複雑・ファジー小説
- Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.14 )
- 日時: 2018/01/21 16:30
- 名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: ajaa150U)
「その美術館の警備員なんだがネ、先日記録を漁ってみるとどうにも大きな人員整理があったのは今、黒崎さんが言ってくれた通りだ。ただ、その際にやってきたという新しい警備員が厄介でね」
表向きには同じ警備会社からその美術館へ派遣されてきたことになっていた。だが、一応きな臭く感じた社長が会社の方のサーバーにアクセスしてみたところ、新しく配備された人員は全員が、そもそもその警備会社に入ったばかりのものだった。
いや、正確には「ずっと前からいたかのようにデータが改竄されていたが、実のところつい先日入ったばかり」だった。十年以上勤務していたことになっているデータだが、実際の勤務記録のようなものを漁ってみると、該当者たちのこれまでの勤務記録はまっさらな白紙だった。誰も、わざわざこんな事をして調査してくることはないと思っていたのか、あまりにも杜撰な工作だったヨと社長は続ける。
おかしいと思った社長は懇意の探偵を雇って、その会社に勤務している人たちに、その疑わしい社員に関して聞き込みをしてみたところ、誰もがそんな人は知らないと首を横に振った。若い社員だけではない、ずっとそこで勤務しているような白髪の混じった女性も、人事で働く男性も、誰もが知らないと言う。人事さえ知らない、そんなもの怪しいという他ない。
あまりにもきな臭い、そう思った社長たちはより一層の調査を行うことに決めた。その結果行きついたのが、標的美術館の新入り警備員の、「本当の来歴」だった。この者たちはしばらく、日本にさえいなかった。海外に本拠地を構える傭兵会社、紛争地帯でずっと戦火の中に身を置いてきた者たちだった。
「……一応、盗賊団の正体なんかは隠し通せているのだけど、存在自体は多くの悪人に既に知れ渡っていてネ。おそらく今回の標的、黒石もどこからか情報を仕入れているのだロウ。不当に奪われた美術品を取り返すのは今回が初めてじゃなイ。超能力自体は知られていなくとも、こちらも武力的に対抗する手段があるということはばれていル」
そういった者たちが潜入してくる可能性を考慮したのだろう、自分がやった行いを自覚している黒石はあらかじめ対策を打つことにしたという訳だ。それが、傭兵経験のある者たちをヘッドハンティングして警備員に投入したということらしい。長年傭兵を続けてこれただけはあり、彼らは全員戦闘員として純粋に強い。能力があるからと過信していると、足元を掬われてしまうだろうと、脅すように社長は告げた。根が真面目な黄金川はごくりと息を呑み、蓮も緊張の色を顔に見せた。
「警備員は一度のシフトに三人入っていル。日によって傭兵上がりの人間が入る人数は違うが、基本二人以上は入っているけど、今日のところは二人だネ」
三人じゃなくてまだよかった、緊張を完全に取り除くことなどはできなかったが、それでもハードルはほんの少し低くなったようになった思う。それでも、残り二人がどの程度実力者なのかわからない以上、まだまだ油断できない。
「全て人力で警備しているというのは、確かに機器で唐突に感知される訳でないから少し気楽にも思えるが、実のところ危険ダ。例えば監視カメラなら完全な死角から付け入ることができても、人間にそれは通用しなイ」
「見つかったらどこまでも追ってきやがるし、視野はいくらでも動かせるから顔も捕捉されやすい」
かつて警備員に見つかりかけた蓮だったがその時は無理やりスプリンクラーやら防火扉やらを自前の炎の能力で作動させて何とか逃げおおせた。ただ、それが常時上手くいくとも限らない。未だに、蓮にとってあの時捕まっていないのが不思議だと思うような危険な綱渡りはこれまでの活動のうちにいくつもあった。
ツーマンセルで行動するというのはいいことばかりではない。人間だれしも、緊張していようと油断してしまう瞬間はある。うっかり息遣いを漏らしたり、足音を消せきれなかったり、他の者の気配に気づかず人影を見られたり、考えうる不運の起こる確率が、全て跳ね上がる。
「……上等じゃんか」
「あの、いいんですか……」
武者震いに襲われた蓮は、鼓舞するように強気な言葉を放つ。しかし、その裏に潜む不安と緊張を読み取ったのか、花畑は張り詰めた空気の中で話に割って入った。その唇は、話すべきか話さないべきか決めかねているようで、真一文字に一度固く結ばれた。それを待つように、数秒の時間がたつ。重苦しい中の数秒とはこんなにゆっくり流れるのかと花畑は思う。だが、意を決して彼女は口を開いた。
「こんなの、皆さんは納得できるんですか。だって、私は赤の他人ですよ。報酬を渡すという契約こそありますが……私にとって大事な宝とはいえ、あなた方から見ればただの肖像画一枚。そんなもののために、自らを危険に晒させるだなんて」
本心だった。自分自身の望みのため、善良な、同い年の少年少女を、常に顔合わせるような同級生を巻き込んでよいものかと躊躇いが生まれた。これまで怖いと思ってこなかった紅川だが、黒崎と接している姿を見れば話しやすく、おのれの能力で確認するならば正義感に溢れた人間だと分かっているような人間だ。品行方正に見せかけている他の生徒たちよりも、ずっと誰かのために動ける人間だ。それなのに、そんな人を巻き込んでいいものなのだろうか。もし今夜彼らが捕らえられ、明日から学校で紅川 蓮の姿が見られなくなったとして、果たして自分はそれを気にせずに生きていけるだろうか。
「それは……」
黄金川も、社長も何か答えようとして黙り込んでしまった。彼女の望んでいる答えとは何であるのかさっぱり分からなかったからだ。大丈夫、気にするなと伝えるべきかと思われるが、きっとその言葉は望まれていない。気にするなといえば余計に心労が重なる、そういった人間だとは特別な能力がなくともわかる。ならば依頼を撤回するかとも聞けない。特に社長は、自ら盗賊団を彼女に紹介した身であるどころか、花畑が藁にもすがるような思いで盗賊団に依頼することを決めた表情も、全部見ている。
黒崎にも、こういったことは分からない。情報収集に長け、嘘を自在に操り、他人の本心を見抜くこともできる彼女も、その人すら知り得ない答えを求めることはできないのだ。
「やはり今回の依頼は……」
それが理解できた花畑は、自ら依頼を取り下げようとする。母親は、ずっと昔に無くなっている。絵が一枚失われたところで、何も変わらないではないか。むしろ、これからはちゃんと吹っ切れて生きていくことができる。真の意味で、母と別れることができる。
それで、いいじゃないか。諦めようとしたその時だった。
「いや、自業自得だから仕方なくね?」
「……と、言いますと?」
唐突に口を開いた蓮の言葉にその場の人間は全員困惑する。花畑にいたっては、きょとんとして口を閉じるのも忘れてしまったかのようだ。
「いや、そもそも俺らはあんたの絵を取り戻したい訳じゃなくて、いや取り戻すのが目的なんだけど、やりてぇのは勧善懲悪なんだよ。そこに性根の腐ったやつがいる、悪いことしたら天誅が落ちるはずなのに落ちてねえ、だから神様に代わって報復してやんだよ」
「でも、私が頼んだから行くんですよね」
「違うね、あんたがいたから悪人が一人見つかったんだ」
だからあんたの意志とは関係なく、気に入らねえ奴をぶっ飛ばしに行くんだよ。荒々しい口調で、いつも通り蓮は主張する。
「その自己満足のために不法侵入するんだ、見つかっても自業自得だ。それにそもそもヘマ打たなきゃ捕まんねーんだから、それこそヘマした自分たちのせいだ」
「そういう問題じゃないでしょう」
「そういう問題だ。あんたは絵を取り返してほしいと頼んだだけだ。目には目をで犯罪に手を染めてるのはこっちの自己責任だ」
そんな理屈が通るものかと思うが、蓮のあっけらかんとした口調と様子から、本心で言っているのが見て取れる。そんな馬鹿なと自身の能力で分析してみるも、彼の本心は態度に全て表れているようである。確かに今の言葉は花畑を気遣うゆえに出た言葉なのだろうが、同じようなことを、胸の奥で本当に思っているようである。
「あんた、いじめにも一人で戦ってるだろ」
「……何のことでしょうか」
「依頼終わってほとぼり冷めた頃に、ダチになってやるよ。これで結構ビビられてるみたいだから、その知り合いになったらそうそういじめられねえだろ」
「ですが、それは紅川さんのポリシーに反して」
「あーあー、知らん聞こえん。とりあえずここにいるのは全員あんたの味方だ」
唐突にやり玉にあげられた三人は豆鉄砲を食ったが、花畑が彼らの顔を見回した時には、もう蓮の言葉を飲み込んでいた。自己責任、少々乱暴な理屈だが蓮らしいなと黒崎は大爆笑する。まあ間違ってないなと黄金川も満足そうに頷く。ここにいる者は確かに全員依頼人である花畑の味方だと社長も蓮の言葉を肯定した。
「ほら合ってるだろ。これからは、頼っていいんだ」
作戦会議に戻ろうぜと、蓮は黒崎と社長に会議の進行を戻した。この会議ののち、黄金川は閉館時間までに美術館に入館しなくてはならない。これ以上時間を無駄に使う訳にはいかなかった。警備員の基本装備から、今日見回りを担当している三人の癖、巡回ルートや巡回の時間、そして建物の内部構造など、頭に入れることは数々ある。
会議の最中に、黄金川は隣に座る蓮の方へ目配せした。
「どうした?」
「いやな、さっき君が言った言葉は、君も覚えておけと言っておきたくてな」
「どれだ?」
「これからは、頼っていいんだ」
ずっと一人で黒崎の作戦を実行してきた蓮だ。黒崎にも予想できなかった事態に戸惑ったことは一度や二度ではない。そんな時、黒崎の献身的な外部からのサポートも確かにあったが、基本的に頼れるのはほぼほぼ自分一人しかいなかった。
例えば今回なら自分がいる。困った時にはお互い様だと蓮に告げる。
「一蓮托生ってやつだ」
「俺バカだからその意味はちょっとわかんねえな」
「なら理解しなくていい、その代わり無事に帰るぞ」
作戦決行まで、残り十二時間。