複雑・ファジー小説

Re: まなつのいきもの ( No.9 )
日時: 2017/07/08 09:58
名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)

【坂から転げ落ちるように 1】

 少女期というものは、絶え間なく変化して行く。陰鬱な梅雨が明け、太陽の熱は勢いを増す。皆、熱に浮かされる季節が訪れた。

「最近ひどいよね、清水さんたち」
「佐倉さん、かわいそうになってきたかも」
「けどさ、佐倉さんっておどおどしてるから、清水さんの気持ちもわかるな」

 手を口元に当て、秘密の目配せを交わす。昼休みの教室は、閑散としていた。私たちのお喋りに耳を傾ける人なんて、僅かばかりだ。

「郁子はどう思う」

 意見を求められ、私はちょっと考えるそぶりを見せた。答えなんて、とうに決まっているというのに。

「あんまり話してないからわかんないな」

 これは事実だった。あの公園で過ごした土曜日から、私は結菜と口を利いていない。結菜は幾度か、私に向かって視線を送っていた。私はそれを拒絶したのだ。意地が悪い、と自分でも感じる。結菜ほど、良い子にはなれなかった。

「知ってる? さっきも清水さん達に呼び出されてたよ」
「うっわ、最悪じゃん」

 私はそれをはっきりと見ていた。以前ならば清水さんに上手く取り入って、結菜を助け出すことも出来たはずだ。けれども私は、私の意思でそうしなかった。

「ごちゃごちゃうっせえよ」

 私たちの真ん中に、ハスキーな声が降ってきた。振り向けば、小柄な男子がポケットに手を突っ込んで立っている。北田くんだ。いつも、久住くんと連んでいる姿をよく見かける。けれど今は1人で暇を持て余しているらしく、私たちの方へ詰め寄った。

「陰口なら本人に叩いてこいよ」
「北田には関係ないじゃん」
「沢城」

 他の女子を無視して、北田くんは私に話しかける。射抜くような眼光だった。北田くんは不必要に、女子に話しかける人ではない。私は少しだけ身構える。

「久住と仲良いのか」
「……なんで」

 なんとなく、と北田くんは言う。幸いなことに、北田くんはそれ以上はなにも追及してこなかった。好奇心を宿した女子達の視線に、息がつまる。ちょうどその時、予鈴のチャイムが鳴った。逸る気持ちが褪せていく。私の中で、何かが綻び始めていた。



 放課後になると、私は逃げるようにして、部室へ急いだ。五十嵐くんと話したかった。空虚な私を詰って欲しいというのは、身勝手な思い上がりだろう。とにかく、正論を言って欲しかったのだ。けれども部室の戸を叩いても、あったのは望んでいた姿ではなかった。久住くんは怠惰そうにパイプ椅子に寄りかかり、いつものように音楽を聴いていた。私に気づき、イヤフォンを外す。

「五十嵐くんは、まだ来てないの」
「さっき、剣道部の女子が連れ去って行ったよ」
「……そう」
「とりあえず、座れよ」

 私は大人しく、久住くんに従った。何をする気にもなれなくて、ただぼんやりと空を見つめる。横で、久住くんはとつとつと語り始めた。

「佐倉さん、この頃変わったよ。前までは、言われるがままだったけど、抵抗できるようになった。そのせいで、もっとひどいいじめ受けてるみたいだけど」
「結菜の話は、聞きたくない」
「でもさ、俺、他にも理由があると思うんだよね。例えば、沢城さんが佐倉さんを庇わなくなったこと、とか」
「やめて」
「沢城さんが悪いわけじゃない。これは清水と、佐倉結菜が招いた結果だ」

 咄嗟に、耳を塞いだ。それでも久住くんは無理矢理私の手を剥がし、そして囁く。

「見ているだけでいい、何も責任なんて感じる必要はない。そうだろ、郁子」

 這い寄るような声だった。抗いがたい魅力を感じ、私は。