複雑・ファジー小説

Re: 夜に舞うは百火繚乱 ( No.8 )
日時: 2017/09/21 16:55
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


「君たち、そろそろいいカナ?」

 こほん、そう一つ咳払いをして社長が割って入ってくる。そういえばまだ話の途中ではあった。

「この調子だと日が昇ってしまうからネ。まだここで仲良くなってくれとは言わナイ。これから黒崎君の指示で紅川くんともう一人で活動を実行する任務を何度か行ってもらウ。それにより、仲間としての連帯感を深めてくれたマエ」
「その場合、まずは今晩のうちに、うちらのコードネーム決めといた方がええと思います!」

 元気よく右手を挙げて、黒崎はそう提案した。確かに今のうちにそれだけは共有しておいた方がいいだろうと、蓮以外の全員がうなずく。その様子を見る限り、素性がばれないようにするというのは、全員が共通して警戒しているんだなと蓮は強く理解した。そんなことは蓮自身も重々承知だったが、周囲もそれを共通認識していることは、周囲のものを仲間として受け入れる後押しにはなった。
 先ほどの激しい戦闘にも慌てる者は一人もいなかった。そこから考えても、背中を預けるには問題ない、むしろ預けさせてもらえることに感謝するべきだろう。

「できるだけ君らをイメージしやすいものにしてもらえると助かるヨ。今後また、メンバーが増減するかもしれないからネ」
「また? 増減? 増員だけじゃなくて脱退も今までにあったのか?」

 社長の言葉尻を捕らえて蓮は噛みついた。噛みついたというよりも反射的に浮かんできた疑問をそのままぶつけた、といった方が正しいだろう。今となっては先程まで感じていた彼らへの疑念はあらかた無くなっていたのだから。
 一番表情に思ったことが出やすそうな白宮の表情を蓮は窺った。思った通り、何やらかつて仲間が減ったことがあるようで、臍を噛んだような顔をしている。これは、深入りしない方がいいだろうな、瞬時にそう判断した彼はすぐさま話を逸らした。

「まあ、後から入ってきたやつが覚えやすい方がいいだろうしな」
「その通りだ、紅川。能力にまつわるものでも、自分自身の性格を表したものでも構わん」
「お前堅物だもんな……。ぶっちゃけスノーホワイトみたいな横文字の名前は少し恥ずかしいし、俺はもうちんぴ、ぼふぉっ!」
「はいはーい! 黒崎ちゃんに提案がありまーっす!」

 蓮が適当に自信のコードネームを決めてしまおうと思ったところに、無理やり、勢い任せに黒崎が割って入った。それも、確実に蓮が続きを言えなくなるように腹に拳を一発入れて、だ。唐突な衝撃に、蓮は空気を勢いよく吐き出した。そのままむせてしゃべれなくなってしまう。

「コードネームはやっぱりかっこええ名前がええやんか。蓮ってさ、名前から川を取ったら『紅蓮』ってなるやろ? でもってやっとったことは盗賊やん。せやから蓮のコードネームは“スカーレット・シーフ”! 決定!」
「話聞いてたか! 横文字は恥ずいから嫌って言ってんだろ! てか原ぶん殴ってんじゃねえよ!」
「嫌なん? せやったらしゃあないなあ。明日学校で能力使ってうちと蓮が付き合い始めたって嘘流したろっかな」
「うっ……ぐぅ……じゃ、じゃあ。いや、ダメだ……うーん……」
「悩むなや。そんなうちと付き合いたくないか」

 顔よくても中身に難がある。単刀直入に黒崎に蓮は突き付けた。仕返しのつもりで言ったはずなのに、その言葉にむしろ黒崎は爛々と目を輝かせて感激していた。

「聞いた? 皆聞いた!? こいつうちのこと可愛いって言ったで! 何ややっぱり黒崎ちゃんのこと、蓮も気に入って」
「うるせえ! お前の軽口聞くのもそろそろ休憩させろ。いいよ、そのくそ恥ずかしい名前で!」
「やりぃ! さっすが黒崎ちゃん。あ、せや社長さん、うちの名前は“ネロ”でお願い。イタリア語で黒って意味やねん」
「俺、今からでもレッドとかにしちゃダメなのか……」
「蓮がコードネーム呼ばれて照れとる姿見たいだけやから許さへんで」
「はあ! そんな理由なのかよ!」

 楽しそうに蓮をからかう黒崎に、彼は間髪入れずに混ぜっ返す。微笑ましいといえば微笑ましいやり取りなのだが、既に黄金川も白宮も、水野も飽き始めてきていた。

「うるさいヨ。自分らが日陰に隠れなきゃならないと、忘れてないかネ」
「ぐ……わりい」
「本当に、そういうところ聞き分けのいい子で助かるヨ」

 そういって社長は部屋の奥の方へと歩いていく。先ほど戦闘に巻き込まれなかった、机のあたりだ。社長室のデスク、つまりは彼自身が昼夜使っている場所に腰かけて、五人の様子を眺める。
 五者五様の姿を見て、面白くなりそうだと彼は相好を崩した。

「さて、初めの仕事は次の土曜日の夜ダ。黒崎くんが指示を出したり、裏で手を回してほしイ。紅川くんの相方は誰がいいカナ?」
「初めは俺がいきますよ、社長。白宮は仲が悪そうですし、水野と紅川だと能力の相性が悪そうです。もう少し馴れてからの方がいいかと」
「分かっタ。我々の活動の細かいことは黒崎君に伝えておいタ。土曜までに聞いておいてくれたマエ」

 軽い口調でOKと黒崎は応え、その様子を確認して蓮もうなずいた。よろしいと社長もうなずき、時計の方を見た。

「それじゃみんな、今日は遅くまで失礼したネ。黒崎君たちの依頼料もちゃんと支払っておいたヨ」
「はい、ありがとうございまーす」
「依頼料ってより慰謝料もらった気分だぜ」
「ふふ、確かにそうだナ。もう夜も遅い。今度こそみんな帰りたマエ」

 はい、そう言い残して全員が一様にその部屋を後にした。一人残された部屋の中、満足そうに社長の男は微笑んだ。そしてその後、ぽつりとつぶやいた。そんな彼の脳裏には、蓮からぶつけられた言葉が響いていた。

「もう二度と、我々は仲間を失わない」



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