複雑・ファジー小説

Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.12 )
日時: 2018/01/16 16:53
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)

「……黒崎」

 今回の依頼の確認を終えた後に解散した際、四人は三つに別れた。これから塾へ向かう黄金川、迎えが来た花畑、そして寮暮らしの紅川と黒崎だ。二人と別れて学生寮へと向かう途中、先に話しかけたのは蓮の方だった。黄金川が来る前に話していたことで、気になる点が一つあった。

「なんや、どないしてん?」

 何か聞きたいことがあることを悟った黒崎はすぐさま本題に入らせる。話が早くて助かりはするのだが、蓮はまず初めに「今回の依頼とは関係ないかもしれねぇけど」と前置いた。

「一個変なところがあってな」
「昨日のうちらの目撃者のことやな」
「そりゃ気づくよな」

 おそらく、今回の依頼とは関係がない。けれども、依頼人に関して一つ疑問に思ってならなかった。
 花畑と、郷田という女生徒は仲が悪い、それなのに花畑が目撃した噂話を郷田にリークしたというような眉唾な話を誰が信じると言うのだろうか。あの辺りは嘘の臭いがプンプンしたなぁと黒崎はケラケラ笑う。

「まあ何か訳ありなんやろ。依頼に関しては嘘ついてへんかったし、何より花畑さんの性格は嘘偽り無く淑女らしいもんやからなぁ」
「もう少し見習ってほしいもんだ」
「やかましい」

 バンと大きな音を立てるように蓮の背中を叩く。いってぇなあという蓮の愚痴が西日が照らす赤い景色の中漏れた。身が焦がれるかのような、深紅のドレス……花畑の見せた肖像画に描かれた女性が身を包んでいた。
 今回の盗賊団への依頼は、花畑から不当に奪われた一枚の肖像画を取り戻すことだった。描いたのは花畑から見て母の妹であり、美術に携わる者なら知る人は少なくない有名な画家だった。花畑によく似たその肖像画の主はとても美しく、自画像かと思ったのだがそれは画家本人でなく、本人の姉であった。すなわち、花畑啓子の実の母だ。

「母は、三年前に白血病で亡くなりました」

 写真を見せるや否や、花畑は三人にそう告げた。ウイルスに感染して発症するタイプの白血病で、当時有効な治療薬も無く、医者の手を尽くした治療も虚しく若くして逝去した。まだ、四十にもなっていなかったらしい。もう三年も立ったので振っ切れましたという顔には偽りが無かったが、それでも依頼内容の説明をする様子はどこか寂しげだった。

「母が死んでからの父の知り合いには美術館のオーナーがいます」

 丁度一年前、絵画の品評会で知り合ったらしい。花畑の家は両親共に先祖を遡ると公家の家系らしく、昔から様々な人脈を持っているのだが、叔母と父は絵画の世界に精通しているため、そのオーナーと知り合う機会があったらしいのである。
 その男の名前は黒石 潤哉というらしかった。

「元々父のコネが欲しくて近づいてきたようなのですが、彼は我が家に来た際にもっと欲しいものを見つけたそうです」

 それこそが、例の写真の絵画だったのだ。今をときめく有名な画家の描いた美女の肖像画、それも若くして逝去した本人の姉の絵とは世間の反響も小さくないだろう。これは価値がある、そう考えたオーナー黒石は花畑の父親に交渉を始めた。
 しかし、当然のごとく父親は首を縦に振らなかった。あの肖像画は、彼にとって亡くなった妻が死ぬ直前に妹に頼んで書いてもらった世界に一枚だけの絵だ。何より娘の啓子も気に入っている。そのため、これだけは譲る気が無いといって、頑として聞き入れなかった。
 普通ならそんな絵、欲しいだなんて口にしない。けれども口にしたことから分かるように黒石にはそんな常識は無かった。

「黒石は酔った父に無理矢理契約書を書かせました。確かに多額のお金は入りましたが私たち家族にとって、あの絵はお金以上に大事なものです」

 貪欲で欲しいものは必ず手に入れようとする割りに、美術の価値に反したことはしたくない。美に関心のある金持ちの考えは分からんと、捏造の契約にわざわざ大金を自分から支払うオーナーの変な律儀さに蓮は呆れた。そんだけ惚れ込んだなら頻繁に花畑邸に通えば見れるだろうに。
 黒石は自分のやったことがわかっているため、すぐに父の前から姿を消した。美術館の経営を部下に任せてどこか海外へ逃げているらしい。この失態に関しては花畑家も隠さざるを得なかったらしく、表沙汰にもなっていない。

「ですが、その話をどこからか仕入れて声をかけてくれた方がいます。それが神田様です」

 誰だそれと蓮は即反応したが、それにはまず黄金川が驚いた。何も聞いていないのかと呆れた口調の黄金川の声に黒崎が動揺したことから、蓮はただ黒崎が伝え損ねているだけだとすぐに察した。
 神田 透、通称社長、盗賊団の結成者であり、統率者でもある。連絡を入れたのはつい先日、黒崎と社長が知り合って後である。つまり、花畑家の事情について実際に情報を入手したのは黒崎だった。
 本当にこの女はどこから情報を得ているのかと、いつもながら蓮は恐ろしくなっていた。

「にしても、またでっかいところに潜入せなあかんなぁ」
「お前行かねえだろ」
「そらな。自室からナビしとくわ」

 自室へと戻る道すがら、どうやって潜入するかどうかをいつものように考えていた。
 セキュリティはどうなのか、遠隔でシステムを乗っ取れるのか、警備員はいるのか、そして何より目的のものはどこに仕舞われているのか。知るべきことは沢山ある。
 けれども、奪い返すべき品物を奪い取る好機は今この時にしか無い。本人が逃亡し、気づこうにも気づけないタイミングは今だけだ。元々が詐欺まがいで手に入れたため盗難の届けも出しにくいだろう。なぜわざわざ元の持ち主が取り返そうとするのかの説明がつかない。

「奪い返した後のことは考えんでええらしいわ」
「は?」

 社長からの伝言だと黒崎は言う。

「逃げた理由は花畑さんとこの一件だけちゃうらしいわ。戻ってきたら余罪で起訴される予定らしいからさっさと終わらせんで」
「なら、捕まえた後に絵を取り返せばよくね?」
「似たような購入希望者が他にもぎょうさんおるらしいねん。それなら、行方不明にしといた方がええやろ?」

 そしたらもう二度と奪われへん。それが黒崎の主張だった。

「そうだな」
「せやろ」
「知り合いなのか?」

 不意討ちを喰らった黒崎は一瞬顔を強張らせた。やっぱり無警戒の時はこいつにもあるものかと紅川は妙な納得をした。

「お前、どうでもいいことなんて何一つ調べねえだろ。黒石ってオーナー知ってるやつなのかと思ってな」
「何のことやろなー」
「黒磯、黒川、黒田、小黒、黒岩……今までに二人だけでやって来た仕事のターゲットだ」
「どっから調べてん」
「常識的に考えてあり得ないくらいに、標的の名前に黒の字が入ってる。そしてお前、自分のこと話したことないだろ」

 人助けは本望だから手伝ってきた。黒崎が自分を利用しているのであろうことも理解している。

「利用する範囲が俺だけならまあいいかと思ってたけどこの際だから言っとくぞ」
「何や、私利私欲で動くな、か? それとも見損なったから解散、か? それとも昨日の今日で仲間意識芽生えたから他の連中を巻き込むな、か? どれでもええで、聞かんけどな」
「いつか話してくれ」

 はぁ? 陽が落ちきった夜の景色に間抜けた黒崎の声がこだまする。何バカ面晒してんだよと蓮は悪態をついて茶化した。

「全部終わってからでいい。何のためにやってきたのかを教えろ」

 手伝ってやる。
 短いながらも力強い言葉に、黒崎は言葉を返すことができない。

「やってることはグレーだ、義賊気取って自己満足してるだけだ」

 でもな、自分で言った消極的な言葉を、蓮は自分から逆接で否定した。珍しく真顔で、これまた珍しく黙っている黒崎を横目で見る。
 静かにしてるとあながち美少女も間違ってねえなと蓮は口もとだけで笑い、再び前を向いた。

「お前は悪党じゃねぇ、そう俺は信じてる」

 その後は、二人ともずっと黙っていた。黙々と、寮へ向かって歩いていく。次第に学校の近所になってきて、そろそろ知り合いと鉢合わせるかもなという辺りで一旦二人は別れた。
 黒崎は先に寮に帰り、蓮はとりあえず時間をずらすために立ち読みでもしようかとコンビニに寄る。
 下校時刻をとうに過ぎているので、帰る途中の生徒とすれ違うことなどきっと無いだろう。だが、それでも一応蓮と黒崎が不用意に懇意にしていることを知られないようにしている。
 確かに、二人が親しい友人に見える人もいるだろうが、それは学校にいる間のみ、そう思わせておくに超したことはない。お互い他に友人は少ないので帰り道は大体一人だ。
 けれどこうやって、途中まで二人で帰るような日は何となく一人になってからが虚しかった。

「うちの事を信じてる、かぁ……」

 空に浮かぶ欠けた月を見上げ、その言葉の主を思う。腹立つなぁと、気がつけば声に出していた。

「嘘つきにそれ言うんは反則やろ」

 誰も聞いていない独り言、偽る相手のいない月夜に、一人の少女は上機嫌で道路を闊歩するのであった。