複雑・ファジー小説

第一音目【一から始める妖道】 ( No.6 )
日時: 2019/03/07 22:02
名前: 塩糖 (ID: zxPj.ZqW)

参【気が付かなかった】



「やー、助かりました本当に! 師匠から貰った地図が間違ってたみたいで……気が付いた時にはもう道に迷ってしまっていて」
「そ、そうなんだ」

 いやー参った参ったと言わんばかりに、彼は片手で後ろ髪を掻くしぐさを見せて笑う。
 十時間ぶりの食事と言えど、流石に羊羹の無駄遣いをするわけにはいかず、追加の羊羹は無し。狐耳の男の子が二個、俺が一個のみの寂しいものであったため、直ぐに終わってしまった。
 気まずさからか、それとも単に罪悪感というものもないのか、食べ終えた男の子が軽く話しかけてきた。恐らく様子からして後者なのだろうとは予想が付いた。

 いや、襲おうとした相手にそれはどうなんだ……と少しのイラつきから無視することも考えた。が、流石に元気を取り戻している相手をわざわざ挑発してもしょうがないと思い、一応の言葉を返す。

「あっそうだ、まだ名乗ってもいませんでしたね失礼しました……。僕──じゃなかったすいません、私は尾獣堂の一尾、|始《はじめ》といいます。見たところそちらは……?」
 
 先ほどまでの衰弱ぶりはどこへやら、すっかり元気を取り戻した彼は立ち上がり名乗ってきた。
 服についた土を払い、始と名乗った少年。ゆらりと黄色のしっぽを揺らしてこちらの顔を覗き込んでいる。その顔が、どうにも「弟たち」と触れあっているような感情にさせて思わず一歩後ろに下がった。

 いきなり「一尾」という単語が出てきたこともそうだが、こちらの素性を探られていることもこちらを混乱させる。人間ではないことなんてわかってはいたが、本人から言われるとやはり驚くものだ。
 なんと答えるべきか、頭がまとまらない。

「あーえーと、俺は」
「──人間のようですね、とても珍しい」
「っ!」

 誤魔化しが効かないどころか、喋る前に言い当てられてしまったことが更に頭の中を混乱に陥った。
 数瞬ばかり、一尾が人間のような体を持っていたことから、一目では分からないかもしれないと希望を持ったのだが……、普通にばれてしまう様だ。
 バレたらどうなる、先ほどの続きが始まるのか。そんな不安も沸いて、少したじろいだ。 
 そう考えていたのが表情でも分かったようで、始は苦笑しながら答える。

「いや、流石に助けられたのに食べようとするほど厚顔無恥では……それと、見た目だけならまだしも服装が明らかに『こっち』の物とは違いますからね……」

 そう言って始は俺の服装を指さした。仮に彼の和を彷彿とさせるような服が彼らの基本ならば、確かに浮いてしまうかもしれない。
 そんな簡単なことだったこともあり、不安が薄れる。

「そ、そうなのか」
「ところで、人間さんは一体全体何の目的でこんなところへ?」

 こちらの警戒が解けたことに気が付いたのか、彼の顔に喜色が増した。そのまま、彼はまた質問をぶつ
けてくる。

「(……別に話しても問題はないか)」

 しゃべろうかしゃべらないか少し迷うも、先ほどの始の所作から警戒心を解いていたのもあり、正直に話してみることとした。

 ピクニックに出かけたら妹がいなくなってしまった事、夜の山の中、妹を追いかけていたらいつのまにかここで倒れていたことを打ち明ける。
 それを聞くと、始は困ったように首を傾げ後、手を顎に当て考えるそぶりを見せた。

「ふむ、そんな感じで簡単に入れるほど結界は甘くないはずなのですが——」
「結界? そもそも、いったいここはどこなんだ?」

 ポツリと零した単語が気になり、少し食い気味に尋ねた。思わず一歩踏み込んで、手を伸ばせば彼の頭に届くほどに近づいていた。

「むむっ? あーそこからですよね。そうですねー説明したいのですが……」
 
 そう言って彼は空を見上げる。既に太陽らしきものは中天を過ぎていた。

「そろそろ移動しないとまたこんな林道の中で夜を過ごさねばならないので歩きながら行きましょうか」
「そう、だな……」

 こちらの問いに少し困ったそぶりをしながら、始はしゃがんでいるこちらに対し手を伸ばした。
 なんとなくだったがそこに悪意はない、罠ではないことがわかる。
 だがまだその手を取ることは恐くて、俺は自力で立ち上がった。





 目の前で狐の尻尾がずっと揺れている。そんな様子を見ながら歩く。
 林道はあまり整備されているとはお世辞にも言えず、仮に自転車や車などがあったところでこんな道は通れないだろうな、と息を切らしながら考えていた。

 昨日のピクニックの時の山道とは違い、体力の消耗が激しいのを大いに感じた。そんな俺を、始は心配そうに首を後ろに向けて確認している。
 しばらくすると左側から川が流れる音が聞こえ始め、そう時間はかからずに川に沿った道に合流することができた。始が言うにはもう少し下っていけば町が見えてくるらしい。

「(妖怪の町、か……)」

 川の様子はかなり穏やかで、水もかなりきれいに見える。少し目をやっただけで魚が泳いでいるのが見えるくらいだ。どことなく、心が穏やかになるのを感じる。
 それ故に、これから向かっていくのが死地になるかもしれないと思うと更に足が重く感じた。

「簡単に言えば、人間さんが普段いる世界が人間界、こちらは私達妖怪たちが住まう妖界ようかい、この二つの世界は結界が貼られていて、簡単に行き来することは不可能のはずなんですよ」

 こちらに顔を見せて後ろ向きに歩く始は常識のようにそれを言った。いや事実、妖怪たちの中でそれは常識らしい。
 不意にその目が軽く光を帯びる。

「この結界を行き来できるのは妖怪のみで、通るにしてもに中々妖力を奪われてしまいますので……まず人間さんにはその妖力自体ありませんからね」
「その、妖力ってのは? なんとなくは分かるが(漫画とかでよくある奴とかか?)」
「では、少しお見せしましょう」
「?」

 妖怪の存在に妖界と人間界、そして妖怪しか通れないはずの結界。
 頭の中を整理しつつ、聞きなれない言葉について尋ねてみれば、始は左手の人差し指をピンと自身の目の前に立てて見せた。

「──一 ー《ひー》、二《ふー》、三《みー》、四《よっ》! と」
「うわっ!」

 火が灯った。
 こちらが首をかしげていると、いきなり彼の指に消しゴムサイズほどの火の玉が現れたのだ。
 その色は青白くガスの火とはまた違った圧を発していた。火はすぐに消され、少し自慢げな始が訪ねてくる。少々うざい顔だ。

「ふふん、どうです? 狐火ってやつですよ」
「す、すごいな魔法みたいだ」
「正確には妖術っていうんですけどね。こんな感じでいろんな現象を起こすときに必要な力なんですよ」

 そんな力があれば、今頃人間界は大騒ぎだろうなと思った。
 なるほど、確かに結界とやらを通る際にそんなものを支払う必要があるのであれば自分や妹は通れるはずもない。

 ならば何故……そう考えている内にどうやら林道から抜け出せたようで、川幅もいつのまにか広がり、足元は小さな石が積み重なってできた道が広がっていた。

 やはり空気はおいしいし、水も相変わらずきれいである。その景色に若干の感動を覚えていると始はまた少し笑いながら言った。

「さ、あと少しで町が見えますよ。もう少し頑張りましょう」

 その顔に、どこか焦りが見て取れた気がした。



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