複雑・ファジー小説

Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.3 )
日時: 2017/09/04 14:46
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

「まずは俺が拘束する」

 一人の男が飛び出してくる。出方を窺う蓮であったが、すぐさま足元の違和感に気が付いた。ありえないことではあるが、足場がまるで意思を持ってうごめいているようであった。いたって普通の建造物のはずなのに、どうして。
 不味いと分かったのは少し手遅れで、途端に足場は陥没した。対照的に、周囲の部分は競り上がり、まるで檻のような形となって、石造りの牢獄は蓮の事を捕らえてしまった。
 しかし、彼は慌てない。瞬時に状況を把握すると、高温の炎を自身の障害となる牢獄へと叩きつけた。極高温に当てられた障壁は燃え上がり、蓮が通れる大きさの風穴を開けた。

「おいおい、熱すぎだろ」

 自慢の檻が即座に破られたと分かると、捕らえた男が脱出するよりも先に、男はその穴を塞ぐべく手をかざした。
 同じ手にかかる訳にはいかないと、穴が塞ぎきるその前に、蓮はそこから拘束の外へと飛び出した。

「んだよあいつ、どういう仕組みだ」
「あなたと同じでしてよ」

 頭を撫でられる感覚がしたため、弱い炎をまとった右手で上空を薙ぎ払った。ひらりと影が舞い、蓮の反撃を優雅にかわす。目の前の光景に、彼はいたく驚いた。
 しかし、信じざるを得ない、一人目の男の働きにより、陥没した場所に立つ蓮の頭を撫でるなど、浮いていなければできない芸当だ。暗がりで顔はよく見えないが、長い髪をたなびかせた女性が宙を浮かぶ景色に彼は一瞬意識を奪われた。

「変な力持ってるの……自分だけ……とか、思って、た?」

 静かでぼそぼそとした声音が、フロアを沈めた男の隣の方から聞こえてきた。彼女は他の二人と違い、何をするでもなくぼんやりと蓮の方を眺めている。

「何にせよ、ビル一階分の深さの穴にはまった君は、もう出られないだろう?」
「……お前らも、俺みたいな超能力を?」
「そんなところよ。さて、詰みかしら。大したことないのですね」
「ぬかせ……!」

 両手で炎を起こし、足元に叩きつける。小さな爆音を響かせ、爆風により一気に蓮は舞いあがった。余裕ぶった口調の、浮いた女に並ぶ位置まで一気に飛んでみせた。
 だが、それでも対面する三人の余裕は崩れない。

「やりますわね」

 ですが、残念でしたわね。彼女がそういうと、空中で蓮の体はぴたりと止まった。それ以上上昇することも無ければ、落ちることもできない。ただ空中を溺れるようにもがいても、彼女に近づくこともできない。

「私は触れたものを浮かべて、自由に動かせますの。そこでじたばたしていなさい」
「はっ、形のねーものだったらその力無駄だろ」

 脱出こそできないが、相手に自分を落とす気がないと分かると、彼は掌を彼女の方へと向けた。紅蓮の炎が、その手の中に集束する。

「ぶっ飛べ!」
「暴力……反対……」

 先程まで動こうとする意志が見られなかった最後の一人が、とうとう動いた。仲間のピンチに彼女も自分の能力を使った。
 ジュッと、焚き火に水をかけた時にするあの音がして、蓮の手中の炎は消えてしまう。それもそのはず、彼は全身に水を被ってしまっていた。それは、後から後から滝のように彼に襲いかかる。

「ちょっとアクエリアス! 私までびしょ濡れでしてよ」
「ん、ごめん。でも私……グッジョブ」
「それ、自分で言うかよ……」

 始めに動いてから静かになった男が、呆れた口調で隣にいる女に釘を刺す。

「でも今度こそ、終わりかな」
「はっ、舐めんなよ。水なんか、全部消し飛ばしてやんよ!」

 その後の疲労感など全て苛立ちで忘れた彼は、最大出力で炎を放出する。それはまるで大火事のように荒れ狂い、先程頭から被った水でさえも一気に大気中に押し返す。

「おーおー、えげつないパワー」
「アクエリアス、手を緩めてはいけませんよ」
「りょうかーい」

 滝のように降り注ぐ水と、それすら瞬時に蒸発させる紅蓮の炎。先にスタミナが切れた方が負け、両者の根比べは実に三十分ほど続いたが、先に折れたのは蓮の方だった。ジリジリと肌を焦がすような高温はしだいに落ち着き、乾いてパリッとしていた彼の服も、再びじっとりと濡れてしまった。
 彼を浮かせた女はというと、今度は濡れないところから悠々とその様子を眺めている。

「あー、疲れ、た」
「くっそ、何だってんだよこいつら」

 肩を大きく上下させ、ゼェゼェと息を吐きながら彼は悪態をつく。一体何だってこんな目に。そのときふと、自分を罠に陥れた張本人のことを、彼も思い出した。

「黒崎ぃっ! 結局これは何なんだよ!」
「あ、うちのせいって覚えとったん?」
「当たり前だろ!」
「せやから入団テストやって。うちら二人がこの人らのお仲間になるための」

 こんな粗っぽいテストがあってたまるかよ。そう蓮が吐き捨てると、それに関しては全く同感だと他の四人も一斉にうなずいた。

「はぁ? 何でお前らまでそんな態度なんだよ。じゃあこれ考えたのどこのどいつだよ」
「私だヨ」

 黒崎以外、知らない連中ばかりがポンポンと現れた中でまた一つ新たな人物が増えた。見ず知らずの連中を統率する胡散臭い男、であるはずなのにその声には聞き覚えがあった。
 話したのは一度だけだったが、すぐに覚えられる独特の、鼻につくような話し方をする男。胡散臭いけれども、情報だけは丁寧に提供してくると蓮も評価した男。
 そう、最後に現れたのは、今回の依頼を出してきた依頼人その人であった。



>>4