複雑・ファジー小説
- Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.2 )
- 日時: 2017/09/03 14:27
- 名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
パイロキネシスの超発展系。黒崎によると、彼の能力はそう形容するのがずばり適していた。そもそも、彼の能力の根幹を成しているのは発火能力である。中学の理科の実験の際、ガスバーナーで手を炙りかけた日になぜか彼の能力は花開いた。
彼は口調の粗さから推察されるほど愚かで考え無しではなく、むしろ聡い部類であったため、この力のことは親兄弟にも親友にも告げなかった。そして、人目を忍んでその能力について自分なりに研究していくうちに、できることの幅はだんだんと広がっていった。
彼が次にできるようになったのは火を使わずに温度を上げること、熱の能力であった。きっかけは、夜中にコーヒーが飲みたくなった時、温めようと思いながら水道を捻ると、そのままお湯が出てきた時だ。ガスを使うより自分の火を使った方が静か、そのため彼は自分の力で温めようとしたのだが、温度を上げたいという意思が優先されたのか、物を熱する能力に目覚めた。
それ以降、能力の応用は留まるところを知らなかった。今回利用するのはそのうちの一つ、熱操作能力の一部、体温の低下だ。とはいえ、元が炎を操る能力であるため、あまりに低温にはできない。その時自分が置かれた空気の温度、それが下限だ。しかし、だからこそサーモグラフィーには関知されない。
これは、表面温度だけではなく体内も同様である。黒崎にかつて、そんな状態でちゃんと生体内のタンパクは動くのかとその昔心配されたが、どうせ科学で説明できるような事象ではないと彼は割りきっている。
「ここを抜けたら、後は?」
悠々と、口笛混じりに彼はフローリングを闊歩する。このフロアは音も拾われない仕様だ。サーモグラフィーに頼りすぎではないかと不安になる。まるで、誘い込まれているようで怖い。
「もういっちょ階段上ったら終わりや。社長室入って金庫壊して中身抜き取って終いや」
「金庫壊して大丈夫か?」
「アナログのめっちゃ丈夫な金庫らしいわ。デジタルやとハッキングで開けられるのが怖いからやって」
「アナログだから無理に開けてもバレないって?」
「そそ、せやからはよ終わらせよ」
簡単に言いやがってと、彼は大きくため息をついた。中身を焦がさないよう施錠部のみこじ開けることがどれだけ気を張るか、向こう側の彼女、黒崎は分かっていない。
「あれ、めっちゃ熱しないと開かないんだからな。中が常温になるよう、入れ物は高温になるよう二重で能力使うのってきついからな?」
「んな固いこと言うなや、今さら。蓮やったら楽勝やろ」
説明してもはぐらかされ、理解してもらえないだけと諦めた彼は、いつのまにか目的地へとたどり着いていた。もちろん施錠はされているが、鍵の部分の金属を融解させて施錠を無かったことにするので関係ない。
「着いたぜ」
後は、金庫をこじ開けるだけ。隠されていたらどうしようかと思ったが、そのような心配はいらず、巨大な金庫は窓側の壁に寄せて立てられていた。なるほど、丈夫だと言う訳である、自分と同じくらいの背丈の金庫に、彼は圧倒されていた。
人間一人がそのまま入ってもばれないくらいではないかとも思える。少し怖じ気づいてしまったが、これを開けなければならないのだ。早速彼は作業に取りかかった。
「あのな、蓮」
「んだよ黒崎」
「うちな、謝らなあかんことがあんねん」
「そんな気はした。で、何だ?」
「今回の依頼、横領とか全く関係ないんや、実は」
「は?」
一瞬、作業の手が止まる。それを察知したかのように、黒崎の声は手を緩めないようにと指示を出してきた。
「今回のほんまの依頼人は社長さん本人でなぁ」
「俺を捕まえさせろって?」
「ちゃうちゃう、話聞けや。あんたの実力が見たかったらしいわ」
「はぁ? どういうことだよ」
「無事にその金庫開けられたら教えたるわ」
まだ誤魔化すのかと蓮はイライラを募らせる。なら開けてやればいいんだろうと、解錠のラストスパートに取りかかる。後は、金庫の扉を引っ張るだけ。
そもそものサイズが大きいだけあって、その扉はとても重かった。筋トレをしているような気分で、両腕の力をフルに使って金庫をこじ開ける。
中には、書類など入っていなかった。代わりに入っていたのはというと、見慣れた顔の同級生。
「おまっ、ここで何してんだよ!」
「何って……試験監督? 入団テスト一次選考の」
「はぁ? ここに着くのが一次選考だって?」
「やっぱあんた物分かりよくて助かるわ。せやからな……」
「てか、一体誰がなんのためにそんなこと……」
「こっから早速二次選考やで」
黒崎が小気味良く指を慣らすと、奥のドアから三つの影が躍り出る。目の前の相棒はというと、焦る蓮の顔つきに、さも面白そうな笑みをこぼした。
「嵌めたって訳か?」
「まあそうっちゃそうやな。なんにせよあんた……」
捕まらんように頑張りや?
暗がりに、楽しそうな黒崎の声がただこだました。
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