複雑・ファジー小説
- Re: 紫陽花手帖 ( No.7 )
- 日時: 2017/08/07 07:37
- 名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)
- 参照: 優しいひと
優しさ、という言葉の意味を履き違えているような気がした。
幼馴染みである彼女は、今現在付き合っている彼のことを「優しい人」と言った。それはただの惚気のように聞こえるけれど、真実を知っている私は、とてもそうは思えなかった。
「私、この間彼のスマホを壊してしまったんやけど、彼は怒らへんかってん。丁度買い換えようと思ってたとこやし大丈夫、って。ほんま優しい人やわぁ」
お酒に半分呑まれかけている彼女は、頬を赤く染めて嬉しそうに笑っていた。
私は1度、彼女のスマホを壊してしまったことがある。学生の頃、彼女の家で。毎年、夏休みはどちらかの家に1度は泊まるのが、私たちの当たり前だった。
そのときの怒り様はすごかった。私に喚き散らし、最後にはため息をついた。画面が割れたくらいならまだマシだったかもしれないけれど、運の悪いことに、彼女のスマホの電源がつかなくなってしまったのだ。しかも、彼女は最近そのスマホを買ったばかりで。怒るのも当たり前だった。
「スマホを壊したって、画面割れだけ?」
少し気になって、聞いてみる。
「ううん、電源もつかへんくなってた。申し訳ないことしたなぁ」
でも笑って許してくれたし、と彼女はまた笑う。それはおかしい、と私は思った。
人は大切なものを壊されたとき、怒り狂い、それを壊した張本人をひたすら憎む。スマホは現代において、人間にとってとても大切なものだ。無かったら、多分生活できないくらいに。
そんなものを壊されて尚、笑って許したということは、彼にとってそのスマホはそんなに大切ではなかったことになる。もしかして、それは偽物だったんじゃあないだろうか。彼女みたいに。
気づけば彼女は隣ですうすう、と寝息を立てていた。きっと、仕事で疲れていたのだろう。お酒が回って、寝てしまったらしい。酔っ払いは色々なタイプがいる。
1人になってしまった。けれど、私は少し安心してしていた。だって、私は彼女の言う彼と、付き合っていたのだから。
彼がスマホを2台持っているのは知っていた。1度何故、と聞いたところ、仕事の都合、と言っていたけれど、今思えば、そういうことをするためだとはっきりとわかる。なんて奴だ。
彼女用のスマホと、私用のスマホ。最後に彼に会ったとき、スマホは壊れていなかった。ということは多分、彼にとって、彼女は大切なものではなかったのだろう。少なくとも、私よりかは。
まったく。ため息が出る。そんな男に騙されてしまった私と彼女が馬鹿みたい。彼はもちろん、私たちが幼馴染みであるということを知らない。なんて偶然だろう、と思った。
彼が彼女とも付き合っている、と知ったのは1週間ほど前のことだった。彼女が恥ずかしそうに、「実は彼氏ができたん」と、実名を明かしてくれたのがきっかけだ。
私は彼女を傷つけたくなかった。初心な彼女は、彼氏ができたのはそれが初めてで。そんな彼女の初めての恋を、奪いたくなかった。
だから、私は彼を懲らしめようと思う。彼とは1週間ほど前、つまりは彼女とも付き合っていると気づいたときに別れている。とても一方的で、理由も明かさずに別れを切り出したので、彼は必死に私を引き留めようとしていたけれど、私は止まらなかった。
彼はそれなりの地位にいる人間だったので、まずは彼の浮気癖を周囲に露呈させようかと私は思っている。彼女が気づかないように。どうやって、かはまだ考えていない。けれど、きっとできるはず。
隣で幸せそうに寝息を立てている彼女の髪を、そっと撫でる。お酒の力を借りてもなお、暴言に近い会話を交わすことしかできない私たちは、きっと、お互いを大切に思っている。だからこそ、優しさ、なんて見せない。優しさとはそういうものだと私は思っている。
「……愛してんで、バーカ」
な。