複雑・ファジー小説

「知恵と知識の鍵の騎士団」1章4 ( No.9 )
日時: 2017/06/20 22:51
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

東グリーンランド、憐れ、戦乱によって分断された、悲劇の大地の片割れ。俺の、愛しき故郷だ。戦争で奪われてもう十五年以上経つだろうか。
「ええ、」
 しかし、ヴァリタはそれをただの相槌と思ったようだった。俺の胸のうちの郷愁に気づかないまま、
「モルシアンの最初の姿は、島内の三人の魔女神話における人の子イズラエルといわれています。ならば、東グリーンランドに生まれても、おかしな話ではございません」
 と続ける。俺はいった。
「いや、そんな。おかしな話ではございませんといわれても、そもそもモルシアンがなにか知らねぇし」
「あら! それは失礼を……」
 慌てて口を押える世話役にちょっと笑いかけて、モルシアンと呼ばれている少女を見た。

彼女はおそらく七歳前後だろう。つまりは、生まれたときからグリーンランドは、グリーンランドとバンクロフト王国東グリーンランド州に別れていて、俺の知る、あの美しいグリーンランドは知らないのだ。
 手を伸ばし、ちいさな頭に触れる。満月のような琥珀色の瞳が俺の姿を映した。
「同郷か。仲間だな。俺はアレスター・マッカリースだ、よろしくな」
「……」
 ぽんぽんと頭を叩いたあと、その手を握手を求めるように差し出すが、少女の反応はない。不思議そうに俺の顔と手を見比べている。
「……?」
「無駄だ」
「おわかりになりませんのよ」
 首を傾げた俺に、ミスタ・ブラウンとヴァリタが同時にいう。
 ——無駄? わからない?
 そういえば、口が利けないともミスタ・ブラウンはいっていたな。
「どういうことだ?」

 ミスタ・ブラウンとヴァリタが目を見合わせ、顎で話すように促されたヴァリタが教えてくれた。
「モルシアンは、神の依り坐しなのです」
「神の依り坐し? なんだそれ」
 どこをどう見ても、将来有望そうな顔立ちをした女の子でしかない。言葉を話せないのは惜しいが、それなしでも——いや、それゆえにそばに置いておきたいと願う男は、すぐに五万とあらわれるだろう。俺だって、あと十年後に出逢ってれば考えたかもしれないが、あいにく成人していない女に用はない。
 むしろ、より俺の興味を惹くのはヴァリタのほうだ。

「ミスタ・マッカリースは、氷雪の大地エストリュースのことはどのくらいご存じでいらっしゃいますか?」
「ミスタ・マッカリースなんてよしてくれ。あんたみたいな美女にはアレクと呼ばれたい。ちなみにエストリュースのことは、北にある島国程度にしか知らないね」
 さようでございますか、とヴァリタは笑う。
「エストリュースは閉じられた国でございますから、ご存じよりの方のほうが珍しくあるのを失念しておりました。ご容赦くださいませね。エストリュースは、大陸や島内に汽車や車が走り、電報や電話といった通信手段が発達したなかで、かたくなに旧世紀前の生活を守る、頑固者の国だと思っていただいて問題ございません」
「頑固者」
「なにせまだランタンと松明の生活ですもの」
 わーお。俺の田舎も似たようなもんだけどな。

「エストリュースでは、ハーゲルにいちばん近い大きな島をセントルムエ、あるいはフェアステと呼び、ここを首都としております。このセントルムエからさらに北にむけて六つの島が並んでおりますが、その最北端の島がシューテ、別の名前を神殿島といい、モルシアンはそこで祭られております神女なのです」