複雑・ファジー小説

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」承① ( No.11 )
日時: 2017/10/19 22:00
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

   承

 壇上から浴びせられたその言葉は、正直、樹のなかで軽くトラウマになっていた。

 脚本は創作で行こうと決めたのは樹自身だった。
 卒業した三年四人を含め、彼が高校二年生のとき、演劇部には三学年あわせて七人しかいなかった。うち男子は樹ひとりで、あとの六人はすべて女子。全員が舞台に立てる脚本を探したけれど該当するものを見つけることができず、顧問の指導の下、一ヵ月かかって書き上げたのが『君の眠る世界』。

 主人公ふたりは自分と先輩が演じることになった。そのふたりが夢の世界で性別を逆転することから、現実世界と夢の世界では周囲のキャラクターたちの性別も逆転するぞと示唆したはずだった。

 それでも、審査員たちはそこを汲んでくれなかった。
(本来、男子は男子、女子は女子の役をするのが望ましい。男子生徒の数が少ないのであれば、それに見合った脚本を用意すべきであろう)

 ——だから! 男子がほかにいねぇからこんな手段に打って出たんじゃねぇか!

 卒業して他県に出た先輩たちや大道具の搬入に協力してくれた天文部部員たちが「全国まで行けたのが奇跡だったんだよ」「おまえはよくやった」と口々に褒め、励ましてくれた。
 でも、もし優秀校に選ばれなかった最大の理由があの審査員の言葉に集約されているのだとしたら、その前のブロック大会でどうして落としてくれなかった? 樹はそう思わずにはいられなかった。

 ——その前の県大会やその前の前の地方予選でも、いくらでも振り落とす機会はあったじゃねぇか。それなのに、それらをトップ通過させておきながら、そんな根本的な理由で全国で落とすなよ。

 あとになって振り返れば、選ばれなかった理由はほかにいくつもあったのだろうと、考える余裕も生まれてきた。
 それでも傷つけられた十七歳のプライドは、樹を、以後、演劇の道から遠ざけていた。

 大学進学のために上京した際、全国大会での樹の演技を見ていた大学の演劇部部員や市民劇団の団員が声をかけてくれたことがある。しかし、樹は結局参加しなかった。どこの劇団も、現役時代、せめてあとひとり…と願った男の役者があふれるようにいたからだ。
 悔しかったのだ。悲しかったのだ。腹立たしかったのだ。そして、自分が情けなかったのだ。

 考えてみれば同じ県下の他校演劇部には、女子の数ほどではなかったけれど、男子生徒が複数いた高校もあった。全国大会では、「わたしたちの学校では部員が女子しかいなくて、学校のお金で——県に行けるよと勧誘して男子部員を掴まえました」とユニークに語る高校もあった。

 ——それだけの努力をしたのか、俺は!

 教室で話すクラスメイトのなかには帰宅部のやつらもいた。彼らに演劇部の窮状を訴えていたらなにかが変わったかもしれないのに。誘えば、しぶるだろうが、入部してくれたやつもいたかもしれないのに。
(どうせ、演劇なんかやるやつ、こんな学校にいるわけねぇよ)
 そうやって勝手に思って、すべき努力を惜しんで、それであの選評。全国まで一緒に頑張ってくれた後輩たちを泣かせてしまった自分が最低に思えた。
「畜生」
 もう演劇なんか、たくさんだ。