複雑・ファジー小説

造花葬 ( No.9 )
日時: 2018/06/13 21:35
名前: 葉鹿 澪 (ID: zqBo0Cgo)

 造花の中に眠るその顔は、世界で一番幸せそうな寝顔に見えた。

「それでは、最後のお別れとなります」

 喪服の葬儀屋が小さな窓を閉じると、憎たらしい顔も見えなくなった。
 最後。最後ってなんだろう。もう起きることのない人間に何か言って、何になるんだろう。
 私の言葉があの真っ白な皮膚に染み込んで、肉の隙間を埋めて血管の中にまで満ちるなら、どんなことでも、何度だって言うのに。
 すすり泣く声も惜しむ声も、ただ空気の振動になって消えていくのだ。その鼓膜すら揺らさずに。
 重く分厚い鉄が口を開き、白木の箱を飲み込んでいく。てっきり中は炎が燃え盛っているのかと思っていたけど、ずっと燃えているわけではないようだ。ただ、それでも熱い風が私の頬を微かに焼いた。
 もし、今駆け出して、あの棺に縋りつき、一緒に灰になってしまえたら。
 私の体が急に透けて、二人を隔てる全てを通り過ぎ、小さな箱の中で寄り添って目を閉じる。
 ごうごうと唸る熱に囲まれながら冷たい皮膚と私の肌が触れ合って、溶けて一つになっていく。細胞膜はもう邪魔をしない。
 白木は火を灯し、放たれた紙の花弁は白から赤へと色を変える。その美しさに、私は息を吸うのもやめて見惚れるのだ。そうか、彼はこれが見たかったから、造花を選んだのだ。
 彼の頬に朱が差す。あぁ、いつもの夜だ。白いシーツの上で、彼の上に寝そべる私を見上げるその顔。私は心を擽られて、笑い出す。
 喉はもう焼けている。それで良い。私の言葉はきっと一足先に飛んで行ったのだろう。今頃彼の言葉と一緒になって、戯れているのだ。
 彼の白装束も私の黒いワンピースも、とっくのとうに消えてしまった。剥き出しの肉で、歯を見せて笑いながら触れ合う。貴方のこんな奥深くを知っているのは私だけ。私のこんな恥ずかしいところを見るのは貴方だけ。それは遂に、永遠になった。
 唇も無くなった口でキスをする。ずっとこうしていよう。二人で一緒に。
 私と彼の骨はきっと区別がつかなくなって、同じ骨壺に入れられる。暗く狭いところで、ゆっくり眠ろう。どこへも行けなくなったまま。
 造花は次々に焼け落ちていく。私の眼も彼の枕元へ零れ落ちた。
 真っ赤に染まった視界の中、同じ温度になった彼に寄り添う。
 全てはただ、作られた花のように。