複雑・ファジー小説

「知恵と知識の鍵の騎士団」2章5 ( No.17 )
日時: 2017/06/28 21:37
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

 島内を南北に走る鉄道から、乗り換えやあえての乗り過ごしを何度となく繰り返し、この間に稼げた距離は、南北鉄道の約半分。あのままシアーシャたちに出会うことがなければ、いまごろはライトホールドに入国していただろう。グリーンランドまでの一等車の乗車券が文字通りぱあになってしまったのはほんとうに惜しかったが、
「……マジかよ」
 旅券を用意してくれていたあのおっさんがオルグレン国内で手配してくれていたホテルを見て、そんな気持ちは吹っ飛んだ。

 もともとは貴族の城だったという建物を造り替えた豪奢なホテルで、南北鉄道のコンパートメントとは天と地の差だったのだ。
 おまけに、ミスタ・ブラウンのあとに続いてエントランスをくぐる際にはドアマンに笑顔で迎え入れられ、館内の移動にはベルボーイが付き従い、四人で通された最上階の超高級スイートルームには部屋専属のバトラーがいるありさま。
 こののち俺がどんなに役者として名をあげても、おそらく一生泊まることはできない、そんな素敵ホテル! マジか!!

 ——なのに。
 二室ある寝室の、相部屋の相手はミスタ・ブラウン。なんだろう、この寂しさ。せめてシアーシャと交換してくれ! などといったら、ミスタ・ブラウンと同室になるヴァリタに張り倒されかねないので黙っているが。
「……それで、ホテルマンの仲間から来た情報によれば、オルグレンではすでにモルシアンたちは国内に入っていると判断し、海路陸路すべてに検問を設置、二十四時間体制で監視しているらしい」
 リビングのテーブルに地図を広げ、それを鋭い目で見つめながら、ミスタ・ブラウンがいう。
 この広すぎるリビングにいるのは俺たちふたりだけだった。

 エストリュースを出て以来、精神が休まる暇がなかったのだろう。ここは安全だというミスタ・ブラウンの言葉によっぽど安心したのか、ヴァリタは崩れ落ちるように眠ってしまったのだ。彼女と、うつらうつらと船を漕ぎはじめたシアーシャを彼女たちの寝室に放り込んで、男だけで作戦会議中だった。

 とはいえ、一介のホテルマンが、いったいどうやってそんな情報拾ってくるんだよ。すげえな、ホテルマン・ネットワーク。
「それで? 検問と監視が解けるまでの間、ここで過ごすのか? 俺はいいぜ? こんなホテル、もう一生泊まれないだろうし」
 食事もうまかったし、提供された酒も極上だった。しかもこの宿泊料金はすべてミスタが所属している、島内最大のホテルマンの組織からまかなわれるというのだから、頼まれないでも何泊だってしてやるつもりだ。

 だが、ミスタ・ブラウンは、シアーシャとヴァリタの一週間限りの専属ホテルマンだ。そうのんびりしてもいられないのだろう。軽口をたたく俺を鋭い目でにらみつけると、
「幸い、検問で止められているのは主に女子供のふたり連れだと聞いた。モルシアンとヴァリタが私たちと行動していることは、まだ気づいていないらしい」
 ……だから、どうやって仕入れてくるんだそんな情報。
「長居をすればどこかで情報が洩れる。明日のうちに、ライトホールドまで行くぞ」
「へえへえ」
「そこでだ、ミスタ・マッカリース。おまえにもうひとつ、覚えておいてもらいたいことがある」
「なんだ? もう一枚地図を覚えろって? 俺は記憶力には自信があるが、できれば文章のほうが助かるんだが……」
「——いまからこの地図の上に、私が印を描いていく。その位置と、どこにいてもそのどこかには辿りつけるルートだ」
「マジで地図かよ!!」

 文章にしてくれた台詞ならいくらでも頭に入るが、また地図! 思わず頭を抱え込みそうになる俺に、彼はその印がなにを指し示すのか教えてくれた。
「仲間がいるホテルだ。明日なにがあるかわからない以上、覚えておいて損はない」