複雑・ファジー小説
- Re: 光のどけき国、春のぞむ魔女 ( No.2 )
- 日時: 2017/09/03 10:55
- 名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)
【小さな国、3人の魔女 2】
小さな国には3人の魔女がいる。それぞれに青の魔女、赤の魔女、緑の魔女なんて立派な呼び名が与えられ、この国に仕えているのだ。それは気が遠くなるくらい昔からの決まりごとだ。この国の王様は魔女を尊び、魔女は国を愛さなければならない。コトリもそうだ。この平和で素朴な小さな国が大好きなのだ。
「最後に西の森で異変が起きているとの報告が上がっておりまして」
夜の帳が下り、星が天蓋を覆う頃。小さな国の主だった顔触れが、王城の一室に集まっていた。細長い純白のテーブルの奥には、王様が座っている。その両隣りを魔女達が囲み、右大臣、左大臣と位が高い者の順に席についていた。王様は上品に蓄えた髭を、やや年輪が刻まれた手で撫でながら、何かを思案しているふうだった。
「サイラス殿、異変というと?」
サイラスの隣に座っていた、厳しい顔の老人が問いを投げかける。 彼はこの国の騎士団長だ。
「獣の動きが活発になっているとのことです。幸い、まだ被害はありませんが」
「それならば早いところ様子を見にいった方がよかろう。獣のことなら任せなさい、我が騎士団で調査隊を組もう」
「加えて雪解けの花が繁殖しているとの報告もあります。この時期にしては随分はやい」
横から左大臣のサジェが口を挟む。サジェは品のある端正な顔をした青年だ。小さな国では珍しい、鮮やかな赤毛を持っている。騎士団長はサジェを一瞥すると、豪快に笑った。
「花よりも獣の方が大事だろう。確かにサジェ殿は、花を愛でることを好みそうだが」
騎士団長は嫌味から言っているのではない、とても豪胆な気質の持ち主だった。コトリはこの2人のやりとりを眺め、ふむと首をかしげる。雪解けの花は薄いピンクの花びらで、冬になると雪の下から顔を覗かせる。けれども、冬はとうに過ぎており、今は暖かな春の季節だ。春に咲くなんて聞いたことがない。
「しかし万が一というのもありますよ。もしかしたら毒性を持つ新種の植物かもしれません、用心に越したことはないでしょう。何もないと言うのなら、それでいいのではないですか」
「ふうむ」
サジェの意見に騎士団長が唸る。コトリはこっそりと頷いた。サジェの言う通り、毒を持つ花であったり、はたまた新しい効能を持つ薬が作れることもありえるのだ。
「そこでですが、調査隊に同行させる者として、緑の魔女様などはいかがでしょう。植物に関する造詣も深いでしょう」
「わたし、ですか」
コトリは驚いて、まじまじとサジェを見つめた。サジェは薄く微笑みかける。その途端にサイラスから反論が槍のように飛んでくる。
「緑の魔女様も宜しいですがね、やはり青の魔女様が適任では? この国に昔からいらっしゃるのだから、森の異変にも詳しいはずだ!」
そこからは侃侃諤諤、サジェが何かを言えばサイラスが口を挟み、そしてそれに続いて騎士団長の横槍が入る。慌ただしい有様だ。サイラスはどうしてもコトリに大役を任せたくないらしい。
コトリはこっそりと隣に座っている青の魔女の様子を伺った。100年生きてると噂の美貌はけして衰えず、どこをどうひっくり返しても、妙齢の女性にしか見えない。月の色をした髪を綺麗に結い上げ、夜を切り取ったドレスは彼女のために仕立て上げられたものだ。コトリは感嘆の息をふうと吐く。
「王様、いかがなさいましょう!」
議論がもつれにもつれ、息の上がったサイラスは力任せに叫んだ。王様は悩ましげに顎に手を置き、そうして青の魔女の方に顔を向けた。
「この任は騎士団とオフィーリアに与えよう。さて、夜影が一層色濃くなってきた。終いにするのに良い時分だろう」
「ありがたき幸せ」
青の魔女、オフィーリアはしゃなりと立ち上がり、深く一礼をする。慌てて騎士団長もそれを真似た。サイラスは勝ち誇った表情で、一方のサジェはつんと澄まし顔。コトリは別段悔しいとは思わなかった。だって、オフィーリアは素晴らしい魔女なのだから。緑の魔女が忌むべき人なら、青の魔女は最も尊ばれるべき人だった。