複雑・ファジー小説

「知恵と知識の鍵の騎士団」1章1 ( No.6 )
日時: 2017/06/17 22:46
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)



     1

 当初の予定より一時間近く遅れて汽車は駅を離れた。
「あの女、来ないな」
 念のため、駅を離れるまではベールで包み、荷物と一体化させていた少女を引っ張り出すと、コートの男の隣のスペースに座らせた。

 俺が進行方向に背をむけた座席を二席予約したように、どうもこの男も自分の並びの席を二席押さえていたようで、
「……」
 俺が彼女を座らせたとき、読んでる本の陰で神経質そうに眉尻を引き上げたが、口に出してはなにもいわなかった。

 俺は座席から腰をおろし、少女の前に膝をつく。そしてそのちいさなふくふくとした両手を俺の手で包んで、訊いた。
「なあ、おちびさん。あんたなにものだ? さっきのうるさいやつらがいってた誘拐犯て、あんたを連れてきたあの女か? あんたは誘拐されたのか?」
「……」
 満月のような琥珀色の瞳は知的な輝きを帯びていたし、俺の言葉をまるで理解していないようでもなかった。なのに彼女はなにもいわない。
「おい、俺のいってる意味、わかるか?」

 そういえば、隣の男がこの子のことを、最果ての島国エストリュースのなんたらかんたらいっていたような。あいにく俺は島内共通語しか話せない。なんだか悔しかったが視線を男にむける。
「あんた、エストリュースの言葉わかるか?」
「それなりに」
 ——おお、返事がきた! しかもわかるときた!
 俺は俺の言葉の通訳を頼もうとさらに口を開いたが、機先を制したのは男の方だった。

「無駄だ。その子は口が利けない」

「は? 口が利けないってどういうことだ?」
 思わず彼女を見る。大陸共通語が話せる話せない以前の話じゃねェか。もう一度男の方を見て、どういう意味か、言葉を多く使って俺にも理解できるよう解説しろといい募ろうとしたとき、答えは思いがけないところから降ってきた。

「そのお方は神女でいらせられます」

 同時に車窓が叩かれる。島内最速の汽車の外、天井からのぞき込むようにしてあの美女がそこにいた。俺はうっかり悲鳴をあげた。