複雑・ファジー小説
- Re: あなたに出会う物語 ( No.33 )
- 日時: 2017/08/31 01:26
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
〈Chapter5〉
一陣の風が吹いたかと思うと、男はそこに現れた。その部屋にはすでに、4人の人物がいた。黒いドレスの女を上座とし、それぞれが長机を挟んで座っている。
「陛下よりも後に参内するとは……身の程をわきまえよ、リーパー!」
男を怒鳴りつけたのは、額に瑠璃石が埋め込まれた大柄の壮年。鎧に身を包んだ、厳格そうないでたちである。
「申し訳ありません、陛下。並びに同志よ。ティタンも気を鎮めてくれるかい?」
リーパーという男は、年は若そうだ。黒いローブで細い体を覆い、胸には青い炎のカンテラを灯し、額には紫水晶が埋め込まれている。
「不問とする、リーパー。座に着くがいい」
そう言ったのは、上座にいた女だ。年は40を過ぎた頃。額には血玉髄が埋め込まれている。彼女が最も上の立場らしく、彼女の言葉には誰も逆らわなかった。
「感謝します、陛下」
リーパーは空いていた席に座る。彼が座っても、長机には依然2つの空席があった。
「まさか、ブライアに引き続き、ハッグまで倒されるとは……あの子達も、なかなかやりますのねぇ……」
気だるそうに言ったのは、派手に化粧をした女。露出の多い服装は、ブライアと同じ匂いを感じる。額に埋まっているのは、橄欖石だ。
「敵を賞賛とは、どういうつもりです、エビルダ?貴女まさか、あの男とでも通じているのではないでしょうね?」
その言葉をたしなめたのは、まだ10代とおぼしき少女。彼女だけは石を持たず、普通の人間のようである。黒く長い髪は1つにくくり、白いシャツと黒いパンツの上から、黒いマントを羽織っている。
「はははっ。それが叶えば、エビルダには本望でしょう、プリンセス?」
王女と呼ばれたその人は、リーパーの冗談に気が触ったのか、彼をきっと睨みつける。エビルダや他の2人は、気にしていない様子だ。
「ともかく……今代の英雄達も手強い。我々は力を削がれている以上、警戒すべきでしょう」
その場をまとめるように、ティタンと呼ばれた男が言う。上座にいた女もそれに頷く。
「亡き2人のように、いがみ合うことはなかれ。余らの本懐を遂げることを、心に留め置け」
彼女が言い放つと、一同は「御意」と声を揃える。そして、風とともに姿を消した。
残されたのは、上座にいた女と、王女。
「お母様の願いは、必ず私が叶えてみせます」
王女は呟く。それを聞いた女は、愛しそうに笑った。
「期待しておる。我が娘、エラ」
「ありがとうございます、リリス陛下」
エラは深々と一礼すると、その場を後にした。1人になったリリスは、その背中を見送りながら、その微笑に闇を滲ませていた。
***
「エビルダ、今日も君は美しいようで何より」
「あら?口が上手ね、リーパー。でも貴方こそ、齢80にもなるのに、老いを感じないなんて羨ましいわ」
女王への謁見を終えると、リーパーはエビルダに話しかけた。見た目を褒められたことに、エビルダは満更でも無さそうだ。
「時にエビルダ……僕は今日、信じられないものをみてねぇ……」
リーパーは勿体ぶるように話す。エビルダは、退屈そうに聞いた。
「あら、何かしら?」
「あのフレッグという坊や……どうやら、恋人ができたようだよ?」
途端、彼女の立っていた大理石の床に、亀裂が入る。表情は崩さないものの、その雰囲気は殺気に満ちていた。
「……そう」
エビルダはそのまま去ろうとする。
「おや、どちらへ?」
リーパーが引き止めるように尋ねると
「少し、街まで……ケージを1つ増やしてくれるかしら?陛下に手土産を持って帰るわ」
エビルダは妖艶な笑みを浮かべて、背中を向けた。リーパーはその様子を見て、さも愉快そうに笑った。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.34 )
- 日時: 2017/09/01 19:46
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
そのカフェは、通りの突き当たりにあった。
「ここ、俺が育った街なんだ」
王都内・歓楽街。王都の中でも、そこは治安が悪く、そのカフェから先は、ガラの良くない連中がたむろしていた。
そんな街の外れにあるカフェに、スノウとフレッグはいる。夕刻時、テラスでお茶を囲んでいた。
「俺の母親は娼婦で、とても子供を大切にしてくれる人じゃなかった」
フレッグが寂しそうに言う。スノウは、彼にかけて上げる言葉を模索していた。
「……何度も、この呪いが無ければって考えた。でも結局、呪いがなくたって鬱陶しく思われていたんだろうな。だから俺は、母親もこの街も嫌いだった」
「フレッグさん……」
親との思い出がないスノウには、分からなかった。愛情を注いでくれない親が側にいることと、そもそもそんな親なんて存在しないこと、どちらの方が良いかなんて。
「でも……ここのテラスから見える景色だけは、大好きだった」
フレッグは、スノウの後方をみつめながら言った。まだ、彼がこの店の下働きをさせられていた頃に見た景色。スノウは振り向き、その景色に感嘆の声を漏らした。
歓楽街の背の高い建物は、路地の両側にそびえ立っている。街路と建物で、ちょうど箱型になっているのだ。その中に、まるで宝物をしまうように、沈んでいく夕陽。
「素敵ね……」
思わず出たスノウの言葉に、フレッグは微笑む。
「気に入ってくれて、良かった」
2人はしばらく夕陽を眺め、辺りが暗くなった頃、その店を後にした。
***
「みーつけた」
女は遠目に2人を眺めていた。自分は見たことないような優しい笑顔を、彼は傍らの娘に向けていた。
「馬鹿ねえ、フレッグ……あなたは私の半身なのに……」
女は笑みを浮かべる。額の橄欖石は、夕陽に照らされて、本来の色を失っていた。
「教えてあげるわ。あなたのことを心から愛せるのは、私だけだってことを……」
女の狂気に反応したのか、物乞いの幼い孤児がビクッと怯える。女はそれが気に入らないようで、その少女を睨みつける。
女は少女の前を通り過ぎる。すると、後に残されたのは、汚い野ネズミが1匹だけだった。
***
カフェを出ると、スノウとフレッグは並んで歩く。手を繋ぐほどの勇気はフレッグには無く、ただ隣を歩くだけだった。
「アーサーがこの間、俺に決闘状持ってきたんだよ。でもスペルが間違っていたから、教えてやってたら、いつの間にか文字の勉強になってて……」
「あら、道理で最近仲が良かったのね」
たわいもない話をしていると、誰かが2人の前をふさぐ。派手な化粧の、妖艶な女だ。長い前髪で、女の額は隠れている。スノウはその影に気がつき
「あ、すみません」
と道を譲ろうとすると……
「エビルダ!」
フレッグの怒声とともに、スノウ身体はフレッグの背後に押しやられる。
「フレッグさ……」
「何の用だ!」
いつもは耳慣れないフレッグの怒った声は、スノウの言葉をかき消した。フレッグは、目の前にいるその女を威嚇のように睨みつける。
「酷いわ、フレッグ。久しぶりに会えたのに……」
「黙れ!こっちはお前の顔なんか、見たくない!」
2人の会話から、彼らが初対面でないことは分かった。しかしスノウは、会話の流れが掴めず、フレッグの背中を見つめる。すると、彼が震えていることに気がついた。
「可哀想に……そこの女に騙されているのね」
悪意のこもった女の瞳が、スノウを睨みつける。その時、スノウは、前髪に隠れていた額の石を見つけた。
(魔女……!)
スノウがそれに気がついた瞬間、視界が揺らぐ。フレッグの前方に、魔女の姿はない。しかし、目線がいつもと違う。フレッグを足元から見上げているのだ。
「スノウ!?」
フレッグがしゃがみこみ、スノウの身体を抱き寄せる。彼は悲痛な面持ちをしている。「どうしたの?」と声をかけようとした時……
「ミュウ?」
スノウの喉をついて出た声は、人間のものではなかった。驚いて、自分の体を見る。
白い毛皮に覆われた身体、臀部から伸びる純白の尾……その姿は、首元にリンゴの呪印のある、真っ白な猫だった。
「エビルダ!」
先ほどより怒気のこもった声で、フレッグが叫ぶ。いつの間にかエビルダという女はスノウの後方に移動しており、その姿をさも愉快そうに見下していた。
「あなたには、その姿がお似合いよ。泥棒猫ちゃん」
「うるさい!スノウを元に戻せ!」
フレッグはスノウを懐に庇いながら、エビルダを睨み上げる。するとエビルダはフレッグに近寄り、耳元で何かを囁いた。
瞬間、フレッグの身体に悪寒が走る。悪寒は、そばにいたスノウにも伝わった。
「……じゃ、待っているわ。あなたとの思い出の場所で」
エビルダはそう言い残し、風とともに姿を消す。フレッグは顔色を悪くして、ずっと俯いている。
「ミャオ?」
「大丈夫?」と声をかけてやりたい。しかし、それを伝えられないことを、スノウは歯がゆく思った。フレッグの服の裾を、カリカリと引っ掻く。フレッグは、猫の姿のスノウを抱え上げ、呟いた。
「スノウ……必ず、俺がなんとかするから……」
スノウを抱きしめるフレッグの腕は、今もずっと震えていた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.35 )
- 日時: 2017/09/01 16:57
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
帰ってくると、一番に迎えてくれたのはハンスだった。
「お帰り、ケロちゃん!猫なんか抱えて、どうしたの?スノウちゃんは?」
ハンスはいつもの調子で笑いかけるが、フレッグは浮かない顔をしている。様子を伺おうとフレッグに近寄ると、腕の中の猫のうなじに、リンゴのの呪印を見つけた。
「まさか……この猫……」
「エビルダにやられた」
フレッグが悔しそうに呟く。スノウは、フレッグを心配そうな眼差しで見上げていた。ハンスは驚いてはいるものの、状況を理解したらしい。
「皆んなを集めよう」
***
生まれ変わりたちは、ブリーフィングルームに集められた。スノウは、机の上にチョコンと座らされている。
「一難去ってまた一難……今度はエビルダだ」
ハンスは難しい顔をしながら、スノウを見る。マルガレーテは、ハンスの隣から報告事項を述べた。
「最近、歓楽街を中心に失踪者が多発しているらしい。しかし、身元が不安定な者ばかりだったから、あまり問題にはされて無かったようだ……おそらく、原因はエビルダが帰ってきたからだな」
マルガレーテが説明すると、スノウが「ミュウ?」と声を上げた。詳しく知りたいようである。
「エビルダ……スノウに魔法をかけた魔女は、歓楽街を根城にしてた時期があったんや。ちょうどその頃、娼婦や男娼や孤児……つまり、歓楽街の住人が何人も失踪しとった」
ジャクソンが説明をすると、ハンスがその言葉を継ぐ。
「見ての通り、エビルダの魔法は人を動物に変えることだ。戦闘には向かないが、脅しとしては使える。エビルダには親衛騎士団がついていて、恐怖で彼らを支配しているんだ」
2人の説明を聞いて、スノウは納得したようだ。ふと、先程からフレッグが一言も声を発していないことに気がつく。
「フレッグは、過去にエビルダにあったことがあるって言ってたよね。彼女の弱点とか、何か知らないかい?」
「ハンス……それは……」
ハンスは遠慮がちに聞いたのだが、すかさずローザが止めに入る。2人は、フレッグが、エビルダに強い恐怖心を抱いていることを知っていた。だからこそ、無理に聞き出そうとはしない。フレッグの反応を待っている。
「……最初に会った時は、その場からすぐに逃げ出した。以降、度々見かけることはあったが……特に何も」
フレッグは虚空を見つめたまま答える。ハンスたちも彼を気遣い、それ以上は追求しなかった。
「ともかく、スノウちゃんが猫にされた以上、今はエビルダを倒すことを優先しよう。術者が死ねば、魔法からは解放されるはずだ。それから、皆んなもエビルダの魔法にかからないよう警戒するように!」
ハンスの言葉で、緊急招集は締めくくられた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.36 )
- 日時: 2017/09/02 17:01
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
「さて……困ったことになったな……」
フレッグは、猫のスノウをバスタオルで包みながら呟いた。スノウはフレッグの腕の中で、ぐったりしている。救護部隊が診てくれたところ、幸いにも命に別状は無いようだ。
とはいえ、今日たくさんのことがありすぎた。話はスノウが猫になって帰ってきたところまで遡る。
***
「わあ!猫ちゃんだ!」
アーサーは、フレッグとハンスが連れてきた白猫を見て、目を輝かせた。しゃがみこみ、スノウの背中を撫でる。普段と立場が逆になってしまい、スノウは困った様子を見せている。
「なあ、ハンス。アーサーには魔法のこと教えておくか?」
フレッグが小声で耳打ちした。ハンスは首を振る。
「やめよう。アーサー君が心配する」
2人はアーサーを見下ろす。その猫が、いつも慕っているスノウとは気がつかずに、無邪気に可愛がっている。
「ねえ、フレッグ。スノウはどうしたの?」
アーサーが問いかける。スノウも身体をビクリと震わせる。どう誤魔化そうかとフレッグが悩んでいる横で、ハンスがしゃがみこんで、アーサーに話しかけた。
「スノウちゃんは、しばらく任務で帰ってこれないんだ。その間、この子をスノウちゃんの代わりと思って、大事にしてね?」
なるほど、とフレッグは内心呟いた。アーサーは寂しそうな顔を見せたが、猫のスノウを抱きしめて、笑顔を向ける。
「……分かった!スノウのこと、待ってる!」
ハンスはその言葉を聞き、アーサーの頭を撫でた。
「よし、えらいぞアーサー君!」
「ハンス!この子と部屋で遊んでいい?」
「もちろん!」
アーサーは嬉しそうな顔をして、スノウを連れて戻っていった。フレッグとハンスは、表情に影を落とす。
「ケロちゃん、早くスノウちゃんを戻してあげようね」
「ああ。あと、フレッグだ」
***
数時間後、アーサーが大きな声を上げて、助けを呼んでいた。場所は、アーサーの自室だ。声が聞こえたハンスとフレッグの2人は、慌ててアーサーの部屋に向かう。
「どうしたの、アーサー君?」
「猫ちゃんが、苦しそうなんだ」
アーサーは、スノウを指差す。スノウの身体は、痙攣を起こしていた。フレッグば心配して駆け寄りながら、アーサーに状況を訪ねる。
「こうなる前、何をしてた?」
「えっと……猫ちゃんとトランプで神経衰弱してた」
(それ、普通の猫にできることじゃ無いよね!?)
ハンスは、正体がバレてしまうのでは無いかとヒヤヒヤしている。そんなことを考えながら、アーサーに他のことを聞いてみる。
「アーサー君、猫ちゃんがこうなる前、何か食べさせなかったかい?」
「えっと……おやつのクッキーを、一緒に食べてた」
ハンスは考える。人間用のクッキーを食べたところで、特に猫に害はないはずだ。その横でフレッグは、何か思いついたようである。
「アーサー、クッキーに何入ってた?」
「何って……普通のチョコチップクッキーだよ?」
ハンスとフレッグは、声を揃えて叫ぶ。
「「それだーーーっ!」」
***
「まったく、お前は……猫の身体だってこと、自覚しろよ……」
フレッグは呆れながら、スノウの身体をさする。すぐに吐かせたので、大事には至らなかった。スノウの症状も、だいぶ落ち着いてきている。
そんなフレッグの前に、コトッと皿が置かれた。中には水が入っている。
「スノウの症状、落ち着いてきたんやな」
ジャクソンだ。スノウは皿を見つけると、飲みたそうにしている。フレッグは皿を拾い上げ、スノウの口元までそれを持っていく。スノウはピチャピチャと音を立て、水を飲み始めた。
「ありがとう、ジャック」
「ええんやって。調子が良さそうやったら、牛乳か魚か持って来たろうか?さすがにキャットフード食べさすのは、気がひけるし……」
ジャクソンはスノウの頭を撫でた。この姿になってから、必要以上に撫でられるので、スノウは少し迷惑そうな様子だ。
「すまん、つい……こんなんやったら、さっさと魔法解いたったらどうや、フレッグ?」
急に話を振られたフレッグは、首を傾げている。そんなことができたなら、こんなに悩んでいないのだが、と考えていると……
「メルヘンのお約束やろ、王子様のキスや」
ジャクソンがニタッと笑った。フレッグはジャクソンに掴みかかる。反動で皿をこぼしてしまった。
「ジャック!!」
「悪い悪い、ほな、お邪魔は消えましょか〜〜」
ジャクソンは笑いながら去っていった。後にはフレッグとスノウが、ポツンと残される。
「…………試してみる?」
フレッグが問いかけると、スノウにそっぽを向かれた。その様子が可愛くて、フレッグは謝りながら、スノウの毛並みを撫でる。背中を向けていたスノウは、フレッグの顔に広がる悲しげな空気に気がつくことは出来なかった。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.37 )
- 日時: 2017/09/04 01:02
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
翌日、それは正午を過ぎた頃に起こった。マルガレーテと共に食事(ただし猫用)を取っていたスノウは、周りの団員たちが慌ただしいことに気がつく。
「何だろうな」
マルガレーテが誰か捕まえて話を聞こうとすると、スノウが抱っこをせがった。
「ミュウ!」
「分かったよ」
マルガレーテはスノウを抱き上げる。ちょうどハンスが目にとまったので、マルガレーテは声をかけに行った。
「兄さん、みんな慌ててどうしたんだ?」
「マルガレーテ……」
ハンスは、いつに無く焦った様子だ。
「フレッグが居なくなった!部屋に書き置きだけ残して……!」
言ってしまった後で後悔する。マルガレーテの腕の中にいるのが、スノウであることを失念していた。スノウはマルガレーテの腕の中で暴れ出し、その手をすり抜ける。
「スノウ!」
スノウは団員たちの足元をすり抜け、2人の視界から消えてしまった。スノウが向かったのは、フレッグの自室だ。
部屋につき、机に飛び乗る。そこにはハンスが言った通り、置手紙が広げられていた。
『団員のヤツらへ。今まで世話になった。俺はエビルダを止めに行く。多分、無事には帰れないだろう。だけど、これだけは約束する。俺はアイツを、必ず倒す。勝手な俺を、許してくれ』
スノウは、大きな瞳に涙を浮かべていた。フレッグ書き置きはもう一枚あった。スノウは紙をめくり、もう一枚を見る。
『スノウへ。こんな俺でも、そばにいてくれて、ありがとう。短かったけど、すげぇ嬉しかった。お前にかけられた魔法は、俺が解いてやる。美しいまま生きて、いつか幸せになってくれることを祈ってる』
ピキッ
耳の奥で、氷を水に浮かべた時のような音がした。そこへマルガレーテとハンスが追いついた。尻尾を垂れ下げ、落ち込んでいるスノウの姿を見つける。
「スノウちゃ……」
ハンスが近寄ろうとした時、スノウの身体が輝き出す。
「スノウ!?」
マルガレーテは心配して駆け寄るが、あまりに眩しくて目をおさえた。光が収まると、そこには……
「スノウ!!」
元の、人間の姿のスノウがいた。
「フレッグさん……」
***
女は焦り始めていた。
少女の頃から、春をひさぐことを生業として生きてきた。知らぬうちに、父親の分からない子供まで身ごもり、生まれた子供はよく分からない呪いを抱えていた。
やがて若さを失った彼女には、客がつかなくなる。子供を働かせるだけでも足りず、母子は困窮していた。
そんな時に、その女は現れた。
「あなたの坊や、一晩私に売ってくださる?」
それは、きらびやかな衣装に身を包んだ怪しげな女。母親は何も知らぬ息子を連れ、指定された館に出向いた。たくさんの獣たちが檻に閉じ込められた、悪趣味な部屋。息子はそこで、母親と女の間で交わされた交渉を知る。
少年は逃げ出した。
母親の裏切りに対する憎悪、女という生き物への恐怖、さまざまな思いが入り混じり、涙が溢れた。一瞬だけ館を振り返った。この歓楽街でも、ひときわ上等な娼館。
数日後、少年は母親に見つかり、男娼として売りに出されかけた。
***
ローザは目を覚ます。
フレッグの悪夢を見てしまったローザは、ひたいに汗を浮かべていた。
「大丈夫かい、ローザ?」
「うん……」
傍らでは、ハンスが見守ってくれていた。
あれは、きっとフレッグの身に起こったことなのだろう。同じ目に遭っている少年少女が今もあることを考えると、同情を通り越して吐き気すらしてしまった。
「ローザ、フレッグがどこにいるかは分かった?」
「多分……夢に出てきた場所……歓楽街の奥にある、とても大きな館に……」
動悸の治らない胸を押さえながら、ローザが話す。スノウはふと、昨日の会話を思い出した。
『母親もこの街も嫌いだった』
それでも彼は、そこに行ってくれたのだ。他でもない、スノウのために。
ハンスがスノウの肩を叩く。
「君が、先陣を切ってくれるかい?」
スノウは涙を拭いた。その顔は、今までの自信のない顔とは打って変わっていた。
「はい!」
スノウはハンスの目をまっすぐ見て、うなずいた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.38 )
- 日時: 2017/09/04 21:58
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
フレッグは、武者震いを抑え、その豪奢な扉を開いた。中は、昔に来た時とは違っていた。動物たちの檻はない。代わりに、王宮の兵士が整列している。
(俺を逃がさねぇようにって寸法か……)
フレッグの身体を、また悪寒が走る。
カツカツとヒールの音が聞こえた。フレッグに対峙するように現れたのは、エビルダだった。
「来てくれると思っていたわ……私だけのフレッグ……」
「そうかよ」
この女が来るたびにフレッグは、狂気じみていると感じていた。その狂気の正体は、独占欲だ。愛する男を蝦蟇の姿に変えてまで、他の女を近づけまいとする、異様な独占欲……
(何もそこまで、前世通りじゃなくてもいいと思うけどな……)
本心としては、今にも逃げ出してしまいたかった。しかし、それではいけないのだ。
「俺があんたの恋人になれば、スノウは元に戻るんだよな?」
確認のため、フレッグは問いかける。エビルダは妖艶な笑みを浮かべると、フレッグに近寄って来た。
「そうよ。嬉しいわ、フレッグ。私のもとに戻って来てくれて……」
エビルダの足音が近づくたび、フレッグの動悸は早まる。それは好意的なものではなく、心傷を呼び起こされているだけだった。
そんな中、フレッグはずっと考えていた。
(エビルダほど独占欲が強い女が、スノウを元に戻す訳はない)
きつい香水の匂いが、ふわりと鼻にかかった。一瞬ぐらつきそうになるのを堪えて、踏みとどまる。エビルダがフレッグに抱きついてきたのだ。
(ならばチャンスは……)
「あぁ、フレッグ……」
今____
血に染まる、エビルダの胸。背中まで彼女を貫いたのは、フレッグの右腕だった。
「フレッグ……なぜ……」
「一つ言っておくとな、エビルダ……」
フレッグにしがみつこうとしたエビルダの腕を、フレッグは振り払った。エビルダの身体は、ドサリと床に放り出される。
「守るつもりのない約束は、しない方がいい」
フレッグは、見下したような目でエビルダを見る。フレッグは最初から、交渉に応じるつもりはなかった。確実にエビルダを殺し、スノウの呪いを解くことだけを考えていた。
裏切られたエビルダは、最後の声を振り絞り、呪詛を唱える。やがて彼女の周りを闇が取り巻き、その闇は周りの兵士たちを飲み込んでいった。
「お前たち!フレッグを決して逃さないで!もしも命令を聞かないようなら、彼と同じ呪いをお前たちに授けてやる!!」
エビルダはそこでこと切れたようだ。ピクリとも動かなくなる。
しかし兵士たちは、主人を失ってもなお、恐怖に支配されていた。次々にフレッグに飛びかかる。
(この数を相手に、無事には帰れないだろうなぁ……)
フレッグは一人目の斬撃を躱し、その腕を掴んだ。その剣を別の兵士の顔に突き立て、腕の骨は砕いた。二人の兵士が、その場に崩れ折れる。
背後から切りかかった兵士は、フレッグの後ろ蹴りの餌食となって、壁まで吹き飛ばされる。その際、もう3人ほど巻き込んだようだ。
ほんの数秒の間に、6人も倒した。しかし、キリがないほど、兵士たちは無尽蔵に襲いかかって来る。
いくら身体能力が優れているとはいえ、フレッグにも限界はあった。混戦状態で立ち回り続け、数十分も経つ頃には、疲労が溜まっていた。
(くそっ……まだまだいやがる……)
朦朧としかけた意識の中、フレッグは周りを見回した。こんなに戦っていて、ほとんど数が変わっていないように思える。
(殲滅は無理か。撤退に専念しよう……)
フレッグは兵士たちを押しのけながら、入口の方へと向かう。その意図を汲んだのか、兵士たちは全力で止めにかかった。彼らにとって、フレッグが扉を潜り抜けることは、ゲームオーバーも同然だ。
先ほどにも増して、兵士たちの猛攻が激しくなる。
「って!」
フレッグは足に痛みを感じた。疲労によって、思い通りに動かなくなった隙を突かれ、右足を切りつけられたのだ。左足で踏ん張り、周りを一蹴しようとするが、痛みで力が入らない。バランスを崩し、倒れ込んでしまう。
それを好機と見た兵士たちは、一斉に剣を振り上げた。フレッグは、終わりを覚悟した。
「凍てつけ!」
鈴を転がしたような声がした。瞬間、フレッグの周りの兵士たちは、氷に閉じ込められる。
フレッグは驚いて入口を見た。扉は開かれていて、仲間たちがそこに立っていた。
先陣を切る少女は、涙を浮かべており、怒っているような、安心しなような、複雑な表情を浮かべていた。
「勝手にどこかに行かないで、フレッグさん!」
「スノウ……」
猫の姿ではない、魔法の解けた人間のスノウが、フレッグを見下ろしながら泣いていた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.39 )
- 日時: 2017/09/14 06:31
- 名前: ももた (ID: q9W3Aa/j)
スノウは、満身創痍のフレッグに駆け寄る。
「スノウ……よかった、魔法が解けて……」
パシッ
フレッグは目を丸くした。状況が飲み込めなかった。追って、頬に痛みを覚える。
「馬鹿!何なのよ、あの手紙!帰ったらお説教なんだから!」
スノウは泣きながら、フレッグに肩を貸す。彼を安全な場所に避難させて、治療しなくてはならない。
「行かせるか!」
スノウの攻撃を逃れた兵士が、2人に斬りかかった。2人に避けるそぶりはない。
「邪魔はさせないよ」
ハンスは2人の前に出て、その斬撃を剣で受け止めた。鍔迫り合いの後、大きく押しのけ、とどめを刺す。
「うぁぁぁぁぁぁぁっ!」
思わぬ援軍に、兵士達も死に物狂いだ。次々とフレッグ達をめがけて突撃する。
「ええトコなんやから、邪魔したんな!」
ジャクソンは身体から蔓を伸ばし、兵士達の身体を縛り上げる。何重にも縛り上げれば、それは天然の鎖だった。
「せいっ!」
マルガレーテは、蔓の間を縫うように駆け抜けた。抵抗の手段のない彼らは、即死だろう。悲鳴をあげる間も無く散っていった。
彼らが奮闘を続ける中、スノウは出口に向かって進む。一歩ずつ、フレッグを支えながら。そしてようやく、外に一歩を踏み出す。
恐る恐る、フレッグは後ろを振り向いた。館の中にいたのは、彼の仲間達と、呪いをかけられたカエルたちだけだった。人間の頃の記憶はないのか、自由にそこら中を飛び跳ねている。
スノウはフレッグの横顔を見つめた。いつになく、悲しげな顔をしていた。彼らとて、戦いたくは無かったのかもしれない。ただ、エビルダという女に全てを狂わされた被害者なのかもしれない。それでも
「俺は、戦わなきゃいけない。だから帰ろう、スノウ」
「フレッグさん……」
許してくれとは言わない。彼らの犠牲も受け止めて、こんな呪いを生み出した魔女を止めなければならない。
英雄たちは、帰るべき場所へと進み出した。
***
「あの子たちは頑張っているようです」
新聞を読みながら、男は呟いた。指先でメガネの位置を直し、新聞を畳んで机の上に置く。
窓の外には森が広がっている。西日を受けて、赤々としていた。
「僕もそろそろ、動き出さねばなりませんね」
男は傍の棺を見上げた。
ガラス製の棺に納められているのは、額に月長石を埋め込まれた、美しい女性。彼女の体には、3本の鎖が巻きついていた。彼女は、まるで死んでいるように目を覚まさない。
男は席を立つと、表に出た。ドアにかかっている看板を、『休診』にひっくり返す。看板の文字は、『ゲルハルト診療所』と記されていた。
***
「くっ!」
「ごめんなさい、染みたかしら?」
「いや、平気だ」
アジト内 医務室。先程、フレッグが足に負った怪我を、スノウが手当てしてくれていた。傷は思っていたより深く、フレッグは消毒液が染みるたびに顔を歪めていた。
包帯を巻き終わると、スノウは俯く。フレッグは「どうした?」と言って、その顔を覗き込んだ。
「私、怒っているんだからね」
スノウはむすっとした声で言う。フレッグが、返す言葉もなくたじろいでいると、スノウはまた口を開いた。
「どうして、1人で抱え込もうとするの?」
スノウが怒っていたことは、頼ってくれなかったことについてだった。単騎で乗り込むような無茶をして、挙句死に目に遭った。その理由が全て、自分にあることが、スノウにとっては苦しかったのだ。
「私、前にメグさんに言われたの。フレッグさんのこと支えてあげたいと思うなら、フレッグさんの恋人になって欲しいって」
スノウはフレッグの手を取った。
「私ばかり守られるんじゃなくて、フレッグさんも甘えてよ!私もフレッグさんの力になりたいの!」
フレッグは、エビルダに会うのさえ怖かったはずだ。しかし、本心を押さえ込んでスノウを救いに行った。スノウにとって、それは最善では無かった。
スノウも怖かったのだ。フレッグを失うことが。
「悪かったよ。これからは、お前にも甘えることにする」
フレッグはそう言って、スノウの髪を撫でた。猫の毛ではない、黒檀の髪だ。真雪のように白い手を引き、スノウを抱き寄せる。スノウは、フレッグの胸に顔を埋めた。
「猫のスノウも可愛かったな……膝の上に乗せることができて」
「人間の姿じゃご不満?」
「いや、こっちの方がいいよ。猫の姿じゃ、手も繋げないしな」
「よく言うわ。繋いでくれたことなんか、無いくせに」
フレッグは、少し強い力でスノウを抱きしめていた。息苦しくなったスノウは、顔を離そうとする。
「ごめん、今は顔を上げないで」
フレッグの息遣いは、いつもより苦しそうだった。スノウは初任務のことを思い出した。今日は、あの日と同じ、満月だ。
「どんな姿でも、貴方は貴方じゃない」
スノウは腕の中で小さく笑った。フレッグは腕の力を緩める。
「締まりがないよな……」
フレッグは頭をかいた。その顔は、蝦蟇のようだ。スノウはそんな彼の顔を、両手で包み込む。そして、顔を赤らめながら言う。
「大好き」
月明かりが差す中、二つの影が重なった。