複雑・ファジー小説

Re: 世界は君に期待しすぎてる ( No.20 )
日時: 2019/04/21 22:14
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: FpNTyiBw)


「違う? 幸太さ、そんな意気地無しじゃないんだから、言っちゃえばいいんだよ」
 真弘はもう子どもじゃない。暗に真弘は守られる人じゃないと言われているようで、僕の出る幕なんてないとも言われているようだ。
「真弘が怒ったとしてもさ、俺も一緒に協力したげっから」
 笑う春輝に、居心地の悪さと言葉にし難い不快感があった。
「……夜まで考えさして」
「ゆっくりでいいよ。連絡待ってるわ」
 残っていたコーヒーを飲み干し、カフェを出る。春輝は服を見るらしく、そのまま解散となった。イヤホンからはアップテンポなイントロが流れる。——散々痛い目に目に遭った毎日を消して、もう二度としょうもない嘘なんてないように、いらんもんから全部捨てていけ。勝手にシンパシーを感じたその歌詞に、先程まで感じていた気味の悪い不快感が何か、わかった気がした。そして、自分の面倒くささも。
 まだ太陽が高い。このまま帰るのも良いかもしれないけれど、最近顔を出していない箔星陸上部を見に行こうか。気持ちの悪い不快感を言葉にしたくなった。僕自身が、僕を知ろう。駅の北口を出たところで、今日が平日だということを思い出した。
「行けねーじゃん」
 数瞬立ち止まり、踵を返す。素直に家に帰り、真弘に話しをしてみよう。締め切り前の課題に追われている時のように、特に理由もなく行動する気持ちにはなれない。駅に戻り、数分後に発車する電車に乗り込む。空席の多い車内。反対のホームで次の電車を待つサラリーマンや子連れの母親。背の低い自動販売機で飲み物を買っている人もいる。あんなに小さかった頃の思い出は特にないけれど、こんな風にならないでほしいなと、知らない子に思う。車窓は、残像を連れて映像を変えていった。不規則な揺れに、心地良さを感じる。夕方辺り会えるかと、真弘にメッセージを送る。返信が来る可能性があることに、不安があった。しまった携帯の存在さえもなかったことにしよう。腕を組み、外を切り離すために目を閉じた。


「呼んどいて遅れるとかわやだなお前」
「ごめんほんと」
 仮眠が仮眠にならなかった。起きて携帯を確認すると真弘からのメッセージが数件あり、大公園で待ってると最後にあった。数時間前に着ていたメッセージに気付いてすぐ、自転車に乗ることも忘れて公園に走った。遊具もなく、地元の小学生や園児さえ遊びに来ない大公園の小さな丘に、真弘は退屈そうに座っていた。僕を見て、呆れたように笑っていた。
「で、なんか用事?」
「あーまあ」
 真弘の横に腰掛けたが、話の切り出し方が分からない。直接伝えた方が良いのだろうけれど、言葉が上手く出てこない。所在なくさ迷わせた視線が、足元の一匹の虫にとまる。草っ原でよく見る、光沢のある虫が六つの足で進んでいた。
「前にさ、伊織のことさ、話したじゃん」
 考える余裕なく出てくるのは、どうでもいい、回りくどい言葉ばかり。
「でさ、そん時は本気であいつにさ、なんかしてやりたいって思ってたんだけどさ」
「おー」
「今さ、伊織どうこうってよりはさ、大畠のことでさ話したいことあって」
 真弘のことを見れないまま、ぽつぽつと続ける。時間をかけてゆっくり話していくのを、真弘は黙って聞いてくれていた。今僕を照らす夕日は、真弘の染まった髪を明るく照らしている気がする。反射して、きらめいて。
 不意に、初めて髪を金にした真弘の笑顔を思い出した。中学校を卒業した日、真っ直ぐ遊びに行った僕達は染め粉を買った。たばこのにおいでいっぱいになった真弘の家で、だんだん髪の色が変わっていく様子を、二人で笑って見ていた。大畠と出会って僕達は変わったけれど、当時みたいな関係に戻りたいと思ってしまう。だからこそ伝えなくてはいけない。真弘が笑えるように。大畠なんかに負けないように。
「幸太」
 久し振りに呼ばれた名前に、自然と顔が上がる。目じりの上がった、獣のような強い瞳。夕日を集めた真弘の瞳の中に、僕の姿が弱々しく反射した。
「まだなんか隠し事してんの?」
 変わらない表情で、真弘は言う。もう隠し事をするつもりなんてない。その言葉が喉元まで浮かんで、けれど図星の指摘に怯えて、いなくなってしまう。まだ。真弘はずっと、僕が何かを隠していることに気が付いていたのだろうか。大畠と会ってからも変えずにいた態度の中で、真弘だけ何かを知ってくれたのだろうか。
「……僕は」
 真弘はもう中学生じゃない。子どもじゃない、あの時のような。
「大畠から真弘を助けたい」
 僕達の間をぬるい風が抜ける。後味にうっすらとした冷気を帯びて、僕と真弘を撫でていった。
「なんだそれ」
 当時のように真弘が破顔する。笑った、そう思った。
「久し振りにガチ笑いしてるの見た」
「俺も人間だからな。大畠から俺の事助けてぇの?」
「うん。できる事は情報流したりするくらいっていう、しょうもない感じだけど」
 途端に自信がなくなり、言葉は尻すぼみになっていく。
「そこは自信もっとけ」
「いっ!」
 強い平手打ちが、背中にあたる。肋のあたりを叩かれたせいで、思わず咳き込んでしまった。悪ぃ悪ぃと笑う真弘に、精一杯強がる。こんなやり取りも、いつも間にかなくなっていた。真弘に彼女ができて、僕に兄ができて、僕達の関係も少しずつ変わってしまっていた。
「頼りねぇけど、幸太に助けられてやるよ」
 期待してるわ。そう言って真弘は、やわらかく笑った。その横顔が夕日に照らされて、明るくあどけない表情が映る。そうだ、真弘は笑うと少し幼くなる。四人で居る時も、学校で居る時も見ることが出来ない素の表情。
「真弘が友達で良かった」
 自然に漏れた本音に、真弘はまた嬉しそうに笑う。心は晴れやかだ。二人でくだらないことを話し、また笑う。あの日雨に打たれた時、あの日大畠から連絡が来た時、あの日、真弘から逃げ出した時。覆われた分厚い雲から、光が差し込んでいるような気分だ。
「俺も、幸太で良かったわ」
「な」
 どちらからともなく、腰をあげる。別れる時に言葉はなかった。ただ背中に受ける夕日だけが、あたたかくて、暑くて、蝦夷梅雨の終わりを告げていた。

 





■爽天シャイン