複雑・ファジー小説
- Re: 世界は君に期待しすぎてる ( No.16 )
- 日時: 2019/03/28 16:08
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: /AtcWqBj)
海暝生の長い列が山道で連なり、後方は進みが遅くなっていた。山道に入る前に渡された手作り感溢れる台紙には、荻の山スタンプラリーとポップなフォントで書かれている。奈良間に持たせた台紙も、残すところあと一枠残っているだけだ。最前列の生徒達はもう終わっているのかもしれない。勝ち負けはないと分かっていても、なぜか負けたような気分になってしまう。
けれど真弘は順番を気にしていないらしく、自然と僕自身も無駄な焦りを鎮めようとしいた。
「昼の後に登山ってきついね……」
僕らとは違い運動から身を置いている春輝が、少し息を荒らげながら話す。男子だから登山も平気という訳ではなく、足場の悪い上り坂は慣れていない人の体力を奪うには十分なものだ。少ないとはいえ荷物も抱えているのだから、より体力は奪われているんだろう。
「頑張れ帰宅部」
「下の上の運動神経で頑張れ帰宅部」
「うるせー……」
軽口を叩く言葉も、無理やり息を吐き出したようなもので、限界が近いんだろうなと分かった。奈良間は他の男子達と一緒に先に行っている。赤いカバンが、青々とした木々の中で浮いている。
スタンプラリーはこのまま奈良間に任せておけば、時間内に——それも比較的早く終わるだろう。運動が得意なばかはこういう時に頼りになると分かっていた。それは僕と真弘だけじゃなく、付き合いの長い春輝にとってはもちろんのこと。口には出さないけれど、僕達は出さん的な考えが強いんだろうな。都合のいい友人。そんな言葉が、ふっと頭に浮かんで消えた。
「もう少しで一回登り終わるから、そこで休憩するべ」
涼しい顔をして言う真弘に、僕と春輝は頷いた。
「おーす、お疲れー!」
ようやく登りきった山。何分も前から着いていたらしい奈良間が、荷物をまとめて僕達の方へやってくる。
「春輝体力無さすぎだべや」
「……まじでうるさい」
僕が支えていた春輝を、当たり前というように奈良間が支える。身長差の大きくない二人だから、僕に支えられるよりも、春輝は楽だろうと思う。
「あのへん座って、昼飯食うべ」
そう言って奈良間が指をさしたのは、男女の混合グループなど、大人数のグループが陣取るスペースの近くだった。
「あっち行きにくくね?」
「そうでもなくね?」
真弘が少し嫌そうに言う。クラス内外問わず友人がいる奈良間と違い、真弘は万人受けするような中身をしていない。僕もそれを分かっていた。
「お前が気にしすぎてるだけだべや、大丈夫だって」
ただ奈良間は分かっていないのだろうと思う。人懐こい満面の笑みで僕達を見て、春輝を支えながら奈良間は進んでいく。たまに僕と真弘を振り返るけれど、早く来いと言いたい様子だ。
「夜覚えとけよ、あいつ」
「真弘、顔怖いぞ」
眉間にしわを寄せて真弘は呟く。僕達も後を追って、先に荷物を置いていた奈良間と合流する。
この山は標高が特別高いわけではなく、小学校では遠足の目的地となることが多いらしい。奈良間がとったスペースの周りでは、それぞれ持ってきていた昼食を摂っていたり、写真を撮りあっていたりと、自由な雰囲気だ。早いグループは既に下山を始めているらしく、見かけないクラスメイトも数名いる気がする。
ただ、ほとんどの生徒は慣れない登山の疲れを癒すように、地面に座って雑談をしていた。奈良間の正面に僕が座り、僕の隣には真弘が座る。遅く来た僕達に視線を向けた生徒もいるけれど些細なもので、すぐに興味をなくしたらしい。僕達も周りと同じように、雑談する内の一グループになった。
「慣れてないにしても春輝疲れすぎじゃね?」
食べ損ねていた昼食を摂る僕達に、ゼリー飲料を飲み込んだ奈良間が言う。少し呆れ気味だけれど、優しさの隠れた言い方。
「体育の成績3なめないでもらっていいすかね」
不機嫌そうに答える春輝だけれど、少し嬉しそうに聞こえる。
「僕達と違って、春輝はそんな筋肉もないから仕方ないっしょ」
「俺だけじゃなくて、真弘も帰宅部じゃなかった?」
「最近トレセンで鍛えてっから俺は」
「え、まじ? なんで誘ってくんねーの?」
「お前部活あるだろ」
そういう問題じゃねーじゃんか。不貞腐れたように真弘を睨む奈良間を無視して、真弘は正面に座る春輝を見た。
「鍛えんなら連れてっけど、どーする?」
「えー……」
答えに悩みながら、春輝はコンビニのちぎりパンを一つ食べる。僕が二つ目のおにぎりを食べ終え、三つ目のおにぎりを開けたタイミングで、意を決した春輝が「行こうかな」と返事をした。
「トレセン何円かかるんだっけ。高いと行けないんだけど」
「ん」
口にジャムパンを詰めた真弘は、右手で"五"を示したあと、"ぜろ"を表す。
「えっ安い」
パンを飲み込んだ真弘が、口元を指先で拭いながら続けた。
「二階使うだけなら、五十円払えば誰でも使える。回数券とかあるけど、別に買わなくても値段的には変わんねーよ」
へえ、と目を輝かせたのは三人ともだった。特に奈良間は部活動の関係で筋力トレーニングを日課にしているから、専門的な器具を使えるトレセンが格安で使えることは、魅力的らしい。僕も箔星と合同練習ができない時の部活に悩んでいたから、トレセンが格安で使えることは嬉しい。
林間学校まで来て地元の話題で盛り上がるのは仕方ないなぁと、談笑の最中ふと思う。地上にいる時よりも冷えた風が、髪を揺らす。ひいた汗を容赦なく冷やすせいで、肌寒さが感じられた。僕だけが寒さを感じたわけではなかったらしく、真弘と春輝は食べ終えた昼食のゴミをカバンにしまっている。着いてから二十分ほど経っていることを、携帯で確認できた。
「降りたっけ次何すんだっけ」
下りになり、生き生きし始めた春輝が嬉しそうに笑って、
「休憩のあと、晩飯作りだよ」
夜が過ぎるのは早かった。まだ奈良間と春輝はテントに戻ってきてはいないるしい。晩御飯として、同じ班になった女子達にからかわれながら作ったカレーは、ほのかさんのほどではないにしても美味しかった。久しぶりに笑いながら晩御飯を食べた気がする。
「女子の気遣いすごくなかった?」
人数分置かれたカレーの皿にご飯を盛り、僕と真弘がそれにルーをかけ、女子がテーブルに持っていく。全部終わらせて席に戻れば、先に座っていた女子がコップにお茶を入れてくれていた。
「俺らの分までやってくれてるとは思ってなかったな」
「それな。あれ、あの子……メガネの子名前なんだっけ」
普段話をすることがない女子生徒の名前は、何となく教室を飛び交っているミサキやキョウカしか覚えていなかった。
「やなぎまちありさだろ。文化委員じゃね? たしか」
「やなぎまちさん」
やなぎまち。何度か脳内で呟きながら記憶を辿るが、ついさっき見てたはずの顔も曖昧だ。クラスのことに興味がない訳では無いけれど、特定の女子を覚えられるほど、関わりがないから仕方が無いのかもしれない。
「やなぎまちさん、なんか凄かったな。媚びてるわけじゃないんだろうけど、すげー女って感じした」
「俺は彼女じゃねぇと、あれは無理」
「少しわかるわ」
二人がまだ戻らないテントの中で、僕達は今日一日を思い返した。