複雑・ファジー小説

Re: あなたに出会う物語 ( No.40 )
日時: 2017/09/06 07:07
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

〈Chapter6〉

「どういうことです、リーパー!!」

怒気を帯びた様子で、エラはリーパーに掴みかかった。対するリーパーは、飄々としている。

「これはこれは殿下。エビルダに、フレッグ君とスノウ様の関係を教えたのは、確かに私です。しかし、それで勝手な行動をとったのは、エビルダの独断ですよ」

エビルダの血管は、今にもはち切れそうなほどに浮き上がっていた。リーパーを壁を叩きつける。

「おやめなされ、殿下!」

そこで、エラの腕を掴む手があった。ティタンだ。怒り心頭している彼女は、ティタンの顔を睨みあげた。ティタンはそれに怖じることもなく、エラを見つめ返している。

やがて、エラはリーパーから手を離す。マントを着直し、フードを被ると、どこかへ去ろうとしていた。

「殿下!どちらへ……」

「お前達のような碌でなしは要らないわ!私が自ら出ます!」

ティタンと制止も振り切って、エラは出て行ってしまった。ティタンは、リーパーを睨みつける。

「リーパー、エラ様を守れ。それで今回のことは水に流すよう、陛下に進言してみる」

「おやおや、随分と命令口調だねぇ……」

リーパーはニヤニヤと笑っていた。ティタンは眉をひそめる。リーパーは、やれやれと首を振ると、姿を消した。



***



スノウは、マルガレーテ共に街に買い物に来ていた。フレッグの誕生日が近いらしく、プレゼントを買いに来たのだ。

美女が2人並んで歩いているので、どうしても周りの注目を浴びてしまう。当の2人は気にする様子もなく、ショーウィンドウを見ている。

「フレッグさんて、どんなものが好きなんでしょうか?」

「お前から渡せば、なんでも喜びそうだがな」

割と本気で言ったのだが、スノウは頬を赤らめて「からかわないでください!」と怒っていた。マルガレーテはスノウをなだめながら、雑貨屋に入っていった。

店内は、男女両方に好まれそうなデザインのものが多かった。スノウはアクセサリーのコーナーを見た。マルガレーテもついてくる。

「これなんかいいんじゃないか?」

マルガレーテが指差したのはペンダントだった。2つで対になっているものだ。

「少し飾りが大きすぎませんか?」

「多分、ここが開くんだよ」

マルガレーテがペンダントを受け取ると、飾りのところに指を引っ掛ける。開けてみると、ロケットだった。

「素敵……私、これにします!」

スノウは笑顔を浮かべ、早速レジに並んでいた。マルガレーテはその間も、店内を歩き回っている。

「メグさん、お待たせしました……あら?」

会計を済ませたスノウは、小物コーナーでマルガレーテを見つけた。マルガレーテは男物の革手袋を手に取っている。

「どうしたんですか?」

「スノウ!あ、これは……」

マルガレーテは、何やら狼狽している。

「フレッグさんのプレゼントですか?それとも、ハンスさんにでも買っていくんですか?でも、まだ暑いですよ?」

「いや、そうではなくて……」

マルガレーテは、しまったという顔をしていた。スノウは頭の中で考える。革命軍でマルガレーテが親しい人物の中で、フレッグとハンスを除くと、手袋のサイズに合う男は1人しかいない。

「もしかして、ジャ……」

「言うな!」

マルガレーテは照れながら会計の列に並ぶ。スノウは、それにヒョコヒョコとついて来た。

「いつも、迷惑そうにしてたのに、本心では割と気になってたんですか?」

「違う!これは、ハッグの時の礼をと思ってだな……それにアイツ、無意識に手が蔓みたいになって困るって言ってたし……」

以降もマルガレーテは、延々と言い訳を続けていた。

(そんなことしたら、期待持たせちゃいますよ)

少し鈍感なスノウは、マルガレーテの感情を読み取ることができなかったようだ。真面目に相槌を打っている。マルガレーテ的には、その反応の方が堪えたらしかった。袋に包んでもらうと、そそくさと懐にしまった。



***



「まあ、買い物ができて良かったな。そろそろ戻るか?」

「はい!」

店を出ると、2人はアジトへ向かう。尾行対策として、裏路地を通ってから行くつもりだ。2人は、自然体を装って角を曲がった。そのまま数歩進んだ時……

「エラよ、覚悟!」

突然、何者かのナイフがスノウを襲った。とっさに反応したマルガレーテがスノウを突き飛ばす。間一髪、一撃目を避けたスノウは、手荷物を気遣いながら臨戦態勢に入る。

声の高さからして、襲って来たのは恐らく男だ。黒いマントに身を隠し、フードを被っているので、顔までは判別できない。

(エラ?誰かとスノウを取り違えているのか?)

マルガレーテは柄を取り出しながら考える。男は明らかにスノウを狙っていた。『エラ』と思われているのは、スノウの方だろう。

即時、剣を起動し、応戦する。柄か剣が生える様子を見て驚いたのか、男はマルガレーテから離れた。その間に、スノウは氷の礫を放った。

「何!?」

男はスノウの攻撃を全力で避けた。そこにできた隙を突き、マルガレーテは一気に距離を詰めて、剣を振り下ろした。

ザクリ……と、マルガレーテは確かに手応えを感じた。心臓を狙ったから、無事では済まないだろう。

しかし、次の瞬間、2人は目を疑った。

男は立ち上がったのだ。マルガレーテの剣を身体から引き抜き、跳躍して距離をとる。すでに出血は致死量に達していたはずだ。しかし、倒れた場所にはわずかな血痕を残しただけで、まるで傷など負っていないように振る舞う。

(再生能力があるのか!?)

マルガレーテは剣を構えなおした。スノウも男に手をかざす。それを見て、男はナイフを取り出した。幾つも隠し持っていたようで、何本ものナイフが男の手中にある。

男はそれらを____

Re: あなたに出会う物語 ( No.41 )
日時: 2017/09/07 00:38
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

カランカランと、アスファルトに散らばる音がした。スノウとマルガレーテは、目を見張った。

男はナイフを捨て、両手を挙げたのだ。

「申し訳ありません、こちらの手違いだったようです」

「手違い?こっちは殺されかけたんだぞ!?」

敵意はないことを示す男に対し、マルガレーテは怒鳴った。男はこの事態に困っているようで、スノウはどうして良いか分からなくなってしまう。

「誓って今の私に敵意はありません。そちらの方は白雪姫・スノウであるとお見受けします」

スノウはまだ名乗っていないのに、この男はスノウの名を当てた。マルガレーテはやや警戒をとき、男に切っ先をむけるのをやめた。

「なぜ、私の名を知っているの?」

スノウが問いかけると、男は少し考えてからフードをとった。黒髪の、眼鏡をかけた色白の青年だ。男は胸元のボタンを外し、地肌を見せた。

「僕はイザーク・ゲルハルト。死神に名を受けた者です。ある方の命令で、あなた方の保護を頼まれています」

男の心臓の位置には、髑髏の呪印があった。先ほどの再生能力は、呪いの反動だったようだ。同じ英雄の生まれ変わりであることを確認した2人は、臨戦態勢をやめる。

「悪かった。私はグレーテルの生まれ変わり マルガレーテ・クーヘンだ」

「あなたの言う通り、スノウ・ヴァイスよ」

自己紹介を終えると、イザークは早速話を切り出した。

「お二方とも、都合がよろしければ、私の隠れ家にいらしていただけませんか?ぜひ会わせたい方がいます」

マルガレーテは少し考えた。合理的に考えれば、同じ英雄の生まれ変わりである彼が、自分たちに敵対する道理はない。しかし先ほどの襲撃もあったか、マルガレーテはまだ、この男を完全に信用できないでいた。

「お前についていけば、スノウに襲撃しようとした理由を教えてくれるか?」

少し威圧を込めてマルガレーテが聞いた。イザークは誠意を込めた表情で頷く。

「外でできる話ではありませんので、隠れ家に着いてからでよろしいですか?そこでならば、知っていることは全てお話しいたしましょう」

マルガレーテは念のため、手中に取っ手を忍ばせる。警戒は残っているが、彼に同行することにした。



***



それは、王都の外れの森の中にある、小さな家だった。看板には『ゲルハルト診療所・休診』と書かれていた。

スノウは彼の名を聞いてから、心の中で何かが引っかかっていた。この看板を見て、そのモヤが何であったかに気がつく。

「ゲルハルト……もしかして、ゲルハルト病院の!」

それは、以前、アーサーがブライアに捕らえられていた廃病院だ。スノウの言葉に、イザークは驚いた様子を見せる。

「よく気がつかれましたね。あれは僕の父の病院です。11年前、女王に謀反を疑われた父は捕まり、逃げ延びた僕はここで診療所を開いていました」

イザークは寂しそうに答えた。スノウは悪いことを聞いた気がして、目を伏せる。その横で、マルガレーテは何か疑問を抱いているようだ。

「君、年は?」

「24です」

「そんなに若い頃から、医者をやっているのか?」

スノウは「確かに」と頷いた。24歳であることが事実とすれば、イザークは13歳から医師をしていることになる。

「僕の呪いの反動は、先ほどご覧になられたでしょう。僕の力は、怪我や病気を体から取り去ることです。この力を使って、父の手伝いをしていたのです」

マルガレーテは思い出す。確か、ゲルハルト病院にかかった患者は、どんなに重篤であろうと回復したという。ゴッドハンドの正体は、イザークの能力だったのだ。

「なるほど。その後もその力を使って、生計を立てていたのね」

「はい……最初のうちは地位も名声もなくて、苦労しましたけどね」

イザークは苦笑しながら扉を開ける。そして2人を招き入れた。

中は普通の診療所のようだった。薬品の並ぶ棚に、診察机など、どこの診療所にもある設備だ。イザークはさらにその奥、プライベートスペースに2人を案内する。

「あなた方に会わせたい方というのは、この方です」

スノウ達は息を飲んだ。その部屋の奥には、ガラスの棺があった。三重に鎖が掛けられており、中には美しい女性が眠るように納められている。

「1000年に渡り、この国を支えた偉大なる魔女 パンドラ様です」

マルガレーテは近くで顔を確認すると、思わず声を上げた。

「そんな……この人は……私にこの武器をくれた人だ!!」

マルガレーテの言葉に、スノウも目を丸くする。確かに女性の額には、月長石が埋め込まれていた。



***



イザークは紅茶を入れると、腰を落ち着けた。机を取り囲み、パンドラについて説明を始める。

「魔法使いは、固有の得意魔法を持ち、額に石を持って生まれるのが特徴です。他にも、人間と違い、魔法使いは成人すると老いが止まるという特徴もあります」

イザークが言うと、スノウは首を傾げた。

「待って。私たちが出会った魔女達は、ちゃんと年をとっていたわよ?」

「それは、彼らが完全体ではないからです」

端的な言葉では、スノウ達には理解できなかった。するとイザークは、自分の心臓を指差す。

「先代の魔法使い達は、時の英雄達に呪いをかけました。彼らは死後、地獄で罪を償った後、再び転生を許されました。その時、僕たちにかけられた呪いに魔力が宿り、彼らから力を奪ってしまったのです」

イザークの説明に2人は驚く。しかし、彼らが英雄の生まれ変わり達を執拗に狙う理由に合点がいった。彼らは、自分の魔力を分けた存在である英雄達から、力を取り返したかったのだ。

「転生した魔法使い達は、パンドラ様を殺害奉り、彼女が転生できないように、棺に魔法の鎖をかけました。あなた方のおかげで、それも残り3本ですが……」

イザークはパンドラの方を見つめながら言った。声は喜んでいるようだが、目は悲しそうだ。

「そうなの……そう言えば、どうしてイザークさんは私に襲いかかったの?」

スノウが問いかけると、イザークは紅茶を一口飲んだ。そして、一息ついてから話し出した。

「長い話になりますが……」

Re: あなたに出会う物語 ( No.42 )
日時: 2017/09/07 08:33
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

イザークの隠れ家をあとにし、スノウたち3人はアジトへ向かっていた。ふと、前方にマント姿の女性と、ローブ姿の男が目にとまる。2人ともフードを被っていて、顔は隠れている。

スノウ達が近寄ると、女の方が反応した。

「そんな……これは、どういうことです……?」

女はスノウの顔を見て狼狽えている。スノウ達はその理由を聞いていた。彼女はおそらく、今まで自分が前提としていた事実を、崩されてしまったのだ。

風に、女のフードが吹き飛ばされた。彼女の顔が明らかになる。

「なぜ、スノウが私と同じ顔をしているの……?」

「エラ……」

スノウとエラは、鏡合わせのように対峙した。



***


数時間前

イザークは紅茶を淹れ直しながら話しだす。

「当初、今代の魔法使い達は、人間の子として生まれてきて、どうして前世の力を受け継いでいないのかを知りませんでした」

茶葉と熱湯をポットに入れ、しばらく蒸らす。

「右も左も分からぬ彼らは、パンドラ様の元に集い、共に研究に励んでいました。そんな折、魔女の1人 リリスは、人間の男と結ばれ、やがて双子の女の子を産み落とします。僕の父は、医師として、その出産に立ち会っていたそうです」

イザークはスノウの方を向いて言った。

「その時産まれたのが、スノウさんと、この国の王女 エラなのです」

スノウは驚く。親の話など、聞いたこともない。家族が生きていたこと自体に驚いた。

「リリスは貴女の呪印を見て、力を失っている理由に気がつきました。そこで、生まれたばかりの貴女を殺し、力を取り戻そうと考えました」

マルガレーテは、話を聞きながら顔をしかめた。実の親に殺されようとしていた事実など、知らない方が幸せだったかもしれないと思ったのだ。スノウは、傷ついた表情を見せたが、イザークの話に集中している。

「それに気がついたパンドラ様は、貴女たち双子を連れて逃げました。スノウさんは僕の父が引き取り、孤児院に預けました。エラはパンドラ様がお隠しになろうとしていました」

マルガレーテは思い出す。あの時、彼女の腕に抱かれていた赤子は、エラだったのだ。

「しかし、リリス達はパンドラ様に追いつき、このような棺に閉じ込めました。その後、棺だけは父によって回収できましたが、エラはリリスに連れ去られ、城でリリスによって育てられました。おそらく、彼女は騙されて傀儡にされているのです」

イザークはそこまで話すと、ティーポットを持って戻ってきた。スノウは、紅茶のおかわりをもらった。

「私、そんなに王女に似ていたの?」

「はい、疑いなくエラだと思っていました。彼女とは敵対していて、会えば必ず斬り合いになります。ですので、先手をとろうとして……」

「スノウの氷を見て、エラではないと気がついた……と」

イザークは恥ずかしそうに頭をかいた。

「気にしないで、イザークさん。そうだ!代わりに、エラのこと教えてくれないかしら。エラは私のお姉さんなの?それとも、妹?」

スノウの気遣いに応えるように、イザークは顔を上げる。

「エラが姉で、スノウさんが妹です。エラは氷ではなく、炎を操ります」

イザークが答えると、マルガレーテは首を傾げた。

「炎を操るとは……エラは、魔女なのか?」

イザークは首を振った。

「いえ。エラの力は、僕たちと同じく呪いの反動です。僕は、リリスにかけられたものと思っています」

マルガレーテは納得したようだ。ふと窓を見ると、日が傾きかけていることに気がつく。

「いけない!長話をしてしまいました……」

「いや。こちらこそ、たくさんの情報を得られて感謝している。イザークは今後、どうするんだ?」

マルガレーテは身支度をしながら問いかけた。イザークは、少し考えてから答える。

「僕の宿敵は、リーパーという男です。ヤツは、まだ生きています。まずは、リーパーを討伐するつもりです」

イザークの話を聞き、スノウは何かを思いついたように手を叩いた。

「イザークさんも、革命軍に入ったらどう?協力してその人を倒しましょうよ!」

スノウに手を取られ、イザークは狼狽した。女に慣れていないあたりは、フレッグと同じ匂いがする。

「で……でも、僕がいては迷惑になるのでは?」

「とんでもない!イザークさんの情報は、むしろ助かります。ね、メグさん!」

スノウはマルガレーテに同意を求めた。

「そうだな。アンタの能力も、戦力になる。アンタが良ければ、革命軍に入ってくれないか?」

2人の(美女の)熱烈な勧誘を受け、イザークは戸惑いながらも頷いた。

「じゃあ、よろしくお願いします」

「ありがとう。それじゃ、まずは一緒にアジトに来てくれるか?」

マルガレーテが尋ねると、イザークは申し訳なさそうに周りを見回す。

「あの……この家はどうしましょう?流石に、パンドラ様の棺を移動させるわけには……」

イザークが言うと、マルガレーテは「そうだな」と呟いて考える。

「イザークはアジトに住んでもらって、ここの管理は革命軍のメンバーに任せよう。それでどうだ?」

「良かった。ありがとうございます!」

話に決着がついたようなので、3人は隠れ家をあとにした。エラ達に遭遇したのは、これより数十分後のことである。

Re: あなたに出会う物語 ( No.43 )
日時: 2017/09/07 20:09
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

エラはスノウの顔を見て、驚愕している。隣にいる男に問いかけた。

「どういうことです、リーパー……スノウは、私に呪いをかけた、パンドラの娘なのでは無かったのですか?」

対するリーパーは、腹を抱えて笑っている。

「あらら〜、バレてしまいましたね。その通り、スノウ様も正真正銘リリス陛下の娘……あなた達は姉妹なのです」

エラとリーパーの会話を聞きながら、隣でイザークが口を挟む。

「待て、リーパー!エラに呪いをかけたのは、リリスだろう?」

リーパーは、笑顔を崩すことなく、今度はイザークを見た。

「いいや、エラ様に呪いをかけたのは、パンドラさ。私たちがついた嘘は、スノウ様がパンドラの娘であると信じ込ませたことだけ」

リーパーが反論すると、エラはわずかに落ち着きを取り戻す。その顔に気がついたリーパーは、愉快そうに話を続けた。

「18年前のあの日、パンドラはエラ様に守りの魔法をかけるつもりだった。しかし、リリス陛下がそれを妨害し、パンドラは逆の魔法__呪いをかける羽目になった」

今度は、エラの顔からみるみる生気が抜けていく。スノウは、エラの様子が明らかにおかしいことに気がつく。

「エラに何をしたんですか?」

「何もしていません。憎むべき対象を失い、心が壊れただけでしょう」

「何?」

スノウとマルガレーテは、リーパーを睨みつけた。リーパーは、相変わらず飄々としている。

「エラ様にかけられた呪いは、誰かを憎まずには生きていけないという呪い。エラ様は今まで、パンドラとスノウ様を憎むことでその心を保っていた。しかし、君たちのせいで憎む理由を失い、混乱してしまったようだね。お可哀想に……」

リーパーは楽しそうに、エラの狂い行く姿を見物している。そして、自分はまるで無関係であるかのような態度をとる。スノウはその様子に、怒りを覚えた。

「あの……本当はこんな言葉使っちゃいけないって分かってますけど……」

スノウは、キッとリーパーに睨みつける。

「あなた、すごく胸糞悪い!!」

スノウが放った氷の礫は、リーパーにひょいと躱された。リーパーは笑い声だけをその場に残し、やがて風をまとって去っていった。

「う……あ…………」

置き去りにされたエラは、頭を抱えてうずくまった。

「エラ……」

スノウは心配そうに、エラに駆け寄ろうとした。しかし

「危ない!」

イザークに腕を引かれて立ち止まる。見ると、エラ体から炎が吹き出していた。

「いやぁぁぁぁぁぁああっ!」

エラの絶叫と共に、彼女を中心に炎が渦を巻く。その炎は、近隣の家々も巻き込もうとしていた。

「凍てつけ!」

スノウが唱えると、炎と氷が互いを打ち消し合う。2人の力は、拮抗していた。

「これは……どうすればいい?」

マルガレーテは、断続的に降り注ぐ熱気と冷気に耐えきれず、思わず後退した。イザークは隣で冷静に現状を分析する。

「どちらかが力尽きるか、相手を圧倒するまで続くでしょう……しかし、そうなると、スノウさんは不利です」

「何?」

イザークの思いもよらない言葉に、マルガレーテは顔をしかめた。

「スノウさんの力を侮っているわけではありません。ただ、これは自然の法則の問題なのです……」

イザークはことわっておきながら告げる。

「温度に上限はありませんが、下限はあるのです」

絶対零度__スノウの力の限界はそこだ。もし、エラがそれを上回る力を見せたら、スノウは負ける。

見ると、スノウが全力で能力を解放しているにも関わらず、エラの火力は増していた。スノウはその状況に、焦りを感じ始めていた。

Re: あなたに出会う物語 ( No.44 )
日時: 2017/09/08 07:59
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

少女は、怒り任せに飼い犬に暴力を振るっていた。まだ足りないようで、さらに拳を振り上げる。その手を、誰かが掴んだ。

「エラ、少し吠えたてられたくらいでこんなことをしてはならない」

「お母様……でも……」

少女 エラは、歯ぎしりをしていた。哀れに思った母は、そっと娘を抱きしめる。

「哀れなエラ。こんなに苦しいのも、全てはパンドラのせい……」

母は、娘に言い聞かせるように唱えた。

「パンドラを憎め。パンドラの血筋を憎め。さすれば問題ない」

「はい、お母様」

母は、娘の背中で、満足そうに笑みを浮かべていた。



***



「いや……私、誰を憎めばいいの……」

エラは、自分の身体から吹き出る炎を見つめる。

こんな厄介な呪いを生んだパンドラを憎めばいいか?しかし、彼女は自分の身を案じてくれた人だ。

今の今まで自分を騙してきたリリスか?しかし、彼女に育てられた思い出は消えない。

火力は増すばかりだ。心の拠り所のないままでは、加減をすることが出来ない。

「誰か……助けて……」

エラは、か細い声で助けを求めた。誰にも届かないと思っていた。しかし

「エラ!」

答える者がいた。スノウだ。

「私、今日まで、貴女の存在すら知らなかった。エラはこんなに呪いで苦しんでいるのに、私は何も知らないでのうのうと生きてきた。だから……」

スノウは、エラの放つ炎に耐えながら、声の限り叫ぶ。

「私のこと、憎んでいいよ!!」

その言葉は、エラの心を大きく揺らした。確かに、スノウは一人リリスの手から逃れ、自由に育った。エラの心が、スノウへの嫉妬に傾き始める。

(でも、憎むほどのことなの?)

エラは自分に問いかける。スノウは孤児院に預けられ、実の親の愛情を知らずに育った。リリスの命令で、育ての親すら失った。挙句に、実の家族とは敵対関係にあることを告げられた。

(違う……憎むべきなのは、スノウじゃない)

エラの炎が、収束し始めた。 次第に、エラの顔が見えてくる。スノウは、その顔を見て驚いた。

「憎むべきは、私たちの運命を狂わせた『戦い』よ」

エラは涙を流していた。混乱は収まったようだ。炎が消えていく。スノウも力を解き、エラに駆け寄る。

「もう大丈夫なの?」

「えぇ。貴女の声で、気持ちに整理がついたの。ありがとう」

エラは涙をぬぐいながら答えた。スノウは、そんな彼女に微笑みかける。すると、「でも……」とエラは言葉を続ける。

「『私を憎めばいい』なんて悲しいことはもう言わないで。私たち、姉妹なんだから」

エラの口から、初めて『姉妹』という言葉が出た。エラは、スノウを妹と認めたようだ。スノウは顔を綻ばせる。

「分かったわ……これからよろしくね、姉さん!」

Re: あなたに出会う物語 ( No.45 )
日時: 2017/09/08 20:22
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

「……という訳なんです、ハンスさん。2人を革命軍に入れてくれませんか?」

スノウとマルガレーテは、エラとイザークを連れてアジトに戻った。そして、ハンスに2人を会わせ、彼らの加入を願いでる。

「ん〜〜、イザーク君はともかく、王女様はな……」

ハンスはかなり迷っている様子だ。隣で聞いていたローザは、ハンスの裾を引っ張る。

「入れてあげよう……せっかく家族に会えたのに……スノウが可哀想だよ……」

ローザは、上目遣いにハンスに頼んだ。潤んだ瞳を見つめていると、ハンスは頷いてしまいたい衝動にかられる。

「でも、他の団員たちの士気が……」

「そんなみみっちい事を気にする奴らじゃないよ。私からも頼むよ」

マルガレーテも同調しだした。革命軍が誇る三大美女がハンスに詰め寄っている。いよいよハンスは、立つ瀬がなくなってきた。周りの男衆の視線が痛い。

「イ……イザーク君は?ずっとドンパチやってきたんでしょ?気にならないの?」

ハンスは、イザークに話をふる。イザークは少し考えてから、口を開く。

「結論から言うと、スノウさんに賛成です。エラとは再三剣を交えたとは言え、彼女もリリスに騙されていた被害者です。それに、リーパーの話を聞いていた時の反応は、演技とは考えづらい。信用に足ると思います」

とうとう最後の砦が崩れたハンスは、ようやく折れたらしく、肩を落とす。

「全く、分かったよ……イザーク君、エラちゃん、歓迎しよう。ようこそ、革命軍へ!」

皆は笑顔を浮かべた。大きな戦力が、一気に2人も入ってきた。しかも、これで英雄の生まれ変わりが全員揃ったのだ。

「ハンスさん、僕は救護部隊に入れていただけますか?もちろん、必要に応じて前線にも出ます」

イザークが言うと、ハンスは頼もしそうに頷いた。ゲルハルトの名医ならば、きっと良い活躍をしてくれるだろう。そして、問題のエラの方を見る。

「私は、主力部隊がいいわ。きっと、役に立ってみせるから!」

エラが言うと、スノウは顔を輝かせた。

「それなら、私とペアを組みましょう!私も戦闘に慣れてきたし、組織についても教えてあげられる。ねえ、いいでしょう、ハンスさん?」

スノウはエラの腕を掴みながら言った。同年代の女子に親しくされ慣れていないエラは、照れているのか、顔が真っ赤だ。

「ケロちゃんが悲しみそうだけど……分かったよ。手配しておく。それじゃ、今日からよろしくね、2人とも!」

ハンスはエラとイザークに手を差し出し、握手を交わした。



***



入団が決まった後、エラの姿が見当たらなかった。スノウはアジト中を探し回り、闘技場でエラを見つける。

「姉さん、こんな所でどうしたの?」

スノウが問いかけると、エラは寂しそうに笑った。

「ごめんなさい、折角仲間に入れてもらったのに、何だか白い目で見られている気がして……」

女王側から離反してきたことは、すでに知れ渡っているらしい。スノウも悲しい表情を浮かべる。

「大丈夫よ。時間をかけて仲良くなればいいわ」

スノウが言うと、エラは「そうね」と呟いた。

「ねぇ、スノウ……貴女、お母様を殺す運命に抵抗はないの?」

エラが突然問いかけた。スノウは驚いた顔をする。そして考える。

家族が生きているという事実は、スノウにとっては大きな希望になった。しかし今度は、その家族をこの手で殺さねばならないという事実を突きつけられたのだ。

そんな事を考えていると、エラが胸の内を告白する。

「スノウ、私ね、今はびっくりするくらい、お母様のことが憎くて仕方ないの」

エラは拳を握り締める。

「私は最初から、お母様の手駒だった。お母様は私欲のため、貴女から家族を奪った。それが許せないの……」

そして、スノウの方を見た。

「もし、貴女がお母様を殺すことに抵抗があるなら、私がやるわよ?」

それが姉としてできる、せめてもの罪滅ぼしと思ったのだろうか。そんな事を言うエラを、スノウはぎゅっと抱きしめる。

「姉さん1人に背負わせたりしないわ。私も一緒に戦う。だって私たち、姉妹なんでしょ?」

自分が言った言葉を、そのまま返されてしまった。エラは苦笑を浮かべる。

2人は互いを励まし合い、その残酷な宿命に、覚悟を決めた。