複雑・ファジー小説
- 碌デナシども珍道中 ( No.43 )
- 日時: 2019/03/08 21:15
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: zxPj.ZqW)
第二音目【碌デナシども珍道中】
壱【渡る世間は鬼ばかり】
沈む、沈む。沼地に足をとられた時の様に重く、息苦しい。
だからこそ直ぐにわかる、これは夢なんだと。
たまに見てしまう、どうしようもない悪夢。
──夕《ゆう》、●はどこ?
短い髪を振り回し、もう少女に話しかけていた。その裾を握りしめ、話すまでは逃がすまいと夕と呼ばれた女の子を見上げる。
けれど、百は何も答えない。何を思っているのか伺おうとしても、黒い靄がかかりそれを把握することが出来ない。
はて、ここはどこだろうか。そう思い視界をずらすように、二人から逸らす。
部屋には少女たちを合わせて七人、畳に薄い布団を敷いて雑魚寝をしていた。
老朽化していると思わしき建物、大人たちは既に眠りについているのか、子供たちの気配しかしない。
──●は……ちょっと、お出掛けしてる。そうでしょ?
──……そう、だったな
長い時間を置き、もはや視界の片隅に茜色の髪だけが残った少女は、含みを持たせるようにそう言った。
敷かれている布団は八つ、内一つだけ、主がいないものがある。きっと、そういう事なんだろう。掴んでいた裾が手から離れる。
視界の主は立ち上がり、どこかに向かおうとする。
──ちょっと▼、どこいくの!?
──今度こそ、連れ戻してくる。
後ろで声が聞こえた。けれど歩みを止めず、部屋から出ようと彼は扉に手をかけ……、
◇
映像は途切れた。
「(……夕か、今の? なんか変だった気が)」
太陽が窓の格子の隙間から漏れ差し、網膜の裏側を刺激する。
それを受け、反射的に目をぎゅっとつむり、寝返りを打って逃れようとした。しかし倒れた先には、もさもさとした毛布が……獣臭く、少し肌に刺さる。
「……ん?」
想定外の臭いに思わず目を開けると、眼前にあるのは黄色の毛の塊、尻尾だ。
尻尾枕なんて小粋じみたものではなく、本物の獣の尻尾である。
なぜこんなことになっているのか、寝起きでまだ十全に回っていない頭で考え……思い出し、軽く溜息をついて上半身だけ起こし、その先にいる彼の名を小さく口にした。
「どうすりゃ寝てる間に一回転すんだよ、始……」
「ふふふぅ……油揚げ食べ放題とはなんともよきひびき……」
飽きるだろそれ絶対、という突っ込みを入れつつ、自身に掛けられていた薄い掛け布団を剥がし、そのまま始の顔に乗せてみた。心なしか彼の声が少し苦しげになった気がする。
「ぐっ! …………ぐぅ」
「随分疲れてたんだな……そりゃそうか」
昨日、憑依したまま町に何とか入り込んだ俺たち。当初、始が泊まる場所として、彼の師匠が借りておいた一軒家、町の外れにある木造小屋で寝泊まりをすることになった。
家に案内してくれた妖怪の町のご意見番、確か大座頭だったか、を名乗る人に軽くお礼を告げ一人、もとい俺たちだけになったことを確認するとようやく始は憑依を解き、畳の床に座り込んだ。
家の中には事前に荷物、食料や衣服、銭などが届けられていたようで、家の中にもかまどや囲炉裏が用意されていた。
それを使って簡単なご飯を用意——とはいえそれの使い方がわかるであろう始は足を負傷していたので、始の指示を俺が受けてという形でだが——し、さっさとそれを腹の中にいれるとすっかり二人とも眠気が限界に達し、ひいた布団一枚に倒れ、朝を迎えたのであった。
「ふぁ、あぁ……眠い」
寝に入った時間から考えて、八時間近くは寝たであろうに、未だ瞼は重い。
なんとなく顔を洗いたくなり、無意識に水道を探してしまうも、ここは共用の井戸から水を汲んでくるシステムだったことを思い出し、少しへこむ。
憑依を解いた後は憑依中の高揚感の反動か、やたら周りが恐ろしく感じ、コメを研いだりするのも周りに妖怪がいないかを確認してから慌てて、という形だったことを思い出す。
井戸の近くには洗い場、野菜だったり米だったり衣類だったりが区分けされて、水が流れる場所があった。その時は幸いにも妖怪がいなかったのでさっさとすませたが……つい始を起こそうとした左手に気が付き、意識して止めた。
始はかなりの期間山で彷徨っていたと聞く、そんな彼が気持ちよさげ(今は顔に布団が被せられているが)に寝ているのを邪魔をしたくはない。
また、そのうちいやでも妖怪に慣れなくてはいけない。ならば洗顔ぐらい出来なくてはどうする、そう奮起して立ち上がり、始の荷物から借り受けた衣類を整えた
「なんだっけこれ……ええっと、近場の時は羽織はいらないんだっけか」
化学繊維で作られた服脱ぎ捨て、麻で編まれた着物。就寝時に帯をほどいていたので、もう一度結ぼうとし……苦戦を強いられた。
一応着方の指導は借りた時に受けていたが、そう簡単には慣れず、なんとも微妙に、着崩しているような状態になってしまった。
……まぁ、問題はない。
そのまま足袋を履き、草履の鼻緒を親指と人差し指で挟むように掴む。
やはりこれも慣れないが、人間だと思われないためにもこういったことにも慣れないといけないだろう。
返そうとしたがやんわりと拒否されてしまったお守りの紐を首にかけ、胸元に忍ばせ、ゆっくりと扉を開き……ビクともせず、引き戸だったことを思い出して外に出た。
家を出て、三歩で転びかけたのが誰にもばれなかったのはとても幸運だ。
◇
「あらやだ新しく入ってきた子じゃないの、朝からちゃんと起きれて偉いわね~」
「あ、ありがとうございます」
「尾獣堂の人、って聞いたからどんな人か怖かったんだけど……なんだまだ子供じゃないの、ねー奥さん」
「あらやだ、もしかしたら見た目だけで本当は何百歳と生きているタイプかもしれないじゃない、そういう風に見た目だけで判断したら迷惑よぉ? そういえばおいくつなの?」
「え、えっと14歳です」
「あらやだ本当に子供じゃない、だとしたら可愛い子には旅をさせよってやつかしら」
「やっぱり尾獣堂って教育も凄いのねぇ」
「さ、さーどうなんでしょう……」
着物を着た骸骨、緑色だったり赤だったり、或いは骨格からして人間ではなかったり、それらが人と同じ言葉をしゃべるのだから頭は混乱が続く。
見渡すばかり、人外だらけ。
悲しいことに、世界は無情であった。ただ顔を洗いに行っただけだというのに、朝早くから井戸端会議をしていた女性(?)の妖怪たちに捕まり、もはや逃げられぬほどに囲まれていた。
どうやら、尾獣堂の新入り妖怪という話自体は伝わっていたらしく、それが朝寝ぼけた顔でやってきたのだ。会話のネタとしては上等すぎたのだろう。迂闊すぎた。
「昨日色々話したでしょうけど、大座頭のじいさんのの言うことは話半分で聞いておきなさいよ~? あの爺さんなんでも大げさに言うから」
「あれ、そういえば昨日遠目で見た時は狐の尻尾と耳が生えてたのに……今日はないのね」
「あーえっと、それは……変化の修行ということで、普段は隠しておくように厳しく言われていて」
「ちゃんと食べてるの? まぁ昨日私は6日ぶりに食事したんだけど」
「そりゃお宅は骨女だからでしょうに。食べると言っても骨に良い水を時々浴びるだけじゃない、細身で羨ましぃーわー」
「狐の妖怪って油揚げが好きっていうけど、ほんとは揚げたネズミに目がないって聞いたけどほんとなの?」
「ね、ねずみ? いや、えっと──」
「──油と言えば近頃高いわよね、誰か菜の花畑を荒らしたのかしら」
「アラヤだ奥さん最近はなんでも高いわよ。聞いた話だと川の水が汚染されたせいなんですって。昨日なんてそこの川で巨大なドチが襲ってきた、なんて話も」
「あぁけど、その話を聞いて飛んでった烏天狗たちによれば凶暴なドチなんていなかったーって話じゃない、けど石橋自体は壊れていたから別の妖怪の仕業かもーだなんて」
「怖い話よね、ああそういえば聞いた? 最近変な妖怪が──」
いや、もう完全に自分の事なんて関係ない話が展開されているじゃないか。
帰りたい、そう強く願うも、逃げることが出来ず、結局このままどんどんと時間は過ぎ去っていく。
ああ、渡る世間は妖ばかりだ。
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