複雑・ファジー小説
- 【一から始める妖道】 ( No.14 )
- 日時: 2019/03/08 21:18
- 名前: 塩糖 (ID: zxPj.ZqW)
捌【調子に乗って、名も乗った】
頭がガンガンするし、身体中に何かが這いまわるような感覚。いやこれは、這うどころか骨を伝っているのでは、とすら思うほど。それらは首元から肩、腕、お腹、指の先にまで浸透していく。馴染んでいく。
尻の辺りにも異物感が走る。これが十秒ほど続き、ようやく解消されると、その開放感からか気分が高揚した。
体全体にあった不快感は、フワフワと体を包む雲の鎧のような、心地の良い感覚に変わる。湧き出てくるのは万能感。
今ならば、なんだってできる。そんな気さえしてくる。
なんだかとっても、叫び出したい気分だった。この感情はなんだ。
コーンと、空に向かって轟かせたい。その時ふと体、背中辺りに何かがぶつかる感覚、それも自分の体の一部が当たったような気がし思考がそれ、そちらに手を伸ばす。
手を背中へとやれば、それは、そこそこの力強さをもってこちらの手を弾いた。
びっくりして首を曲げて後ろを見れば、見事な金色で先っぽが白くなった尻尾が一本、そこに生えていた。
何故に、と慌てて他に異常はないかと手をやたらめったらに身体中に伸ばしていくとふと、自身の頭に二つタンコブのようなもの……違う。と次の瞬間にはそれがなんであるかの想像がついた。
触るとモサモサとした獣らしい毛の触感がし、それが始に生えていた獣耳と同じようなものがあるということがわかった。
ちなみに本来の、人間らしい耳も横に生えている。耳が四つとは奇妙にもほどがある。
獣耳と尻尾を携えたこの状態。これは憑依成功と言っていいのだろうか、出来れば失敗であると信じたい。
『──成功ですよ、多分』
不意に、後頭部のあたりから骨に響くような声が聞こえ、思わず体を震わせた。声の主は始のようだ。
『あーあー、よしよし、聞こえますか? 軽く念じてみると会話が出来るんです。 聞こえてたら右手を握ってみてください 僕は左手を動かしてみます』
『うぉっ、びっくりした……これでいいのか?』
その声に従い、右手を握ったり開いたりを繰り返す。特に痺れももない、むしろ普段よりも好調なくらいだ。
その間、何も力を入れていないずだというのに、左手も同様に動いている……しかし、右手の動きと比べたら少しというか結構鈍い。なんというか、ぎこちないという言葉が当てはまる。
『あ、あれ……? 上手く動かせませんね……かけ方間違えたかな』
『おいおい、大丈夫なんだろうな……』
『うーん、まあここから逃げるだけですし、いい、の、かな……?』
また頭の中に始の声が響く、どうやら憑依されたはずだというのに、主導権の大半はこっちが握っているようだ。その状態に彼は納得いっていないようだがとにかく、体が動かせるというのは正直有り難いので詳しくは聞かないでおく。
視界は良好だ、それは近くにいるドチの表皮のボツボツ一つ一つまでを、特に見たいわけでもないのによくわかることからもちゃんとわかる。
嗅覚も向上しており、先ほどまでは分からなかったというのに、川から漂う不快なにおいに気が付けた。油が酸化し放置されたような……嗅いでいるだけで食欲をなくしてしまいそうなほどひどい匂いに思わず、顔を顰めた。
どうやら始の方も感じ取ったらしい。俺のそれよりもひどい拒否の感情を混ぜた声が漏れる。
『うえ、臭いが一段と酷く。さっさと離れましょう……』
『そうだな……もうドチも復帰してきそうだ——』
「──っと!?」
とにかく、早くこの場から離れようと考え、石橋の方に足を伸ばそうとした時、地面を蹴る足の力がやたらに強く、つんのめる。
それに慌て、もう片方の足を思いっきり地面に突き立て、体制を立て直しその勢いのまま走り出した。腕を振り回す形でバランスをとりつつ前に進む。
どうやら自分の想像以上に身体能力が強化されているようだ。あっという間に壊れた石橋の前にたどり着く。その勢いで壊れた橋の部分も楽々飛び越えてしまおうと調子に乗った時、強化された聴覚がそれを捉えた。
『──耳をふさいで!』
『わかった!』
何かが起きる、その予兆を感じ取った体は一旦足を止め、辺りを見回そうとした。始の直ぐ指示に従い、ほぼ無意識で──
手を顔の横に着けて自分の耳を守った。
『頭の上もです!!』
「あっ、やば——」
「────!!!」
爆音。
次の瞬間、辺りの空気全てを吹き飛ばしてしまうかのような怒声。声の主は間違いなくドチで、強化された頭の上の二つは、まともにそれを受けてしまった。
眼を見開き、体全身がドチの声に合わせて振動する。涙が出た。
鼓膜が破れてしまうかと思った程の一撃は、数秒ほどの余韻を残して過ぎ去る、あまりの衝撃に体の筋肉が固まってしまったと錯覚するほどうまく力が入らない。
「っの、やろぅ……」
『きょ、きょうれつですね……』
それを見て少し満足げにドチはこちらを向いて笑っているような気さえした。ひっくり返っているくせになんとも憎たらしい。
随分と勝ち誇った顔をしてくれおってと、なんだかむしゃくしゃとした感情がわいた。
一発、ドチの顔をひっぱたきたい。
──やればいいじゃないか
「えっ?」
『にんげんさん、はやく、にげましょう……』
黒々とした気持ちになった時、聞き覚えの無い声が響いた。思わず聞き返すも、帰ってきたのは始の声だけだった。
幻聴、だったのだろうか。
『っといけないな、すぐに逃げなきゃ』
身体に力がわいてくるせいか、こんな調子乗った考えすら浮かんできたか。自制し、ドチに背を向けてもう一度走り出した。
ドチはまだひっくり返ったままで、先ほどよりも動きは大人しくなっている。イタチの最後っ屁……どうせ逃げられるなら、と言う気持ちだったのか。考えても分からない。
ピョンと、石橋を簡単に乗り越え、川から離れ林道の方へと進んでいく。
俺たちは難を逃れることができたのだと、遠くなっていく川、そして深くなっていく林の匂いを感じ取りつつ、走り抜けた。
◇
俺が振り返り進むのを止めた地点を通り過ぎる頃には、とうに緊張感は抜け去っていた。
『ひー、ふー、みー、よっ、と。一先ずはこれで怪しまれないでしょう。妖力が少し回復してたというのもありますが、会心の出来です!』
「おお、ありがとう……なんかスースーするし、少し動きづらいねこれ」
憑依したままで移動したおかげか、一人で来た時よりも段違いの速さで進むことができる。
頭の中の始に対し、いつ頃憑依は解くのかと聞いてみると、いいアイディアが浮かんだらしくこのまま町に入ってほしいと返ってきた。
なんでも、俺を始が修行している尾獣堂、とかいう組織に拾われた新米妖怪だと言って誤魔化すそうだ。
流石に人間が堂々と町に入るのは面倒ごとが起きる可能性がある。ならばどうせ、短期間しかいないのだから、誤魔化している内にいなくなってしまおう、ということらしい。
今は俺の姿に獣耳と尻尾が生えている状態で、服装の方もたった今、憑依中の始が使った変化の術とかいう力のおかげですっかりと始とおそろいの白がベースの和服と赤の袴姿である。
和服は少々大きい気もするし、袴の方は少し短い気もするが、まぁいいだろう。始が着ていたような黒いインナーのサイズがやたら窮屈なのは……うん。
上半身の方の白地の和服の方はともかく、腰元から袴の方はスカートのような見ためをしておりなんとなく走りずらい。インナーもサイズが小さめなせいで本当に動きづらい。
すぐに慣れますよと、頭の中で軽快に笑う彼の声につられて、こちらも笑っているとようやく、町についたようだ。遠めに木製の建物が見える。
それを見て始は更に楽し気にこう言った、
『ようこそ、妖の町へ!』
『……』
『不安、ですか? ええっとこの後はとりあえず先に借りてあるはずの住居の方へ行って、その後師匠に今回の事に関する手紙を書いて──』
『いや、不安ではあるんだけどさ。憑依してるからなのか、ずっとテンションがおかしくてさ……なんとかなるだろって、調子に乗ってる部分もあって……すっごい不思議な気分なんだ』
早く妹が彷徨っている山へ戻る。その前に妖界を抜け出す必要がある。
他の妖怪にばれないようにしなくてはいけない。
いろいろと問題が山積みだというのに、先ほどもあった万能感。それが揺れる心を温めていた。先ほどは危うくバカをしそうになったことを思い出し、これに頼るのはまずいと言い聞かせつつ、こういう時は便利かもな、と独り言ちた。
『そうですか……と、そう言えばまだ名前聞いてませんでしたね、お聞きしてもよろしいですか?』
『え、ああそっか……教えてなかったか』
ずっと人間さん、と呼ばれていたのに気が付いていなかった。
そう言われると確かに、名乗ってなかったなと思ったあと、少し気恥ずかしい気分になりながら答える。なにせ、あまりに簡単で好きな名前ではなかったし、彼と被っているような気もしたから。
『俺の名前は一《まこと》、漢数字の一って書いて一《まこと》だよ』
けれど、今はこの名乗りがどこか誇らしい気もした。
【一から始める妖道】-終
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