複雑・ファジー小説

Re: まなつのいきもの ( No.13 )
日時: 2017/08/29 23:30
名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)

【ボーイミーツ 1】

 飯塚に呼び出された翌日、オレはやや陰鬱な気持ちを抱えていた。体を動かすことは好きだ。特に剣道は、気持ちの良いスポーツだと思う。幸い、部活の同級生は良い奴ばかりだった。けれども、オレは逃げてしまった。生まれが少し早いというだけで、先輩たちは権力を振りかざす。多少のことなら、オレだって我慢できた。年功序列というものはどこにいっても付き物だから。けれども、あいつらのそれは馬鹿馬鹿しかった。徐々にオレはあいつらに従わなくなり、そして目をつけられた。いじめられても平気だと信じていたのだ。オレは強いと、どこか確信めいたものがあったのかもしれない。実際にどんな暴力だって平気だった。耐えられなかったのは、くだらない自尊心だ。憐憫の対象になった、ただそれだけのことなのに。




「もうすぐ夏休みだから、今日は予定通り大掃除を行います。うちのクラスは1組と合同で、体育館の清掃です」

 クラス委員の言葉を聞き終えるとみんな怠惰そうな動作で席を立ち、体育館に向かう。今日は授業がない。7月に入ればあとは夏休みを待つばかりだから、消化試合のようなものだった。

「五十嵐くんじゃん」

 体育館につくと、軽く背中を叩かれる。振り返れば久住の顔があった。今日も気の良い笑顔を浮かべている。隣には小柄な男子生徒の姿があった。見覚えがある。確か、久住と一緒に帰った日に見かけたはずだ。久住は身長の高い方だからか、並んで見ると中々目を惹く組み合わせだった。

「五十嵐くんのクラスも体育館掃除だったんだ。適当にやろうぜ、適当に」
「……そうだな」

 オレの返答に、久住は意外そうに目を丸くした。珍しいものをみたと言わんばかりだ。

「注意されるかと思った。五十嵐くん、真面目だから」
「宗治、こいつ誰」

 隣の男子生徒は、不審そうな目つきでオレを睨め付けた。鋭い双眸だ。身の丈は低いが、存在感はある。

「3組の五十嵐夏生だ」

 若干の心地悪さを抱えながら、挨拶をする。男子生徒はなんの感慨もなさそうに、ふうんと相槌を漏らした。

「北田、明音。よろしく」
「こいつわりと無愛想だけど、悪い奴じゃないからさ。せっかくだから、五十嵐くんも来る?」
「……どこに」

 そう問えば、久住と北田は互いに目を見合わせる。口を開いたのは、意外なことに北田の方だった。

「サボり。どうせこの人数だし、居なくなってもバレないだろ」

 確かに事実だ。見渡せば手持ち無沙汰な様子の者が何人もいた。普段ならば、この類の誘いにはあまり乗らない方だ。断ってしまえ。そう頭では叫んでいるのに、喉から声が出ない。ムシャクシャしていた。一体、何にだろう。オレを虐めた、剣道部の上級生にか。今更話を蒸し返した飯塚にか。それとも、未だに煮え切らない態度のオレになのかもしれない。だから、オレは衝動のままにその誘いに飛び乗った。視界の端で、久住が目を細めているのを捉えた。