複雑・ファジー小説
- Re: 光のどけき国、春のぞむ魔女 ( No.1 )
- 日時: 2017/08/31 21:46
- 名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)
【小さな国、3人の魔女 1】
光のどけき国、春望む魔女
いくつもの冬が積もり、同じくらいの春が降り注ぐ。ずっと昔、ここには小さな国があった。そこそこ豊かで、欠伸が出てしまうくらいに平和な国。今では深い緑が一帯を覆っていて、当時の面影なんて薄れてしまった。ある日を境に、すっかり人がいなくなってしまったのだ。では一体全体、どうして地図から消されてしまったのだろう。
コトリは小さな国に仕えている魔女だ。ゆとりのある新緑のローブから貧相な手足をのぞかせて、今日も城内を駆け回る。自慢のはしばみ色の髪を無造作に結い上げて、両手にはたくさんの書物。少しだけ幼さを残した顔には、理知的な双眸が煌めいていた。
「これはこれは緑の魔女様!」
恭しく呼び止める老人の声に、コトリは振り返る。右大臣のサイラスだ。今日もでっぷりとした分厚い肉の衣を身にまとっている。うさんくさい髭面には満面の笑みを浮かべていた。サイラスは一瞬、コトリの抱える書物を見やる。
「ごきげんよう、サイラス」
「今日もお忙しいようで」
嫌味めいた話ぶりに、コトリはにこりともしない。いつもこのような調子なのだ。サイラスはコトリを嫌っている。緑の魔女とかいう大層な称号を与えられているのが気にくわないのだ。この国はいつだって、魔女を敬ってきた。たとえ、それがどんな役立たずだとしても。
「植物園に行くところです。ちょうど、しらつゆの花が咲き頃ですから」
「それは結構」
「それで、何か御用でも?」
コトリは顔色一つ変えず、サイラスの顔を見据えた。
「いえ、今日の晩餐の後、国王陛下から召集がありまして、それをお伝えしようかと」
「わかりました、どうもありがとう」
「それではまた後ほど」
サイラスは踏ん反り返って咳払いを一つすると、くるりと背を向け去って行く。コトリはその大きな背中に向けて、小さく舌を出した。
コトリは魔女だ。魔女は魔法を使える。けれども、コトリができることといったら、植物を育てることと、薬草を煎じること。魔法なんてからきしで、唯一できるのは植物の成長を促す魔法くらいなのだ。サイラスか、それとも他の誰かだろうか、コトリを厄介者の魔女と呼ぶのは。それでもコトリはへこたれない。彼女の取り柄というのは、小さな頭に詰まった植物の知識と、生来の頑固さなのだ。