複雑・ファジー小説
- Re: 世界は君に期待しすぎてる ( No.14 )
- 日時: 2018/08/25 19:44
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: L5UrJWz7)
林間学校の間使われる、道立みどりの村。だだっ広い草原は行事がない限り、一般市民にキャンプ場として解放しているらしい。バスを降りてそれぞれ荷物を持ち、管理者がいるらしい場所まで向かう途中、日差しと暑さにやられてしまいそうになる。奈良間は他クラスの生徒と楽しそうに話しているが、真弘も春輝も汗をかいて辛そうだ。
「春輝、何か持つか?」
春輝の腕にはレジ袋に入った料理用品をたくさんかけられ、五キログラムと表記された炭の箱を二つ持っている。男子といえど文化部だ。運動部の僕や奈良間と比べ、力は無いだろう。
「まじ助かる……」
立ち止まった春輝から炭の入った箱を二つ受け取る。やっぱ文化部だな。
「楽?」
「かなり」
ありがとう。そう言って笑う春輝に、頷く。頭も良くて人当たりも良いのに、不思議と春輝は彼女がいない。中学時代から仲のいい女子がいてもおかしくないような気がする。
「それにしてもあっついし遠いなー。まだあと何百メートルとかある気ぃするんだけど」
「え、あー、たしかに。僕らより、女子の方が大変そうだけど」
そう言い近くを歩いている女子を見る。露出している腕や脚に日焼け止めを塗りながら歩き、中には腕を守るために取り外しできる袖のようなものを付けている生徒もいた。手で日除けをしているけれど、化粧は汗で崩れているから、ほとんど意味はないんだろう。
「あっちにはしんどそうな真弘がいる」
苦笑いする春輝の方を見ると、眉間にしわを寄せ、息を荒らげて歩く真弘がいた。持参してくれたらしいテントの部品を、重たそうに持っている。
「手伝ってくる」
「うん、俺は誠也回収してロッジ向かうな」
春輝と別れ、真弘の元へ向かう。途中から僕に気付いていたらしく、僕が笑うと真弘も困った様子で笑った。
「テントありがと。炭と交換する?」
「しねーよ、そっちのが重てーべぜってー」
「多分」
首元の汗を拭い、「っし」と気合いを入れ直し、真弘が歩き始める。いつもより前傾で必死に歩く真弘にペースを合わせ、僕ものんびりと歩く。春輝ほどではないが、だんだんと腕が疲れて、息が荒くなりそうだ。
「あと少しだから、ダッシュして勝った方がジュース奢るってどう?」
「あー……? 幸太勝つだろ」
僕の提案は、じっとりとした目付きの真弘に、暗に否定される。
「ハンデ付けるよ」
「ちょーしのんじゃねーよ」
「僕、十数えたら行くから。はい、よーいスタート」
「覚えとけよ、てめー」
そう悪態をつきながらも走っていく真弘の背中を見る。奥に、ああ、大畠か。自分用の泊まる荷物しか持っていない様子だった。恨めしそうな顔。僕に対してかもしれない。真弘への恨みが、今この時も積もってるのだろうか。ドラマで見るようなあからさまの悪意に、真弘はきっと気付いていない。
「世界が違うんだよ」
お前と真弘の住む世界が、同じなわけがないんだ。先に走っていく真弘を追いかけながら、僕は大畠と目が合った。視線を外す瞬間に、大畠が悪く笑った気がする。ああ、気持ち悪い。もう真弘に追い付くことはできないだろうけど、大畠を忘れるには、走ることは最適だった。
「いけいけ奈良間ーおせおせ奈良間ー」
木槌を持って杭を打つ奈良間に、ジュース片手に座る真弘が応援する。教師や施設からの長い話が終わってからは、教師に言われた通り、だだっ広い野原の好きなところに、それぞれ、テントを設置し始めていた。僕と春輝は力仕事を二人に任せっきりにし、自動送風機を使ってエアマットレスを作る。
「っらおらあ! でーきた!」
「いいぞー奈良間ー」
Tシャツの袖をまくり上げ、汗をいっぱいにかいた奈良間が空に向かって拳を突き上げる。最低限の作業しかしていない真弘は、楽しそうに笑っていた。周りの生徒達も、少しずつテントの設立を終わらせられているようで、野原がカラフルになっていく。僕らのテントは、真弘の家から持ってきてもらったかまぼこ型のテント。男四人で寝ても十分な大きさのテントと、必要な金具を持っていたのだから、真弘があんな死にそうな顔で歩いていたのも納得する。
「こっちも終わったよ」
充分に空気を入れたエアマットを、真弘の指示でテントの奥に入れる。寝るためのスペースに荷物を置き、テントの設立が終わった。今の時間は正午を少し過ぎたくらいだ。鞄から取り出した要項を見ると、この後は自由時間として、一時間半が昼食として用意されているらしい。
「アスレチックで遊びついでに飯食わね? 今日くらいしかぜってーアスレチックできねーから!」
「賛成。真弘と幸太は? どうする?」
太陽くらい眩しい笑顔を引っ提げて僕らに提案してくる二人。たった二年、されど二年という、密度濃く日々を過ごしたのだ、ほとんどの時間をこの四人で。だから二人が笑顔で提案してくるときには、否定しても連れて行かれることも、断固として拒否したら後々面倒くさい事も分かっている。真弘が黙って立ち上がったのを見て、「行くよ」と返事をする。それぞれコンビニの袋を持って、数十メートルほど離れたところにある、アスレチックの入り口を目指して歩く。
アスレチックがある場所なら、初めからジャージで登校させてくれればいいのに気の利かない教師たちだ。暑ければ暑いほどテンションが上がるのか、奈良間は普段よりも元気がいい。
「何がしんどいって風が無い事と、奈良間のうるささ」
「夏の誠也はセミだと思った方がいいんじゃない?」
うんざりした表情で後ろを歩いている真弘に、その隣にいる春輝が笑いながら言う。
「俺がセミとかふざけんなよなー! 肉食えねーじゃん!」
「着眼点がバカ。そこじゃねーだろ普通」
「はあ? そこだろ!」
真弘に何かを言われると、決まって噛みつきたがる奈良間に、真弘はうんざりしながらも楽しそうに笑う。きっと奈良間がいなかったら僕らはこんなに仲良くなることは無かったし、そもそも話すことすら無かったはずだ。きっと、奈良間だけでも、春輝だけでも駄目だ。二人がいないと、僕と真弘は、またあの頃みたいに二人きりで過ごすことになった。もしもの話だけれど、確証があった。
腐敗が進んでいそうな、木で作られたゲートをくぐり、木端が敷かれた階段を上る。高い木々の隙間からこぼれる、少し緑がかったような雰囲気の光。セミの鳴き声に重なりながら、嘆息が漏れた。テントを設置した野原よりも涼しく感じるのは、育った木の葉で、直射日光が遮られているからだろう。わずかではあるが、抜ける風に汗が冷やされ、体感温度も下がっている。
「アスレチックっていうか、山道に遊歩道があるってだけだね」
春輝がそう言った通り、二人が並んで歩くことができる程度の幅に作られた木端の遊歩道。細い丸太を利用された木の階段を、ゆるやかな傾斜に沿って歩いていく中に、今のところアスレチックはない。セミの鳴き声と、小さな羽虫が飛んでいる程度の、ただの山。
「えも、いひぐひろおうの……看板に書いてたべ? だから、上の方までとりあえず行ってみよーぜ」
「奈良間のおにぎり美味そうだけど、食べる時は食べるで分けような」
「おー」
ん、と中身を見せてくれる奈良間に、僕は「ありがとう」と伝える。大きめで、米の密度が高いおにぎりの真ん中に、梅が二つ入った、ボリューム満点のおにぎりだった。運動部だから食べる量が多いのも納得だ。きっと家族が食中毒予防のために梅を多めに入れたのだろう。奈良間の隣でウイダーを取り出すと、怪訝な顔をされたが、僕は気にしない。どうしても食べたいという食事はほとんどなく、三食同じものが食卓に出されたとしても、ほとんど何も思わない自信がある。
「美味いよ」
「米食えよな陸部ー」
うん、と従うつもりもない返事をする。サンドイッチを食べる春輝の一段後ろで、大豆バーを食べる真弘を見て、安心してしまう。まあ、そんなもんだよな。真弘とファミレスに行って、メニューを決めることができない理由が、胃に入れば変わらないから。どうしても食べたいと思うのは、互いにラーメンくらいだろう。
道の先か、後ろかに生徒がいるらしく、ほぼだんまりな僕らとは違う話声が徐々に大きくなってきていた。休み時間を持て余した男子と女子のグループらしく、高い声と低い声が混ざり合った笑い声が聞こえている。聞きなれた声が混じっていることに気づき、足が、重くなった。セミの声がやけにうるさい。熱中症か、思い違いだろうか。このままよく分からない奴らと鉢合わせるくらいなら、少し待ってから上がったほうが良いんじゃないか。盛り上がっているのなら、奈良間が遊びたがっていたアスレチックがあるのかもしれない。
「あれ、幸太君?」
口を開いて、三人に伝えようとしたところだった。
「久しぶりだね。……真弘君も」
「——は?」
「……久しぶり」
薄ら寒い笑みを浮かべた大畠が、僕らを見下ろしていた。