複雑・ファジー小説
- 【Fireworks】 ( No.3 )
- 日時: 2017/10/24 17:23
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
2017/8/29分をリメイクしました。
花火のようだった少女の、儚く美しい、ひと夏の物語です。
リア友がテーマくれました。ありがとうございました。
◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★
「私、花火が見たいの」
その日、私は言ったんだ。
夏の終わり。病気だった私は、まだ花火を見ていない。
だから、好きな人に言ったんだ。
「私を、連れてって」
★
私、天野 火花(あまの ひばな)。高校二年生だよぉ。生まれつき大きな病気を背負っていて、高校三年生までは生きられないらしいって。
でも、別にいいんだよ? 私は火花。この名前である時点で……長くはない命だったのかもしれないし。それに今、私はリアルに充実しているんだ! 病人がリア充だよ? あははははは、笑っていいよ?
私は高校二年生。で、来年には死んじゃうんだって。だから今年見る景色が、私の最後の記憶になるの。私には……来年なんてないんだし、ね。
というわけで、私は恋仲のみっくん(御橋 友也((みはし ともや))だからみっくん)に連絡を入れたんだ。
「花火が見たい」って。
夏は私の好きな季節なんだもの。どうせ死ぬなら最後、夏の風物詩を見届けてから死にたいなって、できれば海辺で花火を見たいなって、そう思ったの。素敵でしょう?
みっくんには申し訳ないけれど……。最期のわがまま、付き合ってよ、ねぇ?
★
しばらくしてからみっくんが私の病室までやってきた。
ちなみに近頃の両親は、私のやることに対して何も言わなくなった。私が彼とどこへ行ったって、みんな好きにさせてくれた。
だから今日彼が来たって、両親は何も言わなかったわ。
やってきたみっくんは、涼やかな青の浴衣を着ていた。
その手には赤い浴衣を持っていた。
私のだよね、絶対!
みっくんは優しく笑って言った。
「火花? 花火見るって言うから、持ってきたよ」
彼は優しく微笑んで、私に浴衣を手渡した。
「着替えられる? なんなら看護婦さん呼んでもいいけど」
「大丈夫。みっくん、外で待っててね」
私は浴衣を受け取って広げてみせた。
女の子らしい赤い花柄に白いかすみ草、黄色い福寿草。
福寿草の花言葉は「あなたに幸福を」だっけか。
見ていて嬉しくなってきた。
浴衣を着る。病気は大丈夫かって? これは慢性的だもん。浴衣を着るくらい、どうってことないでしょう?
でもね、病気は確実に私から力を奪っていったんだ。
帯を結び終わって。ここでは草履を履けないから、下はまだスリッパのままで。
よしっ、と歩き出そうとしたら。
くたっ、急に足が崩れてそのまま、立てなくなっちゃったんだよね。
ナースコールを押そうにも、私は今ベッドにいないし。
困った。うーん、困った。
だから、呼んでみることにしたんだよ?
あまり大きい声は出せないけどさぁ。
「……みっくーん……」
そうしたらさぁ、笑ってよねぇ。
小さい声で呼んだのに、みっくんったら血相抱えてドア開けて。
「火花!? おい、大丈夫かしっかりしろ!」
大騒ぎで私を抱きあげたの。
私、笑っちゃったぁ。
「……火花?」
「いやだなぁ、みっくん……。大げさだよぉ。立てなくなっちゃっただけだもーん」
病気の理由も原因も、全くわからないんだ。
でも私の身体は確実に、死へと向かいつつあって。
心配げな顔でみっくんは、私を背負い上げた。ついでに足に赤い草履を履かせてくれた。
「……無理は、するなよ?」
「しないしない。じゃあ、花火にはまだ時間あるし。夏祭りの屋台を回ろう?」
この時期。私の病院のある地区では花火大会が開催されるんだ。
でね、それと同時に屋台もできるの。
今日は花火大会最終日のはずだから、きっと賑わっていると思うの。
楽しみだなぁ。
「みっくん、ゴーゴーゴー!」
生憎と。私は無理する気でいるよ?
だって最後の夏なんだもの。
無理したって、楽しむんだから。
★
みっくんと一緒に屋台村に向かった。
みっくんは私に訊いた。
「火花は何食べたい?」
背負われたまんまの私は答えた。
「ふわっふわの綿あめー!」
あれを食べたのはいつ以来かなぁ。甘いあの味、ふわふわ食感。思い出すだけでうれしくなって。
でも私を背負いながらだと、みっくんはうまく会計できないんだよね。
だから私はみっくんのポッケからお財布を取り出して、勝手に会計を済ませてしまった。
「お、おい、火花?」
「みっくんは私を楽しませるために頑張るのです!」
みっくんの驚いた声に。私は無邪気に笑って返した。
片手に綿あめを持って、もう片方の手にみっくんの財布。
私はみっくんの財布を浴衣の袖にしまって、明るく笑った。
「ねぇねぇ! 金魚すくい、やりたいな!」
なんか立てなくなっちゃった私は、係の人に椅子を貸してもらって、金魚すくいをやってみた。
綺麗な赤い金魚がいた。浴衣を着た私みたいな。
だから私はその子を狙って、何度も網をくぐらせたんだけど。
結局網は破れちゃって、その子は捕まえられなかったんだよね。
思わず半泣きになった私の頭に、大きな手が乗った。
金魚すくい屋のおじさんが、私に透明なビニール袋を差し出していた。
そこを泳いでいたのは、先ほどの金魚。
「……いいの?」
思わず私が尋ねれば。
「おまけだよ、お嬢ちゃん」
白い歯を見せて、おじさんはニッと笑った。
★
ラムネも飲んだしかき氷も食べた。
レモン味のかき氷はつんとさわやかで、切なく痛む味がした。
みっくんの隣に座って。片手にかき氷の椀を持って。
見上げた空。
暗くなっていく空。夕暮の空に。
不意にアナウンスが響き渡る。
「みなさん、みなさーん! これより、花火大会を開催しまーす!」
そんな声がしたから。
「海まで行こうか?」
笑うみっくん。
私は二人分の器を持って、うん、とうなずいた。
「だから、連れてって」
★
海辺に座ってかき氷を食べながら、私とみっくんは打ち上げられる花火を今か今かと待ち構えていた。
ザザァッ、ザザァッ……と。寄せては返す波の音が。不思議と耳に快い。
その静寂を、引き裂いて。
打ちあがる花火よ。
ドォォオオオオオオン。
まずはじめに。空にくれないの花が咲いて。
ドォォォオオオオオン。太鼓みたいに響く、重く深い音。
花火は次から次へと打ちあがる。
ドォォォオオオオオン……ドォォォオオオオオン……ドォォォオオオオオン……。
和音のように重なった重低音。
それとともに打ちあがる花火は、時に赤、時に青、黄色に緑、極彩色に輝いた。
でもどんなに綺麗に輝いたって、花火はやがては見えなくなって。
完全に消えるその瞬間だけ、何よりも強く鮮やかに輝いて。
あぁ、私の命みたいだなと、そう思った。
「みっくん、綺麗だねぇ」
「これで、いいのか?」
「うん、いいよー。私、この花火が、見たかったの」
漆黒の空に浮かび上がる、幾重にも咲いた鮮やかな花たち。
夜空を彩る、夏の風物詩。
——これを、見たかったの。
蝉の声と潮騒の音。そして花火の重低音。
夜空を彩る幻想的な光景。
いずれ私は散るのだとしても、この光景だけは忘れたくない。
死の間際。私はきっと、何度でもこの光景を思い出す。
みっくんが優しく私の髪を撫でた。私はみっくんの腕の中に、その身をゆだねた。
この幸せな時間が、永遠に続けばいいのに。
★
永遠なんて、存在しなかった。
やがてついに花火は終わって、海岸は夜の静けさに包まれる。
ザザァッ……ザザァッ……。
寄せては返す波の音と、やたらうるさい蝉の声だけが今、世界にある音のすべてだ。
私もみっくんも。しばらくは何も言わなかったけれど。
不意にみっくんが、強く私を抱き寄せたんだ。
「……みっくん?」
……みっくんは、泣いていた。
「……お前のことが好きだよ、火花。だから、逝かないでくれ……!」
なんだ、そんなことか。きっとあの花火を見て、そんなに感傷的になったんだね。
私は笑って、みっくんを抱きしめた。
「私もみっくんのことが大好き。大丈夫、どこにも行かないよ」
「でも、病気が……」
「みっくんらしくなーい。ネガティブやめよ、私は元気!」
笑って、私はすっくと立ってみる。
立てた。足がちょっと震えたけれど大丈夫だよ。私、立てるもん!
「……火花」
「帰ろ、かーえろ! 今日は楽しかったよみっくん。だから、これあげる」
私は先ほどの赤い金魚を、みっくんの手に手渡した。
「……いいのか? あんなにこだわっていたのに」
「みっくんのためだからこだわったんだよ? 私は金魚より食べ物がいいのー」
「即物的というかなんというか……」
「ま、そういうことで!」
赤い金魚を。みっくんの手に押しつけるようにして。
「帰ろう!」
みっくんと手をつないで。星光る夜道を歩いて帰った。
★
そのあと。みっくんと少し話をして。
みっくんにあげた金魚の名前を決めて。
それで、私とみっくんは別れたの。
別れた途端、だるくなって。
押し寄せた眠気。
そうだよ私、無理してた。
あんなに歩くなんて、できなかったのに。
でも思い出がほしかったんだよ。
永遠に記憶に残る、私のひと夏の思い出が。
だから無理した。だから平気なふりして歩いたの。
ああ、息が苦しくなる。
——みっくん、みっくん。
————次に誰かと付き合うときは、長生きできる子を選ぶんだよ————?
★
それから一週間後に火花は死んだ。
安らかに、眠るようにして。
あの子が渡した赤い金魚。今なら意味がわかるんだ。
どうせ私は死ぬから、この子を私と思って、泣かないで。
どこまでも優しくて、どこまでも無邪気で。
どこまでも強がりで、どこまでも残酷で。
火花は僕の心に、消すことのできない暗い炎をつけた。
僕はこれから、彼女の死を抱えて生きることになるのだろう。
あの優しくて残酷な、ひと夏の思い出とともに。
金魚の名前はfireworksにしてと、あの子が言ったんだ。
その意味は、花火。
あの子は知っていたのだろうか。近いうちに自分が死ぬことを——。
ゴーン、ゴーン。重苦しい鐘が鳴る。
今日はあの子の葬式の日だ。
もう空に花火はなくて。ただ波の音だけが変わらないけれど。
僕は心の中で、君に問うた。
————僕は、あなたの。
————幸せになることが、できましたか————?
儚く散った鮮やかな火花は。もうこの世にはいない。
◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★
「花火」というテーマから浮かんだのは、花火のような少女の物語でした。
こんにちは、藍蓮です。今回はこちらをお送りします。
花火のように生き、花火のように死んだ少女と。彼女をめぐる一夜の夏の物語、いかがでしたか?
夏の終わりに、美しい夏の風物詩を。
ツンと鋭く痛む切なさを、感じていただけたら幸いです。