複雑・ファジー小説

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」承② ( No.12 )
日時: 2017/10/20 20:13
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

 ……そう思っていたはずなのに。
 

「村上、樹……? 村上樹って、あの演劇部で全国行った村上樹!?」
 学生時代そこそこの成績でしかなかったくせになぜか教員試験で一発合格してしまい、なぜか地元の公立高校で採用されて四年。このままあと数年はこの高校で教鞭を取っていられるだろうと思っていたら、なぜか母校への突然の異動辞令。
 嫌な予感はしたのだ。

 高校の教員のなかには十年単位で在籍するものもいる。樹が卒業してまだ九年。彼が在校生であったときを知る教員が、あるいは全国に出場した演劇部部長の名を覚えている教員がいる可能性もあるのだから。

 ——いやいや、マイナスに考えるな、俺。

 たとえ樹のことを知る教員がいたとしても、演劇部の顧問にされると決まったわけではない。若い男性教員を、どこの学校がわざわざ文化部の顧問に指名する。大学時代にはフットサルのサークルにいたし、前の学校ではハンドボール部の顧問をしていた。今回もきっと運動部をあてがわれる。だろう。たぶん。そのはずだ。

そう思っていたのに、よりによって顔見知りの教員がいた。よりによって、この異動で、去年までの演劇部の顧問だった教員が他校へ移っていた。よりによって、それなりの進学校である母校の運動部顧問には、さほど若さは必要なかった。

 職員室で再会した、現役高校生時分に地学の授業で世話になったその教員は、すぐさま樹のことを周囲に話して回った。おかげで着任したその日のうちに教頭と校長に呼び出されてしまった。

 ——マジかよ……。

「失礼します」
 コールタールが底にべったり塗られた靴を履いたパントマイムのような足取りですごすごとむかうと、職員室奥の校長室のドアをノックする。
 どうぞと声がかかり、ドアをあければ、記憶のなかのものと内装も雰囲気もかわらない校長室が目に入り込んできた。ただ座っている校長と教頭の顔が、以前とは違うだけ。

 ——九年ぶりか。

 校長室に通されるのは、これで二回目だった。全国大会に出場が決まったときに、ちいさな壮行会が催されたのがこの場所だったのだ。
 きっと野球部とかサッカー部とか生徒や保護者に人気のある部活であれば、全校生徒を集めた体育館で行われたことだろう。だが、たかだか十一名の文化部ごときに体育館の舞台は広すぎるし、垂れ幕のひとつでもかけておけば、全校生徒にわざわざ集会で周知する必要もないと判断されたのだと、あのときもいまも卑屈になる。

 そして当時の校長の激励の言葉を十一人の仲間と聞いていたその場所で、樹は、演劇部顧問になることを打診された。