複雑・ファジー小説
- Re: あなたに出会う物語 ( No.6 )
- 日時: 2017/08/29 10:31
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
〈Chapter2〉
走る。走る。暗い森の中を。
後ろから聞こえるのは、足音と私の名を呼ぶ声。それは支配者の恐怖に駆り立てられ、私を追う狩人の声。
だけれど、不思議と怖くはなかった。それは、彼が私の手を引いてくれるから。
「大丈夫。先生がついていますよ」
その笑顔はとても優しくて、とても温かくて、そして……
モウアエナインダネ
その瞬間、彼の笑顔は熟れすぎた果実のように腐り落ちた。
少女はそこで目を覚ます。自然と頬を涙が伝っていた。毎度のことながら、不思議な感覚だった。少女は、夢に出た彼のことを知らないはずなのに、心はこんなに締め付けられるのだ。
「これが、白雪姫の悪夢……」
ローザはベッドの上に体を起こした。
***
「スノウ!スノウ!起きて、スノウ!」
激しく肩を揺すられ、スノウは目を覚ます。焦点が定まるにつれて、アーサーの顔を認識した。いつもと違う部屋の様子を見て、スノウは改めて昨日の事件が現実であったのだと実感する。
「起きたよ、アーサー」
目を擦りながら体を起こすスノウ。その時、手に冷たいものが触れた。
「スノウ、怖い夢みたの?」
アーサーに言われて、今手に触れているものが自分の涙であることに気がつく。しかし……
(あれ?どんな夢だったっけ?)
内容を全く覚えていないことに困惑する。アーサーはそんなスノウの顔を、不安そうに覗き込んだ。
「心配しないで、アーサー。私は大丈夫よ」
スノウはそう言って、アーサーの髪を撫でる。スノウがニコリと微笑みかけると、アーサーもつられて笑った。しかし、すぐにまた、顔に曇りが広がる。
(先生が安心して眠れるように、私がしっかりしなくちゃ)
コンコンッ
スノウが決意を改めていると、ドアを叩く音がした。そしてすぐに、昨日の仏頂面が入ってくる。
「起きたか。朝食の準備が出来ているんだが、食べにこれるか?」
淡々と話すフレッグの声色には、複雑な思いが感じ取られた。
「ええ、行くわ」
それは気遣いの気持ちだろうか、とスノウは考える。アーサーの手を引いて、部屋を出た。フレッグはこちらに背を向けたまま、ポツリと言葉をこぼす。
「昨日の……タオルで隠れてたし、俺も見てないからな……」
パシンッ
その言葉が耳に届いた瞬間、スノウは無意識に、フレッグに張り手をかましていた。
***
「おはよ〜〜う!ケロちゃん、スノウちゃん、アーサーくん!!」
食堂に入ると、ハンスの元気な声で出迎えられる。フレッグは、舌打ちとともにハンスを睨みつけた。
「ねぇ、フレッグさん。昨日から思っていたのだけれど、ケロちゃんって一体……」
「兄さん。ローザを連れてきたぞ」
スノウの声は、マルガレーテの声に掻き消された。スノウとアーサーが声のした方を向くと、そこにはマルガレーテと、色白な美少女が連れ立っていた。
「ローザ、無理をさせてごめんね。新しく入ったスノウちゃんを紹介したかったんだ」
ハンスの言葉に、ローザはこくりと頷く。
「スノウちゃん、この子はローザ。俺たちと同じ、英雄の生まれ変わりだ。この子と、今は不在のあと一人を足して、現在革命軍に所属している英雄の生まれ変わりは6人になる」
ハンスの言葉に続いて、ローザは会釈をする。どことなく、品の良さがうかがえた。
「さてと、スノウちゃんたちにはまず、革命軍についてから説明しようか」
テーブルの上に食事が並べられ、ひと段落して、ハンスが口を開いた。
「革命軍は、いくつかの部隊に分かれているんだ。敵の様子を探る諜報部隊、傷ついた仲間を癒す救護部隊、アジトの運営をする支援部隊、そして敵と直接戦う主力部隊」
スノウが真剣に聞いてる横で、アーサーは必死にスクランブルエッグをかき込んでいる。
「このうち、スノウちゃんには主力部隊に入ってもらいたいんだけど……大丈夫かな?」
主力部隊と聞き、スノウの表情が強張る。魔法使いは全部で6人。その中で自分が戦うべき相手は、女王リリスだ。
「もちろん他の部隊でも構わないさ。現にローザは諜報部隊に所属している。君の率直な思いを教えてくれ」
しばらくの沈黙。スノウは考えを巡らせていた。
(戦うのは確かに怖い。でも……)
考えがまとまると、スノウは凛とした声で言った。
「私は、主力部隊に入りたいです。先生やみんなの命を奪った女王を、倒したい……」
スノウの返事にハンスは、喜びとも苦悩とも言い難い笑顔を見せた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.7 )
- 日時: 2017/08/29 15:01
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
「あ、お〜〜い!スノウちゃん!」
スノウの入軍から1週間ほどたったある日、スノウはハンスに呼び止められた。横にはフレッグを連れている。
「どうだい?革命軍には慣れたかな?」
「ええ、おかげさまで」
ようやく、スノウの自然な微笑みが見られるようになり、ハンスは内心ホッとする。
「よかった……そうそう、スノウちゃんは主力部隊に配属になったけど、今までに戦闘経験ってある?」
ハンスの問いかけに、今度は強く首を振った。案の定というように、ハンスは軽快に笑う。
「だと思った。とりあえず今は君のサポートにケロちゃんを当てるつもりなんだけど……問題はないかな?」
スノウは頷いた。フレッグはいつものように、悪態をついている。ハンスは満足そうに、ニコニコと……いや、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「ふふふ……よかったね、ケロちゃん!」
「んだよ、気持ち悪いな!」
ハンスがフレッグの頬をつつこうとすると、全力で拒否された。そういえばと、ハンスは顔をあげる。
「そうそう、スノウちゃんの初任務が決まったんだ。王国軍の武器庫を攻撃してもらう。決行は5日後の夜だ」
スノウは驚いたような顔をしたが、すぐに力強く頷いた。対して、フレッグは浮かない顔をする。
「おい待て、ハンス。5日後は『あの日』だから困るぞ。せめて夕方に出来ないか?」
『あの日』という言葉に、スノウは首をかしげる。
「そうか、今月も『あの日』か……」
ハンスの言い回しに、スノウはある考えに至る。しかし、確証が無いので黙っていることにした。
「ごめんね、スノウちゃん。やっぱり決行は5日後の夕方にしよう」
スノウはギクシャクしながらも頷いた。
***
ぺち……ぺち……
スノウはフレッグの背中に負われながら、暗い地下通路の中を進む。なぜか、フレッグは靴を脱いでいた。
「あの……フレッグさん、裸足なのに痛くないの?」
通路に響かないように、囁くようにスノウは問いかけた。フレッグは振り返ることはせず、淡々と答える。
「別に、どうってことはない。逆に、こういう状況だと、裸足の方が都合がいいんだ」
フレッグもそれに小声で答えた。彼のいう通り、確かに足音はほとんど響いていない。しかしスノウは、彼の足音に、言い表しがたい違和感を感じずにはいられなかった。その音はどことなく人間ばなれしていた。
「そうだ、フレッグさん。もう一つ聞きたいことがあるんだけれど……」
「なんだ?」
足音について聞こうと思ったが、ひょっとすると体質的なことなのかもしれないと思い、口をつぐんだ。かわりに、先日の会話で抱いた疑問をぶつけてみることにした。
「フレッグさんって……女性なの?」
一瞬、スノウの身体がずり落ちる。脱力してしまったフレッグは、もう一度体勢を立て直した。
「なぜそうなる!?」
- Re: あなたに出会う物語 ( No.8 )
- 日時: 2017/08/29 15:04
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
「はー、しんどかった……」
男は、ドサっとソファに倒れこむ。ダラリと四肢の力を抜き、天井を仰いだ。癖のある黒髪、整えられたあごひげ、右目にかけられた眼帯は、彼の野性味を引き立てている。
「偵察に行ってくれていたんだったな。ご苦労様」
男の前にコーヒーカップをコトリと置いたマルガレーテは、労いの言葉をかけた。
「お、メグやん!今夜あたりどうや?」
マルガレーテを目視するなり、彼は飛び起きた。一方マルガレーテは、眉ひとつ動かさず、もう1つのコーヒーカップを並べる。
「ジャック、俺の前で堂々と妹を誘わないでくれないかな?」
ジャックことジャクソンの向かいには、ハンスが座っていた。呆れた様子で、腕を組みながら、ジャクソンを見つめている。マルガレーテはそんな二人を部屋に残し、退出しようとする。
「ほな、また今度、2人きりの時にな!」
ジャクソンが手を振ると、ハンスにまた睨まれた。こちらを振り返ることもなく、マルガレーテは部屋を出て行く。
「……で?俺の弟は今日も任務か?」
扉の閉まる音を確認してから、ジャクソンが切り出した。先ほどとは打って変わって、落ち着いた低い声だ。
「そうだよ。新入りの女の子と一緒にね。フレッグにはああ言ったけど、正直あの任務は夜までかかるだろうね……」
ピクリとジャクソンの眉が上がる。
「自分……わざと満月を選んだな?」
「そうだよ」
ジャクソンは机を叩いた。振動で、コーヒーが溢れる。
「ふざけとんのか!?アイツの性格は、よう分かっとるやろが!!」
「フレッグも、そろそろ変わるべき時だ」
ジャクソンの怒声を、ハンスも大きな声で牽制する。言い返す言葉が見つからず、ジャクソンは怒った表情のまま黙り込む。
「大丈夫、スノウちゃんはいい子だ。悪いようにはならないさ」
そう言うとハンスは、身につけていた小型マイクのスイッチを入れた。
***
風の流れが変わった。音の響きも先ほどより大きい。
「ここから登れるな……」
フレッグは足を止めて上を見る。薄暗い地下通路の中でも、上に空間があることがわかる。
「確か、ここから施設内に入れるのよね?」
背中からスノウが問いかける。事前にハンスから渡された地図には、一度も使われていないが、避難経路としてこの通路が記されていた。
手探りに辺りを調べると、梯子に触れた。
「先に上れ。万が一の時は、俺が受け止める」
言われるままに、スノウは先に梯子を上り始めた。半ばあたりまでくると、太ももが痺れてきて、ペースが落ちる。
「おい、大丈夫か?」
「へ……平気よ!」
スノウが奮起して、次の段に足をかけた時だった。
「あっ!!」
しっかり梯子に足をかけておらず、足が滑った。手だけは離すまいと掴まっていると、肩を梯子に打ち付けてしまった。
「痛っ……」
「ちっ。少し待ってろ」
フレッグはスノウの元まで上ってくると、スノウを左腕で担ぎ上げた。
「え?ちょっと、フレッグさん!?」
「どこか痛めたんだろ?黙って掴まれ」
言われるままにすると、フレッグは右手と両足だけを使って、器用に上り出す。先ほどよりもペースが上がり、あっという間に最上部までたどり着いた。
「最初から、こうしておくんだったな」
スノウを一度梯子に掴まらせて、フレッグは持っていた銃にサイレンサーをつける。そして、上面を塞いでいる蓋の接合部にめがけて数発放った。
蓋が開くと、二人は直ぐに地上に出る。そこは、建物の裏側のようで、人の姿は見当たらない。
「よし、入るか……」
二人は裏口に回ると、手近なドアを探す。それは直ぐに見つかった。フレッグは鍵穴に針金を差し込む。
「よし、開いた。ここからは特に警戒していけよ」
フレッグの言葉に気を引き締めながら、スノウは施設に足を踏み入れた。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.9 )
- 日時: 2017/08/29 15:09
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
裏口から侵入し、2人は歩みを進める。時折敵の足音は聞こえるが、フレッグがそれを聞き分けているため、一度も鉢合わせることはなかった。
やがてフレッグは、足を止める。横通路の壁の陰から伺うと、そこには大きな鉄扉があり、銃を構えた兵士が2人、警備をしていた。
「手筈通りに頼む」
フレッグが小声で言うと、スノウは力強く頷いた。そして、フレッグよりも先に横通路から飛び出す。
「何者だ!?」
すぐにその姿に気がついた兵士達が銃を構える。スノウはひるむ様子も見せず、そのまま2人に接近する。
「来るな!撃つぞ!!」
言うや否や、兵士達はスノウに向かって銃弾を連射する。しかし……
「な……なんだ?」
すぐにその超常性を目の当たりにする。銃弾は魔法にかけられたように、スノウの足元に落ちていくのだ。どれも彼女に当たる寸前で、氷漬けになっている。
「馬鹿め……」
そして次の瞬間には、フレッグの蹴りによって、それぞれ反対方向に突き飛ばされていた。勢いよく頭を打ち、失神しているようである。
大きな音を立てたせいか、たくさんの人の足音と話し声が近づいてきている。
「急げ!あとはこの奥の武器庫を爆破して任務完了だ」
フレッグはそう言って、セキュリティキーを力尽くで叩きこわす。システムが制御を失い、扉が開いた。
「スノウ!早く火薬を……っ!」
***
件の施設から火の手が上がっている。ここまでのところ、どうやら作戦は順調らしい。
「うまくやっているようだな……」
マルガレーテは炎から逃れる人々とは反対方向に、人混みをかき分けて進む。ジャクソンに会った後すぐに、ハンスから連絡があった。念のため、2人に合流して欲しいと。
ふと、通信機にスノウから入電があったことに気がつく。すぐに小型マイクのスイッチを入れる。
「どうした?スノウ」
「あ、マルガレーテさん!爆破には成功したんですが、武器庫に悪魔がいたんです!」
マルガレーテの顔色が変わる。
(兄さんはまさか、これを見越して私を……?)
「……その悪魔、何か特徴は無かったか?」
「見た目は人間です。特徴……そういえば、大きな蛇を従えていました!」
マルガレーテは自分のデータベースと照らし合わせた。そしてすぐに、敵の正体を割り出す。
「分かった。そいつはアンドロマリウスだ。ヤツは追跡に秀でている。できるだけ一ヶ所に留まらず、逃げ続けるんだ」
「追跡!?」
スノウの声が、キンと頭に響く。マイク越しにも、スノウの慌て方が異常なことに気がついた。
「どうした?」
「それが……さっきからフレッグさんの様子がおかしくて、移動出来ないんです……」
「!?」
マルガレーテは立ち止まり、腕時計の日付を確認する。空はすでに暗くなっている。
(そうか、フレッグは今……)
マルガレーテは端末を取り出し、スノウとフレッグの現在地を確認する。
「分かった。すぐに合流する。スノウは、フレッグの側に居てやってくれ」
「分かりました!」
通信を切ると、マルガレーテは人混みを全速力で駆け抜けた。ふと脳裏に、初めてフレッグに会った時の彼の言葉がよぎる。
『俺はきっと、誰からも愛されない』
- Re: あなたに出会う物語 ( No.10 )
- 日時: 2017/08/29 15:12
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
2人は路地裏に逃げ込んでいた。マルガレーテとの通信を切り、スノウは振り向く。そこには、息を荒げてうずくまるフレッグの姿があった。
「フレッグさん!」
スノウは慌てて彼に駆け寄る。彼に手を貸そうとすると、フレッグはそれを拒み、振りほどく。
「近寄るな!!」
いつも以上に強い言葉に、スノウは戸惑う。そしてフレッグの言葉通り、彼から少し離れて見張りをすることにした。
(ハンスさんの言っていた『あの日』と何か関係があるのかしら?)
スノウは思考を巡らせる。フレッグが女である可能性は皆無だろう。では、なにが原因なのか。
(そう言えば、今日は満月だったわね……)
そんなことを考えながらスノウは空を見る。漆黒に浮かぶ銀の月。そして、それを覆う……
「スノウ!!」
黒い影……
スノウは突然のことに動揺を隠せなかった。上から奇襲をかけて来たのは、先ほどの悪魔が従えていた大蛇だった。その毒牙にかかるや否やという瞬間に、スノウの身体はふわりと浮き、その攻撃をかわした。
「フレッグさん……?」
スノウを支えるその力強い腕は、フレッグの腕と同じ温もりを感じた。しかし、違うのだ。彼の顔が。
「……醜いだろう?」
月明かりに照らされた彼の顔は、大蝦蟇のそれだった。元の美しい顔とは、似ても似つかない。その横顔は怯えたような、それでいて悲しそうな目をしていた。
大蛇は大きな牙から唾液を滴らせ、こちらににじり寄る。
「凍てつけ!」
スノウは大蛇に向かって手を伸ばす。彼女の指先から、白い閃光が放たれた。それは大蛇にあたると、大蛇を氷の中に閉じ込めた。
「ふっ!!」
すぐさまフレッグが蹴りを繰り出す。木っ端微塵に砕けた氷の残骸には、フェニックスのような白い粉は残っていない。
「……やっぱり、元凶を絶たないと……」
考え込むスノウの横で、フレッグはくるりとこちらに背を向けた。
「フレッグさん?」
「見ないでくれ!」
フレッグは先ほどと同じく、強く言い放つ。そして、両手で顔を覆った。
「俺は……カエルの王様の生まれ変わりなんだ……魔女にかけられたこの呪いのせいで、俺は満月になるとカエルの姿になってしまう……」
いつの間にか、フレッグの肩は震えていた。
「この醜い姿のせいで俺は……母親にも愛されなかった……」
それは弱い子供が大人にすがりつくような、スノウに初めて見せる、フレッグの弱音だった。
「フレッグさん……私は……」
スノウが何か言いかけたとき……
シュッ
突然、空を切る音がした。刹那、スノウの肩に激痛が走る。
「スノウ!!」
鉄の匂いに気がつきフレッグが振り返ると、スノウが右肩を抑えて膝をついていた。
スノウの背後には、先ほど施設で遭遇した悪魔が、剣を構えて立っている。悪魔は、激痛で動けないスノウにトドメを刺そうと、剣を振り上げている。
「やめろぉぉぉお!!」
それを阻もうと、フレッグはスノウを庇う。敵の目の前に立ちはだかり、キツく目を閉じた。
その一瞬は、とても長く感じた。しかし、予想された痛みは襲ってこない。フレッグが恐る恐る目を開けると……
「任務完了だ、フレッグ」
塵となっていく敵の姿と、月光に照らされたマルガレーテの優しい笑顔があった。
- Re: あなたに出会う物語 ( No.11 )
- 日時: 2017/08/29 15:16
- 名前: ももた (ID: jFPmKbnp)
「この顔じゃ、金にならねえな」
男はそう言って、少年を母親の方へ押し返す。身の丈から察するに、彼は10に満たないだろう。少年は、蝦蟇のような顔を覆い、乱れた服を引っ張り、羞恥に耐えていた。
「待っとくれ。こんな顔になるのは月に一度なのさ」
「少しでもこの顔を客に見られちまったら、コイツは終いだ。いくら、元の顔がべっぴんでもなぁ……」
男は下品な笑みを浮かべた。少年は身の毛のよだつその笑みに、震えが止まらなかった。
結局、男が少年を買い取ることはなく、諦めた母親は少年の顔を踏みつけた。
「なんだい!一銭にもなりゃしない!アンタなんか産むんじゃなかったよ!!」
痛みを堪えながら、少年は消え入りような声で繰り返す。
「ごめんなさい……ごめんなさい、お母さん……」
ああ、このまま自分は死ぬのだろうか。少年が、そんなことを考えたとき……
ジャラッ
少年と母親の前に、麻袋が放られる。
「金貨15枚や。そいつを俺に売ってくれ」
そう言ったのは、顔の右半分が包帯に覆われた少年だ。年は10代半ばで、身なりからかたぎでないことが推察される。その大金も、どこから手に入れたのか。
「へへ、良かったね、フレッグ。こんなに優しい人に買ってもらえて……」
大金に目が眩んだ女は、麻袋を引っ掴むと、走り去っていった。後に残されたフレッグという少年は、自分の肩を抱きしめながら、顔を上げずに震えている。
「気に入らない目やな……」
少年の言葉にフレッグは、びくりと体を震わせた。
「ご……ごめんなさい……ぼくの顔……醜くて……」
「ちゃうわ」
少年はフレッグの襟元を引っ掴むと、フレッグの目を同じ高さに合わせる。
「あんなクズ女に怯えてる、お前の目が気に入らんのや!!」
少年はそう言って、空いている手で顔を覆っていた包帯をほどく。現れた彼の素顔に、フレッグは息を飲んだ。
「俺の顔も醜いか?」
少年の右目には眼球はなく、代わりに白い花が咲いていた。フレッグは、涙を浮かべながら首を横に振る。醜いどころか、その花は美しく感じた。
少年はすっとフレッグを放す。
「いい目や」
「え?」
「光の宿った目は美しい。お前は醜くなんかないで」
美しい……今までに、その言葉ほど彼を励ましたものはなかった。気がついた時には、声をあげて泣いていた。
「俺はジャックや。お前に、生き方を教えたる」
***
白い天井が見える。そして、側には心配そうにこちらを覗き込む顔があった。
「アー……サー……?」
スノウが手を伸ばすと、アーサーはその手を取って泣きじゃくった。
「良かっ……た……ひっく……スノウ……」
アーサーを抱きしめようとして体を起こそうとすると、右肩に鋭い痛みを感じた。
「起き上がらない方がいいよ」
そう言葉を掛けたのはハンスだった。後ろにはいつものように、フレッグが控えている。
「初任務ご苦労様。多少のトラブルはあったけど、上手くいったね」
ハンスは労いの言葉とともに微笑む。しかしいつもと違って、どことなく影の感じられる微笑だった。
「ありがとうございます。でも、今回の成功は、フレッグさんのサポートがあったからこそです。私は何も……」
言葉の途中で、ハンスはスノウの口に人差し指を当てた。そして、アーサーの手を引く。
「アーサーくん、マルガレーテがクッキーを焼いてくれるんだって。俺と一緒に、お茶しようか?」
クッキーという言葉に吊られて、アーサーはハンスの後をピョコピョコ付いていく。部屋にはスノウとフレッグが残された。
「……俺の至らなさで、お前にこんな怪我を負わせた……すまない……」
フレッグは、謝罪の言葉を述べ、頭を下げた。
「やめて!この怪我は、私が戦いに慣れてないせいだし、あなたが謝る必要はないわ」
スノウはあわててフレッグの顔を上げさせた。それでもフレッグは、浮かない顔をしている。
「ねぇ、フレッグさん。私、魔女を倒したいっていったけど、この怪我で、もっと強くならなければいけないと思ったの。この怪我が治ったら、戦い方を教えてくれない?」
フレッグは思いを巡らせる。確かこんなことが、昔にもあったような……
「安いことだ。だが、今は怪我を治すのに専念しろよ?」
フレッグの言葉に、スノウは顔を輝かせる。
「はい!」
それは、陽だまりのような笑顔だった。うっかり見惚れてしまったフレッグは、あわてて背中を向ける。
「じ……じゃ、お大事に……」
そのままドアノブに手をかけようとして、フレッグはふと思い出したように振り返る。
「そうだ……スノウ、お前、アンドロマリウスに切りつけられる前、なんて言おうとしたんだ?」
「あ、あの時?」
スノウは少し考えて、すぐに思い出した。
「あの時、『私のことを守ってくれるフレッグさんは、かっこいいと思う』って言おうとしたのよ」
バタンッ
フレッグはすぐに扉を閉めると、廊下でしゃがみ込んだ。顔が熱くなっているのがよく分かった。そしてどこかから、ハンスの口笛が聞こえたような気がした。