複雑・ファジー小説
- 「知恵と知識の鍵の騎士団」2章9 ( No.21 )
- 日時: 2017/07/02 21:02
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)
——ミスタ・ブラウン。ヴァリタ。
俺は遠ざかりそうになる意識のなか、いつの間にか仲間となった二人の名前を呼ぶ。
——ごめん、俺、マジで役立たずだ。息が苦しくて、あんたらがせっかく頑張ってくれたのに、シアーシャのこと守れない……。
ふと、気がついた。体が痛いのは鉄橋から飛び降りたせいだ。水面にぶち当たる前に恐怖から意識が飛んでいたのでそのあとどうなったのかわからない。
ただ、体が痛いだ息苦しいだいいながらも、こうやってだらだら考えを巡らせるぐらいには、俺、生きてる!?
両腕を立てて、勢いよく体を起こす。世界が真っ暗闇で、息苦しいはずだ。俺は、飛び込んだ川のどこかの岸に、うつぶせのまま引っかかっていたのだ。
「……マジかよ、生きてるぜ……って、シアーシャ!?」
はっとして自分の左側を見る。コートのベルトで手首を繋いだちいさなシアーシャが、同じようにうつぶせてそこにいた。早く仰向けてやらないと。そう思って手を伸ばそうとしたとき、
「——ぷはっ!」
突然手を突っ張るようにして彼女は起き上がった。
「……生きてたのか」
ほっとして彼女の頭を撫でようとしたら、ふたたび頭が下がり、顔が土の中にめり込む。
「シ、シアーシャ……?」
今度こそ、力尽きたのかもしれない。いや、生きているはずだ。でも……。考えまいとしても、最悪の事態が頭をよぎり、身動きが取れない。顔をあげてくれ、顔をあげてくれ、そう願いながら、うつぶせたシアーシャを眺めることしかできない。
不安と恐怖が長く感じさせたのだろうが、実際は一分ぐらいたったころか。
「ぷはっ!」
また、彼女は起き上がった。よく見ると真っ赤な顔の中の琥珀色の瞳は、妙に生き生きしている。
——あれ、これ、子どものときによくやった、どっちが長く息を止めていられるかのやつだ。
人騒がせな。俺はまた顔を突っ込もうとするシアーシャを掴まえた。
「おいこら変な趣味に目覚めるなっ」
途端、楽しそうな声があがる。バタバタと手足を振り回して、きゃあきゃあと騒ぐ。その姿に、一瞬、現在置かれている境遇を忘れた。場違いなのは承知で、ほっとした。言葉を奪われ、考えることを教えられていないシアーシャだったが、ちゃんと笑えたんだ。
「……そうだよな。赤ちゃんだって、笑うくらいするもんな」
そう思ったらなぜか視界が滲んできた。
俺は役者だ。だから、一度舞台にあがってしまった以上、どんなトラブルが生じてもアドリヴで演じ切るしかない。
グリーンランドの男はバカでろくでなしだが、やるときはやるんだ畜生。