複雑・ファジー小説
- Re: 炎船ナグルファル ( No.1 )
- 日時: 2017/09/14 19:23
- 名前: ももた (ID: q9W3Aa/j)
第1章:草原の遺産『ガルム』
少年は野を駆ける。獣のように毛皮で覆われ、筋力の発達したその足は、一蹴りで常人の3倍は進むことが出来るだろう。障害物のない草原でも、獲物を捕らえることが出来るように、彼らグラン族の足は発達しているのだ。
しかし、今、彼が走るのは狩のためではない。早く会いたい人がいるからだ。
「よう、リーフェン!今日もお前の船を見せてくれよ!」
「バル!?また来たのかよ……」
バルという少年は、町外れに停泊している飛空挺に遊びに来ていた。そこの主人リーフェンは、とても歓迎とは言えない態度をとっていた。彼女が歩くたび、その耳が揺れる。彼女は、ウサギのように長く垂れ下がった耳を持った、バルド族だ。バルド族は通常、風通しの良い東洋系の服を着る。しかしリーフェンは、コルセットにジャケット、目深にかぶったキャスケットと、西洋風な服装をしていた。
ここは草原の国プレリオン。草原の民グラン族が住む国だ。狩猟・牧畜中心の国家で、動物の皮などで壁を作った、背の低い家屋が立ち並んでいる。そこそこ栄えている街でも、住人のほとんどは家畜を持っており、皆、広大な土地でのびのびと生活できるのがこの国の良いところだ。
リーフェンがこの草原の国プレリオンにやって来たのは1週間前のこと。彼女は考古学者で、プレリオンの『遺産』について調べに来たらしい。『遺産』とは、何百年も昔に滅んだ文明『アーセナル』の遺物だ。世界五カ国の遺跡に、それぞれが眠っている。
ただでさえ飛空挺が珍しいのに、バルド族のくせに洋服を着ていて、リーフェンの存在はたちまちプレリオンで噂になった。周りのものが敬遠する中、バルは好奇心が勝って毎日のようにリーフェンの元へ遊びに来るようになった。
「私は買い出しに行くから、勝手に見ていろ。私の寝室と、本棚には近寄るなよ?」
「何回も聞いたよ!行ってらっしゃい!」
バルは飛空挺の窓から大きく手を振った。リーフェンは煙たそうにしながら街へと向かう。バルド族の足では、帰って来るまでに時間があるだろう。見るなと言われるほど見たくなる心理が働く。バルは今日こそ寝室と本棚をのぞいてやろうと思った。
しかし、ことはそう上手く運ばない。リーフェンの寝室は鍵が掛かっていた。仕方なく、本棚のある操縦室に向かう。
操縦室は、飛空挺の一番前方にある部屋だ。大きな窓からは、プレリオンの広大な草原が一望できる。操縦室後ろ寄りに取り付けられた本棚は、部屋の大きさに合わせてこじんまりとしていた。バルは本棚をざっと眺める。やはり、考古学者だからか、歴史書が多数を占めている。
バルはその中に、使い古されたノートを見つけた。黒い革表紙はボロボロにめくり上がり、年季の入ったインクの匂いがする。バルは慎重にそれを本棚から引き抜くと、操縦席に座って読み始めた。
中に書かれているのは、年表のようなものらしかった。おそらく男の字で書かれている。言葉は自分たちが使っているものより古く、バルは頭を捻らせた。
「なんだこれ?〈鍵…の誕生〉〈……戦争〉〈新しい……の成功〉……意味が分かんねぇ」
読み進めて行くと、筆跡が変わっていった。複数の人によって書かれているらしい。バルは途中を読み飛ばし、最後のページで手を止めた。ここまで来ると、バルでもはっきり読める。
「なになに?〈最後の遺産『ナグルファル』の完成〉それから……〈聖女の襲撃により、アトランティス滅亡〉!?」
年表はそこで止まっていた。バルはノートを閉じ、それを本棚にそっと戻した。同時に階下から扉の閉まる音がした。ちょうどリーフェンが帰って来たらしい。バルは動揺がバレないように気をつけながら、リーフェンを迎えに出た。