複雑・ファジー小説

「知恵と知識の鍵の騎士団」2章3 ( No.15 )
日時: 2017/06/26 20:18
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

「遅かれ早かれ、また検問に引っかかるだろう。最初の駅でひとまず降りるぞ」
「へ?」
 壁際に垂らすようにして畳まれていたテーブルを引き上げ、支えをはめ込むと、その上にどこかから仕入れてきた地図を広げ、ミスタ・ブラウンが指でルートを辿ってみせる。
「そこで、ホテルマンの仲間が、そちらのふたりの旅券と衣服を用意してくれている。受け取ったら、時間はかかるが、南北鉄道ではなく、別の路線で移動する。この乗車券も手配してもらっている」
 おお、さすが有能なホテルマン。仕事が早い。いちばん高い部屋を一週間貸し切り、専属ホテルマンにした甲斐はあったんじゃないか。

「ただ、状況によっては車でライトホールドに入ることも考えておいた方がいい。ミスタ・マッカリース、運転は?」
「できるが同乗はお勧めしない。女がいうには俺はスピード狂らしい」
「結構。ハンドルはおまえに任せる。ナビゲートはしてやるが、どのルートを通ってもライトホールドに入れるように、いまのうちに地図を頭に叩き込んでおけ」
「マジかよ! 責任もてねぇぞ!?」
 返事はなかった。すでにミスタ・ブラウンはコンパートメント内の自分の荷物をまとめに入っている。仕方なく、俺も地図を頭に入れはじめるが、俺のハンドル捌きに不安を感じたのか、ヴァリタがおずおずと意見を口にする。

「それでしたら、この、トルキアケにむかう汽車に乗って、トルキアケ、ユスタベリ経由でバンクロフトにむかっては?」
 確かにバンクロフトに入り、東グリーンランドに辿りつければ、どのルートを使おうが問題ない。ミスタとしては自分のホームグラウンドだからライトホールドに立ち寄りたいのだろうが、もしトルキアケ、ユスタベリルートのほうが安全であるなら、そっちを選ぶべきだと俺も思う。

 しかし、ミスタ・ブラウンは、ヴァリタの提案を却下した。
「考えないでもなかったが、オルグレンさえ抜けてしまえば、ライトホールド経由で東グリーンランドを目指した方が安全で手っ取り早い」
「安全で、」
「手っ取り早い……?」
 どういうことだと地図から顔をあげて彼を見れば、意外に片づけ下手なのか、中身があふれ、締まらない旅行鞄に悪戦苦闘している。手伝おうとしたヴァリタより先に、ミスタはシアーシャを抱き上げると旅行鞄の上に座らせ、それでなんとかふたを閉めた。
 ——心からお仕えするといった相手になにやらせてるんだ、こいつ。

 ミスタ・ブラウンはもう一度シアーシャを抱き上げると、そのまま何事もなかったかのように、呆れて見上げる俺たちを見下ろし、ライトホールド・ルートを選ぶべき理由を述べた。
「ライトホールドに入れば、女王陛下にお目通り願える。あの方はご自身も親を知らぬままお育ちになったので、モルシアンには同情なさるだろう。おまけに陛下のご夫君はバンクロフトの元軍人でいらっしゃる。東グリーンランドまでの安全を保障していただけるはずだ」
「でも、そんなにも簡単に、一国の王にお会いできますものかしら」

 手を差し出し、ミスタ・ブラウンの腕からシアーシャを引き取ると、その膝に座らせたヴァリタが尋ねる。もっともな疑問だったが、ミスタには愚問であったらしい。
「あなたは、誰を専属ホテルマンに任命したのかよくご存じないようだ」
「——っ!」
 ヴァリタが頬を紅潮させた。なるほど、女がときめきそうな台詞だ。あなたは、誰を専属ホテルマンに任命したのかよくご存じないようだ。今度使ってみよう。

 俺はひたすら地図を頭に焼き付ける作業に戻った。