複雑・ファジー小説

DG 運命遊戯 1-3-1 決定的に変わった意味 ( No.12 )
日時: 2017/11/01 22:23
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 今回は短めです。

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〈三章 残る二人は誰が逝く〉
 

 1 決定的に変わった意味

 
 アロウが、死んだ。他の生徒の手によって。
 その事実は、これまであまり本気になっていなかった生徒たちの考えを変えた。
 決定的に変わった意味。生き残るためには他者を積極的に排除せよと心がささやく。
 だからこそ「彼」は動くことにした。「彼」の目には、未来危険人物になり得そうな存在が映っていたから。

「アルカナ、絶対に生き残ろうな」

 そうイグニスは、相棒の少女に言った。
 彼女は「急に何ですかー」と首をかしげた。

「そうするに決まっているじゃないですかー。イグニくん、いきなり何を?」
「決闘を、挑む」

 にべもなく彼はそう言い放った。
 化け物の力の宿った手を、じっと見つめながら。
 遠い昔のトラウマの記憶を、強く意識して封じ込めながら。
 あの記憶は下手に思い出したら自分が壊れると、知っていたから。

「危険な奴がいる。誰とも組んでいないし今後も組む予定はないように見えるが、俺は奴を脅威と感じる……!」

 初日。どこまでも冷静に冷徹に皆を観察していたあの緑の瞳。
 あれを見て皆何も思わなかった、否、そもそも気づいてさえいなかったが、イグニスの黒の瞳は見抜く。

 ——奴は、危険だ。

 アロウはジェルダ一味を排除しようとして敗れたが、イグニスはそんな風に敗れるつもりはない。
 不意打ちにジェルダが激怒したならば、そもそも不意打ちなんかせずに、堂々と決闘を挑んで勝てばいいだけの話。
 負けはしない。たった一回でも相手に触れることができれば、その瞬間に勝ちは決する。
 イグニスは果たし状を書き、授業の時間に備えた。
 公衆の面前で正々堂々決闘を挑む。そうすれば相手は避けられまい?
 誰にだってプライドはあるし、彼が挑む相手は特にそれが高そうに見えた。
 それでもアルカナは不安そうだった。

「でもでもっ。決闘ってことは、どちらかが死ぬまでですよね? なら、もしもイグニくんが死んだら——」
「死んでたまるか。まだ贖罪も終わっていないんだ。……信じてくれ、正しい輝きを、白鳥正輝を!」

 アルカナの能力は傷の治療。それでも致命傷以上は治せない。
 しかし、イグニスの瞳に宿る輝きは、あまりにも強烈で。

 ——信じても、いいかな。

 アルカナにそう思わせるだけの力があった。
 アルカナは両の手を握って、強く笑ってイグニスに言う。

「ならならっ。私、まさくんのこと信じるのです! 絶対に勝って下さいね!」
「教室でまさくんはやめてくれよ。ああ、俺の力を知っているだろう?」
「ところでどなたに挑むのですかー?」
「ああ、それは……」
 
 始業前。時計が時を刻んでいく。
 授業の前に、彼は果たし状を叩きつけるつもりであった。
 彼は、その名を口にした。

「バロンだ」


  ◆


 朝。形ばかりの授業が始まる教室で、イグニスは目的の相手を見つけた。
 銀髪に緑の瞳、低身長にタキシード。
 彼の目指す相手、バロンだ。
 イグニスは彼に近づいていく。

「イグニス・シュヴァルツだ。あんたに殺し合いを申し込みに来た」

 その机に、書いた果たし状をバンと叩きつける。
 バロンはその行動に、驚いたように眉を上げた。
 
「ほう、私に殺し合いを?」

 彼は渡された果たし状を手に取った。
 誰もが見ている。授業の開始直前である、彼に逃れるすべはない!
 そこには、

『昼休み、中庭での決闘を申し込む。これは殺し合いのゲームの一環だから、どちらかが死ぬまで殺し合う』

 と書かれていた。
 イグニスとしては体育館や校庭の方が決闘場所にふさわしいように思えたが、彼の能力は相手に触れなければ発動しない、つまり超近接攻撃なのだ。もしも相手が遠方攻撃の手段を持っていた場合、 遮蔽物も何も無いだだっ広い空間で戦うのは愚策と言えた。
 だからこその中庭、だからこその決闘場所。
 中庭にはたくさんの木が生えていて、それはちょうど良い遮蔽物になる。
 もちろんイグニスにはこういった戦闘経験はまるでないが、それは相手にしても同じことだろう。
 だからこそ、挑んだのだ。

「挑戦を受けろ。公衆の面前で断れるほど、ヤワなプライドなんて持ち合わせてはいないだろう?」

 挑発的にイグニスは言って身につけていた黒の左手の指貫グローブを外し、相手の机に勢いよく叩きつけた。
 バロンはしばらくその様を見ていたが、やがて。

「……いいだろう。君の挑戦、私が受けた」

 叩きつけられた黒手袋を拾った。
 決闘は、成った。

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DG 運命遊戯 1-3-2 死闘の果てには ( No.13 )
日時: 2017/11/03 08:23
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: GfAStKpr)

 諸事情により、明日から四日間ほど来られなくなります。
 今日の投稿が異様に早いのは……藍蓮は学生でして、明日から修学旅行に入るので早めに投稿した方が良いとの判断です。
 決闘の結末は?

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 2 死闘の果てには


 学園長の、あっても無くても変わらない講義を受けて二人は中庭にやってきた。正々堂々の決闘とあって、校舎からはたくさんのギャラリーが二人を見ていた。面白半分で見に来た輩もいるのだろうが、決闘があれば全力を出さざるを得ない、つまり能力がバレることにもつながりかねない。そんなリスクを負っても尚、イグニスは決闘といった形を選んだ。そうでもしなければ、紳士然としたバロンを引っ張り出すことができないと考えていたからだ。
 殺し合いの決闘だ。だが決闘には審判が要る。
 その審判の役は当然のように、学園長リェイルが引き受けた。
 彼女は言う。

「私は公平な審判をしますよ。どちらの生徒にも特にこれといった思い入れはありませんからね。でも私がやれることといったら開始の合図だけですし、審判にだって不正のしようがありませんよ、と言っておきます」

 それはどこか弁解のようにも聞こえた。彼女は自分が他の生徒たちから圧倒的な敵意でもって迎えられていることを知っている。だからこそそのようなことを言って自己保身を図ったのだろう。自己保身などする必要がないくらいに強いのは皆、とうに確認済みだが。
 イグニスとバロンは互いの集合を確認したあと、それぞれに散らばって今は中庭のどこかに身を隠して開戦の時を待っている。
 緊張が極限にまで張りつめているのが、誰にだってわかるくらいだ。
 校舎からはアルカナの桃色の瞳が、不安げに揺れていた。イグニスはそちらを振りかえるほどの余裕を持たない。
 そして。

「イグニス・シュヴァルツ対バロン。決闘を始めます」

 中庭の真ん中に立つリェイルがさっと手を挙げ、その手を振りおろして開戦を宣言した。
 宣言したあと彼女は、巻き込まれないように校舎内に避難した。

 もうイグニスとバロンには、互いのことしか頭にない。
 開戦。しかし誰も動かない。互いの能力をまるで知らない二人は動けない。少しでも相手の情報を把握せんとして膠着状態となる。

 先に動いたのはイグニスだった。

 がさりと音を立てて茂みが動いた。バロンはそれに反応し、手元の武器を投げる。それは銀色に輝く拘束用のチェーン。
 七虹異能学園では、「コスチューム」入手時に、任意で三つまで武器を持てる。他の皆は当初、殺し合いのデスゲームが起きるなんてまるで想像していなかったから支給品のナイフ以外は持っていない者が多数派だが、慎重なバロンはその枠を二つ埋めた。だから彼はイグニスとは違い、多少は遠方攻撃手段を持つ。
 彼の武器は、小型拳銃とチェーン。それ以外にも彼は、その場にあるものを武器にする。
 様子見にバロンが放ったチェーン。外れることがあったとしても、そうなったらなったで向こうは遠方攻撃を警戒して無駄な接近は避けるだろうとバロンは読んだ。

 しかし、結果は彼の予想を越えた。

 バロンはチェーンに手応えを感じた。茂みから漆黒の少年が引っ張り出されてきたのが見えた。チェーンは彼の首に巻きついて締めあげていたが、それでもイグニスは不敵な表情を浮かべる。

「甘いッ!」

 イグニスがその手を自分の首を絞めるチェーンに触れれば、それは金属の硬質さを感じさせないくらい呆気なく、一瞬で砕け散った。

「なッ……」

 思わず驚き距離を取ったバロンに、イグニスは静かに告げる。

「それが俺の能力だ。『触れたものを破壊する』! 接近戦は命取りだぜ?」
「ふむ。ならば」

 バロンはチェーンの残骸をタキシードの内側に仕舞い、小型拳銃を取り出した。それを見たアルカナが悲鳴を上げる。
 しかしそうはさせないと、イグニスは地面に手を触れた。すると彼のいた場所が大きく陥没し、彼を狙った銃弾は彼の頭上を過ぎていった。
 この能力は、こういった応用も可能なのである。
 ほうとバロンは眉を上げた。

「君の能力は……強いのだね、私とは違って」

 その答えを聞いて、若干低くなった位置からイグニスが首をかしげた。

「なんだ? あんたは弱いと言うのか? そもそもあんたの能力は一体何なんだ」
「私とは違う、私とは違う、私とは違って、君は、強い……! 私みたいに弱くはない。私とは違う、私とは違う、私とは違う……」

 彼はそう何度も何度もそうつぶやいた。戦場に於いて相手に大きな劣等感を持つことはアドバンテージにはならないだろうとイグニスは思うが、ひとまず決着をつけることが先だ。彼は陥没してできた穴から躍りだし、自らの能力で相手の肉体を破壊せんと一気にバロンに肉薄する。

 その瞬間、殺気を感じた。

「————ッ!」

 強烈な、あまりに強烈な殺気に命の危険を感じたイグニスは咄嗟に身をかがめて前転、その直後、彼の頭上を三発もの弾丸が通り過ぎた。
 その反応速度は、先程の交錯時には決してなかった速さ。
 変化が起きたのは、バロンが自分を貶(おとし)めた後。
 イグニスはそれらの事実からある結論を導き出すが、あまりに予想外な能力に頭の方が理解を放棄する。
 だって。

(劣等感で強くなる、だって?)

 そんな能力、存在するわけがないと彼は思いたかったが、そう仮定しないと先程の事実を証明できない。
 ならば。

「悪いが、早期決着させてもらうぞッ!」

 相手がこれ以上劣等感を高めて強化されないうちに。
 イグニスは走った。その肩を弾丸が掠めて血が飛んだ。焼けつくような激痛にアルカナの悲鳴。それでも彼は止まらない。

 ——多少の怪我なら計算のうち。生き残れればそれでいいッ!

 走る。撃たれて血が飛ぶ。それでも走り続ける。両者の距離は縮まっていって。
 あと3メートル、2メートル、1メートル……。

「とどめだッ! こちらが生き残る為だ、死んでもらうぞッ!」

 『化け物』と呼ばれたイグニスの手は、あらゆるものを破壊する悪魔の手は、バロンに達した。
 アルカナの歓声。ギャラリーが息を詰める。バロンはその目にふと諦めを浮かべた。
 イグニスは勝利を確信し、その手をバロンの腹に押しあてた。
 誰もが、次の瞬間バロンが肉の塊になることを想像していた、
 のに。

「……嫌だ」

 イグニスの顔が、ひどく青ざめていた。
 彼の悪魔の手はすでにバロンに触れている。バロンの生殺与奪権は彼にある、のに。
 イグニスの全身が震え始めた。絶対に勝てるポジションに、生き残れるポジションにいるのに、彼はどうしてもバロンを殺せない。
 彼がバロンの身体に手を当てたとき、封じていた蓋を突き破って一気に、あの忌まわしい記憶が噴き出してきたから。

 ずっと昔、彼は誤ってその手で両親を殺した!

 以降、彼はその『化け物』の力を。人に対して行使したことはなかった。
 そして今、その力を。人に行使しなければならなくなった、とき。
 蘇るのは血の記憶。
 大切な人を抱きしめようとして殺してしまった、永遠に戻らぬ遠い日の記憶。
 彼はあれ以降、人を殺したことはなかった。
 悲しみの記憶が、忌まわしき記憶が、今、彼に殺しをすることをためらわせる。
 殺さなければならないのに。殺さなければならないのに!
 彼の視界に赤い色の幻想が浮かんだ。
 彼は喉の奥から絞り出すようにしてつぶやいた。

「こんなことじゃなかった……」

 それは絶望の言葉。勝利を目前にしての敗北宣言。


 
 イグニスは、人を殺せない。



 殺さないと自分が死ぬような状況の中にあってさえ。
 イグニスは、殺せないのだった。

「『贖罪を』と俺は言った。『こんな力でも、人の役に立ちたい』と。だが!」

 気づいたのだ、己の失敗に。
 彼とあの過去は、どうしても切り離すことができないものなのに。
 それを切り離そうとした、忘れようとした、乗り越えられると思いこみ、人を殺せると驕り、勝てると無駄な勘違いをした。

「だが!」

 それは、悲鳴。彼がずっと上げられなかった、上げることすら許されなかった、心から救済を願う『助けて』という悲鳴!
 彼は血を吐くような思いで叫んだ。

「こんなの贖罪じゃない! 違う、違うんだ! こんなの……こんなの、俺が望んだ結末じゃない! 俺は人を殺せないんだ!」

 自分から決闘を挑みながら、戦士は勝利の間際に剣を捨てた。
 そんな戦士に待つ末路は?

「……それが、答えか」

 ゆっくりと動き出したバロン。その手には小型拳銃。
 イグニスは強くなんかなかった。弱い自分をひたすら、「強そうに見える」殻で覆っていただけ。
 彼の時間は止まっていたのだ。自ら両親を殺したあの日から。
 彼はまだ、十歳の子供だった。彼の時間は凍りついたまま。いくらアルカナが頑張ろうとも、その心の本質は「あの日」から動き出すことはできなかった——。

「ならば、死んでくれ。私にも生き残る権利がある」

 アルカナの悲鳴。
 銃口がイグニスの額に当てられて、そして。

「見てくれ、アルカナ……。これが、俺なんだ。これが、白鳥正輝なんだ、瑠奈……!」

 銃声。
 イグニスの身体が大きくのけ反る。
 血が辺りに飛び散って、深紅の花を咲かせた。
 アルカナの絶叫が空間を引き裂いた、

 ——それが。

 それが、『化け物』イグニス・シュヴァルツの最期だった。


〈イグニス・シュヴァルツ、脱落〉

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DG 運命遊戯 1-3-3 動き出す策略 ( No.14 )
日時: 2017/11/07 23:45
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 戻ってきました。が。所用あってしばらく更新が不定期になります。ご了承ください。

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 3 動きだす策略


 イグニスの死をアルカナはしっかりとその目で見ていた。もうすぐ勝てそうだった彼がずっと昔のトラウマに負け、まさかの敗北をし、銃で頭を撃ち抜かれて死んだのをしっかりと見た。
 アルカナはいまだにその事実が信じられない。彼女にとってのイグニスは「最強」だった。彼の「触れたものを破壊する」能力は数多いる能力者の中でも随一の強さを誇っていて、たとえ遠方攻撃に弱くともその勝利を純粋に信じさせるに足る「力」があった。
 アルカナは思い出す。この決闘の直前に、イグニスが口にしていた言葉を。


『アルカナ、絶対に生き残ろうな』
『死んでたまるか。まだ贖罪も終わっていないんだ。……信じてくれ、正しい輝きを、白鳥正輝を!』


「……私、信じたのに」

 絶え間ない涙を両の目から流しながらも、イグニスの死に慟哭しながらも彼女はそう、呟いた。
 信じていた、信じていたんだ。「最強」の彼と「治療」のアルカナ。二人揃えばどんな困難だって乗り越えられるって。
 それなのに彼は。

 彼は。

 ずっと自分の時間を止めたままで、そして止まっていることにすら気がつかないで。
 アルカナのあらゆる期待を裏切って、無残にも死んでしまった。
 アルカナは彼が、好きだったのに。
 いくら彼女の力でも、死人を蘇らせることはできない。
 アルカナは喪失の重さに泣いた。泣いて泣いて泣き崩れた。信じていたものを裏切られ、ひとりぼっちになったと知って。
 今、彼女がいるのはイグニスの部屋。正確にはイグニスとアルカナの部屋。この部屋から彼女はずっと、その戦いを見ていた。
 しかしこうしてイグニスはいなくなり、部屋には彼のいた痕跡だけが残された。
 朝も一緒に話していたのに。
 彼の漆黒の鞄、彼が使った小さな椅子、彼の眠ったベッド。
 朝は生きていて、彼女と話していたのに。不敵な笑みを浮かべて、「信じてくれ」と強く言った。アルカナはそれを疑うことなんてできなかった。だから信じた。彼の言葉通りにただ純粋に、彼が帰ってくることを。
 アルカナの視界に、死んだイグニスの遺体にそっと花を手向けるバロンの姿が目に映る。紳士的なんだなぁと虚ろになった心で彼女は思ったが、イグニスを殺した彼に対して、怒りも何も、まるで感情らしい感情が浮かばなかった。

 イグニスの死によって、アルカナは心を失くした。

 キンコンカンと昼休み終了の鐘が鳴る。やたら耳に響くそれをうるさいと思い、アルカナは窓を閉めて布団にもぐりこんだ。
 今の彼女にとっては授業なんてどうでもいい。大切なのはただ一点、イグニスが死んだということだけ。
 イグニスの寝ていた枕に涙にぬれた顔をうずめれば、彼の残り香が鼻腔をくすぐる。
 このまま自分も死んでしまえればいいのにとアルカナは思った。
 しかしそれはイグニスに対して申し訳ない気もしたし、アルカナに自殺なんてする勇気も無い。

「まさくん……。ひどいですよぅ……」

 ぽつりと小さくつぶやいた。


  ◆


「三人目、脱落、か」

 戦いの一部始終を眺めていたギャラリーの中に、水色の髪と水色の瞳をした少年がいた。彼は水色の魔導士めいたローブを着用し、全体的に青い。
 歳は十代の半ばくらいだろうか、まだ少年らしいあどけなさを宿す顔立ちだが、その瞳に宿る冷酷さはまるで少年のものではない。
 名をカーシスという彼はまだ、チームを組んでいない人物の一人であった。
 彼がチームを組んでいない理由は一つ。「他者を信用できない」からだ。
 幼いころから両親の虐待ばかり受けてきたカーシスは基本、誰かを信じることができない。最悪誰かと組むことも考慮に入れていなくはないが、それでもせいぜい一人と組むのが限度である。三人組以上のチームは認めたくない、それが『策略家』カーシスの挑み方だった。
 彼はこれまでは極力、傍観に徹していた。落ち着いた青でまとめられた彼の衣装はジェルダの金やソーマの騎士の鎧、アーリンの黄色の背広などに比べれば圧倒的に目立たない。かと言って何も喋らないわけではなく、無難な程度に人の会話に参加してそれでも出しゃばらず、どこまでも陰に潜んでマークされないようにしていた。
 カーシス自身の能力は扱い方次第だが攻撃的とは言えない。だからこそ彼は自らの身を守る手段を講じた。

 それが策略、それが術数。

 弱いから、弱いからこそ。唯一誇れる頭をフル回転させて策を練る。
 彼は現状を頭の中で整理した。

 最初。名前すらわからなかった赤髪の少女は規則を破ったがために処刑された。
 次に。アロウと名乗った弓使いは、不意打ちを仕掛けたがために激怒した仲間に殺された。
 最後。イグニスと名乗りを上げた「破壊者」は、己の迷いに殺された。

 それらの情報が示すのは皆、「自業自得」ということだ。アロウとジェルダの戦いは実力差があったのかも知れないが、イグニスの場合は完全な自滅である。
 メンタルをうまく保てずに、三人は早まって死んだ。
 カーシスはそう分析する。

「確かあと一人死ねば、休息が訪れるのだったか……」

 自分以外誰もいない一人部屋で、彼はそうぽつりとつぶやいた。


「ならばその一人は、僕が殺る」


 支給品のナイフを手で転がした。

 彼が鈴鹿 蒼人(すずか あおと)だった時、彼は両親から手ひどい虐待を受けていた。優秀すぎる弟しか両親は見てくれなくて、カーシスの分のご飯すら作ってくれなくなった。そしてストレスがたまるとカーシスを殴る、蹴る。カーシスは彼の両親にとって、体の良いサンドバッグ代わりにしか思われていなかった。
 だから彼は両親を殺そうと思った。盗み出したお金でナイフを買って、人体の急所について調べ尽くした。
 結局その復讐は成らず、その全てが露見して殺されかけた後、彼は家を抜けだした。
 そして放浪の果てに偶然たどり着いたのがここ、七虹異能学園だ。
 だから彼は他の19人とは違って入学を望んで学園に来たのではなく、迷い込んでここにたどり着いた。事情が違う。
 しかし彼は両親を殺すために一人で色々と研究してきたから、ナイフ使いを覚えるために動物だって殺してきたから、刃物の扱いには自信があった。

 その冷たい横顔には、生き残るための冷徹さしかない。彼に情けなんて存在しない。彼はただ己の生存のために冷たい刃を振るい続ける永久凍土だ。溶けることのない氷を抱えた凍える刃だ。
 親からもらった名前が嫌いだった。彼はだから自分に「カーシス」以外の名があることを認めていない、認めたくない。

 永久凍土に両親は、不要だったから。

 虐待によって体に無数刻まれた傷はたまに激しく痛みだすことがあるけれど、彼はそれを復讐の痛みととらえた。自分から子供時代を奪い去った両親への復讐心を忘れないための、思い出させるための痛みだと。
 そんな過酷な環境にいたのだ、感情を失ったって仕方あるまい?
 カーシスは次に殺す相手のことを考える。手で弄ぶナイフがギラリと凶悪な光を放った。

「あいつなら、殺れる」

 確信できる相手がいた。
 カーシスは己の勝利をすでに直感していた。

「第一ラウンドは僕が終わらせよう。それでみんなに恩を売るというのも一興か」

 策略は、動き出す。


  ◆


 同時期。
 その日はずっと授業に出られず、一人部屋のベッドに横たわっていただけのヴィシブルも、イグニス死亡の報を聞いた。
 それを聞いて、彼は思った。
 動きださなければ、と。
 またまた戦況は大きく動いた。これ以上じっとしたままというのも危ないかもしれない。
 ヴィシブルは苦労してベッドから身を起こし、支給品のナイフを見た。それはどこまでも鋭くて、簡単に人を殺傷できそうにも見えた。
 彼は微笑んでそれを懐にしまうと、ベッドの端を掴んで立ちあがる。咳が漏れた。体調は決して万全ではないが、これ以上この場に引きこもっていたら、逆に戻ってきたときに命を狙われるような気さえして。

 ——座して死を待つなんて、嫌いなのさ。

 動く時だ、いい加減。他の皆も、一つ空いている席に疑問を持ちはじめていることだろう。下手に疑われるのはまずいからそろそろ動かなければならない。
 懐のナイフの冷たい感触を確認し、一歩一歩よろけながらも何かにつかまって彼は歩き出す。
 寮から教室まではずいぶんな距離がある。それでも、それでも。
 静観するときは、終わったのだ。
 そう自らに結論付けて、病に蝕まれてボロボロの少年は、歩き出す。
 その道がどんな未来に通じているのかは、誰も知らない。


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DG 運命遊戯 1-3-4 交錯する真偽 ( No.15 )
日時: 2017/11/09 18:34
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

 諸事情ありまして、以降、更新は不定期となります。
 ご了承ください。

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 4 交錯する真偽


 その後三日は特に何事も無く日々が過ぎた。そして舞台は「ゲーム」が始まって五日目に移る。

 残り時間はあと二日。あと二日以内に一人が死ななければ全滅だ。誰もが不安を感じていたが、アロウやイグニスの件がある、迂闊に動いたら危険だと誰もがわかっていたために動けなかったが、動かなかったら全員死ぬのだ。状況を変える存在を皆、待ち望んでいた。
 怖くて自分からは動けないくせに、他の誰かにそれを期待して静観を決め込む。デスゲームの中に見え隠れする、人間のエゴ。
 猫の首に鈴をつける、ということわざがあるが、今の状況はそれに似ていた。この場合は誰もが猫であり誰もが鼠だ。誰かを殺さなければならないのに、いざそれを実行するとなると反撃が怖くて誰もできない。

 しかしそんな状況の中で、まるで不安を見せない少年がいた。

 「策略家」カーシスだ。
 彼には「策」があったから、不安なんて感じなかった。
 彼はある「タイミング」を虎視眈々と狙っていたが、ついにその時が来たと知って、こっそりと校舎を抜けだした。
 彼の目に映るは金髪の少女。大切な人を失ってずっと泣き濡れていた彼女はもう見る影も無く、ぼろぼろにやつれていた。
 その後をカーシスは追う。追いかけるうちにその姿が、少しずつ変わっていく。
 青い髪は漆黒に白のメッシュの入った髪に、青い瞳は漆黒に、青い衣装は漆黒のマントと漆黒のジャケット、漆黒のズボンに漆黒のブーツに。手には漆黒の指貫グローブまでつけたその姿は、

「……イグニス・シュヴァルツ」

 死んだ「彼」と全く同じ姿と声で、そうカーシスはつぶやいた。
 どこからどう見てもその姿はイグニスそのもので。
 カーシスの能力は「変身」。人でも物でもなんでも好きなものになることができる。それは、誰かに化けることも可能だということ。攻撃的能力ではないが応用範囲が広く、策略家のカーシスに合っている能力とも言えた。
 ただし、変身したまま死ねばもちろん死ぬし、無機物に化けて破壊されたらそれでも死ぬ。
 それは、使いどころを誤れば一瞬で死ぬ可能性すら秘めているのだ。
 しかし誰かに化けてもそれは外見だけで、能力までは真似られない。だから今のカーシスに「破壊」の能力はない。
 だがそれだけでも、虚ろになったアルカナを騙すには、充分なのだ。
 カーシス=イグニスは音をたてないように慎重に、彷徨いだしたアルカナを追う。
 そして。
 最後に一回だけ聞いたアルカナの「本名」で彼女を呼ぶ。

「ルナ!」
「はいぃ!?」

 その声に、その言葉に。アルカナはびっくりして、恐る恐る後ろを振り返った。
 そこにいたのは紛れも無い、イグニス・シュヴァルツの姿で。
 カーシスが化けたとも知らない彼女は、一瞬にして思考を停止させた。

「ま、まさ、くん……? でも、嘘なのです。まさくんは死んだのです! 私、この目で見てました! だからこんなに……こんなに、悲しいのです……!」

 首を振り現実を否定する彼女に、違うとカーシス=イグニスは首を振る。

「気づいていないのかもしれないが、死の直前、お前の癒しの力が俺を救ったんだ」

 事実、アルカナが癒しの能力使いだということは公(おおやけ)にはなっていない。だがカーシスは現状、アルカナに限らずほとんどすべての生徒の能力を把握していた。公開していない生徒も数多くいるのにカーシスは何故か知っている。なぜなら。
 彼は「変身」の能力で小さな生物に化け、それで情報を集めたからだ。
 同じ生徒同士ならば殺し合いの相手なのだし警戒して当然だろう。だがこの校舎の周辺には木々があり、森がある。当然そこには虫やら何やら様々な生物がいる。そんな状況下で。

 ——誰が紛れ込んだ小さな虫を、情報集めに来た間者だと疑うだろうか?

 カーシスはそこを突いて情報を集めた。無論、虫という小さな体では潰されたら死ぬ可能性があるがそこはカーシス、ヘマはしない。
 そして今、彼は万全な状態で、相手を謀(たばか)り騙し殺すためにここにいる。
 アルカナは片翼を失った鳥だ。生きていてもつらいだけだろうし、だからこそ他の人の生きる権利を奪ってまで生き残る意味がない。イグニスを失い虚ろになった彼女は、早く死んだ方がみんなの為だ。
 そう考えてカーシス=イグニスは、それでも顔だけは優しく、彼女に微笑んだ。

「まあ、でも他の奴に見つかるわけにはいかなかったからな。『すでに死んだ者』になった方が命を狙われずに済むだろう?」

 彼の吐く言葉は正論に聞こえるだろう。もしも——彼が本物の、イグニス・シュヴァルツであったのならば。
 不安定だったアルカナはすぐに、彼を信じた。
 その顔に満面の笑みを浮かべて、目から喜びの涙を流して彼に抱きついた。

「まさくん……まさくん、生きてたのです! 生きてて、よかった……!」
「そう簡単に、死んだりはしない」

 彼女の身体をそっと抱きながらも、カーシスの頭は高速で回っていく。
 相手の信用は得た。後はさりげなく殺すだけ。
 そう思い、彼がそっとマントの裏のナイフに手を触れようとした、

 時。



 ——血が、溢れた。



 アルカナの、白い首から。
 カーシス自身はまだ手を下してはいない。まだタイミングではなかったから。

「あ……」

 ぐらり、とその身体が倒れていく。彼女の首についた傷は明らかに致命傷であり、彼女の「治療」能力でも間に合わないとすぐにわかった。
 それなのに、彼女を刺し殺した相手はいない。
 新手の能力者か、とカーシスは焦った。そういえば彼でもまだ、把握しきっていない能力者がいないでもないが。
 くずおれたアルカナが必死でカーシス=イグニスに手を伸ばした。

「まさくん……助けて……」

 しかしその手を彼は振り払い、変身を解いた。
 瀕死のアルカナの瞳が驚愕に見開かれる。

「悪いな、僕はイグニスじゃない」

 冷徹な瞳が彼女を射抜けば、彼女の顔が絶望に染まる。
 カーシスは言った。

「『策略家』のカーシスだ。最後の一人はあんたに死んでもらおうと決めていたものでな。イグニスはとうに死んでいたのさ」
「……騙されたんだ、私は」

 死に逝く彼女は今、一体何を思っているのか。
 その桃色の瞳はしかし、驚くほど澄み渡っている。

「でも……ありがとう」
「なぜ礼を言う。礼を言われる筋合いはないが」
「だって私……これでようやく、まさくんに会えるんだもん……」

 一人生き残ってしまった彼女は死を望んでいたが、自殺することは死んだイグニスが許さなかった。
 彼女は死にたかったのだ。それをカーシスが、否、正確には「誰か」が終わらせた。
 アルカナは大きく息を吐き、最後に小さくつぶやいた。

「まさくん……そこに、いたんだ」

 首から多量の血を流して。
 こうしてアルカナ・ファイオルーは逝った。
 こうして一つのチームが消え去った。
 しかしカーシスには不明なところがあった。
 彼は何も無い空間に呼びかける。

「下手人! 姿を見せろ!」
「どうせこれ以上隠れていられないさ……」

 激しく咳き込む音と苦しそうな喘鳴。
 純白の少年の姿が、滲むようにして現れた。その手に握られた支給品のナイフには、血がべっとりと付いていた。
 アルカナの血だ。これで彼は彼女を殺した。
 どう言うことだ、とカーシスは彼に詰め寄ろうとしたが、

「……っ!」

 突如少年の身体がくずおれて、彼は地に倒れてしまう。

「お、おい……?」

 思わず心配げに駆け寄ったカーシス。少年は何度も荒い呼吸を繰り返しており、苦しそうだった。

「病気、なのか?」
「そうだよ……」

 白い少年はそう、何とか言葉を紡いだ。

「僕はヴィシブル……。どうやら、君と同じことを考えていたようだね……」
「……アルカナを殺すことか」
「君が時間を稼いでくれたから、僕は彼女を殺せたのさ」

 彼の外見は儚い。そして非常に弱々しい。しかしその目の奥には紛れも無いしたたかさがあって、外見に惑わされてはならない類の人間だとカーシスにはわかった。
 普通の思考回路ならばこの状況でアルカナを殺せない。「そんなひどいこと」といった倫理が働いて膠着状態になる。本当は殺してやった方が彼女を助けることになるのに、誰もその可能性に気づかずに彼女を生き地獄に放置する。
 それが「普通」なのだ。「普通」の思考回路なのだ。

 なのに。

 カーシスとヴィシブルは違った。下手な倫理に惑わされず、真実を探しあてて実行した。その結果が今ここにあるアルカナの死体だ。
 同じような思考持つ仲間。カーシスと同じ冷酷さを持つ少年。
 これまではあえて孤独を選んでいたカーシスだったが、彼とならばチームを組んだって良いような気がしてきた。
 それにカーシスは思う。このヴィシブルという少年、誰かと組まなければ死んでしまうのではないか、と。
 彼の能力である「透明化」は見た。彼の「強さ」も理解した、が。
 病気を抱えている彼は、肉体的には最弱だ。
 だからカーシスは提案することにした。「この僕が自分から同盟を提案するなんてな」なんて思いながらも。
 倒れたまま立ち上がれないヴィシブルに、その手を差し出した。

「あんたと僕は似ている……。そこで提案なのだが。僕も一人、あんたも一人だ。ならば」

 「策略家」の瞳が、何の嘘も含まない純粋で真摯な輝きを宿す。

「僕と、手を組まないか?」

 ヴィシブルの苦しそうにしていた顔がその瞬間、不敵に輝いた。

「いいよ。……僕でも助けになれるのならば、ね」
「なるに決まっているさ。そう言えば名乗っていなかったな。僕はカーシス。『策略家』のカーシスだ」

 差し出されたその手を握って、ヴィシブルは改めて名乗る。

「僕はヴィシブル。『不可視』のヴィシブルさ」

 カーシスの手を握って彼は立ち上がろうともがくが、うまく立ち上がれないようだ。
 カーシスは苦笑いして、その華奢な身体を背負った。

「ごめんね……」

 申し訳なさそうに笑った彼に、気にするなとカーシスは返す。
 背負ったその細い身体は、枯れ木のように軽かった。

「相棒として、当然だろう?」

 チーム組んだから二人部屋に移らなきゃなとかつぶやきつつも、彼はその場を後にする。
 今ここに、策謀のタッグが完成した。


〈アルカナ・ファイオルー、脱落〉

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DG 運命遊戯 1-3-5 安らぎを乱す者 ( No.16 )
日時: 2017/11/18 01:26
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

 お久しぶりです。
 週一更新になる可能性が高くなりましたが、皆様これからもよろしくお願い致します。

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 5 安らぎを乱す者


 赤い少女が死に、アロウが死に、イグニスが死んだ。
 そしてその日、生徒たちは一斉に体育館に呼び出しをくらった。
 また何かあったのだろうか、誰か死んだのだろうか? ピースは心配げな表情で体育館のステージに立つ学園長を見た。
 生徒たちはぞろぞろ集まっていく。ピースは数を数えた。1、5、10、16。17人いたのに一人足りない。やはり誰か死んだのか。誰かによって殺されたのか。
 全員の集合を確認して、おもむろにリェイルが口を開く。

「皆様」

 彼女はどこか嬉しそうだった。

「アルカナ・ファイオルーが死にましたので、第一ラウンドの終了をここに宣言いたします」

 知らされたのは、もう一つの死。
 相棒を失って一人ぼっちになった、少女の死。
 それはとても悲しいことのはずなのに、どうして。
 ピースは人々の顔に安堵を見る。彼女の死を悼むよりも先に、自分の代わりに彼女が殺されたことにほっとしている。自分が選ばれなかったことを喜んでいる。
 今行われているのはデスゲームだ。そういう心情の変化があってもおかしくはないけれど。
 『平和の鳩』たるピースは少し、悲しくなってしまった。
 誰も彼女の死を悼むまい。いっそ彼女の死は喜ばれてさえいるだろう。
 これが現実、これが真実。
 ピースはぎゅっと唇をかんだ。
 リェイルは、言う。

「第一、というからには第二ラウンドがありますが、第二ラウンド開始までには今日を含めないであと一日猶予を与えます。第二ラウンドのルールは休息が終わったら教えます。ひとまず一時的に殺し合いは終わりましたので、第二ラウンド開始までの間に新たな殺しを行うことは認めません」

 まだまだ殺し合いは終わらないけれど、誰かの影に怯えないでもいい休息時間が始まる。

「彼女の死により皆様の命は救われました。次なる地獄の開始までに、好きなようにお休みください。休息時間中の授業はありません」

 そう短く言い置いて、彼女はステージから去る。
 彼女がいなくなったあとには様々な喧騒が満ちていた。
 ピースは複雑な気分だった。誰かの死により自分が生き残る、その原理はわかっていたけれど。それを実際目の前にしてみれば、怖くなるのも仕方がない。
 けれど。
 これが現実、これが真実。
 だから彼女は精一杯の笑顔で、己を守る騎士に言った。

「ようやく休息が訪れたよ! 思い切り体を伸ばそう!」

 そうしてリフレッシュして、悲劇に傷付いた心を癒すんだ。
 そうだなとソーマは笑った。「休息の、時間だ」

 二人は体育館の外へ飛び出した。

  ◆

 が、事態はそう簡単に進まなかった。
 ピースは見たのだ。皆が体育館の入り口に集まりだしたその瞬間、どこかで紫電が爆ぜたのを。
 紫電と言えば想像されるのは。

 ——ジェルダ・ウォン!


「伏せろォッ!」


 ソーマの声。何を言われるまでも無くとっさにピースは地面に身を投げ出すが、稲妻は簡単に曲がる。このままでは直撃してしまう!
 その刹那の中ピースはジェルダの行動に愕然としていた。第一ラウンドは終わった、終わったのになぜ彼はこの様な攻撃をしたのか。全て終わった後の殺戮をした場合、それを犯した本人は学園長によって殺されてしまうのに、なぜ!
 ピースの腰から何かが抜けた。稲妻が何かにぶつかる激しい音。それはピースの前だけでなくそこかしこでしたけれど、ピースは自分は助かったのだと知った。

「怪我はないか?」

 険しい顔でソーマが彼女に手を差し伸べる。彼の前には二本のナイフ——ソーマの物とピースの物——が、クロスするようにして宙に浮いていた。
 ソーマの能力は「一定範囲内に入った刃物を自由に操る」。それを使って、自分達の代わりにナイフに稲妻をまとわりつかせて身を守ったのだった。
 ソーマはまだ稲妻をまとっているそれらを一瞬だけ地に付けて電流を逃がし、自分の手に回収して一本をピースに返した。
 見れば攻撃を受けたのはピースたちだけではないらしい。ジェルダと彼の仲間以外は皆それぞれに臨戦態勢を取って、ジェルダを燃える瞳で睨みつけていた。


「礼を言うぜ」


 彼は笑った。

「殺しの稲妻じゃなかったし実際、見た目が派手なだけで大した威力も無い稲妻だった、当たっても一瞬痛いだけで致命傷にはなり得ない稲妻だったのに、みんなして防御してくれたこと。お陰でそれぞれの能力が読めた。これで十分に対策出来るじゃんか、なァ?」

 ——彼は。

 彼は。
 殺すつもりなんか、ルールを破るつもりなんか端からなかった。彼は「命を守らなければ」と皆に錯覚させて、その上で皆に本気を出させて能力を読むという強引な手段に出たのであった。
 生き残るためには明かす情報は少なければ少ない方が良いというこの状況の中で、この不意打ちは非常に痛いものだった。言にピース以外は誰も知らなかったソーマの能力は結果、皆にばれることになったわけだし。
 ピースの体内で血が逆流する。ピースの耳元で冷たい叫び声がした。

 ——生き残るためにはどんなことでもする奴がいる!

 迂闊だったのだろうか、甘かったのだろうか。
 「平和を」とピースは願った。ゆえにピース、平和の鳩、だったのに。
 震えるピースをソーマはその腕に抱き、ジェルダを思い切り睨みつけた。

「……貴様」
「生き残るためは何だってするぜ。あ、言っとくけどオレを倒そうなんて考えるなよ? どうせみんなにはできねぇよ!」

 笑いながら、三人の仲間を伴って立ち去っていくジェルダ・ウォン。
 ピースは最初、ジェルダを「強い人」「尊敬する人」みたいにかなり上に見ていたけれど、この瞬間、彼女の中のジェルダ像が崩れ去った。
 ジェルダは確かに強いけれど、尊敬するような人間では無かった。当たり前の様に平和を乱し、目的のためには手段を選ばない。
 この殺し合いのゲームの中にあっては、仕方のないことなのかもしれないけれど。
 揺れる心を強く保つためにピースはソーマに強くしがみつき、事態を重く受け取った。


《第一ラウンド、終了》

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