複雑・ファジー小説
- Re: 世界は君に期待しすぎてる ( No.9 )
- 日時: 2018/04/23 16:54
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: z5Z4HjE0)
その日は彼らにとって、今までの人生を大きく変えるほどの衝撃をもたらした。
興味本位で開いた配信に、彼は目を奪われた。真っ暗で画面はよく分からない。音も遠く聞こえる部分があり、時折電波が悪いのか、配信がとぶこともあった。泣きじゃくる少年の声。その少年に向けて放った配信者の言葉。
『うるさい、僕の人生めちゃくちゃにしたくせに』
メッセージ欄に記載していた『やらせ乙』の文を送信する手前で、指が止まる。許して、何でもするから、助けて。その泣きじゃくる少年は被害者じゃなかったのか。配信している人が、画面に映る少年を泣かせている人が、被害者なのだろうか。彼はすぐさま配信をバックグラウンドで再生させ、アプリケーションを開く。
リアルタイムで増えていくメッセージ達を見るのではなく、検索欄を開いた。今何が起こっているのかひと目でわかるトレンド機能に、先程の殺害配信が入っているのを確認し、タップする。彼らはどこの誰なのか、とても気になった。同級生を殺そうとするなんて、普通の人だったら有り得ない話だ。仲が悪かったにしても、そうそう殺すなんて発想するわけがない。
少年達の名前はすぐに出されていた。青山瑛太と、矢桐晴。青山瑛太がモデルだった、という書き込みに繋げられた様々なリンクを進んだ彼は、目を見開いた。その少年は彼が購入していた雑誌によく出ているモデルで、憧れていた本人そのものだったから。矢桐晴が言っていた生活保護の話が、モデルとしての青山瑛太のものとは思えなかった。
モデルだった青山瑛太がクラスメイトの人生を壊しただなんて、どこのドラマなのだろう。彼は心の中で有り得ないと決めつけた。もしかしたらなんて好奇心を押さえつけるためだった、モデルと一般人は住むところが違う、ましてや生活保護なんて弱者なわけがないと。とっくに配信は終わっていたようで、イヤホンから音はしない。
けれど彼はイヤホンを外すことを忘れ、青山瑛太と矢桐晴の本性、所属していた高校、どんな生徒だったのかまで事細かに検索を続けていた。それほど、彼にとってこの事件は魅力的だった。まるで自分自身が矢桐晴になったかのような錯覚さえ、彼にもたらす。想像するだけで興奮が収まらなくなった。
彼をいじめていた人間が、彼自身の手で殺される。汚い泣き顔を晒して、助けてください許してくださいと彼に懇願し、立場が逆転する。その想像が、今までの何よりも幸福で、現実味のある仕返しのように感じられた。思わず勃ち上がった性器に手を伸ばし、扱きあげる。最後果てるまで彼の思考を占領したのは、泣いて生を懇願する元クラスメイトの姿。
澄んだ頭で、彼は知り合いにメッセージを送る。彼と同じように心に傷を負った友人。今でこそ仲の良い付き合いをしているが、昔の立場は対照的だった。その人は彼を嫌っており、彼はその人と自分は同類だと思っていた。二人がつながるようになり、当時からの話を繰り返して漸く彼らが互いを同類だと認めるに至った。互いに苦しみの淵にいたこともあり、本音を語り合うまでの仲になったのは早かった。
『こんな時間に何……メッセージじゃダメだったの?』
「あの殺害配信見た!?」
途中でメッセージを打ち込むのを諦め、通話を開始する。すぐに出た相手は呆れた様子で、彼を非難するよ唸ら声色の女子だった。
『見てたけど』
女子はため息混じりに言い、その言葉はつまらなさそうだ。
「あれ見てどうだった? 俺はすごい興奮してさ! 俺らがやりたい事って、あれじゃないかなって思った! 圭織ちゃんもそう思わない?」
『一緒にしないでよ。私もあいつは嫌いだけど、殺したいってわけじゃないんだから』
「分かってるよ! だから、俺が満足するまで痛めつけて、その後圭織ちゃんが好きにすればいいじゃん! 一緒に協力してよ!」
もし現実に出来ることになったら。そう考えるだけで心が跳ねる心地になる。女子——圭織——は小さく唸った後に、息を吐いた。興奮に任せて圭織をまくし立てたことに気付き、彼はわずかに緊張する。圭織の機嫌を損ねることは今まで何度かあり、彼はその度に辛い思いをしていた。
圭織からの返事がない。呼吸音はノイズのように聞こえるけれど、自分の言葉への反応がないことが彼は気になった。そこまでのことをやるつもりはないのかもしれない。そうだとしたら、この思いをどう昇華すればいいのか、今の彼には思い浮かばなかった。
「俺さ、転校するんだ! それで、そっちに戻るからチャンスはいっぱいある! 圭織ちゃんとも会って何ができるような距離になるから、あとは覚悟さえあればできるんだよ!」
そう、覚悟さえあれば。圭織に向けた言葉は、どこかで怯える彼自身を駆り立てるためのものでもあった。矢桐晴はどれほどの思いであんな事をしたのか、できるなら参考のために聴きたい。彼はどんな些細なきっかけであったとしても、自分の行おうとしていることに意味を持ちたかった。背中を押してくれる言葉を求めていた。
『あ……雨』
「雨?」
『うん、雨。やっぱこの時季は雨降るよねー』
「いや……まあ、うん……」
それから圭織は雨についての思い出や、紫陽花を見に行きたいなどの、彼の話とは関係の無い事ばかり話していく。それを聞き、相槌を打ちながらも、彼は悶々としていた。僕の提案はどうなるのさ。そう圭織に言いたくもなる。
いい加減に相槌をしていると『大畠イライラしてる?』と圭織はからかう。してないと答えたけれど、大畠自身それが嘘だと自覚していた。圭織を怒らせないようにするのが、何よりも大切であると思っているからだった。
『雨が朝まで止まなかったら、付き合ってあげる』
「朝って」
『大畠が寝て起きるまで』
おやすみ、と通話を切られる。しばらくそのまま画面を見つめていた大畠は画面を消し、おもむろにベッドの横に設置した、夜空がイメージされたカーテンを少し開けた。圭織が言うように雨が降っていた。けれど、雨足は弱く朝まで雨が降り続く保証はない。無謀な賭けのように感じる。やる気がないのだろうと。
それでも期待せずにはいられなかった。ベッドに寝転がりまぶたを閉じる。もう零時を越す頃。夜更け過ぎ、朝起きるまで雨が降り続けるよう、大畠は強く願った。
いつもと同じ午前五時、外はいつもより暗く感じられた。賭けに勝った。それが、大畠が一番に考えたことだ。すぐさま圭織にメッセージを送る。今日この日から全てが始まると思うと、昨日と同等かそれ以上に胸が高鳴り、寝起きだというのにすぐにでも走り回れそうだった。待ってろよ。大畠はガラスに反射した自分を見ながら、彼自身の内に潜む脅威へと告げる。
□夜明けすぎの雨とともに
その悪意は今も尚夜更け過ぎの雨のように、誰にも気付かれないけれど、確かな存在感をもって彼らの中に生き続けている。彼は今日も、キャプチャし手元に残したそれを、下卑た笑みを浮かべて見続けていた。