複雑・ファジー小説

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」承③ ( No.13 )
日時: 2017/10/21 20:19
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

「いやぁ、先生たちの代以来、うちの高校の演劇部はいまいちパッとしなくてですね、県大会に行くのがせいぜいなんですよ。三年生は四人いますが、二年生はひとりだけ。新入生次第では、来年は休部かな、って前の顧問の先生とも話していましてね」
「はぁ」
「いやいや、清家にも心強い味方ができた。ああ、清家っていうのが二年生なんですが、こいつ、男子のくせに演劇部に入った変わりものなんですが」

 ——男子のくせに、変わりもの、か。

 嬉々として話す教頭の言葉のなかに、きっと無意識であろうが差し込まれた偏見を、樹は皮肉な思いで聴いていた。

 ——あんたがいま話しているのがその男のくせに変わりものの元祖だって、わかっていってんのかね、このおっさん。

 いまテレビで絶賛活躍中の俳優のなかには、学生時代に所属していた劇団あがりの舞台人も多い。あまり公にはなっていないが、全国高等学校総合文化祭経験者も少なからずいる。
 それでもこの学校で演劇部部員が五人しかいないというのは、そういった教員側の偏見が生徒にも根付いている証拠だといったらいい過ぎだろうか。
 ただ、次の教頭の一言が、樹の心を波立たせた。
「清家…、ほんとうに喜びますよ、先生。あの子はですね、あなたに憧れてこの高校に入ってきたんです」
「……は?」

 ——憧れる? 俺に?

 思わず目を丸くする樹に、教頭は福々しい笑顔をさらに福福しくして、
「全国大会、観に行ってたそうなんです。そこで先生に『絶対面白いから観ててな』っていわれた、って」

 ——やばいぞ、そんな記憶まったくない……。

 観ててなといったくらいだから、上演前の話だろう。だが、もう十年も前の話で、さらにいえば、トラウマのおかげであの大会のことは思い出さないようにしていたのだ。そんな細かいことなど、いちいち覚えていない。
 うつむいて考え込む樹に、それまで黙って教頭の話を聞いていた校長がぽつりといった。
「清家にとってのデウス・エクス・マキナですね、村上先生は。もちろん、いい意味での、ですが」
「……は?」

 ——いまなんつった? このおっさん。

 顔をあげて見やったが、校長はにこにこと微笑んだきり、その謎の言葉をもう一度口にすることはなかった。