複雑・ファジー小説
- Re: 世界は君に期待しすぎてる ( No.4 )
- 日時: 2019/04/23 21:08
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: dD1ACbVH)
「おーっす」
「はよー! なあ幸太! 聞いたかあの噂!」
噂なんてあんのと聞き返しながら、自分の机にカバンをかける。ついでに邪魔な上着も。
「知らねえのかよ!」
頭を抱えたオーバーなリアクションで、クラス一うるさい男が残念がる。まだ僕とそいつしかいない教室は、雑音がないお陰で声がよく通った。
「そういうのさ、いーからさ、奈良間の言ってるさ、その噂? ってやつ知りてーんだけど」
机三つ分離れたまま、そう伝える。すぐ、奈良間が嬉しそうに口元を釣り上げた。部活になると熱血漢なのに普段はなぁ。ぼんやり思いながら、イヤホンに触れて曲の音量を下げる。ずんずん近付いてくる奈良間は手にメモ帳を持っていた。
「なんとな! この学校に転校生が来るんだってよ!」
「転校生? こんな意味わかんねー時期に?」
「まあ確かに不思議な時期であるけどな、でも転校生だぜ? うわー可愛い子だったらどうしよう! 惚れちまうかもしんないな!」
調子がいいなと笑いつつ、もしかしたら大畠かもな、なんて思う。二年生が始まって二ヶ月。偶然は重なると前読んだマンガで言っていた気がする。気がするだけではあるが、それは事実になり得る可能性だってあるはずだ。もし大畠だったら真弘はどんな反応をするのか。嫌そうな顔をした後で、子どもっぽく、おい雑種、なんて声をかけるのだろうか。
「とりあえず課題終わらしてからまた話すべ」
「あーおう! したら俺隣行ってくるわ!」
奈良間が出ていくと、耳に入る音はイヤホンからの楽曲だけになる。転校生か。大畠かな。ぼんやりと考えながら、カバンから出した課題を埋めていく。勉強が好きだ。分からないことが一つずつ分かるようになり、その探究心と好奇心が満たされる感覚がするから。アーティストが言葉を紡いでいくのに耳を傾け、ひたすら課題を進めていると、続々とクラスメイトが登校してくる。簡単な挨拶と世間話を交えながらでも、課題はあと一問を残すのみだ。偏差値の低い高校でよかった。きっとこれが進学校であったなら、夜の内に終わらせなくてはいけなかっただろう。
簡単な問題をさっさと終わらせ、教卓にプリントを置く。出席番号は一番目。いつ置いても、僕の上にプリントが積まれることはない。ざわざわと話し声が広がり始める中、欠伸をしながら教室に入る真弘と目が合った。お互い片手を挙げて挨拶をし、いつも通り真弘の机に集合する。首元に見える赤い痕。彼女からのマーキングを甘んじて受けるあたり、今回の子には本気なんだなと思うことが出来る。
「はよ。転校生来るって知ってる?」
椅子に腰掛けた真弘に問いかけながら、空いていた前の席に座る。真弘は眠そうだった目を輝かせ、「それさあ」と嬉しそうに言った。
「雑種じゃね? この時期ならここか、箔星だろ? 少し遠いとこなら荘一もあるけどきっついべ」
「大畠頭良くなかったもんな」
「おー」
海暝は受かったとしても、箔星や荘王大附属第一高校は無理というのが真弘の、大畠への見立てらしい。中学の頃を思い出すが、たしかに大畠の頭がよかったという記憶は残っていない。猛勉強の末に秀才になったのだとしたら凄い事だが、それさえも僕らは否定していた。自分以外は特にどうでもいい、そんなスタンスが僕らの根本にはある。だからこそ付き合いやすい反面、深い話をすることはない。
「首のそれ、隠さねーの?」
自分の首の根元あたりを、つんつんと指差す。
「あっちは色々大変みたいだけどな、俺は別に恥ずかしいもんでもねーからさ」
それに可愛い彼女が付けてくれたし、と満足そうな表情で言う。高校生なのにお盛んだなとは思うけれど、どうせ殆どの男連中は経験済みだろうなと思えば、特に何を思うこともない。それが当たり前であるだけ。有り得ないとうるさくいう人もいなければ、最低だと騒ぎ立てる人もいない。僕らは良くも悪くもクラスメイトという枠からはみ出ることはない。昨日の夜は熱い夜だった。そう続けた幸せそうな真弘の話を聞きながら、SHRまでの時間を過ごす。教師が入ってくる少し前に席に戻り、チャイムと同時に教室に入ってきた教師の話を聞き流す。窓を開けているのにあまり風が抜けない。日差しを避けるために使うカーテンのせいだ。
きっかり八時三十分鳴ったチャイムと同時に、担任が入ってくる。教室全体を見た後、「課題は日直が集めて持ってくるように。一時間目は自習で、二時間目は整列して体育館に来るように」と言って教室を出ていった。四十分に鳴るチャイムまで時間があり、真弘と話しをしようと思い立った所で、机に入れていた携帯に通知が来た。短いバイブレーションが二回。携帯の指紋認証をクリアし、通知バーを指で下ろす。見た事の無いアカウントからのフォロー通知を疑問に思いながら、それをタップする。すぐに開いたアプリが、アイコンとユーザー名とを表示した時、思わず声が漏れた。まさか。画像欄やユーザーページを何度も見返す。
『これから転校の挨拶だー!友達出来ますように!てか知ってる人いそうで緊張すんだけどwwwwとりあえず中学の頃の友達はいるみたいなんで頑張ってくかー!(゜∀゜ )』
最新の投稿がつい数分前にされていた。ローマ字で表記されたユーザー名は、たしかに自分の知っている友人で、下スクロールをすれば海暝高校の正門が映る写真があった。指を二本立てて、嬉しそうに笑う短髪の男子。本当に、大畠か。指先で画像をなぞると下からバナーが飛び出し、保存の有無を訪ねてくる。申し出を消し、携帯をスリープモードにした。急に廊下の奥からわっと湧き上がる声が聞こえた。
クラスメイト達が何事かと廊下を出ていくが、皆心のどこかで転校生を見たい気持ちがあったんだろう。自分もその一人で、嫌がる真弘を隅にある四組に連れていく。一人だと気まずいじゃんと言うと渋々来てくれるのだから、いい友人をもったと思う。真弘が自分に甘いだけだと言うのは、分かっているつもりだ。けれどしばらくは甘えさせてもらう予定でもある。真弘は僕のこの気持ちに気がついているのだろうか。
「大畠くんって出身ここなんだ! おかえりだねー!」
胸が、締め付けられる。大畠だ。あれは本当に大畠だ。面影をなくした背の高い男に成長している。何人もの女子生徒に囲まれて、その真ん中で照れくさそうに笑っていた。その顔に面影はあった。けれど、当時と比べて男らしさがある。性別の分からなかった、雑種みたいによく分からない人間ではなくなっていた。
「どれ、あれ雑種か?」
「うん——」
声を掛けるべきだろうか、いや、あくまでも大畠は僕と真弘の被害者だ。そう考えていくと、同じ学校になってしまったことに焦りを感じる。もし廊下で鉢合わせたら。もしクラスまで忘れ物を借りに来たら。あの時の仕返しをされてしまうのではないだろうか。
「……クラス戻っぞ、あんなんどーでもいいべや。あいつに影響されるって思う方があずましくねぇ」
つまらなそうに言い、先に戻って行く真弘を見つめる。僕は、何もせずに戻っていいのだろうか。今自分がどんな気持ちを持っているのか正解なのか、分からない。