複雑・ファジー小説

「知恵と知識の鍵の騎士団」1章2 ( No.7 )
日時: 2017/06/18 20:54
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

 悲鳴を聴いて駆けつけてきた車掌に、窓を開けたら虫が入ってきて騒いでしまった申し訳ないと俺史上もっとも情けない謝罪をして、ついでに前後のコンパートメントの客にも詫びを入れて回る。進行方向にいたのはちいさな子どもをふたり連れた、どこかの貴族か成金一家。後方にいたのは老夫婦と、貴族の娘とその付き添いらしき二人組だった。

「追手が紛れ込んでいるようすはないでしょうか」
 謝罪ついでに他のコンパートメント内のようすを確認し戻ってきた俺に、ちゃっかり俺の座席に少女とともに腰をおろしていた女が訊く。どけともいえず、コートの男の隣に座れば、帽子の下から鋭い視線がむけられる。悪いな、ミスタ。でもこれは俺のせいじゃない。
「追手って、さっきのあの軍人だか警察だかか? この辺ざっと見てきたが、どこも普通の金持ちそうな旅行客ばかりだったぜ」
「そうですか。よかった」
 美女は微笑み、少女へ柔らかい微笑みをむけながら、その頭を撫でる。そして、聴いたこともない不思議な響きをした言葉でなにやら話しかけた。少女はしばらく美女へ目線をむけていたが、やはりなんの言葉も発しなかった。

 かわりに口を開いたのはコートの男だった。立ち上がり、さっき女がするりと入り込んだ車窓をふたたび開くと、風が強く入り込んでくる外を指さす。
「では、さっさと出ていってくれ」
 女が息を飲む音が聞こえた。

 誓っていうが、俺は正義漢なんてやつじゃない。むしろそんなものはクソッ喰らえだ。悪徳不道徳大歓迎、道を踏み外してこそ役者アレスター・マッカリース! それが俺の信条だった。でも、これはいただけない。

 飛びそうになった帽子を手に取り、金褐色の髪をバサバサと風にあおらせるがままの男に訊いた。
「あんた、それ、正気でいっているのか?」
「当然だ」
「ふざけんな! 一度助けておいて、突き放すような真似、よくできるな。しかも窓から出ていけだって? 子ども連れで? バカか!」
「バカで結構。私には泥船に乗り込む趣味はない」
「俺だってねェよ! でもな、普通は次の駅までとか、三号車へ行けとかそういうもんだろ?」
「おまえの普通を世界の普通にするな」
「……」

 ——なんてこった。俺は生まれてはじめてひとでなしってやつを見たぜ。

 あきれて声の出ない俺は、まっすぐに俺を見下ろすコートの男を、そのうち山羊の角でも生えてこないかと見返していた。だが、意外に女はたくましかった。
「あなたのその襟章、いずれ名のあるホテルのホテルマンでいらっしゃるのでしょう?」
「襟章? 金の、本と鍵のやつか?」
 女は俺を見てうなずく。あれは気取ってつけてるわけじゃなかったのか。そういった俺に優しく微笑んで、
「ホテルの鍵を管理する係の方がお付けになる襟章ですわ。確か島内にある大きなホテルの……、」
 そして、ふとなにかを思い出したとばかりにコートの男を見上げた。
「思い出しましたわ。そういえば一度お話ししたことがございましたね、ミスタ・ブラム・ブラウン? 『新国王の践祚ならびにご即位、お喜び申し上げます』と」