複雑・ファジー小説

「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」起③ ( No.7 )
日時: 2017/10/15 22:04
名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)

「タツル、うるさい」
「野郎どもって、男子、先輩だけじゃないですかぁ」
 口々に文句をいいながらも、彼の周りに十人ほどの学生が集まっていく。白シャツに黒のズボン姿の生徒もいれば、黒のTシャツに、スカートの生徒もいる。よく見れば、彼らのうちの誰かがいったように、声の主以外すべて女生徒だった。
「いいじゃねぇか、そういいたい気分なんだよ。ほら、円陣組むぞ、円陣!」
「暑苦しい。青春ごっこかよ」
「まさか全国でも円陣やるとは思わなかった」
「全国でやらなくてどこでやるっていうんだよ。ほら、手ぇ出せ」
 日頃丁寧に発声練習を行っているのだろう。タツルと呼ばれた男子生徒の声は、静かなロビーでひときわ響いた。それも不快な大声ではなく、耳に心地よく馴染む、朗らかなテナーボイスで。

 突然上がった大声に何事かと目を見開いていたロビー内の人々が、微笑んでまた各々途中になってしまった行為——おしゃべりであったり、どこかへの場所移動であったり——に戻っていくなか、智羽矢だけはなぜか、その場所を動くことができなかった。

 ひとりの男子生徒と十名の女生徒で作られたちいさな円。彼らがどんな顔をしているのか、智羽矢にはもう見られない。けれど、声が、男子生徒の発するテナーボイスだけが、智羽矢の心にまっすぐ届いてくる。

「全国大会が地方で行われるとき、一校だけレベルの低い学校があると、さっきどっかの学校のやつらがいっていた。開催県枠で出場した俺らのことだ」
「いやいや、それ例年そうだってことでしょ? うちらいちおうブロック大会出てるし」
「いや、あの口調は俺らをバカにしてたな。標準語だった、関東のやつらだ」
「なにそれすごい偏見」
「偏見で結構! いわれっぱなしで黙ってられっかおまえら!?」
「タツル、おちつきなさいって。ケンカするんじゃないんだから」
「いや、俺はケンカを売られたととったね。買う。買ってやるよ。買ってあいつらに目にものを見せてやる」
「タツル先輩、うざい」
「あんたの独り劇じゃないんだからさぁ」

「だから、俺らで買おうって話だ。俺らなら勝てる、違うか?」
 少女たちが黙り込んだ。

 ややあって、それぞれの右肩が内側に入っていく。広かった輪が狭まる。円陣が、組まれた。
「——喝采せよ、友らよ、」
 低く、静かな声だった。陽気なテナーは冷徹なそれに姿を変えていた。それを耳に拾った何人かのロビー客が、「なに、あの声。すごい」そんな驚きの声とともに、あちこちで息を飲む。
 タツルの声が、ロビーの空気を支配した瞬間だった。

「喜劇はここに、はじまれり」

 智羽矢は体をぶるりと震わせた。