複雑・ファジー小説
- Re: 炎船ナグルファル【第1章 完】 ( No.13 )
- 日時: 2017/09/14 12:02
- 名前: ももた (ID: q9W3Aa/j)
第2章:森の遺産『ヨルムンガンド』
草原の国プレリオンを出発したリーフェンとバルは、次に森の国シャロン=ウッドを訪れた。遺跡があるのは、国のはずれだった。しばらくは、近隣の小さな村を拠点にすることになるだろう。
シャロン=ウッドは、採集・農耕が中心の国家だ。スコールの起きやすい熱帯雨林で、森の中には、高床式の住居が立ち並び、その間をバルド族の人々が行き来している。皆一様に、風通しの良さそうな民族衣装を着ている。
着いて早々、バルはその蒸し暑さに驚いた。
「何これ、すごく暑い……」
バルが呟くと、リーフェンも不快そうに答える。心なしか、顔色も悪い。
「気温は高くないが、湿度のせいで……少し……苦し……」
ドサッ
突然リーフェンが倒れた。バルは慌てて駆け寄る。
「リーフェン!?すごい熱だ、大丈夫!?」
リーフェンは、バルの腕の中で、荒い呼吸をしている。ひどく汗をかいていて、健康状態が悪いのは一目瞭然だ。
「リーフェン!どうしよう……病院は……」
「おめー、さっきからうるせーアル」
突然、後ろから声がした。振り向くと、少年が立っている。おそらくバルより年下だろう。黒いぶち模様の耳を持ったバルド族だ。
「君は誰?一体どこから……」
「おいらは、ポーランっていうアル。ドアが開きっぱなしだったから、勝手に入ったアル。声が聞こえたから、様子見に来てやったアル」
バルは、風を通すためにドアを開けていたことを思い出した。加えて、バルド族は五感に秀でた種族である。耳なれない音が聞こえたので、気になって来たのだろう。
「ポーラン、この辺りに医者は?」
「小さな村だから、いねーアル。でも、当てがあるアル」
ポーランは立ち上がると、飛空挺を降りようとする。バルはドアに鍵をかけて、リーフェンを背負って連れ出した。
「治せるかもしれねーアル。ついてくるヨロシ」
***
バルは、リーフェンを背負ったまま、ポーランの後をついていく。ポーランは村を通り抜け、遺跡と反対側の方角へズンズンと進んでいた。
途中、すれ違う住人たちの視線を感じた。グラン族が珍しいのか、皆こちらを見ている。
「こんな田舎によそ者が来たんで、皆びっくりしているだけアル。今は、ライラの所へ行くアル」
「ライラ?」
この辺りでは聞かない名だったので、バルは聞き返す。
「この辺りでは、一番長く生きてる人アル。物知りで、困ったことがあったら、皆ライラを頼るアル」
バルは、ヨボヨボの老婆を想像した。そんな人を頼って大丈夫なのかと不安になる。そんなことを考えている間に、目的地に着いたらしい。
バルは息を飲んだ。バルド族の木造住居とは違い、それは石造りの豪邸だった。大きな屋敷を、庭園の花々が取り囲んでいる。
ポーランは先に敷地に入り、扉を叩く。
「ライラ!お客さんアル!」
「客じゃないよ、患者だ!」
バルが訂正すると、ポーランは舌打ちをした。先ほどから思っていたが、バルド族というのは、どいつもこいつも態度が悪い。
「分かったアル……ライラ!お客さんとうるせー患者アル!」
「俺は病気じゃねぇ!!」
バルが突っ込むと、ポーランは素知らぬ顔をしている。そんな問答をしていたら、扉がガチャっと開かれた。
「どちら様でしょうか?」
出迎えたのは、クォーツ族の女性だ。綺麗な顔立ちだが、顔や腕に鱗がある。人間で20歳くらいだろうか。
森の国にクォーツ族が住んでいることに、バルは驚く。クォーツ族は宝石が好きと聞いていたが、その女は質素な服装をしていた。
「こいつら、村はずれの飛空挺の奴アル。シェラ、ライラにこの女を診て欲しいアル!」
シェラと呼ばれた女は「かしこまりました」と答え、中に案内してくれた。
ポーランの話では、この家は『砂の館』と呼ばれているそうだ。住んでいるのはライラという女性と、その召使いのシェラの2人だけ。しかしその館は、2人で暮らすにはあまりに広いと感じた。
シェラは二階に上がり、ある扉の前でノックをした。
「奥様、病人が運ばれて参りました」
「分かったわ。開けて差し上げて」
シェラはガチャっと扉を開く。そこで彼らを迎えたのは……
「グワッ!」
……アヒルだった。見知らぬ人に警戒しているのか、アヒルはグワグワとけたたましく鳴く。
「静かにしなさい、サマルカンド!カモ鍋にして食べてしまうわよ!」
「グワワッ!?」
その声に一喝されると、アヒルは大人しくなった。大層にも、サマルカンドという名だそうだ。
「ライラ、そいつはアヒル アル。北京ダックにするヨロシ」
ポーランが声をかけた人物は、シェラ同様クォーツ族の女性だ。シェラとは違い、腕輪や帯など、いたる所に貴金属や宝石を散りばめている。この女が主人であるようだ。
年は、リーフェンとさほど変わらないように見える。ポーランは、彼女がこの辺りでは一番年上だと言っていたが、バルはすぐに納得した。クォーツ族は寿命が250年ほどもある、長寿の種族だからだ。
「病人がいるそうね。そこのベッドに寝かせてあげて」
ライラは、部屋にあるベッドを指差した。バルはリーフェンをそっと下ろす。意識が朦朧としているようだ。ライラはすぐに、バルと場所を変わる。
「症状が出たのは何時くらいかしら?」
「ついさっきだよ。プレリオンから来て、シャロン=ウッドに着いたら、急に熱が出てきて……」
ライラはリーフェンの症状を調べるため、顔まわりを触る。一瞬、ライラは電流が走ったように硬直した。
「ごめんなさい、診察するから、皆外に出てくれるかしら?」
ライラは作り笑顔を浮かべると、そう言って振り向いた。バルは不安に思ったが、ポーランに急かされ、ライラにリーフェンを預けて部屋を後にした。