複雑・ファジー小説

【Heat Haze】 ( No.4 )
日時: 2017/10/23 23:44
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 2017/8/30分をリメイク。

 今回は、文芸部員で「一行」を決めて、そこから話を書いて行く企画として書いた、ある、夏の終わりの物語を掲載します。

 今回は例外的に、「テーマ」と「一行」が決まっています。
 「テーマ」は「トリップ」(世界間移動)、一行は「夏の終わる季節になった」です。


 それではどうぞ。
 (一部改稿)


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 夏の終わる季節になった。
 あと数日で、秋が来る。

 道端には、ゆらりと揺れる陽炎が立ち上り、まだ冷めやらぬ暑さが肌を灼く。
 残暑と言っても夏は夏。暑いのは変わらない。
 残暑残る八月の午後。

 することもなしにふらりと歩いていた僕はその時、何かに触れた。



 うだるような暑さの中で揺らめく陽炎の、銀色の影を見た。


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 ふと気が付いたら、そこは僕の知らない場所だった。

 うだるような熱気は変わらないが、どこか涼しげな雰囲気がして。
 ピーヒョロロと間抜けな笛の音。子供たちの楽しげな笑い声。
 
 ああ、夏祭りだなと思った。

 でも、僕の町ではもう、夏祭りは行われないんだ。

 二十年前、僕の生まれる前に。大きな事故があって人が死んで。
 それきり夏祭りは行われなくなった。

 でも今、僕がいる場所は夏祭りの真っ最中だ。
 だとしたら。今僕がいる場所は一体——?

 と、声がした。


「坊。そんな所に突っ立ってどうした」


 振り返れば。そこには白いハチマキをつけた、日に焼けたおじさんが立っていた。

「夏祭りは始まっているぞ。めいっぱい楽しめ」

 おじさんはそう言って笑って、僕の頭を軽くぽんと叩いて、奥に見える屋台の方へ歩いて行った。

 なんだかよくわからないけれど。
 夏祭りのない町だ、一回くらいは味わってみたいから。
 コンビニでお菓子やジュースを買うために持っていたお金を握りしめて、歩き出す。

 楽しんでみるのも、悪くない。

 屋台から漂う様々な匂いが、誘うように漂っていた。


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「かき氷はいらんかねー」
「焼きそばアッツアツだよ!」
「ふわふわの綿あめ、いかがですか?」

 様々な物を食べ歩くうち、僕の財布は空っぽになった。
 そうやって歩いていたらある女の子と行きあって、色々と話した。
 けれど彼女の話す話題は、僕の知らない話ばかりで。

「世間知らずゥーッ」

 思いっきり、すねられてしまった。
 ……知らないものは、仕方ないと思うのだけど。


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 屋台を楽しむのもいいけれど、もう財布は空っぽだし。
 帰ろうとして背を向けて。そのまま三十歩ほど歩いた時。

 不意に爆音が、して。
 僕は思わず振り向いた。

 そして、見たのは。





 ——事故は、一瞬だった。





 急に屋台の一つが爆発を起こして。


 飛び散った破片が、燃え盛る炎が。


 他の屋台に次々に飛び火して。


 幸せだった夏のワンシーンが。


 一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄と化した。

 
 既に場を離れた僕は無事だったけれど。


 おそらくあの女の子も生きてはいまい。


 暗くなっていく風景の中、血の色を宿して燃え盛る炎は。


 美しくも残酷で、魅力的でも残虐で。


 まるで過ぎ行く夏を送り出す、人を火種にした送り火のようにも見えた。


 そしてその光景を目の当たりにして。


 僕は気づく。


 ——これは、二十年前に起きた、あの事故なのだと。


 何の因果か僕は偶然、あの事故の日に迷い込んで。その日に起きた惨状を今、その目に焼き付けている。


「……成程。こんな惨状になれば、もう二度と夏祭りは行われない」


 小さく呟き、僕は納得した。


 炎の中。魂消(たまげ)るような悲鳴が上がる。


 こうして、この町から夏祭りはなくなった。


 視界の端に、銀色に光る陽炎がゆらゆらと揺れているのが目に映った。ああ、僕をこの日に連れてきた、あの陽炎だ。

 僕はそれに向かい、ふらふらと近づいて行く。

 そして。

  
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 ふと気づいたらそこは僕のよく知る場所だった。

 うだるような熱気は変わらないが、あのどこか涼しげな雰囲気はもうない。
 ピーヒョロロと間抜けな笛の音も。子供たちの笑い声も。

 燃え上がる屋台と血と悲鳴。阿鼻叫喚の光景も。



 何もない。



 ああ、戻ったんだなと思った。


 あの夏祭りの一日から。
 二十年前の悲劇の日から。

 残暑残る八月の午後。
 時間は一切経っていない。


 あれは幻だったのだろうか。僕が見た、あれは。


 視界の端にゆらゆらと、銀色の陽炎が目に映る。

 しかしそれはすぐに消え、夏の暑さのひと欠片となった。


 あれは幻だったのだろうか。あの銀色の、陽炎の見せた。


 今となっては確かめようもないけれど。
 僕はあの瞬間、二十年前のあの日にトリップしたんだ。


 空を見上げれば、灼けつくような日差し。
 耳を澄まさずとも聞こえる、やかましい蝉時雨(せみしぐれ)。

 僕は思い出を抱き、前へと一歩踏み出した。



 ——夏休みも、あと一日。



 もうすぐ新学期が、始まる。 


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 「夏の終わり」×「トリップ」と言われて、過去の時代に巻き戻る少年の話が浮かびました、藍蓮です。

 今回は、文芸部のみんなと暇つぶしに書いた作品を、大幅改稿してお送りします。

 過去の時代に迷い込んだ少年。彼を導くは銀色の陽炎——。
 夏の終わりの不思議な物語。楽しんでいただけたら、幸いです。

※「Heat Haze」とは陽炎のことです。