複雑・ファジー小説
- Re: 世界は君に期待しすぎてる ( No.5 )
- 日時: 2018/02/21 22:53
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: T6wpv4l5)
大畠は見たことがないくらい眩しい笑顔を振り撒いていた。当時からは考えられないと思いながら、真弘を追うように、結局クラスへと向かった。もうすぐ一時間目の授業が始まってしまうため、転校生を見に来ていた他の生徒もそれぞれのクラスへと戻っていく。黄色い声で大畠の話をする女子達が、横を通り過ぎて行った。
クラスに戻り、席につく。真弘は携帯を弄りながらクラスメイトの安渡と話していたが、どこか詰まらなさそうに見えた、きっと大畠のことか、彼女のことを考えているんだろう。僕もそうだ。アプリを開き、大畠のアカウントを見れば、フォロワー数が大きく増えているのが分かった。
「人気者じゃん」
物珍しさもあったんだろう。こんな頭の悪い学校に、しかも今という微妙な時期に転校してくる生徒なんて数年に一度あるかないかだろうから。アプリの下部に、青い通知バナーが表示された。それは今僕が開いているユーザーからのもので、小さく肩が跳ねる。途端に心臓が激しく鳴り始めたせいか、プラスマークを押す指先が震えてしまった。
なんだか今世紀一番の緊張をした気がする。現代文の授業準備をしながら、ふと、どうして真弘は転校生が大畠だと見立てることができたのだろうかと疑問が浮かぶ。何万といる高校生の中で、どうして転校生が大畠だと決めつけたように話していたのだろうか、と。それに朝転校生の話をした時は嬉しそうだったはずだ。大畠を見た途端に、つまらなそうに素っ気ない雰囲気に変わった。
真弘が急に不機嫌になることは少なくないが、それは決まって彼女からの連絡があった時。教員が教室に来ても集中が続かない。真弘のことや、このつまらない評論の読み取りをさせられていても睡魔がやってくるだけだ。朝練を済ませた外部の連中も、頭を下げていたり、横に揺れていたりと、それぞれ睡魔と付き合っている。何も考えたくないなと、その光景を見て思えば、意識が遠のくまでは早かった。
「幸太ー、次体育だけど行かねーのかー」
「……行く」
クラス長の声だと思えば、しっかり頭が理解する前に体は学ランを脱ぎ、ジャージを着る。クラス長と教室を出る頃から、ゆっくりと頭がすっきりしてきた気がした。
「今日何組と合同だっけ」
「四組。はっしーいないんだって」
「ゲロじゃん」
いつもは偶数組と奇数組で別れる体育の授業が、今日に限って隅組と中組で別れるのはタイミングが悪すぎる。それもこれも体育教師であるはっしーの不在のせいだが、呪ってやろうかとすら思ってしまう。海暝の良心と一年の時から言われているクラス長は、まあ仕方ないよね、と楽しそうに笑っていた。
昨日の雨でぬかるんだグラウンドは使い物にならないらしく、まっすぐ体育館へと向かう。天気はまだ不安定で突然雨が降るかもしれないよ。そうクラス長は言うが、肌をじりじりと焼くような陽射しの今日は雨が降らなさそうに見える。実際に近くの山もきれいに見えているのだから、突然天気が変わるようなことはないだろう。
「一緒にサボっちゃったりとかしねえ?」
午前授業だけど。こんないい天気になることは、この時期少ない。それならその大切な一日をつまらない授業で潰すのは惜しいと思うのは、普通の事のように感じた。クラス長はいいねと笑ったけれど、きっと冗談だと取られたのだろう。
「もう整列してるかと思ったけど、まだみたいだね」
「これほぼ一組うるせーじゃん」
開放された重たい金属製の扉から、大声で笑う男子の声に負けないほどの声量で女子が騒ぐのが聞こえた。二学年で一番うるさい一組と、平均を集めたような四組では、男子の過ごし方も違っている。僕とクラス長は四組の集団を横目に見ながら、奈良間や真弘がいる空間へと真っ直ぐに向かった。途中女子の中にいた大畠と、目があった気がしたのを無視しながら。
「連れてきたよ」
「おー幸太に春輝! 来ねーかと思ったべや!」
「幸太まじで寝すぎだから、春輝可哀想だろ。誠也が起こして起きなかったんだぞ」
奈良間と真弘の発言に、クラス長もとい春輝が笑う。
「まさか現文寝ると思わなかったんだよ」
「まあつまんなかったけどな」
真弘の言葉にそれぞれが頷く。誰が書いていてもどうでもいい評論を読まされ、指示語が示す文を探し、内容を咀嚼して理解し、結論を導く。真弘が言う通りつまらない授業で、僕の意識がとんでいった事も必然のはずだ。それにそんなつまらない作業をするよりも、体育で汗をかく方がよっぽど楽しい。二組と三組は二時間とも座学だったはずだから、なんだか可哀想だ。
「つーか大畠くん人気すぎて引くんだけど」
ステージの上で胡座をかく奈良間が、数人の女子に囲まれる男子生徒を指さす。昔は女子と変わらないか少し小さかった背丈も、今や女子より頭一つ分高い。春輝と同じくらいの背丈だろうか。
「あわよくばってビッチもいそうじゃない?」
「いやいるだろ。あれ、三宅じゃん? あわよくばってか絶対ワンナイト狙ってる」
春輝と真弘の会話を聞き流しながら、大畠の周りにいる女子達を見ていく。三宅は一年の時から男関係の話題には必ず登場する。最近だと、野球部の部長と部室でやっていたのを、一年生が目撃したという噂が流れていた。
「化粧落とした顔で抱けるかも問題じゃね?」
そう零すと、三人とも面食らったような顔をする。そして、今日一番と言えるほど大きく笑い出した。近くにいたクラスメイト達に怪訝そうな視線を向けられている気がするが、三人とも笑いをこらえようともしていない。
「いやっ、お前、それはだめだろ!」
奈良間が目尻に涙を浮かべながら言うが、しっかり否定しているわけではなかった。
「ケバいからしかたねーじゃん、俺はナチュラルが好きなんだよ」
そう吐き捨てるように言ったのが面白かったのか、さらに三人が笑い出すから、恥ずかしさがお腹の底から湧き上がってくる感覚がして身体が熱くなる。きっと耳は赤くなっているはずだ。
「ふふっ、チャイム鳴ったから並ぼ」
春輝の言葉に、奈良間と真弘がステージから降りる。僕らは顔を見合わせて、また悪戯っ子のようにニヤリと笑った。はっしーの代わりに来た和田の大声に従って整列し、準備体操を始める。前に出た体育委員の女子がジャンプのたびに胸を揺らすから、僕は視線のやりどころに困った。
熱い体育館の中でドリブル音が響き、網を通る心地よい音が鳴る。網を隔てた奥には、女子が男子同様にバスケをしていた。自由なチームで良いぞと和田が言うから、僕と春輝はステージの隅で座っている。先程まで試合に出ていた奈良間は汗だくのまま、四組の和に入っていっていた。今は、大畠と真弘が試合をしている。
「互角だね」
「お互いバスケ部なしだからなー」
得点は互いに四点。真弘は何度か決めようとしていたが失敗し、今はアシストをメインに立ち回っている様子だ。
「幸太はバスケしなくていいの? 俺は運動嫌いだから隠れてるけど」
「こんな暑いのに無理無理」
カーテンを閉め、体育館中央の扉を閉め切った室内は、バスケの激しさと陽光のせいで暑すぎるくらいだ。
「あ、大畠くん決めた」
「おー」
大畠くんか。知らない人から見た大畠は感じのいい男の子なのだろうか。女子が少し騒がしくなっている様子だったが、男子の声でかき消される。コート中央に戻る途中の大畠をぼんやり見ていると、今度はしっかり大畠と目が合った。背中を一滴、汗が滑る。