは、顔を真っ赤にして怒っている。ジャクソンは、相変わらず動かない。
二体目の魔女を倒した今、英雄たちは互いに笑いあっていた。
***
「おやおや……フレッグ君にガールフレンドが居たとは」
倉庫の周りにある、雑木林。その中のある木の枝に、男は立っていた。
黒いローブに身を包んだ男は、遠目に戦いの一部始終を見物していた。額には紫水晶、胸には鎖で繋がれた青い炎のカンテラ、齢は20歳と見える。
「これをエビルダに報告したら、どんな顔をするだろうねぇ?」
男はローブを翻すと、次の瞬間には消えていた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.32 )
- 日時: 2017/08/30 14:01
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
革命軍アジトへと帰る道中、スノウはマルガレーテの話を聞きながら、驚きの声を上げた。
「え!?メグさん、そんな危険な呪いをかけられているのに、あんな行動に出たんですか!?」
スノウの言葉は、心配と叱責を半分ずつはらんでいるようだ。マルガレーテは頭をかきながら答える。
「私も、今だと無茶だったと思うよ。でも、そのおかげでこの勝利があるなら、あの選択はきっと正しかったんだ」
スノウは相変わらず、マルガレーテの肩に手を添えている。すぐに処置したおかげか、大事には至らなかったようだ。
「呪い……そう言えば、スノウちゃんって、何の呪いなのかまだ分からないんだよね?」
ふいにハンスが問いかける。話を振られたスノウは、一瞬驚きの顔を見せ、そして頷く。
「そうなんです。全く心当たりもなくて……ハンスさん達はどうやって呪いのことを知ったんですか?」
今度は逆に、スノウが問いかけた。確かに、ハンス達の呪いは、死んでみなければどんなものか分からない。確かめる術は無いはずだ。
「……かなり昔の話になるけど、聞いてくれる?」
そう前置きをしてハンスは、昔、自分たちの身に起きた不思議な出来事について語り始めた……
***
それはまだ、ハンス達が革命軍に入る前のこと。幼くして孤児だった彼らは、よく路地裏で物乞いをしていた。
その日も2人で身を寄せ合い、冬が近づく中、寒くなって来た風に震えていると……
「これを……」
2人の前に、一斤のパンが差し出された。1日1食だってまともに取れないことがある2人には、思いもよらないご馳走だった。
奪い取るようにそのパンを手に取り、夢中で食べる。食べながら、パンを差し出した人物を確認する。
それは、額に月長石を埋め込まれた、美しい女性だった。腕には赤ん坊が抱かれている。赤ん坊の食べ物にだって困るこの時代なのに、パンを差し出すとはとても裕福な人なのだろうか。彼女は2人に向けて、聖母のような優しい笑顔を注いでいる。
女性は続けて、懐から何かを取り出し、ハンスとマルガレーテにそれぞれ握らせる。それは、木製の取っ手だ。
「よく聞いて。あなた達は、かつてこの国を魔女たちから救った英雄の生まれ変わりなの」
突然の言葉に、ハンス達は戸惑う。原初の魔女の物語は知っているが、そんな昔話の人物の生まれ変わりと言われても、実感がわかない。
「あなた達のかつての名は、ヘンゼルとグレーテル。魔女の1人を、竃に閉じ込めて倒した人物よ」
その話なら知っていた。この辺りに伝わるおとぎ話だ。
「竃は、魔女を燃やし尽くすと砕けてしまった。これは、その時に残った竃の取っ手。あなた達が願えば、この武器は、あらゆる姿をとる。そして、悪魔を追い払ってくれるわ」
女性は2人の持っている木の棒を指しながら言う。いまいち意味が飲み込めないが、これが武器で、悪魔という存在を倒せるということは理解した。
「ただし、気をつけて。あなた達はその力と引き換えに、一蓮托生の呪いがかけられている。どちらかが死ねば、もう一方も後を追って死んでしまう」
女性は悲しそうな顔をして、2人にその運命を告げた。ハンス達は、驚いた顔をする。だが……
「……2人一緒に死ねるなら、さみしくないね、お兄ちゃん」
そんな言葉をかけたのは、マルガレーテだった。女性は驚いた顔をする。
「そうだね!ずっと一緒に居られるね!」
ハンスもつられて笑った。どうやらこの双子は、そんな運命も受け入れたらしい。女性は微笑を浮かべると、2人の頭を撫でた。
「……輪廻が交差すれば、またあなた達に会えるかもしれない。どうかそれまで、無事でいてね」
そう告げると、一陣の風が吹きつけた。2人は目を覆う。そして再び目を開けた時、そこに女性と赤子の姿は無く、残されていたのは食べかけのパンと、不思議な取っ手だけだった。
***
「………そんなことがあったんですか」
話を聞いて、スノウが言う。現に2人は、その時の武器も持っている。それは夢物語では無かったのだろう。
「ほな、その女に会えば、スノウの呪いも分かるんか?」
ジャクソンが考察を入れる。確かに彼女は、確かめようがないハンス達の呪いを教えたのだ。スノウの呪いについても、何か知っているかもしれない。
「けど、その話聞いてるとさ……その女、たぶん魔女だろ?」
そこにフレッグが鋭い指摘を入れた。今までに出会った魔女達は、一様に額に石が埋め込まれていた。ハンスの話に出てきた女性も、その特徴と一致する。
「そうなんだよね……でも、あの人は味方だと思うんだ」
「根拠はあるんですか?」
「俺の勘!」
ハンスが自信満々に答えると、スノウは肩を落とした。その横で、フレッグは何かを考えている。
(月長石……と言うことは少なくとも、あの女じゃないな……)
忌々しい記憶をよぎらせながら、フレッグは仲間達の後をついていった。