複雑・ファジー小説
- 「喝采せよ! 喜劇はここにはじまれり!」起⑤ ( No.9 )
- 日時: 2017/10/17 22:09
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: bs11P6Cd)
今日、二回目に聴いた「絶対面白い」はほんとうだった。
芝居の内容といえば、タツル演じる少年と女生徒が演じる主人公が現実世界とファンタジー世界を行き来するオーソドックスな設定ではあった。だが、こちらとあちらではふたりの性別が逆になり、そのせいで次から次へトラブルが発生し、けして飽きさせない展開となっていた。他の学校の演目では眠っていた母ですら、忍び笑いを何度も漏らしていたくらいだ。
また、いくら音響効果が高いとはいえ、広すぎるホールで、肉声で台詞を客席に届け続けるのは厳しい。全国を制してきた他の学校のなかでも、声量が足りず、せっかくの台詞がまるで届かないところもあれば、がなるシーンで台詞が潰れ、なにをいっているのかわからないところも多々あった。
けれど、この学校は違った。
智羽矢の心臓を鷲掴みにしたムラカミタツルの声は朗々とホールに響き、他の少女たちの声も、負けじと軽やかにのびやかに反響する。舞台狭しと走り回るなかでも呼吸ひとつ乱れない。怒鳴り声の掛け合いでも一音一音台詞が聞き取れ、「この学校、発声マジやばいね」とは、前の席に座っていた制服の女生徒から漏れた言葉だった。
だから、幕が下りたときの拍手の量はそれまでの学校の何倍も多く、智羽矢は、タツルの学校のエンゲキがいちばんだと子ども心に思っていた。
それでも、観客の感じたことと、審査員の見る視点が異なるのはよくあることで、
「——以上の四校が、今月最終週の土曜、日曜日に国立劇場で行われます、全国高校総合文化祭優秀校東京公演出場校となります」
その年の優秀校のなかに、タツルの学校が呼ばれることはなかった。
コクリツゲキジョウとかゼンコクコウコウソウゴウブンカサイユウシュウコウトウキョウコウエンシュツジョウコウとか、それがタツルたち高校演劇部員にとってどれほど重みのあるものか、智羽矢にはわからなかった。でも、『選ばれなかった』、それがどういうことなのかは、片手で数えられるくらいの社会生活しか送っていない智羽矢でも、容易に理解することはできた。
(なんで? タツルの学校、面白かったのに!)
智羽矢はホールのなかに視線を巡らせた。審査結果を待っていた上演校の生徒たちが、泣いたり笑ったりしているなか、タツルの姿を探す。
「ちい、出るわよ」
ユイカちゃんの学校の演技も見て、またその結果も聞き届けた時点で、母の友人への義理立ては終わったようだ。立ち上がり、去り難く思う智羽矢の気持ちも知らないで、さっさと会場を後にしようとする。
舞台上では、講師審査員の選評が述べられていた。
「智羽矢、置いて帰るわよ!」
「……」
母に強くそういわれてしまえば、小学二年生の智羽矢が逆らえるはずがない。しぶしぶそのあとに続きながら、それでもタツルを探していたときだった。智羽矢の耳に、なぜか審査員のその言葉だけがはっきりと聞こえた。
「既製の脚本を利用したのであれば仕方がないこととはいえ、創作の脚本で——おそらく男子学生の人数が少ないのだと思われるが、本来男子がすべき役を女子が演じている学校が見受けられた。本来、男子は男子、女子は女子の役をするのが望ましい。男子生徒の数が少ないのであれば、それに見合った脚本を用意すべきであろう」