複雑・ファジー小説

Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.4 )
日時: 2017/09/07 12:59
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

「あんた、今回の依頼人の……」
「何だ、覚えていたのカイ?」

 勿論だと、蓮はゆっくりと首肯した。こんな特徴的な声はすぐに覚えられるし中々忘れられもしない。機械のように無感情で、それでいて気怠そうなリズムでだらりと垂れるような語尾。感情らしい感情が今一読み取りにくい、少し気持ち悪い語り方。今回の仕事を受諾するにあたって、一度だけ電話越しに打ち合わせをしたが、その時に耳の中にへばりついた声とまるで変わらなかった。

「当たり前だろ。で、何であんたがこんなとこに?」
「ン? 先ほど黒崎さんから聞いただロウ? 今回の依頼者である僕こそが、君に忍び込まれた社長室の主だってネ」
「はあ? 何だってそんなこと……」
「それも既に聞いているはずだヨ」
「……俺たちを、いや違ぇな、俺を試したって?」
「その通り、黒崎さんに関しては僕が接触する以前に選考が終わっていたからね」
「何のためにだ?」

 この男が自分の実力、おそらくは潜入作戦の能力と超能力による不意の戦闘への対応力を見たかったのだろうことは、今自分が襲われたこと、そして今回の依頼の内容からして察せられた。しかし、彼がこのような質問をしたのは、もちろんそれが知りたかったからではない。それを知って、蓮の実力を把握して合格だったからと言って何に利用しようとしたのか、彼が疑問視しているのはその一点だ。

「ふむ、黒崎さんの言葉通り、君は口調がバカっぽい割には話がしやすいネ」
「余計なお世話だっつの」
「逐一茶々を挟まないでいただけます? このテストのために私たちもこんな時間まで駆り出されてますの、早く本題に入らせてください」
「てめえのそれも茶々だろ、上品ぶってんじゃねえ」
「何ですの、その口の利き方は!」
「まあまあまあ、仲良うしよーや」

 途端に勃発しそうになる口げんかに、黒崎が割って入った。だが、これが間違いであったとは彼女自身すぐに気が付いた。今ここでこの間に割って入ってしまうと、興奮した蓮の怒りの矛先が自分に向くと分かっていたからだ。

「黒崎も黒崎だ! 何で最初から言わなかった!」
「言うたらあんたやる気無くすやん。試すって何様だよ!とか言うのが目に見えとったわ」
「う、それは……」
「話を、続けてもいいカナ?」

 蓮が言葉に詰まり、少し沈静化したのを見計らい、依頼人の男は割って入った。そろそろ本題に入りたいと言わんがばかりで、その口調は少し早くなっていた。この男にも焦りがあるのかと、蓮は何となく人間臭いところを発見できたような気持になり少しだけ安心した。

「それで、何のためにこんな試験を設けたんだ」
「そうだね、簡単に言うと勧誘だよ。今君が戦った三人だが、一つのチームだと言うのは理解してもらえるカイ?」
「……まあ、お互いのことを信頼している風ではあった」

 自分の炎を目と鼻の先に突きつけられても、宙に浮かぶ女が焦りを浮かべなかった理由はわかる。上の方で待機していた仲間が水の能力で助けてくれると信じていたからだ。だからこそ、蓮を拘束することに意識を集中していられたし、事実舌足らずな女性能力者は蓮の炎から彼女のことを助けて見せた。

「それで、そのチームに俺を……違うな、俺と黒崎を入れたかった」
「その通りだ。それで、社長が一芝居売つためにまずそこの黒崎さんに接触したという訳さ」
「彼女はその年で、バックボーンがないにも関わらず君がこなす依頼をとれるぐらいの優秀な人材だからネ。まったく、こんなスキルをどうやって身に着けたものだカ……」
「まあ、その辺はトップシークレットやな。蓮にも話してへんし。まあ身に着けた経緯なんてどうでもええやろ。大切なんはうちがそういうことができるっちゅうこっちゃ」

 確かに黒崎は得体のしれない女性だとずっと蓮も思っていた。ただの女子高生でありながら、気づいた時には表沙汰にできないような依頼から、しょうもない盗難品の回収まで、様々な依頼と標的施設のセキュリティの情報を一度に持ってくる。
 いつもどうやって仕入れているのかと聞いても、毎度のごとく「うちは天才美少女ハッカーやから」とはぐらかされてしまう。その後美少女だけ否定するのまでがお約束だ。

「まあ、正義感を持って働いてくれるなら何でも構わないヨ。偽善だろうが関係はないしネ」
「……あんたにとって、俺たちはどう映ってるんだ?」
「ふむ、義賊だロウ? 素質は十分、おまけに能力者。このまま野放しにしておくとそのまま捕まってしまいそうで怖くてネ。その前にぜひ私のもとに置いておきたかった」

 我々と同じ活動をしている君たちをネ。平坦だった声色が少し変わった瞬間を黒崎と蓮の二人は気が付いた。この男はやはりポーカーフェイスに長けているだけで、実の床尾胸の内に何か熱いものがくすぶっているようである。

「この社会ってやつは中々腐っていてネ。小説の中のお話、と言いたくなるような政治の裏の話なんかも実は本当に起こるようなことなんダ」

 権力のある悪人をのさばらせるのは自分たちの本意ではない。社長の男が伝えたいことは、つまりはそういうことだった。しかし、表立って反抗したところで、敵はあまりにも大きく、そして数は多い。粛清対象が多すぎると、どうしてもすべてを達成する前にこちらが社会的に殺されてしまう。そのため、影から粛清を行わなくてはならない、そう思った。

「粛清と言ってもあからさまに訴えられる加害者になる気はナイ。我々の活動は、悪と断定した人間の失脚、あるいは善と判断した人間の地位の向上に努めル。不当に脅される革命家が人質を取られているなら救い出し、黒い蜜をすする害虫は不正の証拠を盗み出してでも徹底的に糾弾すル。そのために我々も君たちのように義賊的な活動をしていたんだが、そのために丁度よく君たちを見つけてネ。こうして勧誘するに至った訳だヨ」
「それと、社長は言わなかったけれど、俺たち三人だと戦闘能力に不満があってね。事実三人まとまってようやく君を疲労させるのが限界だった」
「まあそれに関しては蓮が強すぎっていう話でもあんねんけどな。火力に恵まれた優秀な戦闘用超能力。おまけに運動神経そこそこええしな。判断力も度胸もある。学校のお勉強だけできへんのが玉に瑕やけどなー」
「うるせえ、一言余計だ」
「話を戻そうカ。我々の素性は、私の尽力もあってまだ白日に晒されていない。しかし、存在自体は知られ始めていル。そのため、最近は対象の護衛も能力者や百戦錬磨の傭兵なんかが増え始めてネ。ここらで我々も戦力の増強を図りたかったんだヨ」

 どんな障害をも消し飛ばす、最強のエース。それに白羽の矢が立ったのが蓮たちだったという訳だ。

「君らがどうしてそんな活動をしているか、それを無理に聞くつもりはナイ。だがお願いダ。どうか僕たちと志を共にして……同じ道を歩いてはもらえないだろうカ」

 選考をしたことなら、今からになるが謝る。人工的に作ったような話し方を崩して、社長の男は蓮にそう謝罪した。

「だが、理解してほしい。僕としてもこの子たちを、危険にさらしたくない。君のことだって同じだ。君の実力が足りなかったら、お互いに関わらない道の方が互いのためだと思ったのだ。だから初めに試させてもらった。君たちは元々信頼できる人間であったが、僕が求めていたのは“全幅の信頼がおける人間”だったのだ」
「……お眼鏡には適ったのか」
「まさに理想的だ」

 本音の口調で、即座にそう断定される。そこまで言われてしまうと、蓮としても断るという選択肢はなかった。

「黒崎は、とっくに納得してんだろ?」
「せやな。そうでもないとあんたにこの仕事ふってへんわ」

 じゃあ仕方ないな。彼は張りつめていた緊張の糸を緩めて、自らの意思を力強く告げた。

「分かった、手伝ってやる」

 どうせ、黒崎が手伝っている時点で巻き込まれることは絶対だ。それなら、最初から自分も入っていた方がいいという判断である。それに、絶対に彼は口にしたがらないが、彼自身社長の言葉に、意志に、目的に、感銘を受けて、同意していた。

「そうか、ありがとう。いや、それにしてもよかったヨ、これで通報しなくて済むしネ」
「感謝しろよ……って、通報?」

 口調が元に戻ったかと思うと、依頼人の男は突拍子もない言葉を漏らした。その言葉に、蓮は目を丸くする。

「いや、断られたら、不法侵入と、ビルの破壊に関して通報しようかと交渉しようと思っていてネ」
「勧誘じゃなくて脅しじゃねーか!」
「まあまあ、そうならなかったんダ。今更気にすることでもないだロウ?」
「とんでもねえやつの仲間になっちまったって、今になって後悔してるよ」
「後悔先に立たず、と言うだロウ?」

 カラカラと、楽しそうに社長の男は笑って見せた。こいつこんな風に笑うのかよと、蓮は心の中でそっと悪態をつく。

「それじゃ、自己紹介を互いにしようカ。アクエリアス、照明を頼むヨ」
「ラジャー」




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