複雑・ファジー小説
- Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.10 )
- 日時: 2017/10/24 11:27
- 名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: joK8LdJj)
空は真っ青に透き通っているが、蓮は額に真っ青な血管を浮かべていた。あまりの苛立ちを目の前の女生徒に対して露にしており、ギリギリと歯を軋ませた。
「おい、黒崎ぃ……どういうつもりだ……!」
「ちゃうねんちゃうねん、ごめんって! 昨日二人で帰ってるとこ他の子に見られただけやねんって」
原因は朝一番、登校した途端にクラスの友人から唐突に「黒崎と付き合っているのは本当か」と尋ねられたのがきっかけだ。惚れた腫れたの噂話が大好きで、その実自分は恋愛に踏み込まない、軽薄なようで慎重な、あまり親しくない友人だった。少なくとも向こうは友人だと思ってくれているようなので、蓮も友人だと思っている。
それで昨夜、黒崎が例の場所でふと口にした「自分達が付き合っていると嘘ついてやる」と脅してきたことを思い出した彼は、黒崎を呼び出して詰問しているという次第だ。
「あんな時間に通りがかるやつがいるかよ」
「それがおってんって。Cクラスの花畑さんっておるやろ、体売っとる子」
「いや知らねぇよ、そんな話! んな話聞きたくなかったわ」
花畑と言えば、確かいいところのお嬢さんという話だったはずだと、蓮は思い返す。育ちがいいのは肌や髪の手入れが常になされていることから分かる。昨年参観で見かけた両親も美男美女といった様子で、その血を引く彼女も、クラスの誰もが息を飲むような美女に育っていた。
そのような人が、どうして援助交際なんて、そう思いはしたが、蓮はわざわざ口に出さない。興味がそれほどひかれないのもあるのだが、本題とは関係が無いからだ。
「で、花畑が見たことと何の関係がある? あいつは人に言いふらすようなタイプじゃないだろ」
「その後の経緯はよー分からんねんな。最初に見たんが花畑さんってだけで。それ以降はさっぱり」
そういった噂は事細かに情報を集めるのが常の黒崎にしては珍しい話だと蓮はいぶかしむ。何か理由があって黒崎が伏せているだけだと信じたいが、そうでなかった時が厄介でもある。
もし黒崎が知っているなら、必要な情報である場合適切な時に伝えてくれるだろう。黒崎に情報を隠し通せる人間がいるとしたら、それは只者ではないことは、あの一件の後聞かされた黒崎の能力、嘘を吐く能力と嘘を看破する能力なら適当に話をさせるだけで真相をある程度予測できる。
「何や難しそうな顔しとんな。どないしてん」
「いや、今の説明の中にどんだけ嘘つかれたのか考えててな」
「割りと沢山かな?」
けろりとした顔で黒崎はそう言う。やっぱりかと蓮は嘆息し、屈託の無い笑顔を見て苦虫を噛み潰した。
花畑と言えば、郷田という女生徒から嫌われていることでも有名だ。おそらく花畑の噂と言うのはこの女が流したデマだと分かる。グループの外にいる女子からは郷田のいい話を聞いたことはなく、彼女の中学時代の同級生によると、敵とみなした者には聞くのもおぞましい評判を流して排除するようなことを厭わないらしい。
かつて外見だけは整っている黒崎もターゲットになりかけたが、キャラがキャラなので男たちからそれほど女子として見られていないことから、結局いざこざは起こらずだったという経緯もあったりはする。
「まあいい、そんな話は後から否定すればいいし、盗賊団について教えてくれ」
「おっけー。じゃあまあうちが社長さんから教えられた情報をかいつまむ程度に教えたるわ」
「いや、なるべく詳細に言え」
「そうしたいねんけどなぁ。とりあえず長くなりそうなとこだけは省略させて」
「了解した」
盗賊団、それは言わずもがな昨夜蓮たちが邂逅した、社長と呼ばれる男の率いる三人組だ。正確には、今となっては五人だが。そしてその設立の意図は法で裁けぬ悪人を法外のやり方で正すという、ありがちなダークヒーローさながらの活動。
設立の目的は黒崎も聞かされていないが、社長の強い意志により結成されたことだけは間違いない。そして、構成員は全員能力者であること、正義感を持っていること。
法で裁けぬ者に天誅を下すのが目的だが、仕事人のように殺害を手段として用いることはない。基本的には該当人物の失脚あるいは報われてしかるべき人物が台頭するための補助を行う。法の網をくぐりぬける悪党が網にからめとられるよう闇に紛れて細工し、光を照らす英雄に脚光を浴びせる。
そのために基本的には証拠の確保や、逆に不利な証文の回収、依頼によっては不当に奪われた宝物の回収などを行う。これまでの活動経歴といえば悪徳議員の脱税を暴いたり、詐欺師から不当な証文を奪い返したり、清潔な社会を目指す政治家の捏造されたスキャンダルを揉み消したり、だそうだ。
必要とあらば恐喝に窃盗、稀なケースとして軟禁などもする。通報されては不味いように思えるが、基本的に通報されない。というのも、下手に警察に介入され一番困るのは、盗賊団の標的人物となるようになっているからだ。
「結構マジな犯罪じゃねぇか」
「せやねんなぁ、こう聞くと。せやけど実際やっとるんは恐喝やったら薬物使うとる議員に選挙出んなやって言うたり、密輸した銃を泥棒してしかるべき施設で処分したり、雇われた殺し屋取っ捕まえて依頼者逃がす時間稼いだり、そんなもんやしなぁ」
「いや、内容はそんなもんだろうから構わねぇけど、ばれちゃヤバいっていう綱渡りが今までの比じゃないと思ってな」
それは言えとるな。黒崎の相槌が打たれたかと思うと、キィとドアが軋む声がした。誰か来たのかと振り替えると、目鼻立ちの整った少女が現れた。伸ばした背筋と立ち振舞いから、彼女の育ちのよさが滲んでいる。
噂をすればってやつかと、蓮は心の中でだけ呟いた。花畑啓子、黒崎の言葉を借りるなら、ええとこの嬢ちゃんで体売っとる子。どこまでが真実か分からないが美人であることと、実家が裕福なことは確かだった。
「あら、丁度いいところに。二人ともいたんですね」
朗らかな笑みを浮かべて彼女が歩み寄ってきたことに蓮は少したじろいだ。屋上にいる自分達が言うのも憚られるが、本来ここは立ち入り禁止である。優等生筆頭と呼んで間違いない花畑が現れるとは思ってもみなかった。
「紅川さんがいるとは分かりましたが、黒崎さんも居合わせていただなんて」
「ん? 何で俺がいるって分かったんだ?」
「ここの外の南京錠」
そう言って彼女は、自分が入ってきたドアの方を指差した。そこに無理矢理開けられた南京錠があったが、手口が独特だった。極度の高温で溶かして歪ませたような跡があった。そんなことができるのは紅川以外にあり得ないと言い放つ。
「この近辺に炎熱を自由に操れる人なんて、あなた以外にはいません」
「おい、何でそれを……」
「あら、聞いておりませんか? 私の方には今朝メールが届いたのですが」
「何訳の分かんないことを……」
「依頼人」
花畑は自分自身を指差して短く告げる。言いたいことが何であるのか、瞬時に理解した蓮は感情的な態度を取り下げた。それならば仕方ないと、彼女の方へ態度ごと向き直る。
「私が、盗賊団の此度の依頼人である、花畑啓子です」
よろしくお願いしますと頭を下げた彼女にはどこか、取り繕っているようなところがあるなと、蓮は見抜いた。自分の弱味を見せないように繕う痩せ我慢。見覚えはあるが、誰がしていただろうか。思い出すことはできないが蓮はどうにも、そんな態度が苦手だと感じたのだった。