複雑・ファジー小説
- Re: あなたに出会う物語 ( No.46 )
- 日時: 2017/09/09 10:29
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
〈Chapter7〉
女王の間の空席は4つに増えていた。上座に近い席に座るティタンは、斜め前に座るリーパーを睨め付ける。
「貴様がついていながら……とんだ失態だな、リーパー!流石に今回のことは許されぬぞ!」
ティタンに叱責を受けながらも、リーパーは相変わらずニヤニヤと笑っている。
「おやおや、私を追放するのかい?別に私は構いませんよ、ねぇ陛下」
リーパーの挑発にも、女王は眉一つ動かさない。ティタンは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「ティタンだってわかっているだろう?私は、転生後でも完全体に近い状態だ。私は別に、英雄たちと戦う必要はないんだよ」
リーパーはニヤリと笑った。ここに集った魔法使いたちは、皆、完全体に戻るために英雄たちと戦ってきた。逆手に取れば、完全体に戻る必要がなければ、女王に隷属する必要はない。
リーパーは、老いというものを持たない。だからこそ、リリスはリーパーのやることに、目をつぶらざるを得なかった。彼は、いざとなれば自分達を見限ることを知っていたからだ。
「されどリーパー、此度のことは捨て置けぬ」
リリスは静かに告げる。意外だったのか、リーパーの笑顔がひきつる。しばしリリスと視線を交えた後、リーパーはやれやれと言うように肩を落とした。
「お望みは、スノウ様とジャクソンの首ですか?」
リーパーは手をヒラヒラとしてみせる。リリスとティタンは、それを冷たく見据えるだけで、何も言わない。
「分かりましたよ、では行ってまいります」
黒い風がリーパーを包んだかと思うと、次の瞬間にはその姿が消えていた。
***
「なぁ、フレッグ!こりゃもう、イケるよな?」
アジト内カフェテリア。手袋をはめて顔をニヤつかせているジャクソンに対し、フレッグはイライラしているようだった。
「なんや、倦怠期か?」
ジャクソンの何気ない言葉が、フレッグの胸にグサリと刺さった。
最近革命軍に入ったエラとイザーク、彼らのおかげでスノウとフレッグが会う時間は減っていた。まず、フレッグはスノウの戦闘指導から外され、スノウはと言うとエラと仲睦まじくやっている。おまけに優しいスノウは、イザークにも何かと世話を焼くので、フレッグは面白くないようだった。
「今までがベッタリ過ぎたんや。束縛男子は嫌われんで?」
「俺は別に、束縛なんか……」
フレッグはそう言ってため息をついた。スノウのことだから、他の男に乗り換えたりはしないだろうが、あの見た目だから言いよる男は少なくない。フレッグは歯がゆい気持ちだった。
「しかし、スノウが女王の娘だったとはな……」
ジャクソンはコーヒーを飲みながら呟いた。エラが王女だったという情報に加え、スノウがその妹であるという話も瞬く間に広まった。フレッグも当然そのことを聞き、ブライアの言葉の意味を理解できた。
「美人な姉妹やな。ひょっとして、女王もめっちゃ美人なんちゃう?」
ジャクソンは調子が良いようである。無駄にハイテンションな彼に苛立ちを覚えたフレッグは
「だとしても、ぶっ倒す」
と言い放った。しかし、心の中では迷っている。スノウから実母を奪うことは、本当に必要なことなのだろうか。
「……そういや、女王の方はどんな気持ちなんやろな」
ジャクソンはコーヒーを飲み干しながら呟いた。フレッグも考える。もし、自分が女王の立場だったら、永遠の命を手に入れるために、実の娘を殺したりするだろうか。
「何にしても……これからが大変そうやな」
ジャクソンの瞳には、鋭い光が宿っていた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.47 )
- 日時: 2017/09/10 01:41
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
「イザークさん。頼まれてた包帯、市販のだけど買っておいたわ!」
「ありがとうございます、スノウさん」
スノウは医務室で荷物を広げた。このあたりの地理に明るくないイザークは、物資の調達をスノウに任せていた。
「助かりますよ、組織内のことも教えてくださって……」
「いいのよ、私も入ったばかりの頃は、みんなに頼りきりだったもの」
イザークは、スノウが買っていたものを棚に並べる。スノウもそれを手伝った。
「正直、ここの方が設備が良くて助かってます……もっとも、患者も多いのが難点ですが……」
イザークは苦笑しながら言った。最後の包帯を棚に入れると、ピシャンと戸を閉める。
「そう言えば、イザークさんて、誰にでも能力で治療する訳じゃないのね」
スノウは今朝、医務室から出て来た人が、マスクをしているのを見た。風邪のようだった。イザークの能力を使えば、風邪などすぐに治るはずなのに。
「ある程度は自分で治してもらわないと、免疫や自然回復力が衰えますからね。僕が出るのは、あくまで命に関わる場合だけです」
そして、イザークはイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「それから、ふざけてて怪我をした時などは、少し痛い目を見てもらわないと……」
「あはは、本当ね」
そんな話をしていると、医務室に誰かが入ってくる気配がした。マルガレーテだ。
「イザーク、スノウ、今少しいいか?」
「はい、どうしたんですか?」
マルガレーテは、険しい顔つきをしながら告げる。
「召集だ。ブリーフィングルームへ来てくれ」
***
生まれ変わりたちは、ブリーフィングルームに集められていた。
ハンスはホワイトボードに、いくつかの写真を貼り付けた。どれも子供の写真だ。
「ここ数日連続で起こった、行方不明事件だ。被害者は皆子供。犯人からのコンタクトは無く、無事に帰ってきた例もない」
ハンスは真っ先に、エラの方を見た。
「エラちゃん、子供ときて何かピンとくる?」
エラは首を振った。
「残っている魔法使いは、お母様とティタンとリーパーの3人。私が知っているのは、お母様とティタンの力だけなの」
それを聞いて、イザークが考えを述べる。
「逆に考えれば、エラが知らないということは、この犯行はリーパーによるものである可能性が高いです」
順当に考えれば、そういうことになるだろう。もちろん、人間による犯行の可能性もある。結局のところ、判断材料が足りないというのが現状か。
「そのリーパーってヤツ、何か特徴はないのか?」
フレッグが問いかけた。実際に会ったことのある、スノウ、エラ、マルガレーテ、イザークの4人は、リーパーの姿を詳細に思い浮かべる。
「確か、胸に青いカンテラがあったな」
マルガレーテは、あの青い炎と、いけすかない人柄を思い出した。
「私は子供の頃から見ているけど、リーパーは年を取らないのよ。でも実は、80年以上生きているはずよ」
エラが答えると、ハンスは難しい顔をした。
「そうなると、リーパーの能力は、老いないことだろうか……」
結論を下すのは危険な気がした。今はとりあえず、行方不明になった子供たちの捜索に集中するということになり、解散した。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.48 )
- 日時: 2017/09/10 21:17
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
翌日、スノウはエラと共に巡回に出ていた。今までに全く会話ができなかったため、それを取り戻すかのように、2人は話し込んでいた。
「そう……フレッグはスノウの恋人なの……」
「えぇ。あぁ見えて、とても優しい人なのよ」
エラは、エビルダの一件で、2人の交際を良く思っていないらしい。つい先日まであんなに敵対していたのに、今や立派な小姑である。
「でも、傷ついたと思ったら、すぐに言うのよ?」
「ふふっ。姉さんたら過保護ね」
エラとしては、突然できた妹が可愛くて仕方ないのだろう。母親への恨みの反動でか、スノウのことにはいちいち口を出している。
「将来の義弟になるかもしれないのよ?当たり前でしょ?」
「気が早いわよ!」
真面目に言ってのけるエラに、スノウは顔を赤らめた。しかしスノウ自身、そんな未来を想像していたのも事実だ。
「あの、アーサーって子にも迫られて……放っておくと大変ね、スノウは」
「もう、アーサーは子供でしょ!」
そんな会話をしていると、ふとエラが足を止める。無言で、草むらを見つめている。
「どうしたの、姉さんたら……」
スノウも、エラの視線の先を見つめた。草むらから、誰かの靴がはみ出ている。
スノウは、もう少し近寄って見てみた。
「きゃっ!?」
ソレに気がついた瞬間、スノウは手で口元を覆って悲鳴をあげた。
靴には、足が入っていた。そう、死体が転がっていたのだ。
どうやら、老女のようである。肌はシワだらけで、骨ばっている。特徴としては、身体がひどく小さいこと。そして、パステルピンクのワンピースを着ていることだ。
「ハンスに報告しましょう!」
***
たった今、スノウ達から画像が送られてきた。ブリーフィングルームに残っていたハンスは、端末でそのファイルを開く。
偶然にもその数分前、ジャクソンからも同様に、身体の小さな老人の遺体の画像が送られてきていた。そちらは、ライオン柄のTシャツに、黒いスニーカーという格好だった。
ハンスは、その老人達に違和感を覚えた。何かが噛み合っていない気がする。
隣で、同じくブリーフィングルームに残っていたイザークが、その画像を盗み見る。
「あれ?この人……」
「知っているのかい?」
イザークの呟きに、ハンスは過剰に反応した。イザークは考え込んでいる。そして、自信なさげに声を絞り出した。
「見間違いかもしれませんけど……」
***
「ふふっ……ふははははははっ♪」
リーパーは、墓地の中で笑い声を上げた。殺風景なその場所には、彼の声を聞くものはいない。ただ、安らかに眠っているだけだ。
「素晴らしい!流石だ!力がみなぎってくる……」
リーパーは拳を握りしめながら、歓喜の声を上げていた。彼の言葉を裏付けるように、胸のカンテラは、炎の勢いを増している。
「さあ、目を覚ますがいい……」
リーパーが号令をかけると、カンテラから青い閃光が放たれ、辺り一面に降り注ぐ。その様は神々しくもあり、おどろおどろしくもあった。
リーパーはその中心で、高らかに笑い声を上げていた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.49 )
- 日時: 2017/09/12 00:31
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
その夜、アジトに帰還した生まれ変わりたちは、ブリーフィングルームに集合した。
ハンスはホワイトボードに、昼間とられた写真を貼り付ける。
「昼間見つかった遺体だけど……服が、行方不明者のものと一致した」
部屋中からどよめきが起きる。
ハンスが感じた違和感は、それだった。年の割に、服装が幼いと思ったのだ。
「以上のことから判断するに、リーパーの能力は、生気を奪うのでは無いかと思うんだ」
ハンスがそう結論づけると、真っ先に賛同したのはエラだった。
「なるほど……リーパーは、魔法使いの中でも、協調性がないヤツだったわ。英雄殺しに執着していなかったのも、その力があるからなのね」
魔法使いが英雄を殺そうとするのは、完全体に戻るため。しかしリーパーは、能力で若さを維持できている。だから、協力する必要などなかったのだ。
「やとして、どうやって倒すんや?」
そう問いかけたのはジャクソンだ。人から得た生気で、若さを保っているくらいだ。イザークと同じように、再生能力があってもおかしくは無い。
「やることは2つだな。再生能力があるのかを確かめる。あったとしたら、止める方法をを探して倒す」
フレッグはそう言って、対処法をまとめた。後は、具体的に何をするかを考えればいいだけだ。
ふと、ローザが手をあげる。何か良い案があるらしい。
「どうしたの、ローザ?」
ハンスが話を振ると、ローザはやや迷ってから提言する。スノウの方に視線をチラつかせながら……
「ねぇ……この方法はどう?」
***
少年は暗い裏路地を歩いていた。ふと、正面に一陣の風が吹く。
「坊や、迷子かい?」
突如現れたローブ姿の男に、少年は驚いた。男は、親切そうな笑みを浮かべ、少年の方に手を伸ばす。
「私が送ってあげよう……」
少年は怯えて後ずさる。その時……
「アーサーに触るな、リーパー!!」
誰かが建物から飛び降り、男に斬りかかる。フレッグだ。ハンスから借りた剣を手に、伸ばされたリーパーの手を切り落とす。
直後、路地の両方向から人が現れ、リーパーの退路を塞ぐ。アーサー側には、スノウ、ハンス、イザーク、エラ。反対側には、マルガレーテとジャクソンだ。スノウは、囮になったアーサーを保護した。
フレッグは、アーサーとスノウを庇うように立つ。リーパーの腕を注意深く観察すると、再生していることが分かる。フレッグは静かに、ハンスに剣を返した。
「酷いなぁ……私はただ、そこの坊やを送ってあげようとしただけなのに」
「白々しいぞ、リーパー!!」
ハンスは、剣をリーパーに垂直に向け、突進する。ただ一点を狙って、突き刺すつもりだ。リーパーの胸に燃え盛る、青い炎を……
「っ!?」
リーパーはとっさに手を出して、それを庇う。腕に剣が深々と刺さったが、お構い無しだ。しかし、それはハンスの予想通りだった。
「やっぱり……弱点は、このカンテラだ!!」
ハンスは、剣を引き抜きながら叫んだ。リーパーは、悔しそうに顔を歪める。
「ふっ……」
しかし、すぐに微笑を漏らした。
「弱点が分かったところでなんだい?力をつけた私には、こんなことも出来るのだよ」
リーパーが言うと、カンテラの炎が火力を増した気がした。すると、彼の周りから土が盛り上がり、その異形が姿をあらわす。
「なんやコレ、ゾンビか!?」
ジャクソンは驚いて、少し後退した。マルガレーテにその異形が触れないように、彼女も下がらせる。
「そんな低俗なものと一緒にしないでくれ。この者らは、かつて私たちのために戦ってくれた、兵士たちさ……」
言われてハンス達は気がつく。その死体の中には、今までの戦いで斬り伏せてきた兵士たちも混ざっていた。
「スノウちゃんは、アーサー君を連れて退避!イザーク君は、そのサポートだ!」
ハンスは背中に指示を出す。戦闘に向かないイザークとアーサーを、早く離脱させるためだ。
「でも……」
「行け、スノウ!アーサーの側にいてやるんだ!」
止まろうとするスノウを、フレッグが叱咤する。エラもこちらを見て、頷いた。
「了解です!行くよ、アーサー!」
「うん!」
スノウは戦場を預け、動き出す。イザークはアーサーを抱きかかえ、走り去って行った。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.50 )
- 日時: 2017/09/14 05:49
- 名前: ももた (ID: q9W3Aa/j)
「喰らいつけ!」
ジャクソンの手から伸びた蔓は、リーパーの元に届くと、花を咲かせた。花は、リーパーを飲み込もうとする。すると、リーパーはそれに動じず、ただ不敵な笑みを浮かべた。
「危ない!!」
リーパーが花を掴むすんでの所で、マルガレーテによって、蔓は切り落とされた。リーパーが手にした花は、急速に色を失う。
「触ると生気を吸われるんかいな!?」
ジャクソンは、後から冷や汗をかいた。そして、マルガレーテの後ろに退がる。
「ジャクソンとフレッグは、この男相手には不利だ。僕とメグで闘う。エラちゃんは、周りの雑魚どもを減らしてくれ!」
「「「「了解!」」」」
ハンスの指示で陣形を組み直す。エラは両手から炎を生み出し、襲いかかって来た死体に浴びせた。死体は暫くは動き回るが、燃え尽くされると崩れていった。
「後で弔ってあげるわ」
炎が有効であることを確認すると、エラは次々と炎を生み出しては、敵の数を減らしていった。
取り逃がした一体が、ハンスに背中から奇襲をかける。エラは手を伸ばそうとしたが、間に合いそうにない。
「はぁっ!」
それを、横から現れたフレッグが蹴りつけた。死体は形がひしゃげたが、それでもなお立ち向かってくる。
「フレッグ、下がりなさい!」
エラはその死体に火をつけた。パチパチと音を立てて燃え上がったかと思うと、すぐに崩れさる。
「何でハンスには従うのに、俺には命令口調なんだよ……」
「私がスノウの姉だからよ!」
フレッグは思った。この小姑を相手にするのは、大変そうだ。
こちらサイドの敵は、エラのおかげで数を減らしていた。マルガレーテ側は、ジャクソンが敵を拘束しているだけで、倒されている敵は少ないようだ。
「フレッグ、ジャックの方を手伝いなさい。こちら側は、すぐに片が付くわ」
「だから、その命令口調をどうにかしてくれよ……」
フレッグは文句を垂れながら、駆け抜ける。ハンスの背中は、放っておいても、あの火炎放射姫が殲滅するだろう。リーパーの手に触れぬよう、その脇を通り抜けていった。
***
「ハァ……ここまで来れば、大丈夫でしょう」
イザークは、息を整えながらアーサーを下ろした。3人が足を止めたのは、ゲルハルト廃病院。以前、アーサーが拉致された場所だ。ハンス達の現在位置と、アジトの、中間地点にある。内構造が分かる3人にとっては、良い隠れ蓑である。
「アーサー君も、よくやってくれましたね。偉かったですよ」
イザークはアーサーを褒めながら、アーサーの頭を撫でた。アーサーは、まだイザークに慣れていないのか、照れているのか、スノウの背後に潜り込んでしまった。イザークは、残念そうに苦笑する。
「アーサー、ここまで運んでもらったんだから、『ありがとう』は?」
「あ……ありがとう」
スノウにたしなめられて、アーサーはペコリと頭を下げた。しかし、依然としてスノウから離れない。ずっとスノウの手を握っている。
「どういたしまして」
イザークはニコッと微笑んだ。そして今度は、スノウの方を見る。
「それにしても、革命軍にこんな小さな子がいたなんて……」
「この子は、私と同じ孤児院にいた子なの。私と一緒に、革命軍に保護されたのよ」
イザークは首をかしげる。
「あれ?僕が昔訪れた時は、もっとたくさんの子を預かっていたような……」
イザークは、スノウを預けにいった頃の記憶があるようだ。その時のことを思い出していると、スノウは悲しそうな顔をする。
「……みんな死んでしまったの。私達2人を残して」
無意識に、アーサーの手を握る手に力が入る。イザークは、申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません、嫌なことを思い出させてしまいました」
「いいのよ。この子が生きているし、今は革命軍のみんなもいる。だから平気よ。私、こう見えても図太いのよ」
スノウはそう言って笑った。釣られてイザークも笑う。アーサーは『ずぶとい』の意味が分かっていないようで、キョトンとしていた。
「いいですね。頼れる場所があるというのは」
イザークは、少し遠い目をしていた。スノウはふと思い出す。彼は、13歳で親を失ってから、つい最近まで1人で生きていた。それなりに孤独だったのだろう。
「イザークさんも、革命軍を頼ればいいじゃない」
スノウは、さも当然のように言った。イザークは、少し寂しそうな顔をして答える。
「でも……時々迷うんです。このまま皆んなに埋もれていると、失う時に辛くなるんじゃないかって」
イザークは、父親のことを懐古しているのだろう。うつむき、下唇を噛んでいる。
スノウも、思い出す。ここに至るまで、親代わりだった人を失った。兄弟も失った。
しかし、手に入れたものもあった。ここでは、頼れる仲間が出来た。恋人も出来た。血の繋がりも出来た。
「……たとえ大切な人を失っても、心の中ではいつでも思い出せるでしょう?それに、思い出がなければ、失った時に、もっと後悔すると思うの」
スノウはそう言って笑う。イザークは最初、呆気にとられていた。しかし、彼女も辛い別れを乗り越えたからこそ、そんなことが言えるのだろう……と理解する。
「そうだね……」
イザークも笑って頷いた。しかし、その顔に影が広がる。
「どうしたの……」
「静かに!」
イザークはスノウの口に指を当て、あたりの気配を探る。スノウとアーサーには感知できず、2人は不安そうな顔をしていた。
ややあって
「後ろだっ!」
イザークは、スノウとアーサーを自分の方へ引き寄せた。直後、スノウのいた位置に、一陣の風が吹いた。
「どうしてここにいる、リーパー!!」
そこに現れたリーパーは、愉快そうに笑っていた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.51 )
- 日時: 2017/10/07 23:13
- 名前: ももた (ID: kJLdBB9S)
「はぁぁっ!」
「やぁっ!」
ハンスとマルガレーテは、同時にリーパーに飛びかかった。リーパーはまた腕を犠牲にし、身をかがめて移動する。2人は、はさみうちの状態を保ちながら、リーパーへの攻撃を断続的に続けていた。
「しつこい!」
リーパーが腕を振るうと、ハンスの背後に死体が現れた。マルガレーテは一瞬動揺するが、ハンスは迷わずリーパーに斬りかかる。カンテラを支える、鎖の一本を切り落とした。と同時に、フレッグが背後を狙った死体を蹴り飛ばしていた。
死体の兵士の偏りが生じたので、フレッグは移動している。ハンス達はリーパーの注意を引きつけるため、再度両側から切りかかった。その時、過程で不安定になったカンテラが、大きく揺れる。それに気がついたリーパーは、体勢を立て直すことに集中し、カンテラへの防御を固める。
(しまった!今の隙に、カンテラを叩き壊すんだった!)
一瞬の隙を見逃してしまったハンスは、強く後悔する。しかしそんな時間はなく、すぐに次の攻撃体勢に移った。マルガレーテの顔を、ちらりと見やる。
また合図をすると、ハンスは上段の構えをとった。マルガレーテは同時に、下段の構えをとる。
「っ!?」
どの方向に良ければいいかを迷ったリーパーは、一瞬だけ動きが止まった。ハンスはその高さで剣を……
(これは、伏せて避ければ……)
否、剣を振り下ろした。剣の軌道が読めなかったリーパーは、とっさに避けたため、その場に横転する。ハンスの攻撃と同時に、マルガレーテはリーパーの背中を切り裂いていたようで、背中の修復もせねばならない。
そして何より、今の一撃を避けきれなかったようで、カンテラを支える鎖をもう一本断ち切られていた。鎖はあと2本。リーパーが動くたび、カンテラは彼の身体から大きく離れる。
「くそっ!!」
リーパーは焦りを覚え始めた。と同時に、考えを巡らせる。
(この場から離脱し、スノウ様を追いかけたほうが得策ではないか?ジャックの首より、その方が価値がある。何より、向こうは足手まといを抱えた3人だけだ)
一度、思考を落ち着けたリーパーは、マルガレーテの剣先を冷静に見定め、身体を回転させて避けた。左手で、カンテラを抑えながら。
(3人はどこに隠れている?いや、彼らだったら、どこに隠れる?)
しばらくの自問自答の後、リーパーは考えがまとまったようだ。不敵な笑みを浮かべる。
「楽しかったよ、諸君。でも、今夜はお暇することにしよう……」
リーパーの姿が消え始めた。
「待て!!」
ハンスは剣を振るったが、その身体は捉えられず、空を切る。
「じゃあね。手土産に、白雪姫の心臓だけは頂いていくよ」
そう不穏な言葉を残し、リーパーの姿が消えた。残された英雄達に、死体の兵士が一斉に襲いかかる。
「ちっ!アイツ、スノウの所に行くつもりか!!」
フレッグは鬱陶しそうに、取り巻いてきた死体を壁に叩きつけた。グチャッという音を立てて、辺りに腐った肉片が撒き散らされる。
「フレッグ!すぐにスノウちゃん達をおいかけな!」
ハンスは叫んだ。この中で、スノウ達の元に追いつくことができるのは、彼をおいて居ない。
しかし、何故か死体たちは、フレッグに集まるように動いている。
「リーパーに操られているのか?くそっ!!」
フレッグは毒づきながら、死体達を投げ伏せた。数が多くて、フレッグは身動きがとれない。
「焼き尽くせ!」
フレッグに群がる死体達を、エラが焼き払う。包囲陣が解けた隙に、フレッグは混戦状態から脱した。
「行きなさい!納得がいかないけど、アンタにスノウを預けるわ」
「そりゃどうも」
エラに道を切り開かれ、フレッグは全速力で走り抜けた。まだ死体たちと戦う仲間を背に、スノウの元へと急いだ。
***
突如、スノウ達の前に現れたリーパーは、アーサーに手を伸ばそうとした。生気を吸い取る気だ。アーサーは、スノウと共にイザークに引き寄せられ、それを躱した。
「凍てつけ!」
スノウは氷を放つ。それはリーパーの左腕を氷漬けにしたが、リーパーが振りほどいたことで氷は消えてしまう。
「どうにか、カンテラを奪わないと……」
「そうですね!」
イザークは、無謀にもリーパーに正面から立ち向かい、カンテラを奪おうとする。一歩間違えれば、生気を吸い取られてしまうのに。
しかし、リーパーはそれを躱しただけで、イザークには指一本触れなかった。
「どういうこと?イザークさんは狙われていないの?」
イザークは、リーパーを追いかけながら説明する。
「生気は、余命が長ければ長いほど質がいい。逆に、余命が短ければ、取るだけ無駄なんです」
そう言って、イザークは自分の心臓を指した。そこには、彼の呪印があるはずだ。余命が短い……つまり、それが彼にかけられた呪いなのだろう。
しかし、ようやくスノウも理解する。リーパーにとって優先順位は、アーサー、スノウ、イザークの順なのだ。ならば、スノウはアーサーの側を離れるべきではない。
「アーサー、私から離れないでね!」
「うん!」
そして、リーパーの動きを目で追いながら、イザークの援護をする。リーパーの足元を狙って、何発もの氷の礫を放った。
「ええい、鬱陶しい!」
リーパーは、机の下に隠れた。イザークはそれを追うが
「いない!」
と叫び、すぐにスノウの元へと引き返した。スノウへ不意打ちをかけると踏んだのだ。果たしてその通り、リーパーはアーサーのすぐ隣に現れた。
「ふふふ……」
「アーサー!」
- Re: あなたに出会う物語 ( No.52 )
- 日時: 2017/09/14 04:15
- 名前: ももた (ID: q9W3Aa/j)
フレッグがたどり着いた時、戦いは終わっていたようだ。廃病院から、3人が出てくる。しかし……
「スノウ!!」
その内の1人、スノウは、イザークにの腕に抱かれ、意識を失っていた。フレッグは慌てて駆け寄り、イザークから奪い取るようにスノウを自分の腕の中に収める。
フレッグは、スノウの身体を調べた。外傷は無いようである。
「何があった?」
怒りを帯びた低い声で、イザークに問いかける。イザークは申し訳なさそうに答えた。
「すみません、スノウさんは……」
***
リーパーの手は、アーサーを狙っていた。その生気を狙っていた。
「アーサー!」
しかし、それはスノウによって阻まれる。スノウは、リーパーの手と、アーサーの身体の間に、割って入った。そして……
「っ!?」
リーパーの手が、スノウに触れる。
「リーパーっ!!」
駆けつけたイザークが、蹴りを繰り出したことで、リーパーはスノウから直ぐに手を離した。イザークの蹴りは、鎖とカンテラの接合部に当たり、運良く鎖がカンテラから外れた。
「ちっ!」
リーパーは舌打ちをして、イザークから距離をとる。こうなっては、常に片手でカンテラを支えなくてはならない。
その隙をついてイザークは、スノウの側に駆け寄った。スノウは意識を失っていて、アーサーは隣で涙をこらえている。
「アーサー君、立って!僕についてきて!!」
イザークに声をかけられ、アーサーは突き動かされる。イザークはスノウを抱えると、場所を移動した。
リーパーは、少し遅れて彼らを追いかける。攻撃手段であるスノウを失った今、戦況はリーパーが優勢に傾いていた。余裕の笑みを浮かべながら、彼らを追った。
3人が、診察室に入っていくのが見えた。リーパーも、笑みを浮かべながらそれを追う。まるで、狩を楽しんでいるような気持ちだった。
ガチャッ
リーパーはドアノブをひねった。そして、ふと首をかしげる。そこには3人の姿はない。
部屋をよくよく観察すると、診察ベッドのある位置が、カーテンに締め切られて見えなくなっていた。リーパーは、とうとう追い詰めたと言わんばかりに、意気揚々とカーテンを開ける。しかし……
「いない!?ヤツら、一体どこへ……」
「こっちだ!!」
リーパーは、身体がぐらつくのを感じた。突如、後ろから現れたイザークに、両手を絡め取られ、そのまま組み伏せられる。その際、カンテラは無防備にも、床に投げ出されてしまった。
「馬鹿な!?キサマ、どこから……」
「流石に、ドアの裏には気がつかなかったみたいだね」
リーパーが目をやると、開けたはずのドアが閉まっている。そして先ほど死角となっていた位置に、スノウとアーサーがいた。
イザークは、リーパーの両手を背中に回し、リーパーの動きを封じていた。対抗手段のないリーパーは、悔しそうに歯ぎしりをする。
「アーサー君、今だ!」
イザークが叫ぶと、アーサーがこちらに走り寄ってきた。
「な……何をする気だ!?」
アーサーは診察ベッドに上り、リーパーを見下ろす。
「まさか……」
そして
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!!」
カンテラの上に飛び降りた。ガシャンと音を立てて、カンテラは割れる。閉じ込められていたのは人魂のようで、カンテラが割れた途端に、青い炎は霧散した。
途端、リーパーの身体がガクンと揺れる。
「リーパー!?」
危険を感じたイザークは、慌ててリーパーから離れた。アーサーの元に行き、後ろに下がらせる。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
リーパーは断末魔の叫びをあげた。彼の肌はみるみる干からび、やがて骨と皮だけになる。数十年分の歳月が一気に押し寄せ、身体はその急速な変化に耐えられなかったようである。悲鳴がかすれ、やがて消えた後、リーパーはそこで事切れていた。
「リーパー、死んだ?」
アーサーが、不安そうにイザークに問いかけた。
「死んだよ。アーサー君が倒したんだ。よくやったね」
イザークはアーサーの頭を撫でた。しかし、アーサーは笑顔1つ見せない。ずっと不安そうに、一点を見つめている。
「スノウ……」
アーサーが呟くと、イザークはアーサーの手を引いて、スノウの側に寄った。スノウは意識を失っているだけで、ちゃんと呼吸はしている。
「生きているよ。大丈夫」
イザークが自信を持って言うと、アーサーは安堵の表情を浮かべた。
「よかったぁ……」
そして、スノウに抱きついた。いつもなら、スノウの温かい手がアーサーを撫でてくれるが、今はそんなことはできない。その代わり、アーサーの耳に聞こえてくる彼女の心音が、アーサーの心を落ち着かせていた。
「さあ、外に出よう。みんなのところに帰るよ」
「うん!」
イザークは、アーサーからスノウの身体を受け取り、大切そうに抱えた。そして、アーサーから自分の顔が見えないようにして、下唇を強く噛んだ。
イザークは先ほどの戦いを反芻する。リーパーの手は、確かにスノウに届いていた。直ぐに引き剥がしたとはいえ……
(奪われた……)
イザークは心に悔しさを滲ませながら、廃病院を後にした。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.53 )
- 日時: 2017/09/15 00:49
- 名前: ももた (ID: q9W3Aa/j)
廃病院前で、フレッグはしゃがみこみ、スノウの肩を抱きながら、イザークから事の顛末を聞いていた。
「じゃ……スノウは、生気を奪われたって訳か……」
「はい……生気を失うということは、その分の寿命を失うということです。どれだけ盗られたのかは分かりませんが、スノウさんは、おそらく長くは……」
生きられない。イザークは、その言葉を繋げることが出来なかった。フレッグはうつむき、スノウを抱える腕に力を込める。イザークに顔を見られないようにしているのは、泣いているからかもしれない。
「馬鹿なスノウ……なんでそう簡単に、自分の命を投げ出せるんだ……」
言葉は怒っているようだが、守れなかったことに、自責の念があるのかもしれない。そして、永遠の別れが近づいてしまったことに、言いようのない不安を覚えているのかも……
(だったら、1日1日を幸せにしてやる……後悔がないように、隣で俺も生きる!)
決意を胸に、フレッグはスノウを抱いたまま立ち上がった。何も言わず、廃病院に背を向ける。イザークはそんな2人を、じっと見つめる。そこには、羨望にも似た眼差しが混ざっていた。
***
スノウは薄っすらと目を開けた。眼前にあるのは、白い天井。見覚えがある。医務室だ。スノウは、身体を起こそうとする。
「スノウさん!無理に起きようとしないでください!」
すると、イザークにそれを止められた。ずっと隣で看病をしていてくれていたようで、彼の机の上にはコーヒーの空き缶が何個も置かれている。
スノウは視線を天井に戻し、思い出す。確か、リーパーとの戦いの最中、リーパーの手に触れてしまい、そこで意識を手放したのだ。
「そうだ、リーパーは?」
「無事、倒しましたよ。誰も、酷い負傷はありません。だから、安心してください」
イザークが言うと、スノウは安心したように微笑む。イザークは申し訳なさを感じながら、スノウに例のことを伝えた。
「スノウさん、貴女がリーパーから受けた攻撃なんですが……アレで貴女は寿命を少し削られました。元々の寿命も、盗られた寿命も、どれだけかは分かりませんが……」
「そう……」
スノウは呟くように答える。ショックを受けているのか、しばらくは何も言わなかった。ややあって
「アーサーじゃなくて、良かったわ」
と、笑顔で呟く。
思わぬ反応に、イザークは目を見張っていた。屈託のないその笑顔に、イザークは胸を締め付けられる。
「全く、君は人が良すぎます……」
「そうかしら?」
スノウに何か温かいものをと思ったイザークは、魔法瓶から紅茶をカップに注ぐ。そして、スノウに差し出した。礼を述べて、スノウはそれを受け取る。
「本当ですよ……人のために、簡単に命を張ってしまうんだから」
「でも、イザークさんだって、みんなを大切にしてるじゃない」
「それは、君みたいになりたくて……」
言ってしまってから、イザークは赤面した。スノウはその真意を理解できず、首を傾げている。
「……ここに来てから、貴女には親切にしてもらいました。貴女には恋人がいるし、良くないと分かっていても好きになってしまったんです……」
スノウは突然の告白に驚いている。固まってしまった彼女を、イザークは抱きしめる。心臓を握り締められたように、胸が苦しかった。そして問いかける。
「この気持ちに、答えをくれませんか?」
偶然、その会話を、廊下で聞いてしまったフレッグがいた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.54 )
- 日時: 2017/09/15 19:55
- 名前: ももた (ID: b9FZOMBf)
イザークが廊下に出ると、フレッグに出くわした。フレッグは腕を組み、壁にもたれかかっている。イザークが前を通り過ぎようとすると、声をかけてきた。
「どういうつもりだ?」
「聞いていたくせに……人が悪いですよ」
イザークは視線を合わせずに答えた。気まずい沈黙が流れる。フレッグが医務室に入ろうとすると、イザークが再度口を開いた。
「これ以上、横恋慕したりしません。その代わり、スノウさんのこと、最期まで頼みますよ」
イザークはそう言い残して去っていった。静かな廊下には、彼の足音だけが響く。フレッグは、その背中を睨みつけながら呟いた。
「お前に言われるまでもない」
***
「ごめんなさい」
イザークの腕を振りほどきながらスノウの放った言葉は、拒絶だった。イザークは傷ついたようだが、大人しくスノウを放す。
「イザークさんは確かに良い人だけど……フレッグさんに抱くような感情は湧いてこないの。だから……」
「知ってますよ」
イザークはクスッと笑いながら言った。そして、スノウのベッドに、スノウに背中を向けるようにして腰掛ける。
「リリスが貴女にかけた呪いは、生涯ただ1人の人しか愛せないという呪いです。スノウさんはこの先、フレッグ君以外を好きになることはないんですよ……」
スノウは納得する。通りで、スノウは自分の呪いが分からなかったわけだ。革命軍に入った頃、スノウにはまだ、好きになるような相手はいなかった。フレッグのことを想うようになり、初めて呪いが発動したのだ。
「どうして、そんなことを知っているの?」
スノウが問いかけると、イザークは思い出させるように語る。
「僕は幼い頃、王宮によく出入りしていました。その頃、パンドラ様から、皆んなの呪いのことも聞いていたんです」
スノウも思い出した。パンドラが亡くなったのは、スノウ達の生まれた年、イザークが6歳だった頃だ。すでに物心がついているのは当然だろう。
「でも、女王はどうしてそんな呪いを?」
スノウは疑問に思った。他の仲間達の呪いは、普通に生きるのに支障をきたしたり、命に関わるものばかりだ。それらに比べると、スノウの呪いは、程度が軽い気がした。
「先代の白雪姫は、呪いをかけられた時、婚約者だった恋人を亡くしています。パンドラ様は彼女の生涯を見守っていましたが、孤独に浸っているようで気の毒だったと……」
スノウは、前世の白雪姫のことが容易に想像できた。愛しい人を失った悲しみを、他で補うこともできず、苦しみを背負ったのではないだろうかと。
「でも……負け惜しみかもしれませんが、フレッグ君よりも先に、僕と出会っていたら、結果はどうなっていたんでしょうね?」
イザークは悪戯っぽく笑った。そこには執着はなく、ただ潔さがあるだけだった。イザークは身を引いたのだ。
そして、イザークは医務室を後にした。廊下から話し声が聞こえた後、入れ替わるようにして、今度はフレッグが入ってくる。
「フレッグさん!もしかして、さっきの話、聞いていたの!?」
スノウは、シーツで顔を覆いながら叫んだ。呪いが発動しているということは……つまりそういうことだ。フレッグは目をそらしながら、素直に「ごめん」と謝る。
「でも、お前は大丈夫だ。俺はお前を1人にしない」
フレッグは、スノウの髪を撫でる。フレッグの約束は、必然的な事象も含んでいた。寿命の縮まったスノウは、フレッグより長く生きることはないだろうということだ。
いつになく優しいフレッグに、スノウは戸惑っている。ふと、スノウは何かを思い出したように、衣服を探る。
「そういえばコレ……日付が変わる前に渡さなくちゃ」
スノウが差し出したのは、以前雑貨屋で購入したロケットだ。フレッグはその意味が分からないのか、怪訝な顔をしている。
「もう!今日は貴方の誕生日でしょ?」
フレッグは、スノウに言われて初めて気がついた。任務に明け暮れていて、すっかり忘れていた。
「もっと、ちゃんと祝いたかったんだけど……」
「いいよ、気にしなくて。自分でも忘れてたくらいだ。ありがとう」
フレッグはロケットを受け取った。開けてみると、2層構造になっていた。1枚は革命軍にのみんなの写真、もう1枚はスノウと2人で撮った写真だ。
「私のと対になっているの。写真はメグさんが選んでくれて……気に入ってくれた?」
「当たり前だよ」
フレッグは、ロケットを両手で大切そうに持って、いつまでも眺めていた。写真の中のスノウは、仏頂面のフレッグと違って、花のような笑顔を見せている。この笑顔がいつまでも続くようにと、フレッグは胸の内に誓った。