複雑・ファジー小説

Re: まなつのいきもの ( No.7 )
日時: 2017/07/06 23:17
名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)

【誰も知らない 2】

 しばらく、教室で時間をつぶしていた。お互いに話すほうではなかったので、多少の気まずさはあった。気がかりだったので、応援席まで送ることを申し出たが、やんわりと断られた。見かけによらず、強いのかもしれない。そうして小走り気味に1日が過ぎて行く。放課後になれば、倦怠感は増すばかりだった。ちょうど部活もないし、今日は早めに帰ろう。ホームルームが終わると、すぐに昇降口へ向かう。

「あれ、五十嵐くんじゃん」

 外履きに履き替えたところで、久住と出会った。真白のシャツからのびる、筋張った腕は汗ひとつかいていない。

「予行練習って、絶対意味ないよな」

 屈託のない笑みを俺に向ける。そうだな、と軽く相槌を打った。

「宗治、早く行こう」

 昇降口を出たところに、男子のかたまりが立っていた。そのうちの1人が、こちらに呼びかけている。小柄で、気怠げな三白眼が妙に印象的だった。久住は両手を合わせて、軽く頭を下げる。

「ごめん。やっぱ俺、行けないわ」
「次は絶対来いよな」
「今度な」

 渋々、といった体で彼は引き下がる。怪訝そうにオレを見たが、すぐに行ってしまった。

「五十嵐くん、一緒に帰ろうぜ」
「え、さっきのあいつらはいいのか」
「これからゲーセン行くんだって。でも俺の親、厳しいからそういうの禁止されてるんだよね」
「久住も大変なんだな」

 2人で肩を並べて歩き出す。こそばゆい感じがした。案外、交わす会話はたわいもないものだった。次の期末試験の調子はどうかと尋ねれば、久住は返事の代わりに苦笑する。側から見たら、ごく普通の友達だった。

「そういえば、沢城と同じクラスだよな」

 絡みつくような暑さに、半ば辟易する。なんとなく気だるいのは、この天気のせいもあるだろう。坂道に着くと、歩くペースは下がっていく。

「うん、それがどうかした」
「お前、沢城に何かしたか」

 久住がゆっくりと立ち止まる。

「どういう意味」

 表情はいつもの久住だった。オレは、久住のことは嫌いではない。こうして話せば、面白いやつだと思う。けれども、どうしたって久住宗治という人柄が、見えてこないのだ。掴もうとすれば、そこには何もなかったみたいに、ただ夜の闇が広がっている。

「部活を避けてるふうだったから。いや、何もないならいいんだ」

 自然と早口になる。久住は、淡く口角を上げた。

「少し、話をしただけだよ」

 心外だ、とも言いたげに肩を落とした。久住は坂の上を仰ぎ、向こうの方に見える濃紺色の屋根の家を指差した。外装は立派なのに、荒涼としていた。生活感が希薄で、人が住んでいないように思える。

「あれ、俺の家なんだ。今度、時間があったら遊びに来いよ。兄貴の部屋とか、面白いものいっぱいあるから」

 胸の中一直線に、何かがすとんと落ちてくる。ああ、そうか。久住も、あの家と同じだ。生ぬるい風が頬を撫でる。俺はまだ、動き出せそうにはなかった。