複雑・ファジー小説

Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.11 )
日時: 2018/01/13 16:24
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


 ファミレスに入った三人は、とりあえず自己紹介をしながら四人目の到着を待つこととなった。初め、花畑は誰も来ないから構わないと屋上で話し始めようとしたのだが、蓮により制止された。
 どうせなら全員がいるところで説明してくれた方が手間がかからない。そう言った蓮はスマートフォンを取り出して黄金川へとメールを送る。話したいことがあるから放課後に落ち合いたいと告げると、ファミレスが適していると返事が来た。そのため、時間を合わせ、ここで落ち合う予定になっている。
 確かにここは便利そうだと紅川も分かった。夜になり混雑し始めると自分達が何を話していようと他の声に紛れて聞こえない。周囲の人間も聞こうとはしてこない。その上、ドリンクバーを頼めば安価に長時間居座れる。高校生が長居しても何もおかしくない。

「堅物くん、何て言うとる?」
「今、駅に着いたらしい。もうすぐ着くと思う」

 時刻はもうすぐ六時といったところだ。黄金川の所属する高校は都内トップの進学校であり、某大学輩出者数も全国トップ。高校内での成績は盗賊団をしつつ中の上にはいるらしく、相当優秀であると言える。しかし、そのため授業の時間もたまに長くなるらしく、その上落ち合うファミレスから少し距離があるため到着は遅くなっていた。

「にしても、何で昨日俺らが帰ったところ見てたんだ? 二時とかだぞ」
「それは真っ赤な嘘です。おそらく見たのは郷田さんでしょう。あの方は社会人の恋人がいらっしゃいますし、その時間歓楽街にいても私ほどおかしくありません」

 兄の同僚と付き合っているらしく、相当な額を貢がせているのだとか。お金目的で付き合ってるって、体売ってるのはどっちだよと蓮は悪態をついた。

「いえ、お二人は真剣に付き合ってはいますよ。ただ、そう思われたくないために、もっと目立つ人間のデマを捏造しようと思ったのでしょう」
「あんたの悪い噂だな」
「ええ、そうですね」

 花畑は飄々と肯定する。やはり、この人間が身を売ることはないと思っていたのは事実だった。しかし、むしろ否定された方がいっそ気が楽だったかもしれないとため息を吐き出す。

「あら、紅川さんは私がそういったことをしている方がよかった、と?」
「そうじゃねぇよ」
「うわ、蓮やらしー」
「黙れ、意味はお前もわかってんだろ」

 本当に、自分と黒崎が真夜中に歩いているのを見たのが依頼人である花畑だったのなら何も問題はない。けれども、それが全く関係の無い、噂好きのクラスメイトだったことが問題なのだ。盗賊活動中に、いつ同級生と鉢合わせるか分からない、思ってもみないところから自分達の活動が白日に晒される危険性が出てきたのだ。
 それにしても、なぜそれをわざわざ花畑が見たことにしたのだろうかと疑問に思う。その嘘の情報に関しては黒崎が解説した。

「そら花畑さんが真夜中歓楽街出歩く人間やって刷り込みたいからやろ。ついでに自分がそんなとこおったことも隠せるしな」

 納得した蓮は相槌を打つ。狡猾すぎやしないかと、噂でしか知らない郷田への嫌悪感が募るが、おそらくそれが本人に知られることはない。よくもそんな女が女子生徒たちの中心にいるものだと呆れるが、むしろそれだけ狡猾だからこそ中心にいられるのだと思い直した。
 それにしても、この人は不憫だなと彼は花畑のことを観察しがてら同情した。盗賊団に頼ると言うことは何かしらの被害を受けているということだし、学校では同性から嫌われており、男子からは高嶺の花扱い。信頼できる相談相手もおらず、散々だ。

「何かやらしいなぁ、何さっきからジロジロ花畑さんのこと見とんねん」
「依頼人について知っておこうと思っただけだ」
「まあそういうことにしといたるわ、鼻の下伸ばした蓮が言い訳しても説得力なんてあらへんけどな」
「好きに言え、めんどくせえ」

 おもんないなぁと、黒崎が不貞腐れたところで、くすくすと花畑は笑い出した。

「本当に、仲がよろしいんですね」
「お互い他につるむ奴がいないだけだ」
「えー、蓮と一緒にせんとってや。うちはそこそこ友達おんで」

 どこがだと蓮は嘆息し、黒崎を呆れた目で見る。クラスの壁を越えてからかったり冷やかしたり引っ掻き回すトラブルメーカー、それが黒崎だ。皆から好かれてはいるが、十分以上共に過ごすと皆疲れた顔つきになる。そんな女がどの面下げて友達がいると言い張るのか。
 カランコロンと鐘が鳴り、従業員の「いらっしゃいませ」と言うはきはきした声が響いた。目をやると、“堅物”こと黄金川がこちらを見つけて片手をあげた。蓮たちの方を指差し、店員にあそこの席に合流したいと告げている。

「すまない。今日は授業が多かったんだ」
「進学校ですものね、構いません」

 東京、いや日本で最も高名で成果を挙げている進学校、それが黄金川の通う学校である。スポーツをするものもいるがあまり真剣に取り組ませてももらえず、授業は他の高校よりもペースが速く時間も長い。普通の学校で帰宅部の蓮や黒崎とは大違いという訳である。
 ビルで顔合わせをした時と何ら変わらない、ぴっしりとした制服姿で彼は現れた。品行方正を絵に描いたような佇まいで、ネクタイも背筋も真っ直ぐぶれていない。花畑が着席する所作からは育ちのよさからくるたおやかさのようなものがあったが、黄金川の動きには丁寧さを心がけた固く精密な動きのようなものを感じた。

「初めまして、依頼人の方ですね」
「はい、花畑と申します。この度は私からの依頼を引き受けてくださいまして、誠にありがとうございます」

 三人が揃うとなると、礼儀正しく花畑は礼をした。父がよくそちらの社長と懇意にさせていただいております、とのことだ。語尾が機械的な、あの特徴的な語り方を蓮は思い出す。なるほど、それで彼女から依頼が舞い込んできたわけかと納得した。
 それにあたって、こちら側のプロフィールも渡されているらしい。仕事を遂行する人間のプロフィールだから託されたのだろうか。能力まで開示するとは不用心なものだと蓮は少し呆れた。

「予め伝えておきますが、私も能力を持っています」

 その言葉に黒崎を除く二人が目を丸くした。手に持っていたコーヒーの水面が揺れる。

「私の能力は分析の能力です。他の能力による妨害が無ければ、その人のパラメータは見てとれます」

 そのため、紅川さんが炎の能力を扱えることはずっと前から知っていましたと彼女は言う。なるほどと、屋上で蓮が炎の能力者と見破った理由に合点がいった。
 だが少し彼女は気になる言い方をしていた。

「妨害が無ければってどういう意味だよ?」
「分かりません。ですが、黒崎さんならお答えできるのでは?」

 不意に話を振られた黒崎だったが特に驚くこともなく何も特別なことなどないと言わんがばかりに小首を傾げてストローでジュースを啜っている。このままだと黒崎は何も語らないと思ったのか、花畑は話を続けた。

「初めて見た時から、黒崎さんのプロフィールは何も分かりませんでした、視界にもやがかかっているように。今もずっと、見ようとしても見せてもらえていません。既に公開された名前だけが見えていて、他のものは見えません」
「スリーサイズは乙女の秘密やからなー、しゃあないしゃあない」
「そんなことを尋ねたい訳ではないのです」

 真面目な口調で花畑は黒崎に正面から向き直る。ヘラヘラしていた黒崎もその真面目そうな眼光に見つめられ、言葉を失った。

「依頼する以上、私からあなた方へ、あなた方から私へ、信頼を確立する必要があります。私は明かす必要のない自らの力まで明かしたのです、あなたも、私から信頼するために教えてください」

 その能力を。
 そこまで言われてようやく黒崎は、かなわへんなぁと頭を横に振った。か弱い箱入り娘かと思ったら芯の強いお嬢様だったかと軽口をたたく。その声には、言葉ほどの嫌みは感じられなかった。

「うちの能力は、嘘、や。情報の秘匿性のための手段でもあるから、うちは自分のことをいくらでも隠せる、ってことやで」

 これでええか? そう訪ねると花畑は、満面の笑みではいと答えた。安堵と喜びの混じった彼女のその笑顔は、女性である黒崎もドキリとするもので、顔を紅くして黙ってしまった。
 この人は案外黒崎に強いんだなと蓮でさえ驚くほどの、予想外の相性であった。

「さて、お互いに腹を割ったところで依頼内容の説明をお願いしたい、いいですか?」

 空気が滞ったのを再び動かすため、黄金川が口を開いた。一番の常識人はおそらくこの男だろうなと蓮が睨んでいた通り、交渉は割りと任されていたのだろう、依頼人との会話の進行は淀み無く行っている。それも、黒崎のように相手の神経を逆撫ですることなく、だ。

「そうですわね、本題に入らせていただきます」

 そう言って彼女は、財布の中から一枚の写真を取り出した。年期を感じる一枚で、縁はところどころささくれており、茶色く風化しかけている部分もある。
 そして写真には、歳月で現像が色褪せていたものの、それはそれは美しい肖像画が映っていたのである。