複雑・ファジー小説

Re: 炎船ナグルファル ( No.4 )
日時: 2017/09/14 19:22
名前: ももた (ID: q9W3Aa/j)

「おかえり、リーフェン」

「おかえりって……これはお前の家じゃなくて、私の船だろ?」

リーフェンは足でドアを開けながら中に入る。両手に抱えた荷物を、机の上にどかっと置いた。保存食の干し肉に、何本もの瓶が机に並ぶ。

「この国は食材のレパートリーが少なくて困るな……」

食材を保存庫に移しながらリーフェンが愚痴る。

「そんなことないぞ!牛肉に、鶏肉に、羊肉に、馬肉も揃ってる!」

全部肉じゃないか……と、リーフェンは呆れた。あらかたしまい終わると、買って来た馬乳酒を一本開けて、直接口をつけて飲む。口の中に酸味が広がった。

「いーなー。俺にも一本くれよ!」

「おまえ、まだ12歳だろ?」

「もう12歳だ!」

確かに、グラン族は成長が早いので、12歳と言えば身体は十分に成熟している。馬乳酒もアルコールの強い酒ではないし、飲めないことはないが……

「まだミルクにしておけ」

リーフェンは、別で買っておいた馬乳を差し出した。バルはぶつくさ文句を言いながらも、出されたものは遠慮なく手をつけた。

バルは無意識のうちにリーフェンの顔をじっと見る。

「なんだ?」

「ううん、なんでもない……」

一瞬、本棚を見てしまったことがバレたような気がして、心臓が縮こまった。しかし、特に何も気がついていないリーフェンの様子を見て、安堵する。

「……なぁ、リーフェン。この国には、いつまで居られるんだ?」

「さあな。『遺産』の調査が終わるまで、当分は居るんじゃないか?」

「適当なんだな」

リーフェンはふんと鼻を鳴らし、馬乳酒を飲みきった。空き瓶入れに、空になった酒瓶を放り込む。

「『遺産』って、何なんだろうな」

ふと、バルが呟いた。リーフェンは少し驚いたような表情でこちらを見る。バルは、失言だったかと、内心ドキッとした。しかし、リーフェンは穏やかな声で

「だから、それを調べるんだろう?」

と答えただけだった。その言葉にわずかな揺らぎを感じたのは、彼女にも隠し事があるからなのかもしれない。居心地の悪さを感じたバルは、馬乳を飲みきると、また明日出直すことにした。


***


歩いて家に帰ったため、ついた頃には夕飯時になっていた。近隣の家々からも、美味しそうな匂いがする……どれも肉の焼ける匂いではあるが。

家のドアを開けると、大柄な男がキッチンに立っている。筋骨隆々の壮年で、足はバルと同じく虎である。

「遅いぞ、バル!俺が1人で食べちまおうかと思ったぞ!」

「ごめん、伯父さん」

伯父は丸焼きにした動物の肉を食卓にのせる。やや原型を留めているそれは、兎肉であるらしい。一瞬ではあるが、あのバルド族の耳が脳裏をよぎった。

「またあの女のところに行ってたのか?悪さでもされてねえだろうな?」

「大丈夫だよ。ていうか、俺が何かされる側なんだ……」

苦笑を浮かべながら、バルは席に着いた。食欲旺盛な男二人の皿は、見る見る間に骨だらけになっていく。食事の手は止めずに、バルは伯父に話しかける。

「なぁ伯父さん。『遺産』のことについて何か知ってる?」

「『遺産』か。まあ、伝承みたいなもんだが……昔、世界を支配していた『アーセナル』って文明が滅んで、残された『遺産』を5人の聖女が各地に封印したって話だ。遺跡には、『遺産』を守る聖女たちが共に眠っているらしい」

「聖女?」

「よく知らねぇが、美人なんじゃないか?」

今聞いているのは、そんなことではないのだが……と思いつつ、バルはもも肉にかぶりついた。1番食べ応えがあって、味も美味しいところだ。

「じゃ……アトランティスって知ってる?」

「知ってるぞ。今は絶滅したオリジン族の住んでいた、海の国だ。100年ほど前、とんでもない自然災害で、一夜にして滅んだらしいが……」

伯父は小骨を爪楊枝がわりにしながら、天井を仰ぎ見る。すると、何かを思い出したようだ。

「そういや俺の祖父さんが、アトランティスが滅んだ前の晩、遺跡から地響きがしたとか言っていたな。つっても、祖父さんもそのまた祖父さんから聞いたとかで、嘘か本当かは知らねぇが」

バルは食事の手を止めて、少し考えた。確かノートには、聖女がアトランティスを滅ぼしたという記述があった。遺跡から地響きがしたというのは、嘘ではないのかもしれない。

その夜、考え事をしすぎたせいか、バルはなかなか寝付けずにいた。

Re: 炎船ナグルファル ( No.5 )
日時: 2017/08/22 19:42
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

暗闇の中、少女は目を覚ました。背伸びをしたり、あくびをしたりといった人間らしい反応はない。すくっと上体を起こし、ピタリと静止した。

「起動」

どこか人間離れした声で唱える。すると、少女の両目に赤い光が宿った。

「危険因子反応を確認。コード『アーセナル』に基づき、迎撃を開始します」

***

飛空挺内設のシャワーを浴びたリーフェンは、タオルを頭にかぶせたまま寝室に戻った。部屋の壁には、6枚の図絵が貼られている。それらを睨みつけながら、リーフェンはベッドに腰を下ろす。彼女の短い髪は、タオルでバサバサと拭くとすぐに水気を失った。タオルを洗濯カゴに放り込むと、昼間と同じキャスケットを被る。

「聖女……か」

皮肉っぽくリーフェンは呟いた。世界の大半は、彼女らを大戦争を終結させた女神か何かと思っているらしい。

「だとしたら私は、神への冒涜者だな……」

リーフェンがそろそろ横になろうかと思った時、部屋の中でカタカタという物音が聞こえた。

***

ズシン……ズシン……

不審な物音でバルは目を開けた。もともと眠りについていなかったので、目が冴えている。その音は、遺跡の方角から聞こえていた。バルは窓に近寄り、音の聞こえた方へ顔を向けた。すると……

アオォォォォォォォォォォォォオン

バルは目を疑った。月明かりに照らされたソレは、自然界に存在するとは思えない代物だった。

バルの家の何倍もの大きさがある、狼の影だ。

「伯父さん!起きて!遺跡の方から何か来る!」

バルは急いで伯父の寝室に向かった。無理やり揺すり起こすと、悪態をつきながら体を起こしてくれた。

「ウルセーな……便所くらい一人で行けるだろ……」

「ふざけてる場合じゃねぇんだって!早く外に出てくれ!」

バルが騒ぎ立てているうちに、他の住人も目を覚ましたらしい。家の外から悲鳴が聞こえ始める。ようやくただ事ではないと理解してくれた伯父は、外套とランプを手に外に出る。そしてバルと同じようにその姿を目の当たりにし、言葉を失った。

「逃げろ!遺跡と反対の方角へ走るんだ!」

誰かが叫んだ。それを皮切りに、街はたちまちパニックになる。バルと伯父は、周りのまだ目を覚ましていない家々を周り、皆に危機を知らせた。足の悪い老人や、まだ歩けない赤ん坊には、家畜の馬を放ってそれに乗せる。

「バル!ここは俺に任せて、お前もそろそろ逃げろ!」

「嫌だ!まだ全部回っていない!」

伯父と問答をしていると、不意に黒く大きな影が街の上を通過した。リーフェンの飛空挺だ。

「リーフェン……?遺跡に向かっているのか!?」

『遺産』、地響き、〈アトランティス滅亡〉……バルの脳裏を、様々な言葉がよぎる。

(まさか……次はプレリオンの番なのか……?)

最悪の事態を考えついてしまった時には、バルの足は動いていた。伯父の呼び止める声も虚しく、風のように人の波を走り抜ける。バルは逃げる人々とは反対の方向に、遺跡の方角へと飛んでいく飛空挺を追いかけた。

Re: 炎船ナグルファル ( No.6 )
日時: 2017/08/25 15:40
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

街は静まり返っていた。住人たちは皆、町を離れたようだ。男は、遺跡の方角を見て立ち尽くしていた。

不意に、蹄の音が聞こえた。街の奥から、黒馬に乗った2人の人影が見える。向こうも男に気がつくと、馬を男の側に止めた。

「スール!何をしている。もう他に住人はいないぞ。お前も逃げろ!」

男の狩り仲間である、獅子足のアルスランだった。彼の懐には、彼の妻が抱えられている。

「甥っ子が遺跡に向かった。あいつに何かあったら俺は……弟に顔向けできねぇ……」

遺跡へ足を踏み出そうとするスールの肩に、アルスランは手を置いた。少し痛いぐらい、その手に力が込められる。

「それでお前が死んでみろ。バルは帰る場所を失うぞ?」

スールは悔しそうに歯噛みした。確かに、アルスランの言う通りかもしれない。

「きっとバルだって、無鉄砲に突っ込んでいる訳じゃないさ。丁度、あの飛空挺が飛んで行くのが見えた……今は生き延びて、あの子が帰ってくるのを待とう」

ようやくスールも折れたようだ。大人しく、遺跡に背を向けて走り出した。アルスランはしばらく、スールの背中を見つめる。アルスランの妻は、傍でずっと不安そうな顔をしていた。彼女の表情に気がつくと、そっとその髪をなでる。

「そんな顔するな。お腹の子に障る」

アルスランは馬の腹を蹴飛ばした。馬はいななきを上げ、走り出す。アルスランたちも、バルの無事を祈りながら、街を離れていった。



***



リーフェンは、全速力で飛空挺を飛ばした。まっすぐ遺跡へと舵をとる。途中、遺跡に巣を作っていたであろう鳥たちが逃げてきた。まるで黒雲のように群れをなすそれらに、視界を遮られる。

「くそっ!」

リーフェンは悪態をつき、眼下を確認する。幸いにも、プレリオンの家屋は低い。これなら高度を下げても大丈夫そうだ。

高度を下げても尚、視界にかかる鳥たちを鬱陶しく思っていると、ようやく市街地を抜けた。更に高度を下げ、機体は完全に鳥の群れから自由になる。

そうして低空飛行を続けていると、今度は眼下に困ったものが見える。この異常事態に、あろうもことかその姿は、飛空挺にも劣らぬ速度で遺跡へと向かっていた。

「何をやっているんだ、バル!?」

リーフェンはコックピットの窓を開け、腹の底から叫ぶ。エンジン音にもかき消されず、その声は届いたらしい。

「リーフェン!ごめん、俺、約束を破って本棚のあのノートを見たんだ!」

並走しながらバルが叫ぶ。リーフェンはその言葉が耳に届くと、目を見開いた。怒りやら、後悔やら、よく分からない感情でしばし混乱していると、バルが続けて口を開く。

「あれから自分で少し考えたんだ。聖女が『遺産』を守ってて、その聖女のせいでアトランティスが滅んだ。アトランティス崩壊前夜、遺跡で動きがあった。それをつなげて考えると、あの化け物は……」

バルが答えを言おうとするより早く、リーフェンが答える。

「そうだ。あの巨大な狼の名は『ガルム』……かつてアトランティスを滅ぼした『アーセナル』の『遺産』の1つだ」

やっぱり……バルは内心呟いた。リーフェンの目的は『遺産』を調べることではない。彼女はすでに『遺産』の正体を知っていたのだ。

「……それで、なんでお前がここにいる?」

リーフェンが問いかける。

「聖女は……『遺産』は、プレリオンを滅ぼすつもりなのか?」

リーフェンは少し間を置いて答える。

「……可能性があるだけだ」

リーフェンは慎重に言葉を選んだ。まるで、事態がそこまで深刻では無いように装って。バルがここで引き返してくれることに、わずかな望みをかけて……

「俺も行く!乗せてくれ!!」

リーフェンは、ため息をついた。数日共に過ごしただけでもわかる。バルはこういう奴だ。諦めて、自動操縦に一旦切り替える。そして、昇降口を開けて、バルに手を伸ばした。

「死んでも、後悔するなよ?」

バルは、力強くその手を取った。

Re: 炎船ナグルファル ( No.7 )
日時: 2017/08/27 00:36
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

飛空挺の中は、案外エンジン音は響かなかった。リーフェンの声が普通に聞こえる。

「……で、どこまで知った?」

リーフェンが問いかける。もう隠し事をすることはない。バルは正直に答えた。

「言葉が古かったから、理解できたのは、聖女がアトランティスを滅ぼしたってこと。あとは……」

バルは思い出そうと頭をひねった。その間も、リーフェンは『ガルム』に向かって飛び続けている。

「そうだ!〈最後の遺産『ナグルファル』の完成〉!……でも『ナグルファル』って何だ?」

リーフェンは小さく息をついた。

「そこまで知っているなら、始めから話してもいいだろう……」

舵を取りながらリーフェンは語り始める。

「『アーセナル』の時代に大戦争が起こり、ある時、聖女が『遺産』を率いて現れ、その大戦を終わらせた」

「どうやって?」

バルが問いかけた。

「『遺産』は、『アーセナル』に生み出された古代兵器のことだ。聖女たちはその力を使って、戦争を行えないように、人類の大半を死に至らしめた」

バルは言葉をなくす。聖女と名がつくくらいだ。そんな破壊的なことをするとは、考えたことも無かった。リーフェンは話を続ける。

「戦争の原因となる危険因子を排除し、もう戦争の起こる心配はないと判断すると、奴らは『遺産』とともに眠りについた。しかし、そんな危険な物が世界に存在していいはずがない。オリジン族はそう考え、『遺産』を破壊する『遺産』を生み出した」

リーフェンはかかとを鳴らした。



「それがこの船……『炎船ナグルファル』だ」



バルは目を見張る。一国を滅ぼそうとしているあの狼と、拮抗する力を持った『遺産』に、まさか自分が乗っているとは想像もしなかった。

リーフェンはそこで口をつぐむ。その顔には緊張が走っている。バルが前方に顔を向けると、『ガルム』はもう近くまで迫っていた。

「さあ、行くぞ。これは、オリジン族の悲願の戦いだ!」

リーフェンは舵を切り、『ガルム』の目の前に踊り出た。

Re: 炎船ナグルファル ( No.8 )
日時: 2017/08/28 15:32
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

『ガルム』は飛空挺の姿を見つけると、今一度大きな遠吠えを上げた。

アオォォォォォォオン!

それはまるで、おもちゃを見つけた子犬のように。バルはその様子を見て……

「本物の狼みたいだと、思ったか?」

心中をリーフェンに探り当てられていた。バルは頷いて問いかける。

「兵器って言ってたけど、見た感じは生き物じゃないか?」

「そりゃそうだ。あれは元々、普通の狼だった」

『ガルム』は飛空挺にめがけて、前足を大きく振り上げた。リーフェンは舵を取り、飛空挺を後進させてそれを避ける。機体が大きく揺れた。

「うわぁ!!」

「しっかり掴まっていろ!」

飛空挺は、その一撃でできた『ガルム』の隙をつき、一気にその間合いに踏み込む。飛空挺が充分に『ガルム』に接近すると……

「喰らえ……」

操縦レバーについていたボタンを押した。途端、コックピットの面前が真っ赤に染まる。バルは、その激しい業火に言葉を失った。

コックピットの上方から、その炎は放出されている。炎は上からなでおろすように、『ガルム』に襲いかかっていた。

「向こうは、狼を改良した生物兵器だ。だったらこっちは、火炎放射器を使わせてもらうのさ」

リーフェンは操縦を続けながら言う。一方に偏った攻撃にならぬよう、『ガルム』の周りを旋回しながら炎を照射する。

炎に悶える狼を見つめながら、バルは震撼していた。これが『遺産』同士の戦いかと実感する。横からリーフェンの顔を見た。その横顔は、戦いを楽しんでいるように見えた。

(どうして……そんな顔が出来んだよ……)

バルは戸惑いながらも、『ガルム』と『ナグルファル』の戦いを見ていた。優勢なのは、こちら側だ。このままいけば……

「ダメだ……リーフェン、攻撃をやめて、すぐに後ろへ下がって!」

「あ?」

「早く!」

攻撃をやめたがらないリーフェンに、バルは説得を試みた。しかし、敵の動きの方が早かったようだ。

「なに!?」

リーフェンが驚きの声を上げたのと、機体に今までで一番大きな揺れが来たのは、同時だった。降り注ぐ炎で視界が悪くなり、自分の優勢に酔っていたリーフェンは、その初期動作を見逃してしまった。

『ガルム』が反撃に出たのである。

飛空挺は火炎放射のため、充分に下降していた。攻撃が届く距離なのは、『ガルム』の方も同じだったのだ。『ガルム』は力を振り絞り、前足を飛空挺に叩きつけた。

リーフェンは、飛空挺を全力で上昇させる。やがて落下の勢いは消え、地面に衝突する直前に機体の体勢を立て直すことができた。

「オリジンの技術力さまさまだな」

「ぺ……ぺしゃんこになるかと思った……」

まだ果敢に立ち向かうリーフェンに対し、バルは機材にしがみついて情けない声を上げた。現在の飛空挺は、サヘリア製がほとんどだが、もしこれがそうだったら、この衝撃には耐えられなかっただろう。改めて、アトランティスの技術力には脱帽する。

「さあ、もう一度たたみかけるぞ!」

リーフェンは力強く叫び、舵をとった。今ので余裕ができた『ガルム』は、またその前足を振り上げる。リーフェンはそれを華麗に避けて見せると、火炎放射のスイッチを握りしめた。

「今のは広範囲放射だったが、次は一点照射だ。そのデカイ図体に、風穴あけてやる!」

ヒロインとは思えないようなセリフを吐いて、リーフェンはスイッチを押した。しかし、何も起こらない。

「は?え?くそっ!」

何度かカチッカチッと押すが反応はせず、リーフェンは機体を後退させながら広範囲放射に切り替えた。すると、一応は炎が噴き出すが、火力が弱いことが確認できる。

「壊れたのか?」

「いや、違う。砲筒に、何か詰まってやがる!」

Re: 炎船ナグルファル ( No.9 )
日時: 2017/08/29 19:37
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

「詰まってるって……大丈夫なのかよ?」

「大丈夫な訳ねぇだろ!」

リーフェンはそう叫んで、別の操縦レバーを握る。スイッチを押して繰り出されたのは、普通の砲弾だ。しかし『ガルム』はそれを煙たそうにしているだけで、あまり効果はないようである。

「勝てるのか?」

「……正直、かなり厳しいな」

リーフェンは素直に答えた。先ほどの余裕は消えて、防戦に徹している。

「……砲筒さえ直ればどう?」

「そんなことが出来りゃ、こんなに悩んでねぇよ」

リーフェンが乱暴に答えると、バルは「分かった」と小さく呟く。

「……俺が、砲筒を直してくるよ。何日も見てたから、この船の設計は分かる。リーフェンはその間、持ちこたえて」

「は?」

バルはそう言うと、コックピットの扉に手をかける。

「馬鹿か!?死ぬぞ!?」

「『死んでも後悔するな』って言ったのは、リーフェンだろ?どの道、俺たちが負けたら、プレリオンも滅ぼされるんだったら……」

バルはふと思い出す。広大な草原で飼われた家畜たちを追いかけては、伯父によく怒られたこと。狩に行く大人たちに紛れ込もうとして、アルスランに見つかったこと……

「俺はその前に、やれるだけの事はやるよ!」

バルは、リーフェンの瞳を真っ直ぐ見つめる。リーフェンは申し訳なさそうな表情をした。しかし最後には

「……頼む」

と言ってくれた。バルは頷き、コックピットを出て行った。



***



梯子段を登りきると、バルは脱出口を開けた。そこを出たところの側には、この船の主砲が位置しているはずだ。凄まじい強風に髪を押さえながら、バルは目を開ける。

「うひぃ〜〜〜〜」

ソレを見た瞬間、バルは情け無い声を上げた。主砲に詰まっていたのは、『ガルム』の爪だった。先ほどの一撃で刺さったのだろう。引き千切られた指の肉が、余りにも痛々しい。

[聞こえるか、バル?どうだ、直りそうか?]

近くからリーフェンの声がした。ラッパ型の口先を持った管から流れてきた声だ。リーフェンは伝声管と呼んでいたものだ。コックピットと繋がっているようだ。

「さっき少し燃やしたおかげで、隙間ができてる。取り出せそうだ!」

[そうか……]

伝声管越しに、リーフェンの安堵した声が聞こえる。バルは早速、主砲と爪の間に指を差し込み、力一杯引き抜こうとする。

「ふんぎぎぎぎ」

揺れる機体の上では、バランスが取りづらい。転げ落ちたら真っ逆さまだ。バルは慎重に、かつ迅速に、主砲から爪を引き抜いた。

「よし!主砲が直った……」

後は機内に戻るだけだ。バルは安心して振り返る。その時、バルは恐るべきものを目撃した。

「あ……」

口だ。『ガルム』が大きく口を開けている。バルくらいの大きさのグラン族など、噛まずに飲み込まれてしまうだろう。

[バル!主砲は……?]

伝声管から、リーフェンの悲痛な叫びが聞こえた。

Re: 炎船ナグルファル ( No.10 )
日時: 2017/09/04 03:41
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

リーフェンは、砲弾を撃ち込みながら後退することにした。プレリオンまではまだ距離がある。主砲の修理が終わるまでは、逃げる余裕があるだろう。

「くっそ……」

それでも、危機的状況にあることには変わりなかった。主砲に頼りきっていたので、砲弾のストックは少ない。いつまでこの猫騙しが通用するかは、分からないのだ。

「バル……まだか……」

バルが上で作業をしているので、派手な回避行動はとれない。バルを振り落としてしまう。しかし、砲弾を遠くから撃ち込んでいるだけでは、『ガルム』にとっては足止めにもならないようだ。『ガルム』は砲弾にも怯まず、飛空挺を追いかけてくる。

「せめて、目とか急所に入れば……」

『ガルム』と言えど、光さえ失えば、攻撃は出来ないだろう。加えて痛覚はあるのだから、目などに砲弾が入れば、相当苦しむはずだ。リーフェンは『ガルム』の大きな双眸に照準を合わせる。

「頼む……当たってくれ……」

ドォン……ドォン……と、何度も砲弾が撃ち込まれる音がする。顔には当たるようになったが、なかなか目には入らない。大きさ的にはあんなに大きいはずなのに。

砲弾も残り少なくなってきた頃、勝負を焦ったリーフェンは、『ガルム』に少し接近する。そしてもう一度照準を合わせた。

「当たれ……」

ドォン……

リーフェンの祈りとともに放たれた一発は、『ガルム』の左目を潰したようだ。『ガルム』は獲物を見失い、しばらくの間混乱している。

「やっ…………!?」

リーフェンが喜んだのもつかの間、『ガルム』はこちらに鼻を向けた。片目が潰れて、まともに見えていないはずなのに……

そこでリーフェンは思い出す。『ガルム』は兵器である以前に、狼なのだ。暗闇の中でも、その優れた聴覚で、獲物を見つけることは出来よう。まして、こんなにうるさいエンジン音のするデカブツなら……

「バル!主砲は……」

ガルムは大きく口を開けていた。リーフェンは伝声管に向かって問いかける。

[直った!すぐに撃ってくれ!]

バルの返事はすぐに返ってきた。主砲が使えることには安心したが、このままではバルが巻き込まれてしまう。

「ダメだ!お前の避難が先だ!」

[それじゃ間に合わない!俺は大丈夫だから、撃ってくれ!]

バルが叫ぶ。このままでは、飛空挺は『ガルム』に噛み砕かれる。リーフェンは、主砲のスイッチを押すのに一瞬ためらった。しかし、迷う時間は与えられていない。

(その言葉、信じるぞ、バル!)

意を決し、スイッチを押した。業火の槍が、『ガルム』の口の中を貫く。そのまま脳を損傷したらしい。『ガルム』はやがて活動をやめ、その場に大きな音を立てて倒れた。

「やった……やったぞ、バル!」

笑顔とともに、歓喜の声で伝声管に向かって叫ぶ。しかし、その声に答えるものはない。

「バル……?」

リーフェンは狼狽えた。何度も伝声管に呼びかけたが、返事がない。

「そんな……大丈夫だって言ったじゃないか、バル!!」

まさか死んでしまったのか、とリーフェンは涙を浮かべた。今になって、彼の言葉を鵜呑みにしたことを後悔する。リーフェンが1人、悲しみに暮れていると……

「ぉーーーーぃ」

小さく彼の声が聞こえた。幻聴かと疑った。しかし、何度も呼びかけられるうちに、それが外から聞こえていることに気がついた。リーフェンは下を見た。

そこには、バルが五体満足で、飛空挺に向かって手を振っている姿があった。

リーフェンはすぐに飛空挺を着陸させ、地面に降り立つ。そして、バルの元へ駆け寄る。バルは大きく腕を広げ、彼女が飛び込んで来るのを待っていた。

「やったな、リー……」

「こんのっ……クソ虎ぁぁぁぁぁぁああ!!」

「ぐぉっ!?」

予想に反し、リーフェンは正拳突きを繰り出す。バルは涙を浮かべ、意味がわからず吹き飛ばされた。ややあって、リーフェンがバルの胸ぐらを掴む。

「なんで……生きてやがんだよ……」

「酷いなぁ……ちゃんと大丈夫だって言ったのに」

バルはリーフェンの真意を分かっていた。彼女はとても心配してくれていたのだ。その気持ちに答えるように、彼は説明する。

「照射の瞬間に、飛空挺から飛び降りたんだよ。俺の足、ネコ科だからいけると思って……」

「あの高度から、にゃんぱ○りすんじゃねぇ!!」

今度は、リーフェンにゲンコツを落とされた。初めて聞く技名に、バルは戸惑っている。そして何度も、リーフェンに謝罪の言葉を述べた。

そんな時、『ガルム』の方から物音がした。

「!?」

バルが音の方を睨みつけると、『ガルム』の背中に誰かが乗っている。

月明かりに照らされたその姿は、齢10前後のオリジン族と思しき少女だった。美しくも、どこか無機質で、まるで生きていないかのような錯覚に陥る。バルは初めて見るオリジン族の姿に、驚愕の表情を見せていた。

「誰……」

「聖女だ。まだ一仕事残っているな……」

聖女という言葉に、バルは過敏に反応した。この少女が、先ほどまで、自分の祖国を滅ぼそうとしていたのだ。リーフェンはそう言って聖女に近寄る。懐から、小さめの銃を出しながら……

リーフェンは聖女のそばまで寄ると、銃口を聖女に向けた。

「リーフェン!?」

「口を出すな。こいつは世界の敵だ」

そしてトリガーに手をかけた。するとその時、聖女は口を開く。

「危険因子、排除失敗。アトランティスの……」

バチィッ

最後まで言い終わらぬうちに、リーフェンは引き金を引いた。撃ち出されたのは銃弾ではなく、電撃だった。電撃を浴びた聖女は、ビクリと身体を震わせる。そして静かに膝を折り、その場に倒れた。

「聖女の遺体を船に運ぶ。バル、手伝ってくれ」

「お……おう……」

バルは戸惑いつつも、聖女に近づいた。あれほどの電撃を浴びたにも関わらず、聖女の身体は火傷一つ負っていない。不審に思いながらその身体を持ち上げる。

「おっも!?」

身体の小さな女の子だと思って抱え上げたが、質量は見た目に反して大きかった。バルは唸りながらも、どうにか遺体を船に納める。

「聖女の遺体なんか、どうするんだよ?」

「聖女5人を全て倒したら、まとめて処分する。こいつらは危険だ。普通の生き物じゃないんだ」

リーフェンは、飛空挺のわきに付いている収納庫を開けた。そこは、聖女のために作られた場所のようで、他には何も入っていない。

バルは聖女の遺体を、そこに寝かせる。それを確認したら、リーフェンは収納庫を閉めた。まるでそれが、納棺のようだとバルは思った。

「だ〜〜〜つっかれた〜〜〜っ!!」

「あんな死に目に遭ったのに、能天気だな……」

バルはうんと伸びをした。リーフェンはその横で、飛空挺へと入っていく。ちょうど、東の空が明るくなり始めていた。

「あれ?リーフェンどうしたの?」

「寝るんだよ!こっちも一国を救ってヘトヘトだ」

「じゃあ、俺も一緒に……」

「お前は家に帰って、クソして寝ろ!」

リーフェンはバタンと扉を閉めた。締め出されたバルは、ぶーたれながらもプレリオンへ足を向ける。

「はーい……伯父さん、怒ってるかな……」

バルは、あの電撃のように、伯父の雷が落ちるのを想像しながら、帰路に着いた。



***



寝室で一人きりになると、リーフェンはペンたてから、ペンを一本引き抜いた。それで、壁に貼られた図絵の1枚に、大きくばつ印をつける。

「まずは一つ……」

そして、バルが見たというノートを持ってくると、机の上にそれを広げた。ペンをとり、最後の文字の下に、新しく次のように書き加える。

〈C.3394.3.4. 草原の遺産『ガルム』撃破〉

Re: 炎船ナグルファル ( No.11 )
日時: 2017/09/04 01:37
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

数日後

先日の騒動が嘘のように、プレリオンは平穏を取り戻していた。家畜たちも多くは無事だったので、別段生活に困る様子も無さそうだ。

リーフェンは1人、飛空挺に乗りながら、街の方角を見つめていた。

「さて……次の準備をするか……」

まるで自分に言い聞かせるようにして、腰を上げた。なんだかこの国が名残惜しく感じた。それは、あの少年に、もう会えないからだろうか……

「私らしくないな……」

リーフェンは自嘲気味に言う。グラン族の寿命は60年ほど。彼らは光のように年をとってしまう。次に会う時は、土の中かもしれない。

そんな感傷に浸っていると

「リーーーーフェーーーーン!!」

あの間抜けな声がした。最後に聞いておきたかった声だ。リーフェンは昇降口へ急ぎ、ガチャと扉を開ける。

バルは何やら、荷物を背負っていた。

「リーフェン、まだ『遺産』と戦い続けるのか?」

彼は問う。その目は、今まで見たことがないくらいに、強い光を灯していた。

「そうだ」

リーフェンはその目を知っている。それは、迷いのない人の目だ。

「『遺産』は、他の国も同じように滅ぼそうとするのか?」

「……そうだ」

リーフェンは少し迷ったが、素直に答えた。それは、彼の言葉を期待していたから。

「俺も行くよ!」

そうだ、その言葉。

ずっと1人で生きてきた。この『ナグルファル』と宿命を背負って、ずっと生きてきた。自分の種族では、成人となる年を迎え、ようやく旅に出た。そして、最初に出会った……

「一緒に戦ったんだ。俺たち、もう……」

「仲間だ」

リーフェンの意外な言葉に、バルは一瞬面食らっていた。しかし、すぐに堪え切れないほどの笑顔を浮かべ

「おう!」

と胸をどんと叩く。

「家族は……いいのか?」

「伯父さんには話した。揉めたけど、最後には納得してくれたと思う」

バルはふと、父の話を思い出した。母はバルが生んでからすぐに亡くなり、しばらくは父二人子一人のような状態で暮らしていたらしい。そんな父も、バルが幼い頃、狼の群れから狩仲間たちを救って死んだそうだ。

そのせいか、伯父は言っていた。

『お前みたいなクソガキは、オレの子じゃねぇ!アイツの子だ!バカの子はバカらしく、仲間なり国なり世界なり、勝手に救ってきちまえ!!』

ぶっきらぼうな伯父らしい送り出し方だった。今になって、涙がこみ上げて来そうになる。

「それに、リーフェン一人だと、また失敗しそうだしな!」

「うるせーよ、バカ!」

いつもの調子が戻り、互いに小突き合う。炎の船は、新たな仲間を迎え入れ、次なる『遺産』へ向けて飛び去って行った。




第1章 完