複雑・ファジー小説

Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.13 )
日時: 2018/01/17 01:42
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


「やあ、今日は俺が一番乗りだったみたいだな」

 休日の昼間、都心にそびえる高層ビルのオフィス、その会議室に黄金川は腰を下ろしていた。二番目にやってきた蓮に対して気さくに声をかける。ただ、本人の性格のためだろうかその言葉はそこか堅苦しく聞こえた。まあ、信頼はおけるんだけどなと、胸中で苦笑し挨拶を軽く返した。

「黒崎さんとは一緒じゃないのか」
「ああ、寮じゃそこまで話さないようにしているからな。片方捕まってももう片方は無事に済むように」
「なるほど、やはり君たちは二人でやってきただけあるな」

 得心がいった黄金川は中指で眼鏡を持ち上げてその位置を正した。秀才ぶった動きだけれども、実際に秀才なのだから当然かと、勝手に一人で呆れては勝手に納得する。真面目な男ではあるが、生真面目すぎることもなく、勉強漬けの思考ではなく落ち着いた人柄、黄金川はやはりこの集団において最も大人なのだろうなと蓮は思う。ほかの連中は世間知らずに文字通りお子様、となるとそれも当然といえば当然なのだが。
 蓮が今日一人で来た理由はそれだけではなく、黒崎は花畑を呼びに行く役目を仰せつかっていた、というものもある。今日は昼間のうちにこのオフィスで連絡事項を伝えられる予定になっているためだ。今回ここに集まるべく人間はすでに到着した黄金川と蓮、話題に上がった黒崎に、彼女が案内するはずの花畑、そしてもう一人を加えた五人だ。
 黒崎とそのもう一人が、それぞれ情報を仕入れてきているので、それを突き合わせて本日の夜を待つ。もっと事前から打ち合わせるべきだとも思われるが、頻繁に会っていると目立ってしまう。作戦会議は、然るべきものが考えてきた作戦を全員に共有するためのたった一回があればよい。それならば、後々様々な条件が変更されてしまうことのないように、当日に行うべきだというのが盗賊団の普段の様子らしい。基本的に全員が学生、あるいは大企業の社長を担っているので、決行日が休日になってしまうという欠点があるのだが、誰も起訴しない、正確にはできないような事件なので学生などが警察から重点的に盗賊だとマークされるような事態は起こっていない。
 そもそも盗賊団は、警察内部に存在を知る者はいても、警察から捜索されることは今のところないのだ。そして存在を知っているものも、盗賊団の招待どころか黒幕が社長その人だという事実を誰も知らない。
 蓮が一度閉じた扉が、また小さく音を立てて開いた。落ち着いた佇まいで一人の少女が顔を見せた。依頼人である、花畑啓子である。普段は制服姿しか見たことがないため、私服は初めてだなと蓮は思う。白い服と赤いスカートが鮮やかな格好だが、蓮は「この服の値段と自分の一月での食費だとどちらが高いか」という脱線したことしか思い浮かばなかった。右手に下げているバッグのブランドならば蓮もよく知っており、あのバッグだけで食費は負けたなと、下らない自分の中の戦いに終止符を打った。

「今日は。先日はどうも」
「おっす、といっても俺は昨日廊下ですれ違ったけどな」
「何の反応もなくて悲しかったです」
「いや、仲良くするわけにもいかんだろう……」

 何かあって蓮が捕まった際、その直前の日付から急に仲良くなっていたとしたら、花畑の関与が疑われるのは当然だ。依頼人の意に沿うよう仕事をするのは当然だが、もし不測の事態があっても依頼人に火の粉がふりかからないようにする、それが黒崎と二人で蓮が守ってきた、これまでの義賊活動での矜持だった。そのため、これからも依頼人とは不用意に仲良くすることはない。たまたま、同じ学校に通っていたとしても、だ。
 そして、花畑が来たということはもう一人到着した者がいるはずである。後ろから、人をからかう満面の笑みを浮かべて黒崎が現れた。

「二人とも早いなあ……せや! 聞いてや、花畑ちゃんここに来るまでめっちゃおもろかったで」
「ちょっと、未来さんその話は……」
「ええやんええやん、減るモンちゃうし」
「そういう問題では無いです」

 白宮よりもずっとお嬢様らしいな、ふと黄金川は苦笑を漏らした。蓮しか聞こえない程度の声だったが、その言葉に初対面の白宮の様子を思い出して蓮も違ぇ無えと乾いた笑いを漏らした。それもまた、黄金川にしか聞こえておらずお互いに顔を見合わせ、苦々しく笑いながらアイコンタクトを取った。

「むー、男子二人何盛り上がっとんねん、こんな美少女二人を差し置いて」
「悪いが黒崎さん、俺は自ら可愛いと言う女性の言葉は信用しない。依頼人の方は認めよう」
「むー、つれへんやっちゃなあ」
「マジでお前、半年くらい黙ってたら皆可愛いって言ってくれるぜ」
「そんなん未来ちゃんのチャームポイントゼロやんかー」
「……確かにそうですね」
「ほらー、花畑ちゃんかてこう言ってくれとるやんか」
「私が同意したのは紅川さんの言葉です……」
「嘘やん! むー、じゃあ今日の花畑ちゃんの失態でも」
「やめて下さい! 違うんです、その……持ち合わせがですね……」
「持ち合わせの問題ちゃうやろ! IC定期の要領でブラックカード改札にかざす姿なんて初めて見たわ!」
「普段君はどうやって通っているんだ、学校に……」
「真面目な顔で呆れないでください! いつもは車で送ってもらっています!」
「胸張って言うことでもねえよ」
「紅川さんまで……」
「いや、俺至極まともなことしか言ってねえよ」
「何だい、盛り上がっているネ?」

 高校生たちが軒並みはしゃいでいるところに、最後の一人が会議室に現れた。当然と言えば当然の人物、このオフィスの持ち主、社長こと神田 透である。

「重役出勤で申し訳ないネ。そこそこ大きな企業の社長なんてしているものだから、少し仕事に追われたたんダ」

 そりゃ仕方ねえよ、表の顔だもんなと友人のように蓮は答える。よく社長にそんな口をきけるなと、白い目で蓮を見つめたのちに黄金川はお疲れ様ですと頭を下げた。おっすー、待っとったでーともっと茶化した態度で接する黒崎をたしなめ、花畑は叱っている。高校教師も大変そうだと、彼らの様子を見て社長は失笑を漏らした。

「さてと、ここからは気を引き締めてもらうヨ。仕事内容の確認ダ」
「はーい、うちから説明する?」
「黒崎さんが調べた分はそうしてもらおうかナ?」
「じゃあうちからは主に美術館そのものの説明をすんで。社長さんからは後々人員的ななんやかんやを教えてもらうわ」

 黒崎は会議室に備わっているスクリーンとプロジェクターを用いて自分が調べてきた情報を映写した。一応外から見られたりすることのないように、素早く黄金川は全窓のブラインドを下げた。先ほど自分のことを褒めてきた黄金川だが、こいつ自身も手馴れているなと蓮は感心した。
 まず初めに映し出されたのは美術館周辺の地図であった。ところどころ重要そうな周辺施設や道路、交差点には注釈が入っている。危険な場所はその警戒度に応じて黄色や赤でマーキングされている。見慣れたレイアウトだなと蓮はいつもながら、よく調査されたデータに感動する。普段ろくでもないことしかしない言わない肝心なことを聞かない言わない見てくれないの五点揃い踏みなのに、こういったリサーチは誰よりも完璧にこなす。

「この辺りは基本的に人通りが多いし、監視カメラも多い。せやから、一切人目につかずにここまで行くことはほとんど不可能や」
「ほとんど、ということは抜け道があるんだな」
「お、話早いやんか堅物君。そう、怪しまれずに潜入できる経路は二つあんねん」
「ふむ、一つ目は何ダイ?」
「一つ目はごっつい簡単や、基本ビルの屋上とかって誰も入れへんようにしとるから、監視カメラ置いとるとこは少ない。うちが監視カメラに引っかからなくて済む屋上ロードマップ作ったから蓮はいつも通りパルクールよろしく頼むわ!」
「任せとけ」
「俺はどうするんだ? この感じだと二つ目のようだが」
「その通り! 堅物君には美術館の壁が大理石なのを利用してもらうわ」

 この美術館は展示品が置かれていない場所、例えばトイレなどは全くカメラが置かれていない。そこを突くと黒崎は言う。

「だが、そこまでどうやってたどり着くんだ?」
「簡単やん。普通にいけばいい」
「いやいやいやいや、だから人目に付くんだろう?」
「ついてええねん」
「どういう意味だ?」

 黒崎の作戦が予想できないらしく、黄金川は小首をかしげる。花畑も、社長もよく分かっていないようである。ただ唯一、これまでずっと黒崎と二人で様々行動してきた蓮だけが察したようである。

「それはなー」
「なるほど、今から行くのか」
「人のセリフとんなや」

 いざ、種明かし。その瞬間に横やりでぴたりと正解を言い当てられた黒崎は真顔で蓮に噛み付いた。蓮はいつもの仕返しだと言わんがばかりに舌先を見せておどけて挑発する。いつか覚えとけよと黒崎は舌打ちし、もう何となく想像できているだろう残りの三人へ説明する。

「堅物君にはこれから、作戦を急いで記憶して現地に向かってもらう。営業時間中に客として入場、ずっと美術館の中に潜んで、閉館ギリギリ、他の客が帰るタイミングで、誰も見てへん、そしてカメラに映へん位置から能力を使って壁の中に潜り込んでもらう」
「なるほど、超能力が広まっていない社会だからこそできる作戦だな」
「ただ、あんまりにもカメラに映らん場所ばっか行き来しとったら後から目ぇつけられるかもしれへんから気をつけや」

 この美術館は、来場客がいなくなったら監視カメラを切って警備員、人によるセキュリティに切り替わる。結局金で雇った人間が最も信用できるという理由らしい。だが、この警備の連中もずっと警備しているわけではなく、シフトを組んで交互に巡回している。

「ただな、この警備員、最近大幅に人員が整理されたらしくてな」
「そのせいで、少々懸念材料があるんダ」

 そこからは、いったん社長が引き継ぐようで、黒崎は黙った。そして代わりに、社長は重たい口を開いた。



>>次回へ



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作者です。途中未来という人命が出てきましたが、黒崎の下の名前です。
過去の話で既に出ているのですがその話を更新したのが何分ずいぶん前ですし、一応補足しておきます。
後、今回も今後もそうですが、説明などのセリフが多いときは今回のようにセリフだらけの話になると思います。そうでもしないと話が進まない自信がありますので……あまり信条描写のようなものを挟まないようになってしまいますがご容赦ください。
それとたぶん、発言者が誰なのかは口調から分かるように調整しているつもりですので大丈夫だと信じています。だからそう、許して下さ((