複雑・ファジー小説

「知恵と知識の鍵の騎士団」2章1 ( No.13 )
日時: 2017/06/24 20:38
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

     2

 あとになって冷静になって、なんであのときあんなこといったんだろうって海よりも深く反省することって、人生に一度や二度あると思う。
 俺はいままさにそのさなかにいた。
「…………」
 右から左から、俺たちを探す怒鳴り声と足音がやまない。ミスタとヴァリタはどうしたんだ。俺一人で、シアーシャをどう守れっていうんだ!?

 車両と車両と繋ぐデッキに、俺はシアーシャを抱き上げて立っていた。風がびゅうびゅう痛いくらい当たって、シアーシャの服と同じ色の帽子はもうとっくに飛ばされて眼下の川の中だ。
 先頭車両にも、後方車両にもオルグレンのクソどもが乗り込んでいて、やつらは自分の推す王子を国王に据えるため、シアーシャを掴まえたいのだ。あほか! シアーシャを掴まえたからって王になれるわけじゃない。王になったものに、シアーシャが神の言葉を伝えるってだけなのに。世の中のクソどもは、モルシアンの役目をちゃんと理解していやがらねえ!

「……なあ、シアーシャ」
 俺はシアーシャをデッキにおろした。
 いくらヴァリタが凄腕の戦士でも、いくらミスタ・ブラウンが有能なホテルマンでも、あれだけの数を相手に次の停車駅までしのぎ切れるとは思わない。遅かれ早かれ、やつらはここにくるだろう。
「兄というものはな、妹を守るために先に生まれてくるんだ」
 俺はコートのベルトを外し、シアーシャの細い右手首に括り付ける。そのあとで自分の左手に括り付けると、腰をかがめ、目線をあわせる。
「だから、俺を信じろ。いいな」
「……」
 シアーシャから返事はない。当然だ。彼女はまだなにもわからない、まっさらな赤ん坊のようなものなのだから。でも、その満月の瞳は理知的な光を帯びていて、すべてを理解し、俺を信じているような気がしてくるから不思議だ。
「さあ、おいで」
 腕を広げて彼女を抱き上げる。飛ぶように流れ行く景色から視線をさげ、青々と水を湛えた川を見下ろす。

 汽車を離れるなら、鉄橋を走っているここ、下が川のいましかない。山肌に添った線路に入ってしまえば、飛び降りたところで簡単に後を追ってくるものもいるはずだから。
 ——畜生、おひとよしすぎるだろ、俺!
 心臓がバクバクうるさい。いまの自分の位置と川との距離を考えると、目がくらくらしてきて、気を失いそうだ。

 あんな手紙に同情したから! ヴァリタをいい女なんて思ってしまったから! ミスタが出ていけっていったときに同意しなかったから! そもそもハーゲルの軍人もどきからこいつらかばったのミスタじゃねーか! 責任持てよクソ野郎!!

 恐怖に足がすくむ。川が深いかどうかわからない。そもそも逃げなくても、どっちかにシアーシャを渡してしまえば、俺の命は無事なんだ。それだけで済むことなんだ、オルグレンが今後どんなことになるかなんて、シアーシャの母親が死んでしまったからって俺にはどうでもいいことだ。そうだ、渡してしまえば——、


(常に堂々と振る舞い、騎士である身を忘れることなかれ)


 俺はぐっと歯を食いしばる。
「——いたぞ、デッキにいる!!」
 前方からそんな声が聞こえた。すぐに後方からも追手の姿が見えるだろう。
 シアーシャの細い腕が、わかってかわからないでか、俺の首に回される。ちいさな、ちいさな俺の同胞。美しいグリーンランドの大地の少女。
 ——グリーンランドの男はバカでろくでなしだが、やるときゃやるんだ畜生!!
 俺はデッキの床を力強く蹴った。